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産業発展と死霊魔術師(ネクロマンサー)

行政組織が定まり、グランツは大きな発展を迎えようとしていた。


各部署の長がきまり、またシュバルツァー領から多くの内政官も到着した事でスムーズに組織が回り始めたのだ。


アレスは執務室にてジョルジュの報告を聞きながら、自らの書類にサインをしていく。


「引き続き帝都では内政官の雇用を行なっております。幸か不幸か、貴族の横暴で不遇を囲っている者達はまだまだおります。彼らを雇い入れるのは良策かと」


ジョルジュはそう言いながら資料をめくる。


「各地区も見違えるように開発はすすんでおりますな」


ジョルジュはグランツの土地柄を考えて地区ごとに街を発展させていく計画を立てた。


グランツ中心部、領都ハインツとその近郊を大規模な商業都市に。

西方、『元』魔境の大地をその肥沃な土地を利用して広大な農地に。

東方、山脈が連なる地を鉱山街に。

北方、草原が広がる土地では牧草地として利用し、馬や牛、そして山羊や羊と言った畜産を盛んに。

そして最後に南方、土地としては痩せており、農業ができない地を、デパイ川を利用した水路を使って工業都市に。さらに空いている土地を活用し、食肉用であるデモンズバッファローやロマリアから連れてきた『騎龍』……すなわちドラゴンの育成の地としたのだ。


「各長官からこれからの計画と進捗状況が届いております」


そういうとジョルジュは報告書の上から読み始める。


まずは農業。アレスがグランツに来た時、この地の農法は以前グランツの民が取り入れた旧帝国式であり、非常に遅れていたものであった。また農具も粗末なもので、圃場整備するにも時間がかかるのは目に見えていた。

ジョルジュはまずそれを全て一新した。農法を帝国の最新方法に変え、最新の農具を無料で貸し出した。まずは圃場を整備し、その下地を作ろうと考えたのだ。

また魔境の大地の開拓を奨励し、多くの民を移住させた。領内外から人を募り新しい村々を興させたのだ。


ルドマンが農業長官になっても方針は変わらない。ジョルジュの計画に沿って圃場整備を進めていく。さらにルドマンはこの地の気候を考え、作物が取れる地には輪作を奨励した。さらに灌漑設備の充実を図り、農地の安定に努めたのであった。


「来年より今整備している圃場で作物が取れるようになります。楽しみですな」


そしてジョルジュは付け加える。


「また、開墾が進まぬ荒地なども活用するため、新しい植物……例えば櫨の木のような木蝋の原料になる物といった、特産になる物を栽培して活用していきたいと思っております」


続いてジョルジュは説明を続ける。


「ハインツの街はこのまま開発を続けます。ゴーレムの働きもあり、こちらは想像以上に進んでおります。第一段階は終わったと言ってもいいかもしれません。第二段階として郊外に街を広げていきます」


ハインツは今、完全に別の街に変わった。非常に美しい街並みの文化的で衛生的な都市へと僅かな期間で変貌したのだ。


「この規模なら移民も受け入れることが可能です。さらにこのまま発展させていきましょう」


さらにジョルジュは工業について説明をしていく。


「フラン中心に今一番力を入れているのが工業です。まずは主が先日見せてくれた『蒸留酒』の作成。さらに魔石を生かした機械の開発が急務でしょうか。また、帝都から職人、芸術家を呼び寄せ、人材育成に力を入れるつもりです」


「あてはあるのかい?」


アレスの言葉に


「帝都で人を募ったところ……こちらもかなりの職人が集まったそうです。なんと申しますか…………帝都にはまだまだ多くの人材が眠っているのだなと改めて感じた次第です」


そして最後にジョルジュは付け加えた。


「とにかく今は人材育成の時です。帝都から雇い入れた職人たちに学び、多数の人材を確保しましょう」


ジョルジュの言葉にアレスは微笑むと、近くにある資料にサインを加えるのであった。



「歩く骨??」


エランの報告にアレスはそう呟いた。


エランは今、政務補佐官としてグランツ各地を回っている。グランツの政務補佐官は二名いる。任についているラムレスはハインツに残り事務処理を中心に仕事をしている。そしてエランは各地を周り、そこで見聞きした事を領主であるアレス、そして政務長官であるジョルジュに伝えるのが任務だ。

これはジョルジュたっての希望でもある。本来ならラムレスの方がグランツの事をよく知っているので適任かもしれない。しかし、ジョルジュにしてもシオンにしても彼の才をより伸ばせるよう、様々な経験をさせる事を大切にしている。エランもまた、その期待に応え、十分な成果を上げていた。


今回も多くの情報を持ち帰り、まとめてアレスに報告していた。


「はい。ダンジョンに入った多くの者たちがそれを目撃しているようです」


そう言うとエランは束ねていた資料をめくる。


「それってただのスケルトンかゾンビが歩いているんじゃないの?」


スケルトンもゾンビもよくダンジョンに現れるモンスターだ。その多くは戦さ場で落命した者が瘴気に惹かれてダンジョンに向かったものか、そのダンジョンで命を落とした冒険者の成れの果てが多い。

様々な思いを抱え成仏できず腐敗した身体で歩き回るのがゾンビ。骨だけになったのがスケルトンである。


共に最下級のアンデットだが、数が多くなると厄介な存在である。彼らは知能を持つ事はなく生きている者に対し見境なく襲いかかる。感情も痛覚もないため、どれだけ攻撃を加えても攻撃の手を休めない。彼らを仕留めるには聖術で清めるか、魔法などで燃やすか……はたまた首を胴から離すか……それしか方法はないのだ。


最悪のケースは戦の後だ。激しい戦さ場では多数の死者が生まれ、そして放置される場合が多い。そのような死体を放置すると、数多くのアンデットが生まれる場合もある。戦さ場で大量のアンデットが発生し、それに襲われ壊滅した村もあるほどだ。

そのため、戦が終わった後は神殿から司祭達が派遣され聖術にて死者を埋葬する。

戦さ場についで多いのがダンジョンだ。ダンジョンでは、死体は土に還ることもできず、アンデットと化してしまう。そのためダンジョンに入る冒険者は遺体を発見するとその場で埋葬するか、火薬や魔法で跡形もなく消し去るのがマナーだという。酷い話だが、アンデットの魔物が増えるのを防ぐためだ。


「スケルトンやゾンビなら珍しい存在でもないんじゃない?」


「いや、それが集団で行動していたらしいのです」


エランは資料に目を向け説明を続けた。


「しかも見事に統率が取れた動きであったそうです。普通のスケルトンはそのように統率はとれません。もしかしたら……」


死霊魔術(ネクロマンシー)か」


エランの言葉を遮るようにアレスは呟く。そしてそれに応じてエランも頷いた。


「はい。どうやらアンデットを引き連れている人間らしき者がいた……ような気がするとの情報が」


「……まぁ、ちょっといい加減だけど……なくはない話だよな。それにしても死霊魔術(ネクロマンシー)か……気になるな」


死霊魔術(ネクロマンシー)は古代魔術の一つである。その技の特徴はアンデットを生み出し、そして使役する事。過去に優秀な死霊魔術師(ネクロマンサー)はリッチやデスナイトマスター、そしてスパルトイと言った伝説クラスのアンデットまでも使役したと言われる。


しかし、死者を冒涜するその倫理的な観点から、その魔術は敬遠され、また教会からも睨まれた事で徐々にその魔術は失われていった。今では使える者はいなくなったと言われるほどの幻の魔術なのだ。


「とりあえず実際に見てみるのが先決かな?」


エランは自らの主人の、そして親友の顔を見る。

先程の事務仕事をしている時とはまるで別人のように晴れやかな笑顔だ。彼は知っている。自らの主人が好奇心を抑えるような人物ではない事を。


「……今回は僕の報告が一因ですから……お伴します。アレス様」


そう言うエランを見てアレスはニッコリと笑うのであった。




ハインツ南西にあるダンジョン。


アレスはここの地下12階にいる。


供は僅か2人。一人は報告をしてくれたエラン。そしてもう一人は、何が何でもついていくと言ったシグルドである。


最初はアレスが行くことを渋っていたジョルジュもこの3人を見て


「まぁ、一個師団と同等な3人なら問題はないかと思いますが……早いとこ帰ってきてください。仕事も溜まりますから」


と送り出してくれた。


「さて……ここら辺でウロウロとしていれば会えるかなぁと思っていたけど……中々会えないものだね」


すでに半日ほどこの辺を行ったり来たりしているのだが、全く出会っていない。他の冒険者には遭遇するが、誰に聞いてもそのようなアンデットは見ていないと言う。それどころか、


「しかし……不思議な事にこのダンジョン、アンデットの魔物がおりません」


そう、シグルドの問いももっとである。本来数多くいるアンデット系の魔物がほとんどいないのだ。


「しかも冒険者の遺体も発見できません。やはり不自然です」


エランの言葉にアレスも頷く。


「うん……やはりもうちょっと探索を続け……」


そう呟いた時だった。


奥の方から大きな音が聞こえたのは。


魔獣の咆哮、そして争うような音がダンジョン内に響き渡る。


アレス達はお互いの顔を見合わせると、そちらの方に駆け出すのであった。




そこはダンジョンの中でも大きな空間であった。そしてアレス達が目にしたのは大きな魔獣に無数のスケルトン達が向かっていく姿である。そしてそれを操っているらしい黒ずくめの男。


「あれは……地龍の亜種か?」


シグルドの問いかけにアレスが応える。


「うん、間違いないね。龍種としては小さいけど……間違いなく地龍の眷属だろうさ。冒険者が当たれば被害は大きいだろう。しかし……すごい数のスケルトンだね」


振り払っても振り払っても現れるスケルトンに徐々に地龍は弱まっていく。そして弱って首を下げた瞬間。今まで見ていた黒ずくめの男がゆっくりと龍種に近付き……腰に差していた長剣を一閃した。


「お見事」


思わずアレスは呟く。シグルドやエランもジッと見つめたままだ。


一瞬の静寂の後、龍種の首はズレ、盛大に地面に落ちた。


それを見届けると男は片手に一際大きな魔石を取り出す。すると沢山いるスケルトン達はその魔石に収納されていった。


そしてアレス達の方に視線を向けた。


「先程からこちらを伺ってる様だが……何か用か?」


明らかに敵意を向けてこちらを探っている。その様子を見てアレスは手を挙げて敵意はない事を知らせながら近付いていくのであった。




「まさか……この領の領主とは……驚いた」


「おや?僕の事知ってるの?」


「知ってるも何も……今アルカディアで一番の有名人ではないか。グランツ辺境伯と言えば」


「……碌な噂じゃなさそうだけど?」


「4ヶ国を一月で滅ぼした英雄。皇帝の覚えもよく、現在飛ぶ鳥を落とす勢い。そして多くの女を侍らせる女好き」


「……あぁやっぱりそんな噂があるんだね……」


ひと通りの自己紹介を済ませ、アレス達はお互いの身の上話をしていた。


男はアレス達に『シャドウ』と名乗った。


「『(シャドウ)』ね……」


「それ以上は聞かないでもらえると助かる」


シャドウはそう言うとそれ以上のことは語らなかった。

非常に無愛想な男だ。痩せ型で長身。頭には黒いターバンを巻き、黒い前髪がのぞいていた。漆黒の鎧を身に纏い、さらに黒いマントを羽織っている。腰には黒い長剣を差し、身のこなしを見ればかなりの腕利きなのがわかる。

冒険者登録はしていないらしい。すれば色々と怪しまれるからであろう。そのため傭兵として日々の金を稼いでいるそうだ。

後から聞いた話だが、傭兵として「黒騎士」の通り名でかなり名が知られているようだった。


その後も身の上話は続く。こうやって人と会話をするのが久々らしく、シャドウは沢山のことを話してくれた。意外と人恋しかったのかもしれない。


どうやら最近この領に流れて来たそうだ。理由は


「ここは沢山のダンジョンがあり、沢山のアンデットがいるからな。使役するスケルトンを増やすにはもってこいだ」


との事。


彼は自らの魔術で『野良スケルトン』を使役し、スケルトンの数を増やしていたそうだ。


「ゾンビも全てスケルトンに変えて俺が使役している。ゾンビも使役できるが、臭いからあまり好きじゃない。だから燃やして全てスケルトンにしている。後、冒険者の遺体でスケルトンに変わりそうなやつらは全部俺がいただいた」


どうやらそれ以外は……つまりスケルトンにならない遺体は全て埋葬したそうだ。


「俺も人の子だ。あまり怨みを買う様なことはしたくない」


との事。


「一体どれくらいのアンデットがいるんだい?」


アレスの疑問にシャドウは魔石を取り出してその手持ちのアンデットを解放した。すると目の前に数多のスケルトンが現れる。


「一つの魔石につき100体のスケルトンを収納できる。俺はこれを13個持っている」


「って事は……1300体……」


「そしてこれだけではない」


マントの裏には、先程とは異なる魔石が。


それぞれの魔石からアンデットが次々に現れる。


スケルトンの上位者であるスケルトンウォーリア、そしてハイスケルトン。


「そして俺の精鋭はこいつらだ」


取り出したのは三つの黒い魔石。そこから現れたのは黒い鎧を纏った黒いスケルトン。特にその中の一体は禍々しいまでの魔力を放っている。腰に差す剣も明らかに魔剣と思われた。


「デスナイト……そしてデスナイトマスター……もはや伝説クラスのアンデットだね」


「いや……デスナイトは間違いないが……デスナイトマスターは違うかもしれん。出来損ないだな……」


シャドウは寂しそうに笑う。


「デスナイトマスターなら本来喋るはずだ。しかしこいつは喋らない。俺にはデスナイトマスターを召喚できる力がない……だから所詮はあいつの影さ」


あいつとは誰なのか……アレスはそれについては聞こうとはしなかった。ただ、デスナイトマスターに近付き……そしてその右腕をとり観察する。


「なんのつもりだ?」


怪訝そうなシャドウ。アレスは今度はシャドウの右腕を取り……そして言った。


「そりゃあ、完璧にシンクロしていないからね。この契約紋が微妙に異なってるし。ここを直せば喋るんじゃない?」


そう言うと驚くシャドウに言葉を続ける。


「なんか貴方は自分の力に自信を持ってないみたいだけどさ……このアンデットは間違いなくデスナイトマスターだよ。一度対峙したことがあるから僕にはわかる。『死霊騎士団長』……その名に恥じない魔力と能力さ。それを召喚できると言うことは貴方はすごい死霊魔術師(ネクロマンサー)だと言うことだ」


「………………」


「とりあえず、もう一度契約紋を確認しよう。それが終わったら貴方に話があるんだけどいいかな?」




「ようやく喋る事ができた。主人よ」


デスナイトマスターは口を開く。


「我の名はハデス。以後よろしく頼む」


ハデスという名のスケルトンはシャドウに跪く。どうやら正式な契約は終わったようだ。


その後シャドウはハデスを含め魔石に全てのスケルトンを収納し、アレスに向き直った。


「なんと礼を言えばいいかわからない……それにしても何故分かったのだ?」


シャドウは怪訝そうにそう質問をする。失われたはずの魔術、死霊魔術(ネクロマンシー)。その欠陥を一目で見破るとは、常人にはできないはずだ。


アレスはそっと腕をまくる。そこには様々な契約紋があり、シャドウは目を見張った。


「僕も失われた魔術……『無属性』を使う。だから古代魔法なら大体の事はわかるんだよね。そして……見ての通り色々な奴と契約してるから……ほら、これは『一応』アンデットのスパルトイの契約紋」


「なっ!馬鹿な!?あのアンデットは失われたはず!!」


「いやー、それが『見つけちゃった』からねぇ……」


そう言うとアレスは袖を戻し、そして真面目な顔をして言った。


「さて、ここからが本題だ。君は傭兵らしいから……君を雇いたいんだけどどうだろう?」



アレスは話を聞きながら考えていた事がある。それはスケルトンを街づくりの労力に使えないか?と言うこと。


今は人手不足が続いている。移民も多数入ってきているらしいが、その移民を住まわす、そして食わすための施設が欲しいのだ。


スケルトンなら魔力さえ与えれば休みなく働き続ける。単純作業にもってこいではないか。


そして何よりこのシャドウと言う男の腕。亜種とは言え龍種を一撃でとどめをさせる程の腕前。スケルトンを率いても的確に指示を出していた。野に放つには実に惜しい。


アレスの問いにシャドウは問いで返した。


「俺がいれば、教会から睨まれるのではないか?そうなれば政務がやりにくくなるのではないか??」


「教会はこの地は遠いから、注目してはないと思うよ」


「街中にスケルトンがいれば悪い噂が流れるかもしれん」


「もう、流れてるさ」


「…………」


シャドウはそう言って口をつぐむ。グランツに来て1ヶ月が経つが驚くことばかりだ。街中は整備されておりどこもかしこも衛生的だ。

本来なら疎まれている亜人達が人族とともに平等に暮らし、共に尊重している。開発しているところに目を向ければ、ゴーレムが昼夜を問わず働いている……疎まれるべき魔人や魔獣までもが暮らす地。それがグランツだ。


そして何より目の前の男。これが極め付けだろう。自分のスケルトンを労力に欲しいと言う。そんな奴は未だかつていたであろうか?


「スケルトン込みで雇ってくれるか?」


最後の一言にアレスはニッコリと微笑み頷く。それを見てシャドウも微笑むのであった。




この日より、グランツの労力として数多のスケルトンが加わった。スケルトンは疲れ知らずのため単純作業では重宝され、開発はさらに進むこととなる。その様子を見てジョルジュは大いに満足していた。


スケルトン加入はグランツ開発に多大な影響を与えることとなる。

後に史書は言う。


グランツの急速な発展は、様々な種族とゴーレム、そしてスケルトンが成し遂げた奇跡であった、と。


こうしてグランツは次の段階に足を踏み出す事となる。



シャドウ・グレミング


「アレスティア十二勇将」に名が記されている名将。自らの死霊兵団を率いて多くの戦場を渡り歩き、恐れられたと言われている。


寡黙で無愛想なため、またその容姿から誤解されがちであるが、穏やかな性格で平時はのんびりとスケルトンに囲まれて過ごしていたと言われている。


また彼が小遣い稼ぎから始めたスケルトンの貸し出しは大盛況になり一大産業に発展していく。





かなり長い話になってしまいました。

さらっと重要人物を出してしまった……

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