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東征への道

「国内の発展も安定してきました。そろそろ次の段階に入ってもよろしいかと」


ジョルジュの一言でその場にいたもの達の顔つきが変わった。そう、早くもその時が来たのか、と。


イストレア大使アルフレドが帰国した後、アレスは至急、シュバルツァー辺境伯領の主だったもの達を呼び寄せた。


いつもの円卓。アレスの両脇にはこのシュバルツァーの頭脳である、シオン、ジョルジュが。

右周りでシグルド、ダリウス、エアハルト、ロランそして顧問のゲイルといった軍を司る者たち。


左周りにエラン、ラムレス、ルドマン、トビアス、ナタリー、フランチェスカ、オリバーといった政務の担当者。


さらに今回はグランツいる者たちだけでない。レドギア侯ウィルフレドやトレブーユ伯ルイ、そしてブルターニュ代表グレイといった面々、さらにはアルノルトやギーヴといった副官を始め、シャドウやリリスのような者もまでも集められていた。


「先日……東部イストレアの大使が使者としてやってきた。東部諸国の情勢はどうやらかなり緊迫している様子だ……のんびりしてはいられない。まず、ここから1年をかけて北の騎遊民。そして東の『真のドワーフ』と『アーリア人』を制圧し内憂を除こうとと思う」


アレスの言葉に静まり返る一同。


そしてその後をシオンが続けた。


「今回、イストレアと極秘同盟を結んだ。国内を平定したら……その後東部諸国へ攻め込む……ただし帝国には極秘に」


「それは……どういう事でしょう??」


思わず年若きロランが手を挙げた。他の者達も説明が欲しいと言わんばかりの顔でシオンを見る。


「先日、帝都のバルザックより連絡が入った。どうやら帝都は今、西のトルキア帝国との戦争の話で持ちきりだそうだ。そのため今、東に向かう余裕はない……」


シオンはそう言うと地図を取り出し説明を続けた。


「どうやら皇帝陛下は大規模に軍を動かす様子だ。しかしトルキアも大国だ。恐らくこの戦、長引くだろう。下手すると……2、3年はかかるかもしれない。だがその間、我々は外聞的には蛮族を相手にすることを理由に参戦を断る事ができる。そして、その2、3年の間に東部諸国をも飲み込もうと思っている」


「東部諸国まで……??」


多くの者が驚く。

そしてシオンに変わり今度はアレスが言葉を続けた。


「間違いなくこの2、3年でアルカディア内部で大きな動きがある。その時……他の勢力よりも優位に立つには……どこよりも大きな力を持っている事が大切だ」


そう言うとアレスは東部諸国の地図を指差した。


「現在東部諸国は戦乱の様相だ。今なら迅速に攻め込む事ができる。また……治めるにも易い状況だろう」


名君が治めた地を侵略するのは難しい。だが暴君から解放すれば、そのものは英雄だ。民は諸手を挙げて迎い入れるであろう。


シオンは言葉を続けた。


「辺境伯領は安定し始め、攻め込む準備はできている。まずは蛮族達を制圧し足場を固める。そして混乱している東部諸国を制圧。と言うのが今後の展望だ。何か質問は?」


「おっ、お待ち下さい!!」


思わず手を挙げたのはトレブーユ伯、ルイだ。


「蛮族平定はよく分かりました……しかし、なぜ閣下は数年後の帝国の事まで断言できるのですか!?」


その場にいる全員がアレスを見る。アレスは少し困った様な顔をしながら口を開いた。


「ごめん……それは……今は言えない。でも信じて欲しい。間違いなく数年で帝国は荒れる」


静まり返る一同。そしてシオンが口を開いた。


「今更、主を疑うものはいません……ただ、いつか理由を言ってもらえますか?」


「あぁ…もちろん」


「なら……よろしいでしょう」


そう言うとシオンは再び全員の方に向き直る。


「さて、まずは……蛮族制圧戦ですが……すでに戦略は考えております」


そう言うと、シオンは地図に二箇所、印をつけた。


「まずは東のドワーフ、およびアーリア人について。こちらは主とダリウスで行ってもらいましょう」


「まてっ!なぜダリウスなんだ!?」


叫んだのはシグルドだ。


「ダリウスは道に明るいので。それが理由かな?」


その言葉にシグルドは悔しそうに、そしてダリウスは満足そうに笑う。


「で、行軍ですが……あの地は道も狭く険しい。大軍を連れて行くことは不可能……ゆえ、少数精鋭で行こうと思います」


「となると……」


シグルドの問いに答えたのはアレスだ。


「あぁ、白軍をだす」


その言葉に再び一同は黙る。

アレス配下の『破軍』、その最強部隊『白軍』を出すと言ったのだ。

今まで戦には決して呼ばなかった者達。それをアレスは使うと言うのだ。


「彼らなら、一人で百を相手すると言われるアーリア人にも遅れはとらないさ」


そう言ってアレスは笑った。


「主とダリウスで、まずはドワーフの地に行ってもらいましょう。その後、アーリア人を制圧します」


シオンは手に持っていた軍扇を動かしながら説明をしていく。


「力付くで制圧するも。心を落とすも主次第。後はお任せします」


「軍師がかなりアバウトな事を言うねぇ……」


アレスはそう言って苦笑した。


シオンはその軽口に乗らず、次は北の地を指しながら説明を続ける。


「シグルドと私……そしてロランで北に向かいます。最近また蛮族が現れているとの情報があります。人的被害はありませんでしたが、襲われた村もいくつかあった様子。まずは北の砦に入り情報を集めましょう」


そう言うとシオンは再びアレスの方を見た。


「今回はただの討伐ではありません。ただ領地を占領するのが目的なら我々だけでも十分。しかし蛮族は都市を持たず、住まいを転々とします。大切なのは『心服』させること。蛮族達が再び攻め入ることのないよう心の底から従わせるのが目的です。そのためには……やはり最終的に主にも来ていただく必要があります」


皆はアレスの方を見る。皆は知っている。彼が数多の英雄豪傑を従える器の持ち主であることを。


「アーリア人を落とした後、主とは北の砦にて合流。その後蛮族との最終決戦に挑もうと思います」


「……人使いが荒くない?」


「主なら問題ないでしょう?そして……主にしかこの役は務まりませんから」


シオンの言葉にアレスは苦笑した。シオンは続ける。


「蛮族の制圧にも時間をかけるわけにはいきません。どんなにかけてでも……一年以内に全てのかたをつけましょう。今回の戦はこの『アレスティア』の命運を握る大戦(おおいくさ)になります。各々油断なきように」


シオンの言葉に多くの者達が頷いた。

興奮した顔、不安そうな顔。それぞれが様々な顔をしている。しかし思いは一つである。

彼らは皆、これから始まる時代の流れに想いを馳せているのであった。






話が終わるのを見計らい、口を開いたのはジョルジュである。


「一つ質問があるのだが」


「なんだい?」


「主の婚礼はいつ行う?」


「!?しまった……大切な事を忘れてた……」


シオンは絶句し、アレスは少し慌てたように声を出した。


「えっと……そんなに急がなくてもいいんじゃないかな??」


「何を言ってるんですか?主。すでにシャロン殿をはじめ、多くの奥方様がすでに帝都を発っております。そして……来週には皇女殿下も帝都を発たれるそうですよ?」


「はっ??初めて聞いたけど!?」


「だから、今伝えましたが??」


そう言うジョルジュはそっけない。そして何か言おうとしているアレスを他所に、言葉を続けた。


「事前に帝都から知らせはありましたので、すでに奥方様を迎える準備もできております。後は……婚礼をいつにするか、という日取りの問題でしょうな」


「ちょっと待って……いつ、そんな情報が帝都より……」


「まぁ、今後の事を考えたら早い方が良いだろう。着いたらすぐやれば良いのではないか?」


ダリウスが口を開く。しかしその顔は面白そうだ。


「ちょっ……僕の話は……」


「しかし……すぐは難しいでしょう。仮にもアルカディアの皇族に貴族達だ。礼を尽くさねばいけませんし」


そう続いたのはラムレスだ。隣でベルガンも頷いている


「おーい。一応僕が主役ですよー……」


「いや、余計な者を呼ばなくても良いわけだし、その方が都合が良いかもしれません。今、この都市の発展ぶりや……亜人や魔族が住まう状況を多くの貴族に知られたくはありませんしな」


「となると……やはりシュバルツァー大公家と奥方様に連なる貴族のみ……が無難という事でしょうか?」


「だが、それもまた難しいのではないか?仮にも大公家と皇族の縁談だぞ。本来なら帝都でもっと盛大に……」


エランの質問にシグルドが答える。しかしそれを力強く遮ったのはアレスの言葉だった。


「いらないよ、そんなもの」


その声にその場にいた全員の注目がアレスに集まった。


「あぁ、やっと話を聞いてくれた……だからいらないって言ってんの。皇族だろうが大公家だろうが関係ない。祝ってくれるなら親しい人達だけにしたいし、顔も知らない奴からの挨拶なんて聞きたくもない」


アレスのその言葉に全員が静まり返る。するとクスクスとシオンは笑い声が響き渡った。それに釣られてその場にいるもの全員が笑いだす。


「ま、この辺境伯領自体が普通じゃないからねぇ。婚礼の儀自体を変えたって問題ないんじゃないかなぁ。主もそう言ってるわけだし、予定通り着いたらすぐにでも婚礼を行おう」


シオンの言葉に多くのものが頷いた。


「で、主。聞きたいことがありますが」


纏まりかけた話だったが……ジョルジュが言葉を続けた。


「なんだい?嫌な予感しかしないんだけど」


「リリアナ殿とリリス殿はどのような扱いにいたしますか?」


その一言にその場の空気が変わった。アレスの顔は固まり、対して身を乗り出したのはリリアナの兄ウィルフレドとリリスである。


「閣下……よろしければ、はっきりお聞かせいただきたいものです。あのような娘ですが……閣下をお慕いしているのは事実。また、何か約束をしたと先日は私に話しておりました。私としましては……兄として複雑ではありますが……閣下のお側に置いていただけるならこれに勝る幸運はありますまい」


「…………」


アレスは思い出す。そう、確かにあの時ベッドの中で言った。とある約束を。


続けて、リリスが今度は口を開いた。


(わたくし)は別に形にはこだわりませんわ。マスターが愛してくださるなら、たとえ妾でも性奴隷でもなんでも」


「それはそれでどうかと思うよ……」


アレスはそう呟くとウィルフレドの方に向き直った。


「とりあえず、この話が終わったら本人はいないけどゆっくり話そう。リリスも同じ。どんな形であれ、しっかり話さないとまずいよね……」



こうして、会議は終わった。


この翌日。大々的にシュバルツァー辺境伯領から領主アレス・シュバルツァーの婚礼についての発表がされる。そこでリリアナ・レドギアとの婚約が発表され急遽彼女もハインツへ召還されることになったのだ。


また、リリスについては公表はされなかった。理由は彼女が魔族である点。まだ時期尚早という事で。当面は護衛兼愛妾という立場でアレスの側にいる事となった。



この1ヶ月後、アレス・シュバルツァーの婚礼が開かれる事となる。

ハインツで建てられた新しい神殿において、盛大に行われた婚礼。ハインツのみならず、シュバルツァー辺境伯領で鳴り響いた祝いの鐘の音は、大陸の混迷と、一筋の希望の始まりの鐘となるのである。




ちょっと、急すぎるかもしれませんが……ここで第3章を終わりにしたいと思います。


次回は3章に登場した人物の紹介をしたいと思います。

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