トランベルグの鉄騎公 その3
ずいぶんとご無沙汰になりました。
待ってくださる方……いたのかな??いるのなら……本当にありがとうございます。
トランベルグ軍は今、軍の撤退準備に追われている。
トランベルグ公国の将軍、ウォードは先程展開された不可解な戦に首を捻っていた。
公王アルバレスの指示、それは眼前に展開しているアルカディア軍の殿を破る事……ではなく、その軍と軽く矛を交わらせた後、すぐに撤退するというものであった。
各諸将は首をひねりながらもその指示に従う。彼らの中で公王に逆らう者はいない。それだけ将や兵にとって、公王アルバレス・トランベルグとは絶対的な存在なのである。
トランベルグの先鋒を務めたのはトランベルグ随一の武勇を誇るウォードであった。
アルバレスはこの信頼している股肱の臣に対して、不可解な指示を出す。それは
一騎打ちを挑み、出てきた将と数合剣を合わせた後、退却する事、
であった。
「たかが数合かもしれないが、本気でかかれ。出ないと討たれる。老いたりとは言え、シュバルツァー大公領の宿将が出てくるはず。油断だけはするなよ」
そして彼はアルバレスのその不可解な指示通り、アルカディア軍……すなわちシュバルツァー大公国軍の将に一騎打ちを仕掛けたのだ。
「我こそはトランベルグ公王が配下、ウォード・デクター!!我と一騎にて勝負を決する勇者はアルカディアにおらぬか!!」
まさか出てくることはあるまい……そう思っていた矢先、向かい合う軍の中からアルバレスの言った通り、1人の老将が出てくるではないか。
「我こそは、シュバルツァー大公家に古くから使える、アルベルト・ヴェルヘルド也。いざっ!」
ウォードは大いに驚く。アルバレスの言葉通りになった事に。そして老将とは言え、アルベルト・ヴェルヘルドといえば、シュバルツァーの双璧と言われる大陸でも名の知られた名将ではないか。
「相手にとって不足なし。勝負っ!!」
目の前の雄敵……己が若き頃に名を聞いていた将を目にし、ウォードは自分の気持ちが昂ぶり、身が震えている事を実感した。
アルバレスに仕える前は数少ないA級の冒険者として活躍している。実力としては申し分ないはずだ。
彼は一声低い猛獣を思わせるような雄叫びをあげる。その声と同時に身体中に魔力が伝い、ウォードの身体は青白く輝いた。
「ほほう、魔力を纏う事ができるのか。これは油断できまいて」
そう言うアルベルトもまた身体中に魔力を伝せ、腰に佩している二刀を抜きはなつ。
ウォードは恐ろしいスピードで馬を走らせ、その槍でアルベルトの胸を狙う。しかしアルベルトもさるもの、それをいともたやすく受け止め、恐ろしいまでの剣戟を繰り出す。
大陸でも珍しい二刀の遣い手。老いたりと言えども身体中から溢れ出ている身体強化の魔力。
(これが名高い『シュバルツァーの双璧』かっ!!)
彼らが打ち合う度に、魔力の波動が辺りに飛び散り、砂埃が舞い上がる。
戦場にいる全ての者達の目は彼らに注がれ、誰一人として話すものはいない。皆、魅入られたようにその戦いを眺めている。
打ち合う事、僅か数合。されどウォードにとって目の前の老将がただの老いぼれた男でない事を理解するのに充分だった。
ウォードの額には汗が滲んでいる。対してアルベルトは涼しい顔だ。
(なるほど、魔力、技術といった実力は彼の方が上のようだ……されどそれがひっくり返るのもまた戦場……)
ウォードは昂ぶる気持ちを抑え、更なる攻撃を繰り出そうと槍を構えたその瞬間。
ガンガンガンガン
双方の陣より退却の鐘が打ち鳴らされたのだった。
その合図を聞き、2人は構えを解き、お互いの獲物を下げた。
「……本当はもっと続けたかったのだがなぁ……久々に胸の高鳴りを覚えたわい」
「それはこちらも同様です……ここで引くのは無念ですが……」
ウォードもアルベルトもお互いに笑い合う。今ここで命のやり取りをしたとは思えないほどの爽やかな笑みで。
「どうやら我が主人は貴方達と何か取引をしているようだ」
「ほう?何も聞かされてはおらんか。それでも付き従うというのはアルバレスという男は余程の人物という事か?」
「……天下一の男と思っております」
ウォードの返答を聞き、アルベルトは一瞬キョトンとした後、大きな声で笑った。
「ははは、良い事を聞いた。『英雄、英雄を知る』という事か。若と何か強いつながりでもあるのだろうなぁ。会ってみたいものよ、そなた等の主人に」
そう言ってアルベルトは馬首を返した。
「また会おう、トランベルグの勇将よ」
そう言ってアルベルトは颯爽と去っていく。返事を返すこともできず、ウォードはただその姿を眺めるしかなかった。
◆
「やぁ、老骨にしては見事な戦いだったな」
帰陣したアルベルトにかけられた第一声。それはもう何十年と共に過ごした友の声であった。振り向けば、そこにはローエンが笑顔で立っている。
「出迎えにしては辛辣な言葉だな」
「なに、褒めているのさ」
そう言って2人はカカと笑い合う。
馬から降りるとアルベルトはその場にどっかりと座った。
「やぁ、やはりしんどいものだな。あのデュークの糞爺いのように少しは体を動かすべきであったか?」
「お前はユリウス様に付きっ切りだったからな。仕方あるまい。その割には動けていたとは思うが?」
「にしても、多少魔力を解放しただけでこんな体たらく。若に笑われるのぅ」
そう言うとアルベルトはローエンに尋ねた。
「さて。この後の首尾は?」
「当然退却。ま、奴らも追っては来まいて」
そう言ってローエンは笑うのであった。
◆
「納得ができません!!」
ウォードはアルバレスに食いつく。
「たかだか数合、剣を合わせただけで退却とは如何お考えでしょうか?」
アルバレスは諸将の顔を見る。彼らもまた不服そうな面持ちだ。
「閣下!我らは……」
「控えろ」
アルバレスは一声、声を上げる。その声に合わせてその場にいた全員が先ほどの喧騒が嘘のように静まり返った。
その様子をウォレスは面白そうに見ている。
アルバレスの威徳。それは『雷帝』セフィロスにも匹敵するものだ。
先程必死に物申していたウォードでさえ……無意識に数歩下がっている。
「俺が引くと言えば引く。それ以外に策はない。皆すぐに準備に取り掛かれ」
「お待ちくださいっ!!」
ウォードは意を決したようにさらに声を上げる。
「閣下が退却するのは……シュバルツァー大公家に何か密約があるからなのでしょうか??」
ウォードの言葉にアルバレスは静かに眉を動かした。
「先程、トランベルグの宿将、アルベルト卿が言ってました。彼が言っていた『若』と言う人物と閣下は何か取引をしてると」
皆始めて聞く話だ。興味深そうに二人を眺めている。
「閣下……『若』というのは何者ですか??」
「……俺の恩人であり、盟友さ。そして……」
次いだアルバレスの言葉に諸将は息を飲んだ。
「そして……俺がこの世界において唯一、剣を捧げてもよいと思った男よ」
アルバレスはそう言うとニヤリと笑った。
「まぁ、今後会う時は……敵になるのか味方になるのか……それは分からん。だが……必ず戦場で会うことになるだろう。その時が楽しみだな」
それだけ言うとアルバレスひこの話はもう終わりとばかりに立ち上がって指示を出す。
「さて、与太話はこれまでだ。全軍退却の用意をせよ」
そう言ってアルバレスは立ち去る。その様子を察し、ウォレスもまた後ろから追った。
諸将も一人、また一人と立ち上がり自分の持ち場に帰っていく。
ただ一人、ウォードのみは……
その場からしばらく動く事が出来なかった。
『英雄、英雄を知ると言うことか』
アルベルトが去り際に言った言葉。
そして、神のごとく崇拝するアルバレスが言った言葉。
その二つの言葉を噛み締めながら……




