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アーリアの女傑

アーリアの長、ギルガメシュには年の離れた妹がいた。


それが、ゼノビアである。


年は20代半ほど。整った顔立ち、長い黒髪としなやかな筋肉を有した抜群のスタイルを見れば、なるほど、アーリア人では珍しいほどの美女と言えるだろう。


ただ、彼女を見れば別の意味で目を止めるに違いない。それは


「でかいな……」


ダリウスはそう呟く。


そう、彼女は非常に高身長なのである。

その身長は190センチほど。2メートルを超すダリウスと視線が一緒なのだ。


そして彼女の登場により、その場にいたアーリア人の興奮が先ほどよりもはるかに高まっているのを感じることができる。


そう、アーリア人にとって彼女は別格なのだ。


彼らはいう。彼女こそ、現代におけるアーリアの


『最高傑作』である、と。




「アーリアの奴ら……随分と盛り上がっているな」


辺りを見渡しながらダリウスはそう嘯いた。


ゼノビアの登場は先ほどまでのアーリア人の雰囲気を一変させた。

ギルガメシュとアレスとの一騎打ちでも相当な盛り上がりであったが……その比ではないのだ。


興奮して叫び、地団駄を踏み慣らし盛大な音を立てるアーリア人達。


そんな雰囲気を眺めながら、ダリウスは長槍を片手に前に進む。向かいには先程から人の二倍はあろうかと言うほどの大剣を振り回しているゼノビアがいる。


「おや?向こうの小さい奴が相手じゃないのかい?」


「俺じゃ不服か?」


「ん〜不服じゃないけどね。あの小さい奴の本気が見たかっただけさ」


その言葉にダリウスは小さく笑った。分かっているのだ、この女は。彼の主人(あるじ)が本気を出していなかったことを。


「ところであんたも強そうだけどさ。あの小さいのとどっちが強い?」


「痛いところをつくな。確かに以前俺はあの方と戦い負けている。だから、俺の方が弱いのかもしれん」


そう言ってダリウスは自嘲する。


彼にとって初めての敗北。それが、先の戦においてのアレスとの一騎打ちなのだ。だが、彼はそれを恥とは思っていない。むしろ誇りとさえ思っている。


「うぉーい、あれは運も重なってのことでしょ。変に煽るのはやめてくれー」


遠くの方からアレスの声が聞こえる。相変わらずの地獄耳だ。しかしダリウスはその声を一切無視する。


「まぁ、それでもあの方を本気にさせ、あと一歩のところまで追い詰めたんだ。多少良い勝負ができると思うが?」


「ふん、まぁいい。あんたの気配を見ればよほどの強者だということぐらいわかるよ。あんたを倒してあの小さいのを引っ張り出せばいいんだ」


そう言ってゼノビアは自慢の大剣を振り回す。ただそれだけの動きなのにも関わらず、風圧で地面がえぐれ、砂埃が巻き起こった。


「じゃあ楽しませておくれよっ!いざっ!!」


そう言うとゼノビアは脱兎のごとく駆け出すのであった。



「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああ」


ゼノビア渾身の一撃をダリウスは向かい打つ。


「むぅぅぅう!?」


その斬撃を受け止めた瞬間。ダリウスの足が地面にめり込んだ。それほどの圧力がダリウスの槍にかかったのである。


ダリウスはゼノビアを振り払う。それに対しまるで猫の如きしなやかな身のこなしでゼノビアは後方へ飛び退った。


「おいおい、冗談だろ……?こんな奴がいるなんて」


ダリウスの顔がいつになく真剣だ。彼の長年の勘は告げているのだ。


此奴は強敵である


と。


対するゼノビアは笑顔を見せる。それこそ心底楽しそうな笑顔を。


「よく受けてくれた。こんな奴は初めてだ!楽しませてくれよ!!」


そういうと再びゼノビアは恐ろしいまでのスピードでダリウスに襲いかかる。


「腕力だけでなく、スピードもあるのかっ!!」


そう言うとダリウスもまた手に持っていた槍を振り回し受けて立つ。


ゼノビアの大剣とダリウスの長槍が何度も火花をあげてぶつかり合う。


ゼノビアの攻撃は腕力のみの一辺倒な攻撃だ。しかし恐るべきスピードと力で小手先の技など必要としない。

ダリウスは次第に受けに回ることが多くなった。


その瞬間。


「があぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁあああ!!」


咆哮とともにダリウスは槍でゼノビアを振り払い、ゼノビアもまた距離をとった。


お互い多少の息の乱れはある。ダリウスは注意深く相手の様子を伺い……そして笑みを見せた。


「アーリア人とは何度も戦ってきていたが……こんな奴がいるなんて想像したことがなかった。主人とシグルド以外で初めて本気を出せそうだ」


そういうとダリウスの体が金色に輝く。


「かぁぁぁぁぁぉぁぁぁぁああ」


ダリウスの体の闘気が高まり、身体中の筋肉が膨れ上がる。


その様子を見てゼノビアは眉間にしわを寄せた。


「さて、お遊びはこれまでにしよう。どこまでもつか……見せてくれ!」


そう言うと今度はダリウスが猛然とゼノビアに襲いかかった。


「くっ!」


最初の一振りを受け止めてゼノビアは思わず呻く。先ほどとはまるで重さが異なるのだ。


一撃だけでなくダリウスの攻撃は二撃、三撃と続く。次第にゼノビアは防戦一方となる。


相手を追い詰めながらもダリウスは心の中で舌打ちをした。


(これほど耐え切るとはな……正直驚いた)


主人であるアレスの顔を横目で見ると彼もまた驚いた表情をしている。相手がここまでやるとは思わなかったんだろう。


「ぐっ!!」


ゼノビアは最後の一撃を受けきると後方に飛ばされた。そして己が大剣を下ろし、目をつぶった。


(観念した……?いや、違う。奴からは戦う戦意は失われていない)


ダリウスがそう訝しながら様子を伺うと


「はああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


「まさかっ!?」


ゼノビアの身体に金色の闘気が駆け巡り、身体中が金色に輝きはじめたのである。


周りにいるアーリア人達はその様子を見て。


初めは沈黙し、そして困惑し……いつしか狂騒に変わっていった。


「感謝するよ。グランツの戦士」


ゼノビアはそう言うと自分の手握ったり開いたりしながら己が身体を確認していく。


「これは……まるで違う。身体が軽い……こんな世界があるなんて知らなかったよ」


そう言うと再びゼノビアはダリウスの方に向き直り大剣を構えた。


「さぁここからもう一度相手をしてもらおうかっ!」


そう言ってゼノビアは先ほど以上のスピードでダリウスに襲いかかるのであった。




再びダリウスとゼノビアはぶつかり始めた。


「これはいい!身体がまるで羽のように軽いぞ!」


嬉々とした表情でダリウスに襲いかかるゼノビア。

それに対しダリウスは感情を表に出さず、ひたすらそれを受ける。


「どうした?守ってばかりではどうしようもないぞ?」


煽るゼノビアを無視してひたすら耐え続けるダリウス。

打ち合った回数が50合にもなったほどだろうか


この戦いを眺めていたアレスは唐突に呟いた。


「そろそろかな?」


と。


それと同時にダリウスも呟く。


「そろそろだな」


と。


その途端ゼノビアに異変が起きる。


「ぐぁっ!?なんだ??」


ゼノビアを覆っていた金色の闘気は消え、四つん這いに動けなくなるゼノビア。息も絶え絶えな姿に変わり果てる。先ほどの姿が嘘のようだ。


そんな彼女の前にダリウスは立ち塞がって口を開く。


「闘気の使いすぎさ。闘気は身体の内なるパワーを爆発させるもの。初めて使えばそうなるな」


「貴様……それがわかって何もしなかったのか……卑怯者!」


「卑怯者?笑わせてくれる。本気でやれば当然お前なんかねじ伏せる事は簡単だ」


そう言うとダリウスはさらに闘気を解放した。ダリウスの秘技と言える、二段階闘気解放。


「ば……馬鹿な……」


「お前ならわかるよな?これが何を意味しているのか」


ゼノビアの背中に冷たい汗が伝う。そして気づくのだ。この世には己が知らない強者は多く存在し、そして目の前の男がそれであるという事に。


ゼノビアはふぅと一息つくと、どっかりと胡座をかき、そして言った。


「参った……降参だよ」


ゼノビアの一言で周りにいたアーリア人達が静まり返る。アーリア人最強の戦士が破れたのだ。それも当然であろう。

こうしてダリウスとゼノビアの一騎打ちは終わりを迎えたのである。




「さて……お前たちは負けたわけだ。だからアーリアの流儀に従って我らの言葉を受け入れてもらおうか?」


ダリウスのその言葉にゼノビアも、そして後方にいるギルガメシュも反応した。


「くっ……いいだろう。お前たちの言葉に従おう。要件を言え」


ダリウスは満足そうに笑い口を開く。そしてアレスの方に目を向ける。


「やれやれ、主人は僕なんだけどね」


アレスはそう呟いて、身を竦めた。


「願いは二つ」


ダリウスはゆっくりと二本の指を立てて、言葉を続けた。


「一つは向こうにいる主人の指示に従ってもらう、ということ。お前らも主の強さはよく分かっているだろう?」


その言葉に多くのアーリア人の視線がアレスに集まる。アレスはそれを見て苦笑した。


「ちなみに……主は俺よりも強い。それは覚えておけ」


その言葉にアーリア人達からざわめきが起こる。そのざわめきを無視してダリウスは言葉を続けた。


「そしてもう一つの要求だ」


アーリア人達はその声を聞き静まり返った。そしてこの後の言葉は彼等もそして主人であるアレスの予想も超えるものであった。


「おい……そこの女。お前、俺の嫁になれ」


その場の全員の時間が止まる。


「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ??」


意外にも一番最初に声をあげたのはアレスだった。


「ちょ、ダリウス。何を言って……」


「悪いが主人は黙っていてくれ」


そう言うとダリウスはゼノビアの元に向かう。


「お前と戦いながら……お前のことが気に入った。俺の嫁になれ」


ゼノビアはそんなダリウスを眺めながら答える。


「本気か?」


「本気だ。俺の子を産んで欲しい。お前との間に生まれる子なら、きっと強き子が生まれるだろう」


またしてもしばらくの沈黙。そして……


「あっはっは。面白い。いいだろう。お前の子を産んでやる」


ゼノビアは大笑いしながら飛び起きた。


「アーリア人の女はより強い男の子を産みたいと思っているものだ。残念ながら今のアーリアにアタシ以上に強い奴はいない。ならお前が適任だ」


そう言うとゼノビアはギルガメシュの方を振り向く。


「兄者も異存ないな」


「……まぁ、異存はない」


頷くギルガメシュ。そして静まり返っていたアーリア人達が再び騒ぎ出す。


「強き男を仲間に迎えるぞ」


(ひぃ)様の婿になるぞ」


「より強き子になるに違いない!」


そんな喧噪を他所にアレスは放心状態で呟く。


「なんだ?この超展開……」


アーリア人に囲まれるダリウス。そして置いていかれるアレス。何か釈然としないものを感じつつ、とりあえずアレスは他のアーリア人と共に彼等を祝うのであった。


英雄皇アレスに負けず劣らず、天武将ダリウスもまた女性からとても人気があった男であった。彼もまた複数の女性と浮名を流し、また複数の妻を娶ったと言われているが、その中でも最も有名な女性。それが『アーリアの女傑』と言われたゼノビアであろう。


彼女の実力は非常に高く、個人の武勇なら十二勇将を凌駕し、六天将に肉薄するほどであったそうだ。しかし彼女がいずれにも属さないのは、彼女個人がアレスに忠誠を誓っているわけでなく、ダリウスに属していたからであろう。


その後ゼノビアはダリウスの副官として彼と共に戦場を行き来するようになるが、その姿はアレスティア最強の一番(ひとつがい)として名を馳せることとなる。



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