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真のドワーフ

ドワーフ族。


彼らは大地を司る神の下僕として生まれたとされている。

性格はおおらかで豪快。細かいところは気にしない。

身長は低く、四肢は筋肉質でがっちりしている。そのため、戦士として有名な者達も多い。現に傭兵として働くドワーフは多数存在する。


だが、一番彼らが得意とすること。それは手先の器用さである。彼らの作る武具、防具はいずれも一級品として取引されており、また彫刻や建築、工芸品に至るまで、その性格とは裏腹に非常に繊細に作られるのだ。


そして彼らは非常に食事と酒を愛する種族でもある。上手い物や上手い酒があれば、金を惜しまず購入する。


多くの特徴はあるが、いずれもこの大陸にはなくてはならない存在なのだ。


そして……そのドワーフ族の中でも、もっとも祖に近く純血を保っていると言われるのが


『真のドワーフ族』


と呼ばれる者達である。


この大陸において『真のドワーフ族』を名乗る一族は3つある。

北のヴォルフガルドにある一族。西の地トラキアと北西部トランベルグ公国の間の地に住まう一族。そして……ここグランツ東方に位置する山脈にて生活する一族である。


グランツ公国時代では、特に交流をしていたわけでもなく、敵対していたわけでもない……


「だが、これからの時代はそう言うわけにはいかない。いくら今まで諍いがないとはいえ、今後襲ってこないとは保証できないしね。また、彼らの技術は今後の我々には必要だ。だからこそ、しっかり話し合わないといけないね」


アレスはそう言って真のドワーフ族の街に入っていくのであった。



「まて、人間」


街に踏み込んだ瞬間。街の衛兵だろうか。アレス達は戦士風の男に唐突に呼び止められた。


「ここは我々『真のドワーフ』の街。人間を呼んだ覚えはない。どう言った要件だ??」


「おいおい、俺の顔を忘れたのかよ」


そう言ってアレスの前にダリウスが立った。目の前のドワーフを覗き込むように顔を近づける。


「か、顔が近いっ!!」


そう言うとその衛兵風の男は後退りして叫んだ。


「ダ、ダリウス卿か!?」


「そう、俺だよ。ダリウスだ」


そう言うとダリウスはニヤリと笑う。反対に衛兵風のドワーフは少し嫌そうな顔をした。


「お……お前が来ると碌な事がない……」


「なんか言ったか?」


「いえ、何もっ!!」


そう言うと衛兵ドワーフはビシリと敬礼をし、口を開いた。


「ようこそ、ドワーフの友人。我々は貴方を祝福します」


「あぁ、ありがとうよ。じゃあ勝手に行かせてもらう。いこうぜ、主」


そう言うとダリウスは苦笑しているアレスを促して、前へ進んでいくのであった。




「ねぇ、ダリウス……君は本当にドワーフの友人なのかい??」


アレスはダリウスにそっと小声で話しかける。


「当たり前だろ。だから皆俺の方を見てるじゃないか。久々に俺に会えて嬉しいのさ」


確かにドワーフ達はダリウスを見ている。そしてそこに悪意は感じれないが……明らかに皆迷惑そうな顔をしている。


「えっと……一体君はここで何をやったんだい??」


「何をって……ちょいと『ドワーフの火酒』を買い占めただけだが?」


「うん、それだ。絶対」


ドワーフの火酒は強いアルコールで有名な酒だ。現在大陸中の酒好きの憧れの酒と言える。そして……ドワーフにとっても好物である。


「安心してくれ。『蒸留酒』ができてからはそのような事をしていない」


そう言ってダリウスは爽やかな笑顔を見せる。対するアレスは深い溜息をついた。


ここに来る前にダリウスは言った。俺はドワーフと強い繋がりがあるから任せろ、と。

だが……


(うーん、今は不安しかない。楽観的すぎたかなぁ……)


思わずアレスは頭を抱えてしまった。


「あぁ、主」


「今度は何さ」


「伝え忘れたんだが、俺はここの長とは前回喧嘩別れしてるんだ。ちょっと酒のことで殴り合いになってな。で、気絶させたんだよ。だから、あと頼んだ!!」


「それを早く言えっ!!」


どんどん不安になっていくアレス。そうこうしているうちに長が住まう屋敷が見えてくる。


石造りのがっしりとした大きな建物だ。


不安を抱えながらもアレスはその門をくぐるのであった。




「よく来た!辺境伯殿!!俺がこの街の長であるガルドールだ!!」


アレスの想像とは異なり、真のドワーフの長ガルドールは豪快な笑顔で迎えてくれた。

差し出された手を握りながらアレスは相手を観察する。


ドワーフ族の特徴よろしく、背の低い男だ。しかし、鋭い目つき、隙のない動き、その足のように太い腕、そして無骨な掌からは彼が戦士としても優秀なのがよくわかった。


「しかしまぁ、貴様のような男が人に従うなんてな……話を聞いてからどうしても会ってみたいと思ってたが……」


そう言いながらガルドールはダリウスを一瞥した後、まじまじとアレスを見つめ、


「ノームが貴公らがきてから騒ぎ出してな。とっても喜んでおる。ダリウスが来てもこのようなことはなかった……ということは、あんたが来たことが原因だろうな」


そう言いながらニヤリと笑った。


「さて、そんな辺境伯殿はいったいどんな話を我々に持ってきたのかな??」


そう言うとガルドールは鋭い視線をアレスに向けるのであった。



ガルドールの鋭い視線を受けてもアレスは笑顔を崩さない。その様子を見てガルドールは心の中で唸る。


(動揺させるためにかなりの殺気を浴びせてるのだが……微動だにせずか。これは大物か、それともただの馬鹿か……)


ふとアレスはガルドールの前に木箱を置く。そして口を開いた。


「友好を」


その言葉にガルドールは黙り込む。アレスは続ける。


「真のドワーフ、貴方達と友好を深めたい。そして……交流をしたいと思う。勿論タダとは言わない」


彼はそっと木箱を開ける。そこには美しいガラス細工の瓶が詰められていた。中には琥珀色に輝く液体が入っている。

そして、他には大きな塊肉を干したもの。


「交流をしていく中で、貴方達の物作りの技術。それを学びたい。そして我々はそれとこの酒や食べ物などを交換しながら友好を深めたいと思っています」


ガルドールの目は瓶に詰められた酒に釘付けだ。銘酒『ドワーフの火酒』でもここまで透き通った酒にはならない。


ドワーフは元来酒と食べ物に目がない種族だ。見たこともない酒にガルドールは目を奪われた。


「ふむ……ドワーフに酒を持ってくるとはな。それほど自信があると言うことか?」


「えぇ、あります。貴方達を虜にさせるほど、この酒の完成度は高い。どうです?味見をしてみては??」


「元よりそのつもりだ。誰か!器を!!」


「いえ、それもこちらで持ってきました」


そう言うとアレスは今度は袋の中からガラス細工のグラスを取り出した。それを見てガルドールは驚いた顔をする。


「ほう……美しいものじゃのう……」


アレスはグラスに酒を注いでいく。それをまじまじとと見つめながら、注がれた酒を一口含み、ガルドールは声をあげた。


「な、なんじゃこりゃああああああああ!!」


二口、三口口に含み、そして味を確かめる。


「強い……強い酒だ……火酒よりもおそらく強い……しかし癖がなくまろやかだ」


アレスが持ってきたのは『蒸留酒』である。ドワーフ族は酒が好きだ。しかもアルコールの強い酒が。今回、彼らを説得するためにアレスが考えた事。それは彼らの胃袋を掴むことであった。


「つまみとして、こちらを食べてもらえませんか?」


「うん?干し肉か?こんなものは幾らでも……」


「普通の干し肉ではありません。まぁ、そう言わずどうぞ。食べてみれば違いがわかります」


アレスに勧められるがまま、先ほどアレスが切り分けた干し肉を口にし……ガルドールはまた吠える。


「なんじゃこりゃああああああぁぁぁぁあ!!」


慎重に口をつけていた酒の時とは異なり、ガルドールは干し肉を貪り食べた。皿の上の干し肉がすぐに無くなる。


「美味い!美味すぎる!!なんだこの肉は!!」


「これは我が領内の名産になりつつある……白金肉(プラチナミート)、デモンズバッファローの肉です」


「デモンズバッファローとな!?」


「えぇ、それを完全に血抜きして取り出した肉ですね。かの魔獣はその加工方法を工夫することで、これだけ美味になるんです」


そう言ってアレスはガルドールの様子を眺めた。かなりこの二つのものに心奪われている様子だ。


そしてアレスは最後の一言を言い放つ。


「ガルドール殿……私はドワーフの歴史、技術は本当に素晴らしいものであると思う。だが、我々の技術とて貴殿らに劣らず素晴らしいものであると自負しております。お互いに友好関係を築き、交流を図ること、お互いの良いところを交換し合うこと……それはお互いの利益と発展につながると思うのですがいかがでしょうか??」


ガルドールは視線を酒と干し肉に移す。そしてアレスの方を見上げた。


「この酒と干し肉を一晩貸してくれないか?」


「構いませんが……どうしてですか?」


「長老達に図ってみようと思う。それだけ価値があるものだ。この酒と肴も。そして……」


そう言うとガルドールはニヤリと笑った。


「貴殿もな」



夜が明け、アレスとダリウスは野営をした場所から再びドワーフの街を訪れた。


向かうは昨日ガルドールが伝えた、この街を一望できる高台である。


そこに向かうと、ガルドールを始め街の主だった多くのドワーフ達がアレスの事を待っていた。


「よう辺境伯殿。昨日はよく眠れたかい?」


ニカッと笑顔を見せたのはガルドールだ。


「さて、昨日の返答だが……あの後ここにいる8名の長老達と話し合った」


ガルドールの後ろには8人の年老いたドワーフが控えている。


「お前さんの持ってきた蒸留酒と白金肉(プラチナミート)……俺たちには魅力的すぎる。頑なだった長老も流石に折れたよ。だがな」


ガルドールは真剣な面持ちでアレスを見る。


「俺たちは今まで多くの種族との交流を避けてきた。それは……俺たちの文化を壊されたくないからだ」


彼らの言い分もわかる……とアレスは思う。新しい文化に触れる事は、変化をもたらすからだ。真のドワーフ達はそれを嫌っている。


「だが……あんたが来るという事は、時代はもしかしたらそんな俺たちにも変化を求めているかもしれない、そう思ったんだ。だから、後は神に問うてみたいと思う」


そう言うとガルドールは奥の方を指差した。そこには固い岩盤に一本の槍が刺さっている。


「あそこにあるのは精霊神セレスティーナ様が我々を守護するために遣わした槍だ。あの槍が我々を守ってくれるからこそ、この地に我々は住んでいる。もし、我々に外に目を向けよ、と神が言うならきっと抜けるはずだ……辺境伯殿、あの槍を抜いてきてもらえるか??」


「おいおい、待てよ。あれは俺だって抜けなかった槍じゃないか。それを主に試させるなんて……流石に怒るぜ?」


ダリウスの言葉にガルドールは答える。


「我々とて考えたんだ、ダリウス。昨日、辺境伯殿が言ったこと、それは一理ある。そしてあの酒と肉は我らには魅力的すぎだ。だがな、それでも譲れない事も我々にはあるのさ。だから最終的には神の意志に従おうと考えたのだ。もしあれが抜ける時はセレスティーナ様がこの地から外に向かう事を許可した意志であると言う事だからな」


そう言うとガルドールは再びアレスを促した。


「辺境伯殿。それでは……頼む」


その言葉を受けてアレスは静かに槍の方へ歩き出す。


その姿をその場にいる多くのドワーフ達が固唾を飲んで眺めている。


(やれやれ、本当に大変なことになってしまった)


そう思い、アレスは静かに笑った。


固い岩盤に深々と槍が刺さっている。そして、そこからは非常に強い魔力を感じる事ができた。


アレスは槍に手をかけるとそっと心の中で呟く。


(精霊神セレスティーナよ。我にドワーフの友たる資格があるなら……我に力を貸してくれ)


そう念じ、アレスは一息に引き抜いた。



その瞬間。




槍はいとも簡単に岩盤から引っこ抜けたのだった。


「おお……」


「おおおお……」


ドワーフ達がその姿を見て感嘆の声をあげる。


その声を無視してアレスは片手に槍を持ち、まじまじとそれを眺めた。


美しい槍だ。まるで今まで雨ざらしになっていたのが嘘のような。引き抜いても強い魔力は失われていない。穂先は光輝いており、見る者を魅了するだろう。


アレスが槍に見惚れていると、背後に気配を感じた。振り向くとそこにはガルドールを筆頭に多くのドワーフ達がアレスの周りに集まっていた。


「辺境伯殿……お見事だった」


ガルドールは笑顔だ。


「我々、真のドワーフは貴方を真の友と認め、貴方の願いを叶えよう。友のためなら命を捨てることができるのが我々真のドワーフだ。貴方の頼みならなんでも聞こう」


そう言って右手を差し出す。


アレスはその手を取りながら笑顔で答えた。


「そっか。ありがとう。じゃあまず最初のお願いをしようかな?」


「なんだ?なんでも聞こう」


「とりあえず、命を捨てるのはやめてくれ」


アレスの言葉にガルドールはキョトンとした顔をし、その後、爆笑をした。気づけば後ろのドワーフ達も同じだ。


アレスやダリウスもつられて笑う。笑い声は次から次へと移っていき、真のドワーフの街には大きな笑い声が響きわたるのであった。



その後、ドワーフの街はてんやわんやの大宴会となった。外で待機していた白軍達も呼ばれ、街全体が盛大な宴となったのだ。


「友よ。その槍を持っていて欲しい」


その席でアレスはガルドールにそう懇願された。初めは固辞していたが、ガルドールの説得は続き、結局アレスは折れ、精霊神の槍『神槍レイナート』を預かることとなったのである。


「その槍を持っていれば他の地にいる『真のドワーフ』達も協力してくれるはずだ」


とガルドールは言う。


こうして翌日、アレス達はガルドールと仮という形で簡単な協定を結んだ後、真のドワーフの街を後にした。向かうは山一つ向こうの『戦闘種族アーリア人』が住まう土地である。


「さて……次は多少の争いを覚悟しないといけないな。気を引き締めないと」


そう、小さく呟くアレスであった。

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