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北伐 その10 〜草原の王〜

草原の民達がよく使う、テント式の天幕の中。そこに今、多くの部族の長達が集結している。


その上座に座るは風の部族の族長、バトゥである。左右に腹心のバートルとムカッサを置き、諸族長達に厳しい視線を向けている。


その斜め後ろにはアレスが座る。彼は客人として招かれ、その様子を面白そうに眺めていた。


族長達は、これから始まる話合いの内容に思いを馳せながら、その時を固唾を飲んで待っている。


アムガに抵抗するためにバトゥに従った者。

アムガに強制的に従う事を命じられ、不服なれど戦ってきた者。

アムガに渋々と従い、後に反旗を翻した者。

そして……アムガに従い、敗れた者。


様々な部族の長達が期待や不安をその顔に湛えながらその様子を伺っていた。


そう、今ここで勝者バトゥによって戦後処理の決定と、その後の騎遊民達の方針が決定するのは誰の目にも明らかであった。


最初に口を開いたのはバトゥだ。


「さて……まずは鉄の部族をはじめ、それに組した部族達の処遇を決めたい」


アムガ亡き後、それを引き継いだ鉄の部族の代表はびくりと震え、彼らに組した者たちは一様に青い顔になる。


それ眺めながら厳かにバトゥは口を開いた。


「基本、すべてを風の部族預かりとさせてもらう。意義はないか?」


各部族の長達は静かに頷く。


草原では勝者に全ての決定権が委ねられる。生かすも奪うも殺すも、今はバトゥの胸三寸なのだ。


バトゥは言葉を続けた。


「女子供は皆、風の部族管轄とする。子供が、成人した後は鉄の部族を再興するもよし、また風の部族の一員となるもよし。それは自由に任せよう。女達も同じく。鉄の部族として再起を図るため彼らの成人を待つもよし、風の部族の男と夫婦になりそのまま風の部族に溶け込むもよし。自由にするがよい」


各部族の族長から唸り声が聞こえた。そう……草原の民の常識ではありえないほどの寛容な待遇だからだ。


本来なら、女子供もすべて奴隷とする、もしくは処刑と決まっている。

歴史上、稀に見る寛容な決断であった。


バトゥは続ける。


「男達はそうはいかぬ。彼らは3年間は奴隷として働いてもらおう。その間、何か問題を起こすようならその者は死罪とする。3年後は女子供と同様選択権を与えよう。風の部族の一員として生きるなら受け入れよう。鉄の部族として生きるのもまた構わぬ」


「お、お待ちください!!」


立ち上がったのは砂の部族の族長である。彼は早くから風の部族に従い、戦に参加した部族だ。


「その様な事は我らの歴史上、聞いたことがありませぬ。女子供はいざ知らず、男までもなど……ご再考をお願いします」


「ならぬ」


「な……なんと……」


「勝者は俺だ。その言葉に異論は許さん」


その言葉にその場にいるすべての者たちが黙り込む。

それを確認した後、バトゥは立ち上がり、そしてゆっくりと立ち上がり口を開いた。


「この場のすべての者たちに告ぐ。俺は今ここで、すべての草原の民が一つになる事を望む。そう……ジャムカ・ラーンの時代の様に」


バトゥは歩きながら言葉を発していく。族長からは息を飲む音が聞こえる。後方で座っていたアレスにはバトゥの言葉にすべての族長が気圧されてるのがよく分かった。


「様々な部族のいがみ合い……その隙を突かれ、今回の様な出来事が起こったのだ。元々草原の民は一つである。それが勝手に部族と称して別れ、そして争ってきたのだ……この争いを機に、ここで再び一つにまとまろうではないか。すべての部族に対し、我はそれを望む」


そしてバトゥは砂の部族の長を睨んだ。


「それ故に、草原の民同士の争いは許さん。もし、それを望むなら……覚悟してもらおう」


それを聞いた砂の部族の長は青い顔で平伏した。


「不服ございません」


その言葉に鷹揚に頷くと再び座すバトゥ。バトゥが座ったのと同時に、各部族の中でも大きな勢力をもつ族長、槍の部族のボルドが立ち上がり口を開いた。


「俺は風の部族に命を救われた……それ故にバトゥに従う」


ボルドの言葉にほかの部族の族長達も頷く。他の部族にとってもバトゥは命の恩人である事に変わりはないからだ。


ボルドは続ける。


「風の部族の長、バトゥの言には一理ある。これから我らは彼を中心に一つになり、共に繁栄を目指そうではないか」


ボルドの言葉に一人、また一人と賛同の意を表す族長が立ち上がる。

初めは様子を伺っていた族長も興奮した表情を見せながら次々と立ち上がりはじめた。


最後の一人が立ち上がった時。ボルドはバトゥに向けてこう言った。


「バトゥ……いや、我らがラーン(族長)よ。今より『草原の王』として我らを導いてはもらえないだろうか??」


ボルドの言葉にバトゥは黙り込む。そして口を開いた。


「まだ……草原を統一したわけではない……俺には早い……」


「いや、早くはない!!」


ボルドはバトゥの声に被せるように声を発した。


「今、ここにいる族長達は皆バトゥに従う決意がある。それならば……我々は強い王を欲す。我らの為にも……どうか名乗ってくだされ。『バトゥ・ラーン』と。


その声に一人、また一人と声を上げて始めた。


天幕は興奮と歓声に包まれ異様な雰囲気となった。


その様子を眺めながら、バトゥは右手を上げた。すると先程の乾燥が嘘のように静まり返った。


バトゥは立ち上がりそして宣言した。


「気持ちはあいわかった。今より我はラーン(族長)を名乗り、草原の王として汝らとともに歩もう!!」


その言葉に、全ての族長達が再び興奮した様子を見せる。叫び出すもの、隣の族長と肩を組み歌うもの、様々だ。


ジャムカ・ラーン以来となる大族長、ラーンの就任。まさに草原の民にとって歴史的な出来事なのである。その誕生に皆興奮を隠せなかったのだ。


その日、各部族で盛大な宴が行われる事となる。そして全ての騎遊民達にとって全ての始まりとなる記念日を多くの者達が笑顔で迎える事となるのであった。




「あぁ。疲れた」


そう言ってアレスは己が天幕に戻り、腰を下ろした。目の前にはシグルドとシオンが平伏して待っていた。


「いや、二人とも。もっと楽な姿勢をとってよ」


その言葉にシオンは笑顔で足を崩した。


「お疲れ様でした。主」


「あぁ、疲れた。でもシオンの策通りに事はなったよ」


「ボルド殿にも骨を折ってもらいましたからね。まぁ上手く転がってもらいました」


今回の筋書き……これは全てシオンの策であった。


バトゥと仲の良かったボルドを巻き込み、彼がラーンに就任できるような脚本を描いたのである。


騎遊民達は皆この計略に乗り……見事に彼の策通り動いてくれたのだった。


「これで草原から戦を仕掛けてくる事はありますまい。ひと段落というところでしょうか?」


「しかしいいのか?北に強大な国が生まれた事を意味するぞ?」


シグルドはそう言ってシオンに尋ねた。確かに彼の言も間違いではない。アルカディア大陸にとっては強大な力を持つ隣国を作り出した事になるのだから。


「アルカディアにとってはそうかもしれませんね。でも……主にとっては違うでしょう?」


シオンはそう言うとニヤリと笑った。


「主とバトゥ殿はすでに義兄弟。そして風の部族は恩を忘れないと言います。事実上、強大な力を持つ『傘下』の国が生まれたと言っても良いでしょう」


シオンは一息つくと再び言葉を続けた。


「ゆくゆくは彼らとさらに友誼を深く持ち、共存する方法を考えるとしましょう。その際は……彼らと同じような『立場』でないといけませんがね……ねぇ、主」


シオンの含みをもたせた言葉にアレスもそれに答えず静かに笑う。


アレスが耳をすませば騎遊民達の朗らかな声が響き渡っている。どうやら、アレス配下の者達も宴に誘われ、共に飲み明かしているそうだ。


「まぁ、今は先の事を深く考えず、目の前の事を、しっかりやっていこう。草原の未来については何年か後、『落ち着いた』ら考えればいい」


アレスの言葉に頷く2人。


こうして、草原全体を巻き込んだ戦は、アレス達の活躍により、静かに幕を閉じていくこととなったのであった。




ラーン就任後のバトゥは、そのカリスマ性を発揮して、全軍をまとめ、東に進出していく。


目的は草原全体の統一。


この後バトゥは恐ろしい速さで草原を圧倒し騎遊民の国『バハール』を建国する。

国の名前は彼の父から取られたものだ。


この後バハールは東や南に猛威を振るい超大国となっていくのだが……アルカディア大陸方面にだけは軍を進める事はなかった。




彼の草原統一にて活躍したのはムカッサとバートルの2人の股肱の臣。


そして彼の家臣となり、また副族長として彼を支える立場となったボルドである。


さらにはここに炎の部族族長、ティムルを加えた4人がバトゥの右腕として活躍するのである。


のちの歴史書では彼らは『四狼』と呼ばれ、『風の王』配下の名将として歴史に名を残していく事になるが……


それはまた別のお話。


お読みいただきありがとうございました。


バトゥは書きながらかなり気に入ってしまったキャラでして。そのうち彼のその後の話でも書きたいなぁと思っています。



さてさて、話は変わりますが今回の章もあと数話でおしまいになります。


あれ?シュウはどうなった?と思う方がいると思いますが、それは次回に描きたいと思います。お楽しみに!

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