辺境伯の帰還
ハインツの街がお祭り騒ぎになっている。道行く人々は皆笑顔を見せ、そしてその到着を今か今かと待っていた。
女達は着飾った手には花弁を入れたカゴを持ち、男達はエールの入ったジョッキを傾けつつ、門の方に視線を向ける。多くの子供達は門の前に集まっていた。
「あっ!!来たよ来たよっ!!」
一人の子供の言葉にその場にいた子供達は必死に目を凝らし……そして大騒ぎとなった。
「先頭にいるのは領主様だっ!!」
「りょーしゅさま、かえってきたの?」
「そうだっ!!急いで大人たちに伝えよう!!」
大人たちの方へ蜘蛛の子を散らすように向かっていく子供達。
その瞬間だった。盛大なファンファーレが門から聞こえたのは。
◆
先頭を進むは辺境伯アレス。その出で立ちは出陣の時と同様に白の戦装束を身に纏い、筆舌しがたいほどの美しい白馬(麒麟)に跨っており、まるで絵巻物の英雄が現れたかのごとき印象を受ける。
そのすぐ後ろ……右には勇将シグルド、左には参謀シオンが続く。
真後ろには明らかに優れた武芸者であろう気配を纏った、見知らぬ異国の戦士が驚きの表情を見せながら後に続いていた。
彼らが門に入った瞬間。盛大な花吹雪が頭上から舞い降りる。
「我らが領主、アレス様。お帰りなさいませ!!」
「シグルド様、シオン様!!お疲れ様でした!!」
そしてアレス達の後ろ……辺境伯領の兵士達が姿を表すとさらに熱狂が高まっていく。
「我らが戦士達、おかえりなさい!!」
「よく無事に帰ってきた!!」
高まる熱狂を横目で見ながら……アレスはシグルドやシオンに伝える。
「いい絵だね」
その言葉に対し、シオンも笑顔で一言だ。
「実に」
アレスは思う。これぞ、まさに思い描いていた姿だと。
人は英雄を求め、英雄を讃える。だが、真なる英雄とはこの兵達なのだ。
讃えられるのは命をかけた兵達であり、指揮官ではない。それはアレスが口々に言ってた事である。
そして数多くの戦をこなしてきたハインツの民はそれがよく分かっている。
「りょーしゅさま、どうぞ」
「ありがとう」
あれすの騎馬下から、小さな女の子に声をかけられ、アレスは下馬してそれを受け取った。
不器用ながらも一生懸命作ったのであろう花飾り。アレスはそれを頭に乗せてもらうと満面の笑みを見せ、女の子の頭を撫でた。
「これは皇帝陛下から貰った勲章より価値がありそうだ。大切にするよ」
その言葉を聞き、女の子も花のような笑顔を見せる。
後ろから続々と兵達が増え、喧噪はさらに大きくなっていく。このお祭り騒ぎは、次の日になるまで収まることはなかったのであった。
◆
「お帰りなさいませ、アレス様」
アレスが執務室の椅子に座ると、ジョルジュが口を開いた。その一言と同時に一斉に他の内政官が頭を下げる。
「あぁ、ただいま。何か変わった事はあったかい?」
「内政面ではコーネリア様が見事に采配してくださったので、大きな悪い話は特にありません。むしろ……成果としていくつか挙げられる事があります」
「そっか。それはよかった……あれ?そのコーネリアは?」
「他の奥方に先駆けてアレス様に会うのはフェアじゃないと、自室に向かいました。食事の際にいらっしゃる様子です」
「……コーネリアらしいね。ま、後でゆっくり話せばいいか」
アレスはそう言って苦笑した。コーネリアはそうやって内政にしろ、妻達との関係にしろうまくバランスをとってくれる。本当にありがたい限りだ。
「さて……じゃあゆっくりと報告を聞こうかな?」
「お疲れではないですか?今日帰ってきたばかりなのに」
心配するエランに感謝を見せつつ、アレスは口を開いた。
「まぁ、問題があるわけでもないし、どうなったか興味があるものもあるしね……じゃあ、ざっとでいいから……ジョルジュ、頼んだ」
「はい。ではまず初めに……」
こうして各内政官からの説明に耳を傾けるアレス。報告は夕刻まで続くのであった。
◆
「でね、アレス様、これがこうでして……」
「うんうん」
「アレス兄様。実はかくかくしかじか」
「ほうほう」
「ご主人様、こうでこうこうで……」
「ふんふん」
「ちょっと、あんた。ちゃんと聞いてるの?」
シャロンのきつい突っ込みに一瞬ドキリとしつつ、アレスは冷静な様を演じながら
「大丈夫。聞いてるよ」
と答えた。
夕食時、久々に妻達との再会。一人一人抱擁した後、ゆっくりと食卓につく……事はできず。妻達が一斉にアレスに対してここ最近あったことを話し始めたのだ。
元来女というのは話が好きだ。そして男の意見や答えを求めていない。
アレスはその真理を知っている。
耳を傾けながら適当に相槌を打ちつつ、話を取り繕っていた。
(しかし……驚いたな)
とアレスは思う。彼女たちの話を聞きながらだ。
(それぞれが自分の得意分野で活躍している……しかもそれが見事に的を得ている……)
ジョルジュの報告で妻達が国のために活躍している、という話は聞いていた。確かにそれなりにやるだろうとは思ってもいた。だが……
(ここまでとは思わなかった。これほど有能な武官や内政官なんて中々いないぞ?)
我が妻ながら、改めて舌をまく。
シャロンとリリアナは将官をまとめ上げ、治安維持に活躍。先日も近くに現れた魔獣の群れを蹴散らしてきたとか。いつも間にやら、守備兵達から圧倒的な人気を誇っている。
ロザンブルグの三姉妹達は青軍達を率いて街全体に巨大な防御結界を作るだけでなく、魔導研究に勤しんでいる。先日完成の魔導列車にも一枚噛んでるらしい。
ニーナはトビアスとともに商業発展のため活躍。市場をくまなくチェックして経済の正常化を図っている。
シータやマリアは屋敷内のメイド達などに指示を出し屋敷を完璧にまわしているだけでなく、新人の育成なども積極的に行なっているらしい。ここで育った人材がいずれ各屋敷で活躍する事だろう。
リリスは辺境伯領の魔族を統括している。時に暴発する魔獣は多少いるが、これだけ彼らが大人しくしているのも、彼女の影響だろう。彼女配下のダークエルフなど知能や魔力の高い魔族はすでにハインツに住人として暮らしており、他の種族同様働いている。また、魔石の管理なども担当していると聞く。
そして何より……
アレスはコーネリアを横目で見る。
彼女……コーネリアの存在だ。アレス不在にもかかわらず、着実にこの街が進歩していったのは彼女の手腕であろう。
「もしかしたらアレス様より領主として優れているかもしれませぬ。アレス様と違って逃げませんからな」
ジョルジュはシレッとそう言い、その物言いにアレスは苦笑したものだ。
そう、コーネリアはアレスの代理として完璧にハインツを治めたのである。
そしてその上で、妻達をまとめ、彼女たちが生き生きと働けるよう手配したのだ。
現にシャロンを始め妻たちの結束は高く、そして自分の力が必要とされる事にやり甲斐を感じているようだ。
いずれも、貴族の子女に有りがちな『子を産む事が仕事』という宿命から束縛されず、生き生きと日々を過ごしているのがよくわかる。
(『アレ』の力の影響か……それとも本人の資質の問題か……それは分からないけど、彼女がいる限り今後自分が遠征で出ても領内は治るだろう……)
「アレス様?」
コーネリアに突然声をかけられ、アレスはビクッと震えた。
「はいっ!?なんでしょう??」
「今碌でもない事を考えませんでした?」
「そんなわけ……」
「私たちに任せれば、政務は大丈夫とか考えませんでした……?」
「……!?なんで心の声を読み取ったのっ??」
その返事を聞き、コーネリアは大きく溜息をついた。
すかさずシャロンとニーナが口を開く。
「あんた、馬鹿?」
「本当に碌でなしやなぁ……」
「………………」
ジト目で睨まれて、アレスは黙り込む。それに対して口を開いたのはコーネリアだ。
「アレス様……私たちはあくまでもあなたの代わりをしたまでです。私たちが本当に望んでるのはそんな事ではありません」
そう言ってコーネリアは少し頰を赤く染めながら言葉を続ける。
「私たちが今一番望んでいるのは……貴方と過ごす時間です。それに……やはり私達は女です。貴方の子を授かりたいという思いは強いです」
「……ごめん」
コーネリアの言葉を聞き、アレスはそう言うとすまなそうに素直に頭を下げた。
「僕が悪かったよ。食事が終わったら皆の話を聞かせてくれ。それにしばらく戦もなさそうだし、皆と一緒にゆっくり過ごせそうだから」
そう言ってアレスは笑う。それにつられて、妻たちも笑みをこぼす。
その幸せそうな表情を見ながら……アレスは北の地から帰ってきて……始めて自分が帰還した事を実感するのであった。
書くところがないのでここで。
感想にて、本編に入るまで長すぎ!とのお声をいただきました。
が、この物語はそういう物語なので……すみません、変更はできません。
そして、この話を読んでくださる大多数の方は、それを支持してくださる方なので……今更、物語の進め方を変えるわけにはいきません。
なんども後書きなどに書いていますが、人間模様って本当に様々で。色々な視点、考え方……表と裏が入り混じっていて……複雑なものだと思っています。
戦争だって、本来はしっかり内政をして、基盤を整えないと無理なものです。戦の様子を描きたいからと、そこをおざなりにしたくはありません。
それらを細かく書きたいので、このような書き方をしております。
主人公視点でサクサク進めるのも考えた時はありましたが……いや、世の中そんな単純じゃないですからねぇ……
本当はさらに細かく書きたいと思ってるぐらいなんです。
大変申し訳ありませんがご理解のほどよろしくお願いします。




