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英雄の中の英雄の物語 〜アレスティア建国記〜  作者: 勘八
間章 〜そして時代は動き出す〜
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大公家の思惑

ザクセン大公家の領都、ルードベルグ。昔からアルカディア帝国西方の要としてザクセン家が守ってきた地である。


そしてこの地の中央に位置する場所にザクセン大公家の屋敷があった。


現当主ゲオルグは現在、先の戦の責を問われ謹慎中である。そんな彼の元に今日、ローゼンハイム家の嫡男サイオンから書簡が送られたのだ。


ゲオルグは訝しげにそれに目を通し……非常に不機嫌そうにその書簡を投げ捨てた。


「ローゼンハイムの孺子(こぞう)が……ふざけおって」


その向かいの席にいるのは嫡男のルドルフである。ルドルフもその捨てられた書簡を拾い、目を通し……そしてみるみる顔色が変わっていった。


「トラキア征伐のための道案内と食料等物資を寄越せ、とな。儂を小間使いのように扱いおったわ」


「父上!この様なものに従うことはありません!ザクセン領に入れぬ様、軍備を整えて……」


ルドルフの言葉にゲオルグはさらに顔を顰めた。


「しかしそれでは逆賊よ。あの孺子(こぞう)もそれが狙いだろうさ。素直に通させれば我を従えた体裁がとれ、通さなければ逆賊の汚名を着せることができるからな」


その言葉にルドルフは歯を食いしばって俯く。


「では……我らは何もできないと?」


「今は辛抱する他あるまい。だが……」


ザクセン大公は考える。


確かに先の戦の失敗で、ザクセン大公家の権威は失墜したように思える。だが。


(陛下がこの様な動きを静観している……と言うことは、恐らくお身体があまり良くないのであろう。近いうちに必ず内乱が起こる。その時に……カルロス殿下とともに一泡吹かせてやる)


その赤茶けた色の顎髭をしごきながら……ゲオルグは黙り込むのであった。



サイオンは目の前の地図を睨みながら呟く。彼の大きな机にはこのアルカディア大陸の地図が広がっていた。

この地図には、各貴族の領地も克明に記されている。そして、先日の戦で手に入れた帝国領……シュバルツァー辺境伯領も記されていた。


「結局アレス・シュバルツァーを引っ張りだすことはできなかったか」


サイオンはそう言って、視線を辺境伯領の図に向けながら呟く。それに答えたのは横に立っている男だ。


「こちらの思惑には乗ってきませんでした。また、探りをいれたもの達もいずれも帰ってこず……一体どうなっているやら……」


アイザック・フェザーストン侯爵。年は二十代半ば。明るく茶色の豊かな総髪を後ろになびかせている。身長は高く痩せ型。そして印象的なのはその猛禽を思わせるような鋭い目だ。幼き頃より英才の聞こえがあり、最近サイオンの派閥の中で才覚を表し、今ではは影から支えるガーラと並び、サイオンの知恵袋として、なくてはならない存在になっている。


「すべての物流もレドギア止まり。それ以降の様子は未だ全くわかりません」


地理的にグランツはコブのように飛び出た地形である。東から向かう街道は一つしかなく、街道以外を通ると魔獣が闊歩する地だ。サイオンは何人もの間者を街道外から向かわせたが……いずれも魔獣の餌食となった。相も変わらずグランツの鉄のカーテンはめくる事ができない。


グランツ本領の情報に関してはありえないぐらい徹底されている。グランツからレドギアまでの物流の流れは存在しているのは確かなことだ。最近貴族に流行りだした『白金肉(プラチナミート)』や『蒸留酒』などは間違いなくグランツの物だし、それ以外にも様々な物資が届いている。また、帝都を含む、他の地からはグランツ本領に武器などが入っていると聞く。しかし、レドギアに入った事までは掴めるのだが、そこから東の様子は分からず。アレス配下の御用商人しか、通り抜けできない状況だ。

物流があれば、どんなに機密にしていてもそこから漏れるものだが……それができないのである。


「悔しいが、奴ばかり気にしてもいられない。とりあえずレドギアに拠点をおき、グランツには引き続き間者を送ろう。シュバルツァー辺境伯には目を離すな」


そう言うと、サイオンは次に視線を地図の下方……南方に位置する巨大な土地に目を向けた。


「……そして同様に気になるのは、ロンバルディア大公の動向だ」


「御意。ロンバルディア大公もまた今回は出兵を見送ると返答が返ってきました」


ロンバルディア大公ガイウス。彼もまた帝都での貴族の政争に興味を示さず自領に籠っている人物である。


元々ロンバルディア領は四大公家の中でも最も豊かな土地と最大の版図を持つ家だ。皇帝レオン・アルカディアの参謀だったジュゼッペ・ロンバルディアがその祖として知られる。

温暖で肥沃な南部を支配し、代々その発展に勤めていた。

また彼らはシュバルツァー大公家と同じく、帝都での政争を好まず、自領にて内政に努めていることが多かった。それ故に、南部には独特の文化が生まれていったと言われている。


現当主、ガイウス・ロンバルディアは二十代後半の若き当主である。前当主から才を見込まれ、二十代前半より当主として政務についている。

きめ細やかな長い金髪を後ろで結び、その美しさは誰もを惹きつけるであろう。整った中性的な顔立ち、されどその鋭い切れ長の目はとても印象的だ。


為政者として、そして軍人として非常に優れた能力を持っているという噂で、南方は彼がいる限り安泰である、とも言われている。

気前もよく、その利益に与るために彼に付き従う者も多い。皇室にも南方の珍しい物を多々献上し、評判も良い。


確かに同じアルカディア帝国の味方としてみたら非常に心強い存在だ。しかし、サイオンはそうは思っていない。


(あれは間違いなく虎狼の類だ。奴がおとなしく南方に閉じこもっているわけがない)


以前サイオンは数回ガイウス本人に出会っている。その際に見た彼の目。


(野心家の目をしていた。おそらく南方のツァルナゴーラ王国とも何らかの盟約があるに違いない。間違いなく奴は何かを企んでいるはずだ)


ガイウスの正室は皇族である。第一皇女エリザベート。数多いセフィロスの子供達の中でも最も野心が強いと言われる者だ。それもまたサイオンの警戒心を煽る。


(エリザベート殿下が側にいるという事は必ず後継者争いの際に出張ってくるはず。なんとか出し抜かなければならぬ……)


サイオンもまた第三皇女アンネローゼとの婚約が決まっている。となると、後継者争いは泥沼と化するだろう。第二皇女シルビアは早々と皇位継承権を破棄してるため、無視しても良い。また、第三皇子のセリアスは病弱のため話に上がらないであろう、


となると、第一皇子のカルロス、第二皇子のジョセフを始め、第一皇女を妻にもつガイウス、第三皇女を妻にもつサイオン、そして第四皇女コーネリアを妻にもつアレスの五人で争うことになると予想される。


「後継者争いを優位に進めるためにも、この戦必ず成功させなければならぬ……」


サイオンはそう呟くと再び目線を地図に向けるのであった。




ロンバルディア大公領、領都エルサ。南方最大の都市といえるこの街の中心に領主ガイウスの屋敷はある。


「今回の戦には出ないと言うのですか?」


そう問いかけるのはガイウスの妻である第一皇女エリザベートだ。


「理由をお聞かせいただけませんか?」


言葉は詰問のごときだが、その声色は至ってか細い。おそらくエリザベートを知っている人間がこれを見たら仰天するだろう。


華美で傲慢。それが彼女の性質であったのだから。しかし……


「何か不満があるか?」


声色は穏やかだ。だがその声にビクッと震えるエリザベート。そう、彼女は怯えているのだ。目の前の男に。


「いえ……ただこのままサイオン主導で戦が起き、そして勝ちを収めれば、継承権争いは彼の者が優勢になりますゆえ……私は貴方様に相応しい……」


その言葉を最後まで聞かず、ガイウスは静かに笑った。


「案ずるな。奴は必ず失敗する」


「……なぜ、そう言い切れますか?」


「此度の戦に戦巧者がいない。それで易々と勝てる相手ではないと言うことさ」


ガイウスはそう言うとそっとエリザベートの頰を撫でた。エリザベートは潤んだ瞳でガイウスを見つめる。


「繰り返す。案ずるな。そなたが心配するような事は起きぬ。それよりも、そなたは他にやるべき事があるだろう?」


その言葉を聞き、エリザベートの頰は赤くなった。


「そなたのやるべき事……それは私の子を産む事だ。そしてそれが次代の皇帝となる」


そう言いながらガイウスは心の中で失笑する。

エリザベートはここでサイオンに手柄を取られ、妹のアンネローゼが後継者争いで前に出るかもしれない事を恐れているのだ。


(全く、知恵のないものだ)


本来ならこのような女は彼の好むところではない。だが、神輿は必要だ。この華美で浅知恵の女にはその価値しかないとガイウスは考えている。彼女が己が子を産み、それを皇帝に据えれば、自分は国父として帝国を乗っ取る事ができる。その布石でしかないのだ。


子が産まれたら……後は用はない。


「だから何も案ずることはない。今は部屋に戻るが良い。後程参る」


「はい……」


優しい声をかけながらガイウスはエリザベートを下がらせた。その後ろ姿を見ながら……彼は皮肉な笑いを浮かべるのであった。



エリザベートが下がったと同時に彼の部屋に入ってきた者がいる。


「我が君。よろしいか?」


「入れ」


入ってきたのは彼の参謀として重宝されているクローヴィス・エッフェンベルガーだ。


茶色い明るい髪をもち、それを後ろに流している。鋭い目つきを眼鏡で隠している印象だ。体系は痩せ型、しかし高身長が彼の佇まいをより気品なものにしていた。


元々彼はエッフェンベルガー子爵家の後継である。しかし、ガイウスにその才を見出され、彼に請われてその地位を捨ててロンバルディア領にやってきた。


現在はガイウスに変わり、政務・軍務問わずその辣腕を振るっている。


「ローデンハイム大公家から出兵依頼の手紙が届きました」


「知っている。今、エリザベートが血相を変えてきたからな」


その言葉を聞き、クローヴィスは冷たく笑う。


「……あの御仁はこういうところに目敏い……余計な事をしなければ幸いですが」


「何もできはしないさ。吠えたいだけ吠えさせれば良い……で?」


「ツァルナゴーラ帝国に不穏な動きあり、その牽制のため動けず。と申しておきました」


「ふむ……まぁ、それが無難だな。念には念を入れて、ツァルナゴーラに使者を送りそれとなく動かしておくか。それと合わせて『三鬼五虎』をそれぞれの砦に配置しておくように」


ガイウスはそう言うと、置いてあったワイングラスに口をつけた。

『三鬼五虎』とは人材収集を好むガイウスが各地より集めたロンバルディア軍を取り仕切る3人の上将軍と5人の将軍から成り立つ8人の猛者である。


「戦知らずのサイオンが考える事だ。碌な事があるまい。恐らく手痛い敗北となるであろうよ。そして我々もそれに乗っかる必要はない」


そう言うと気がついたようにガイウスは質問を変えた。


「アレス・シュバルツァーはこの戦に出るのか?」


「否。北方異民族との戦いを優先するとの事で今回は見合わせる様子です」


「はっ。『征夷大将軍』の地位を利用したと言うことか」


ガイウスはそう言うと愉快そうに笑った。


「アレス・シュバルツァーといえば、あの話はどうなった?」


「中々色好い返事は貰えておりません」


「ふっ、警戒されているのか、それともただ単に女を囲うのがめんどくさくなったのか」


「どちらもそうでしょう」


クローヴィスの言葉にガイウスは愉快そうに笑った。


彼が考えている事。それは彼の年の離れた妹を彼の側室に入れ、内部工作をする事であった。


「これが叶えば、奴を内部から見張る事が出来るだけでなく、あのめんどくさい奴の厄介払いもできるのだがな」


そう言うとガイウスはクローヴィスに命じる。


「まぁ良い。引き続き工作を続けよ。奴だけは常に動向に気をつけるように」


「ははっ!!」


クローヴィスはそう言って部屋から下がった。一人残されたガイウスは再び空になったグラスにワインを注ぎ、そして一人独語する。


「さて……面白くなってきた。そろそろ我も動く準備をせねばなるまい」


そう言うガイウスの左目には……青く輝く紋章のようなものが写っているのだった。

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