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北伐 その4 〜叢雲と不知火〜

現在トロイア砦の外には多くの蛮族……風の部族達が駐屯している。


そして今、風の部族は運命の分かれ道に立っていると言ってもおかしくない。


「俺は反対だ!大陸人に降るなぞ、まっぴらごめんだ」


バトゥ配下の猛将ムカッサはそう吠える。ムカッサはバトゥ軍の切り込み隊長だ。死を恐れず、騎馬を巧みに扱い突撃する姿から「貪狼(どんろう)」と呼ばれて恐れられていた。


バトゥの叫び声に反応したのは向かいにいるバートルだ。彼はムカッサとは反対に常に冷静に軍を動かし、敵の弱いところを突くのが上手い。その姿から「静かなる大鷹」と呼ばれている。

慌てず騒がす、どんな獲物も逃がさないという意味だ。


二人は幼い頃からバトゥに付き従い、数多の戦場を駆け抜けてきた。お互い気心が知れている仲、本音をぶつけあえる間柄だ。


バートルは言う。


「だが、女子供を助けてもらったのは事実だ。その恩に報いなければ風の部族としては失格だろう」


「だがっ!!相手は大陸人だ!!大陸人のような弱者と仲良くするつもりはない!!」


その言葉を聞き、口を開いたのはバトゥである。


「……しかし俺たちはその大陸人に負けた」


「……バトゥ様、それは違います。負けたのはシュウのやつで……」


「だが彼は我が軍では最強の男だ。ここにいるものでは相手にもならないほどにな。その男が敗れた」


バトゥの言葉にムカッサも黙り込む。


「さらにあのまま仕掛けていても、おそらく我らは全滅を免れなかっただろうさ。父上があのタイミングで来てくれた事に感謝をせねばなるまい」


「「…………」」


そう言うとふと気付いたように周りを見渡す。


「そういえばシュウはどこへ?」


「そういえば……ここにはいません」


「昨日も姿を見てないな……」


バートルもムカッサもそう言って首をひねる。


バトゥは彼の様子を思い返す。

一騎打ちに負けた後、茫然自失となったシュウ。


「なぜあの男が叢雲の技を使えるのだ……確かめねばならぬ」


そう言って並々ならぬ決意した表情をしていたのが印象的だった。


「何かおかしな事をしなければよいが……」


バトゥは今の立場を考え……何をするかわからない客人の動向を案じるのであった。




アレスとシグルド、そしてシオンの3人は風の部族が駐屯している地を視察していた。

彼らに多くの視線が刺さるが意に介した風もなく、笑みを浮かべながら進んでいく。


「……ドワーフの時といい、アーリア人といい……なんかこういう視線に晒されるのも慣れたね……」


「じゃあ今度行くときは主一人で行ってください。私は慣れません」


シオンの言葉にシグルドが答える。


「お前も……そんな事を言うような繊細な男ではないだろう……?」


「意外と繊細なんですよ?」


「……シオンが繊細なら、全ての人間が繊細になるね」


アレスの言葉に仏頂面で返答するシオン。


しかし、とアレスは話題を変えた。


「思った以上に落ち着いていたね。バトゥ殿が見事に収めてくれたおかげかもね」


アレスの言葉に返したのはシグルドだ、


「いや、アレス様の武勇を実際に見たのも大きいと思います。やはり戦士は強き男に従いますから」


そう言うとチラリとシグルドは茂みの方を見る。


「彼は単純に強さだけでは従わないと思うけどね」


アレスもまたそちらの方に視線を向けた。


「で、話があるんでしょ?そんなところにいないでこちらに来たらどうだい?」


アレスの言葉に茂みから一人の男が現れた。


「分かっていたようだな」


「そりゃあ……君も気配を隠す気なかったでしょ?」


アレスがそう言うとその男……シュウもまた笑った。


「で、僕に何か用かい?」


アレスの言葉にシュウは真剣な面持ちで、静かに口を開くのであった。




「俺は八洲(やしま)の国の豪族、叢雲家に仕えていた不知火一族の者だ」


一通りの挨拶をした後、シュウは自らの事を語り始めた。


「叢雲家は八洲でも一番の武門の名門。不知火はその筆頭家老を務めていた」


そう言うとシュウは懐かしそうな目をして語り始める。


叢雲家は八洲でも、圧倒的な武力を持つ強大な国だったそうだ。特に当主の直系である『叢雲』一族は一騎当千の武勇をもち、戦場で暴れまわっていたそうだ。だが、時が経ちその力も徐々に弱くなっていったのだと言う。その理由として


「男児が生まれなかったのだ」


とシュウは言った。


「先代がなくなった事で、叢雲直系の男子はいなくなった。それ故に我らは女性を当主に据えた。そしが……当代、叢雲桜(ムラクモサクラ)様だ。しかし我らがそのような状況であると察した周辺諸国が対叢雲同盟を結び……一斉攻撃を仕掛けたのだ」


「よくある話だね。そして……結末は予想通りかな?」


「あぁ……叢雲家は家臣一同、武に優れた者が多い。また当主桜様も女人なれど強大な武の持ち主。その桜様をはじめ我々は奮戦したものの……圧倒的な数の力に敗れたのだ……」


無念そうに語るシュウ。


「残った家臣たちはその後集まって相談した。多くの豪族からは降伏勧告と桜様の縁組を提案された。彼らにとって我らの武、そして叢雲の血統は喉から手が出るほど欲しかったのであろう。だが叢雲の血は武の結晶。何がなんでも守らなければならぬ。そう簡単に手渡すわけにはいかぬ。叢雲の名が残っていれば……また再起をはかることができると。それ故に戦場で散る事を希望した桜様を説得し、野に下らせ、皆でお守りをしたのだ」



シュウの言葉にアレスは少し複雑そうな表情をして、呟いた。


「……本当にそれで良かったのかな?」


「どう言う意味だ?」


「いや、その姫君にとっても、そして民衆にとっても……それが幸せとは思えないけどね」


「民衆は叢雲家の再興を望んでいる。それ故に桜様を匿ったのだ!姫もまたいつか必ず叢雲家を再興させると誓ってくださった!!」


シュウは少し興奮してそう叫び……そしてハッとしたような表情を見せた。


「すまぬ。少し興奮してしまった」


「いや、僕の方こそ何も分かってないのにすまない。それで?」


「私は桜様の(めい)で、大陸に向かう事となった。このまま八洲にいても見つかるのは必定。いくら姫様他、家臣団が武勇に優れていてもいつまで耐えられるかはわからぬ。されば大陸に落ち延びいずれ再起を図ろうということになったのだ。私は、桜様にとっての安住の地を探すべく、先発隊としてこうして旅をしていたのだ」


そういうと、シュウはアレスの方を見た。


「我の素性は以上だ。では我からも其方に質問をしたい」


「だいたい予想はつくけどね」


アレスはそう言って笑う。その返答を無視してシュウは自分が思っていた1番の質問をぶつけた。


「なぜ、其方が叢雲一族にしか使えぬ叢雲流の奥義を使えるのだ?」



叢雲家に使える家臣達は皆、幼き頃より叢雲一族の武術を学ぶ。


『叢雲流』


この流派は八洲でも最強の武術として名を馳せていた。

叢雲流は一対多数を想定して戦う武術として何処かに消えた中興の祖、第4代当主が完成させた武術である。第4代当主は元々武勇に優れていた叢雲一族の中でも天才中の天才であった。彼一人で数万の軍に値する、とは彼の知る者の言だが、その噂は誇張ではなかったようだ。

己が武勇のみならず、彼はその武術を体系化し、多くの者が使えるようにした。叢雲家に仕えるものたちは皆幼き頃よりその武術を徹底的に学び、最強の戦士として当主に仕えることを求められる。


そして……叢雲の一族のみはその武術の秘伝と奥義を学び、叢雲家最強の戦士として君臨するのである。



アレスやシュウが使ったのはその奥義である。シュウは見様見真似でかつて先代が使ったその技を行い……未完なれど放つ。


しかし目の前の男は


「あれは完全なる『龍の咆哮』だった。なぜお前が使える?」


シュウの言葉にアレスはちらりとシグルドとシオンを見る。二人とも興味津々にその話を聞いていた。


その様子を見て、小さく苦笑した後、アレスはゆっくりと口を開いた。


「僕の中には3人の英雄の記憶が宿っている」


シュウは怪訝そうな表情をしてシグルド達の方を見る。それを見てシグルドとシオンは頷いた。


「一人は、錬金王と言われた賢者ギルバート・ゴライエ。一人は覇王と称されたレオン・アルカディア」


そう言うとアレスは静かにシュウを見つめ、口を開く。


「そして……剣聖と謳われしシン・オルディオス」


「シン……??」


その名が出た瞬間、シュウは眉間を寄せた。


「シン・オルディオス……数多の魔族と魔王を剣一本で打ち滅ぼした勇者。彼は故あって魔王を滅ぼした後オルディオスの名を名乗った」


これはシグルドもシオンも初耳の事だ。英雄シン・オルディオスは大陸中に知らぬものはいないが、この事実はおそらく誰も知らないだろう。


アレスは続ける。


「彼は……己が手で殺めたたった一人の親友の名を忘れないように……己が名を変えたんだ」


そう言うとアレスは遠い目をして空を眺める。


シュウはそんなアレスに震える声をかけた。


「まさか……その以前の名は……」


「そう、君が予想した通りさ」


アレスはそう言うと笑顔で答えた。


「シン・オルディオスの以前の名は……シン・ムラクモ。叢雲紳(ムラクモシン)と呼ぶ方が君たちらしいかな?そう、行方知れずになった第4代の当主だよ」



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