婚礼前日談
ハインツに入ってから……本当にバタバタだった。
と私、シャロン・ロクシアータは思う。
この一年。夢だったのだろうか?と思うような日々だった。
アレスからプロポーズを受けたのが一年前。他の皆にも同じようにプロポーズしたと聞いた時、あぁ、アレスらしいと妙に納得したものだ。
その後コーネリア様から全員に召集がかかった時は正直怖かった。相手は皇族、我々の敵う相手ではない。何を言われるのかドキドキした。ロクサーヌなんかは青い顔になって……シータやマリアなんかは完全に心ここに在らずだったと思う。そして……コーネリア様から提案された内容を聞いて心底驚いたものだ。
あの人の望み……それは
皆が仲良くすること。妻同士の争いを行わないこと。皆平等であること。
だったのだから。
そう、あの日からあの人が私達のリーダーになったような気がする。もちろん身分も皇族だし、当然の事だと思う。でも……それだけでない何かがあの方にはあった。
自然とあの方を中心に私達はまとまっていったのが不思議と心地よかった。
そこからハインツに向かうまで……アレスには内緒にしてあるけど、結構このメンバーで会って色々なことをやったものだ。
コーネリア様も喜んで城を抜け出し……まぁ何をしたかは秘密にしよう。怒られそうだし。
え?やましい事はしてないわ。ちょっと危ないことをしていただけ……よ?
でもそんなこんなで随分と絆が生まれたような気がする。
さて、そうこうしているうちに一年が過ぎ、私達はグランツ領都ハインツに向かう事になった。
そこに向かう前……私達は衝撃的なことを知らされる。それはさらに妻が増えるという事。
レドギア侯爵妹、リリアナ・レドギア
そして、よくわからない魔族の女。
全くどれだけ見境がないのよ、あの男は。
それを聞いた際、皆でそう言ってため息をついたもの。何かしら理由はあると思う。アレスの事だから。でもなぁ……こうやってたくさん増えていくんだろうな、これからも。
そんな男を好きになっちゃったんだからどうしようもないけど。
その後彼女達と合流するも、やはりここでも一悶着。だが、最終的にそれを全て上手くまとめてくれたのはコーネリア様だった。
あんなに敵愾心むき出しだったリリアナやリリスがこうも従順に従うんだから……本当に恐れ入ったわ。
さて。そして私達はハインツに入った。
本当にこの街には驚かされたわね。
まずは街の大きさ。
ついこの前まで蛮族の街と言われていたのに……帝国内の大きな領の中心都市ぐらいの大きさはある。
そしてその発展ぶり。私がいるロクサーヌ領なんかは相手にもならない。下手をすると……ロマリアと同等かそれ以上。家の街並みは綺麗だし、道路と水路は舗装されている。見たこともないような高層の建物があり、それと上手く調和するように緑も植えている。
露天に賑やかに、そして各店舗は繁盛しており、治安も良さそうだ。
帝都をはじめ各地から移住者が増え、人口は増加の一途を辿ると聞き、半信半疑だったが……納得だ。
最後に……人種。そう、ここでは誰しも平等であること。本当にアレスらしいと思う。
妻である私達を見ればわかるはず。人族も獣人もそして魔族もいる。身分も皇族から庶民まで。
彼の中では人種などはないに等しいのだ。だからこそ。
この平和な街を作ることができたのだろう。私はそう思った。
◆
ハインツに着いてからもやはり大忙しだった。
主だった家臣達との引き合わせ、ハインツの街の案内、婚礼の準備……
そんな忙しい毎日を過ごしている私の元に父上がやってきたのはハインツ到着後、一月が経とうとしていた時であった。
「やぁ、元気そうだね?シャロン」
そう言う父上の笑みは非常に優しい。一体この笑顔にどれだけ助けられたのだろう。
父の顔を久しぶりに見た途端、急に寂しくなり、私の瞳からは涙が一筋溢れる。
今まで忙しくて、追われるように過ぎていく毎日。でも父上の姿を見てふと現実に帰ったのだ。
一人娘のわがままをいつも聞いてくれた父。その父を置いて、グランツという辺境に嫁入りする……
だが、父はそんな私の肩を叩きながら笑顔で答えた。
「泣くことはない。お前は大陸一の英雄の妻となるのだ。胸を張りなさい。それに、永遠に会えないわけではない。いつか必ずいつでも会えるようになる日が来るはずさ」
私はその言葉を聞き、怪訝そうに父の顔を見た。
そんな様子を見た父はいつもの笑顔を引っ込め、真面目な顔をして口を開いた。
「彼がこんな辺境で終わるわけないだろう?必ず大陸全土を動かすことをする筈だ。私のことよりもお前はその覚悟をしておきなさい」
と。
父の言葉に私はハッとする。
コーネリア様はアルカディアの帝室。皇位継承権のある方だ。そしてセフィロス陛下は後継者を明言していない……
もしかしたらアレスはいずれ皇位継承権をめぐる争いの中心になるかもしれない。だからこそ父上はそのような事を言ったのではないだろうか。
だが。そんな事はどうでも良い。私にとって大切なのはアレスであり、コーネリア様を筆頭とするこの仲間達であり、そしてこの国なのだ。
それらを守る事が私のやるべき事。だからこそ。
これからもアレスの妻として気持ちを引き締めて様々なことに当たりたいと思う。
◇
「ようこそおいで下さいました。父上」
私ロクサーヌを初め3人の姉妹の元に父アルフォンスがやってきたのは婚礼の儀の一週間ほど前でした。
「やぁ、1ヶ月ぶりだな。元気にしていたか?」
1ヶ月ほどしか経ってないのにもう何年も離れたみたいです。それだけこの1ヶ月が濃かった……いや、正確にいうなら一年かもしれません。
「父上もお変わりなく何よりです」
「1ヶ月ほどで変わってしまったら、ちょっと情けないだろう??」
そう言って父上は笑います。まぁ、当然の事かもしれません。でもこうして父上の笑顔を見るのはずいぶん久しぶりのような気がします。まだ、1ヶ月ほどだというのに。
「しかし……驚いたな、この街は。一体婿殿はどのような魔法を使ったのだろう????」
父上が言っているのはよくわかります。この街に初めて着いた時……私達も言葉を失ったものです。
その後もこの街の事、他の婚約者達の事、そしてアレス様の事を語り合いながら私達三姉妹と父上は同じ時を過ごすのでした。
◆
「しかし……お前達には『マリッジブルー』というのは無いんだな。ロクシアータ伯のご息女は父君と出会い、涙を流したそうだが?」
「ふふふ、シャロン姉さんらしい。いつも強がってるからその反動だよ」
そう答えたのはミリアです。
「ボクは今の生活が意外と気に入ってるんだよね。たくさんお姉さんが出来た感じで楽しくて」
「皆さま本当にいい人たちばかりなんです」
続くのはシンシア。
「いつも気にかけてくださるので、本当にありがたいです」
2人の言葉に父上は苦笑しました。
「なるほどな……まぁお前達がそういうなら大丈夫だだろう。他の方々の迷惑にならないよう気をつけなさい」
そう言うと父上は不意に手を叩いた。それを合図に父上の家臣達が部屋に入ってくる。手には四角い大きい箱を持って。
「さて、これを渡そうと思って来たわけだ」
その箱を開けるとそこには三着のドレス……ウェディングドレスが入っている。
「父親らしいことも最後になるだろうしなぁ。ま、受け取ってくれ」
その言葉に。そしてそのドレスに私達もさすがに言葉を失いました。そして……初めて感情が揺れたのがよく分かりました。
父の優しさ。父の温もり。それを感じながら……
「ありがとうございます……父上……」
そう言うのがやっとのような気がします。
婚礼の儀まであと一週間。それまでは私達3人と父上の4人で。ゆっくりと時間を過ごすことができたら……とおもいます。




