教会の異端児
フェリクス・ラインマイヤーはアルカディア帝国に使える準男爵家の三男として生まれた。
身分の低い貴族の三男坊。そのため食い扶持を減らすため幼くして彼は神学校に送られる。そこで頭角を現した事で当時大司教であったルキウスに見出された彼は、更なる飛躍のためアルカディア皇立学校の神学部へ留学する事となる。
この年の同期は僅か一人。それが彼の大親友にして、切磋琢磨する好敵手であるセシル・グリフィスであった。
神学校卒業後、共に聖騎士の道へと進む二人。
しかしその歩んだ道は対照的であった。
セシルが順当に出世していくのに比べ、功績をあげてもフェリクスは全く認められないのである。
それは彼の性格にあるだろう。
「俺は奴らを肥え太らせるために聖騎士をやっているのではない。余計な口出しはしないで貰いたい!」
権力に媚びず、己が信じる道を進む頑固な男。セシルに比する実力がありながら、上層部から認められないのはその性格からであっただろう。
そのため幾度となく陥れられる事もあったが、その都度庇うのはセシルであった。繰り返される彼に対する嫌がらせ。それに辟易したフェリクスは聖騎士を辞し、普通の教会の司祭の道に進むことを決意する。
しかしそこでも持ち前の反骨精神と、そして類稀な聖術の腕前から多くの敵を作ってしまうこととなる。そのためセシルの説得もあって、彼は誰も行きたがることのないグランツへ行く事としたのである。
セシルとしてはもう一つ狙いがあった。それはフェリクスの地位を安定させる事。聖術の腕前、また聖典への知識について彼に勝るものはほぼいないであろう。今後のためを思えば彼も然るべき地位につけるべきである、と。
皇族の結婚式を差配するものは普通の司祭では身分上不都合だ。
そのためアレスとコーネリアの結婚式は帝都で行われるべし、との声が多く挙がっていた。しかし、アレスはその声を一蹴しグランツで行う事に固執していた。コーネリアもそれに同意し、またアルカディア帝室もそれを認めた事でグランツで行われる事が決定事項となる。
本来多くの派閥が自身の配下を送り込みたいところであろう。しかし場所はグランツ、蛮族の闊歩する地である。さらに魔族といった敵対勢力も多い。
最近では移住者も多く、住みやすい地に変わったと聞いている。しかし、多くの派閥の密偵が帰ってこない事から、教会勢力にとっては居心地の悪い土地。行くのは自殺行為であると考えられ、いくら身分が上がるとは言え、誰も進んで行こうと言う者はいなかった。
そこでセシルはフェリクスをそこに送り出す事を理由に彼の『司教』就任を認めさせたのである。勿論そこには多大な献金も必要であったが。
「全く余計な事を……俺は別にあんな腐った連中に近付きたくないのに……」
「そう言うなよ、フェリクス。いずれ君の力が必要な時が必ず来るんだ。その時、少しでも上の地位にいればこちらもたすかる。まぁ今はグランツで雌伏の時を過ごしてくれ。アレス様の事は……」
「俺がどうこう言う必要はないだろう?あの方は。コーネリア様もいる事だし大人しく過ごすさ」
そんなやり取りの後、彼はグランツへ向かう事となった。そして帝都を離れて約一週間ほど。無事ハインツに到着する事ができたのである。
◆
フェリクスが始めに向かったのはハインツの神殿である。その神殿を眺め、流石のフェリクスも言葉を失った。
「おいおい、なんだよ、この建築物は。帝都にある神殿よりよっぽど立派じゃないか」
大きさは帝都の大神殿とまではいかないが、それでも各地区にある神殿よりは大きい。大きいだけでなく、様々な建物の細部には複雑な彫刻が彫られており、見るものを引きつける。
勿論多少荒い彫刻も見当たるが、全体の大きさに圧倒され気にならない。
「彫刻を担当しているのはまだまだ腕が未熟な者たちですからな。まぁ、そのうちそちらの方も修正しつつ、終わってないところも手を入れて、という事でしょう」
そう答えたのは、迎えに来たジョルジュである。
話を聞くと、アレスは彫刻家を目指している者たちに公共の物を自由に彫る事を認めているそうだ。
「彫刻家志望の練習になりつつ、ただで作品が出来上がるんだから……お互いにいいことだらけじゃない?」
とはアレスの言。
勿論失敗も多いが、それも味があると笑って済ませられている。
「まぁあの人らしい。相変わらず変わらないものだ」
そう言いながら、フェリクスは神殿の奥に鎮座する彫像を眺める。そこには本来神殿にはないものが多数鎮座していた。
「これを眺めると、どうして俺なのか分かるような気がするよ」
その言葉にジョルジュも頷く。
「貴方が来ると聞いてセシルらしい人選だと思いましたよ。こちらとしても一安心です」
「……政務長官殿、御自らいらっしゃったのも、その警戒の表れかね?」
「半分は。残り半分は旧友との再会を楽しみに……というところと受け取ってください」
「はっ……笑わせる……お前がそんな男じゃないことぐらいよく分かってるさ。こっちの反応次第では、あの影に隠れてる者たちが一斉に襲ってくる……そんなところだったんだろ?」
「……念には念を、というところですな。もし今回来た人間が騒ぎ始めたら……とは考えておりました。旧友だからその手段を使わずに済んでホッとしていますよ」
ジョルジュはニコリともせず、そう答える。それを見てフェリクスもまた笑った。
「あぁ怖い怖い。相変わらずあの人のところは『伏魔殿』だな。まぁ、帝都に比べたら、クソどもがいない分気楽だがね。それじゃあ、そろそろ時間だしあの人に会いましょうかね?」
そう言ってフェリクスは神殿を後にし、アレスのいる領主の館に向かうのであった。
◆
「ようこそフェリクス。久しぶりだね」
アレスはそう言うと笑ってフェリクスを出迎えた。
「おやまぁ、領主殿自ら出迎えとは。私も偉くなったもんですな」
「そりゃあ『司教』様だからね」
「はっ、ごもっとも」
ついた早々軽口を叩きあう。だが二人ともその表情は笑顔のままだ。
フェリクスが認める数少ない貴族。それがアレスであろう。なにせアレスはこの唯我独尊を地でいくこの男の言葉をしっかり受け止めることができるのだから。
普通の貴族などでは、あまりにも無礼な物言いに数分で怒り出す事が多い。また同僚や上司からも評判は悪い。
その点アレスはそのようなことを気にしない。彼の周りもそうだ。そう言うことを考えればフェリクスにとってハインツは自分の居場所になり得る地なのかもしれない。
「で、フェリクスさ。分かってると思うけど……」
「あぁ、この地の特異性のことですかな?」
ハインツの特異性。それは様々な種族が存在すると言うこと。
人族を筆頭に獣人、ハーフエルフ、ドワーフと言った亜人、そして人族とは本来敵対するはずの魔族まで。
種族が違えばその宗教も異なる。
人族が崇めるのは太陽神『アイン』である。全ての神々の父と呼ばれる偉大な神だ。
しかし他の種族はその主となる神が異なる。獣人達は彼らの祖と言われる獣神『ライオネル』を。ハーフエルフのような耳長族と呼ばれる種族は精霊神『セレスティーナ』を。そして魔族達は……『アイン』の妹と言われる魔神『アクロディーナ』をを
現行の教会の教えではいずれも太陽神の下に位置し、人族は彼らを敬う事は少ない。
また、教会の教えでは人族以外の種もまた人族以下の存在と位置している。
「今回の式には人族だけでなく、亜人、そして魔族もいる……祝ってくれる民も同じく」
そう言うとアレスは鋭い目をフェリクスに向ける。
「だから太陽神だけでなく全ての神の前で婚礼の式をあげたい。獣神も精霊神も、そして魔神も」
その話を聞き、フェリクスは黙ってアレスの顔を見る。彼の頭をよぎるのは神殿奥の彫像。そこには太陽神アインだけでなく、本来忌避される他の神々の彫像もあったからだ。
それを思い返しフェリクスは声を上げて大笑いをした。
「はははっ!!愉快愉快。となると、某は全ての神の前で式を執り行った歴史上初めての牧師となるわけですか。これは面白い!!」
そしてフェリクスはアレスに向き直り、頭を下げた。
「このフェリクス、喜んで今回の婚礼の式を承りましょう。今後ともどうぞよろしく」
◆
アレスはフェリクスと当日の段取りを相談しながら、それと同時に今後のことについて相談をしていた。
アレスの相談事としては、主に2点。
一つはコーネリアについて。そしてもう一つはシリウスの存在についてだ。
「コーネリアも落ち着いたらこちらで手伝いたいと言っているしね。よろしく頼むよ」
「聖女認定された方がいらっしゃるのはありがたい事ですな。……そしてあの方はどんな種族においても差別されない方。この地にはうってつけです」
「後、シリウスの事だけど……」
「彼はまだ雛鳥です。この地で多くの種族、そして多くの信仰に触れるのは実に良い事。より多くの物事に触れ、幅広い考え方を持ってもらいたいですからな」
そう言うと、フェリクスは真面目な顔でアレスの方を眺める。
「ルキウス枢機卿やセシルとしては……シリウスをここに送り込んだのは教会中央から隠すためにという理由と、彼自身の成長のためです。そしていずれ時が来た時……このグランツがその中心となるために」
そして、ニコリと微笑み言葉を続けた。
「それ故に、私としましても早いところこの地に慣れていかなければなりませぬ。以後よろしくお願いしますよ、閣下」
フェリクスとシリウスが来た事は、教会勢力との関係に大きな影響を与える事となる。
そして彼らが表立って世に出るのは、後数年先の事となるのである……
いつも読んでくださりありがとうございます。
前回の話は良きにしろ悪気にしろ反響が大きく……ちょっと思いの丈を活動報告にぶつけました。
色々とご意見があるとは思いますが、不愉快になられましたら読むのはお控えください。
そしていつも応援してくださる方……本当にありがとうございます。




