行政組織改正と鉱山開発
グランツ行政府 アレスの執務室にて。
「私が勧誘していた者たちがハインツに到着しましたので、連れて参りました」
ジョルジュの言葉にアレスは書類から目を離し、ジョルジュの顔を見上げた。
「おや。意外と早かったね」
「以前からロマリアに来るように誘っていた者たちでしたから。目的地が変わったのと、何より『辺境伯領』という一定の自治権が認められているのが決定的だったのでしょう」
ジョルジュの言葉にアレスも頷く。
「成る程ね。確かにシュバルツァー領以上にやりやすいか」
「シュバルツァー領も大公の庇護のもと、のびのびとやれますが……やはり皆アルカディアから疎まれた者達。彼の地で迷惑をかけては……と躊躇うことも大きかったと聞いています。その点この地は帝都からも離れており、未開の地。さらに『辺境伯』の権限で自治権を貰っているので、素性をどうこう言われることもないですからな」
「……随分と癖のありそうな人物なんだね……」
「確かに少々変わり者ですが主ならどんな者でも大丈夫だと思います」
アレスは『究極の変わり者』の一人でもある自分の家臣の顔を眺めて……そして溜息をつきながら呟く。
「まぁ、いいや。こちらに呼んでくれないか?実際に会ってみたい」
そう言ってアレスは書類を片付け始めるのであった。
◆
「失礼します」
「よろしくお願いします」
「どうもです〜〜」
「よっ!よろしく!」
四者四様の挨拶をしながらジョルジュの案内で彼らは執務室に入って来た。
旅塵に塗れ、多少顔には疲労感が見られるが、その目はいずれも輝いている。
そして最後の一人か入ってきた時……アレスは思わず素っ頓狂な声をあげた。
「あれっ?ルドマン??どうしてここに?」
そこにはロマリアにてシュバルツァー領内の農地開発を行っていたルドマンがいたのだ。
「ロマリアは今、ある程度の開発は終わっております。グランツはそれに比べれば未開の地……今、力を入れるべきはこちらと大公閣下からも言われまして」
ルドマンの言葉にジョルジュも頷く。
「大公閣下の言う通りです。ロマリアの開発はあの地にいるもの達でなんとかなります。しかし……こちらはそうはいきません。ルドマンの力は必要です」
アレスはその言葉を聞き、ルドマンの手を取った。
「ありがとう、ルドマン。心強いよ。よろしく頼む」
アレスの言葉にルドマンもまたニッコリと笑い
「アレス様……いえ、辺境伯閣下のお力になれるよう尽力いたします」
と応じた。
「ロマリアからも多くの者達が到着した模様です。後ほど皆と面会し、声をかけていただけたら、と思います」
ジョルジュの言葉にアレスは笑顔で頷くのだった。
その後アレスは、残りの面々の方を見て笑顔で言葉をかけた。
「ようこそ。グランツ領へ。私がこの地の領主を努めます、アレス・シュバルツァーです。よろしくお願いします」
アレスの挨拶に四人は揃って頭を下げる。
「では……私の方から紹介致しましょう」
そう言うとジョルジュは右端の男から紹介を始めた。
「彼の名はトビアス。経済のスペシャリストです。そして彼は私やシオン、そしてルドマンと同窓でした」
「まぁ……腐れ縁です」
トビアスは少し苦笑してそう答えた。
長身で細面、茶色いくせ毛が特徴の男だ。少し無精髭が生やし、やつれているのを見ると、ここ数日の苦労がうかがえる。
「彼は元官使でしたが、賄賂の摘発と商業課税の見直しをした事で罷免されました」
「貴族に目をつけられてしまい、逃げ回っておりました。ここなら奴らも追って来れないでしょう。どうぞよろしくお願いします」
トビアスはそう言って頭を下げた。
ジョルジュは次に横に立っている女性を紹介する。
「次に隣の女性ですが……彼女の名はナタリー。経理が専門です」
「よろしくお願いします。閣下」
そう言うとナタリーは静かに笑った。
ナタリーを見ると年の頃は20代半ばほど。スラっとした体型の長身の美女である。その長い黒髪と、知性を感じさせる切れ長の目が印象的だ。
「彼女は元々私の部下でした。私が罷免された後、次に配属になった上司からしつこく男女の誘いを受けたらしく、これを摘発し、やり込めたところ恨みを買い、左遷されたそうです」
「フフフ。良い気味でした。あの馬鹿にはそれくらいが妥当でした」
ナタリーはそう言うと不敵に笑った。
「彼女にはこのグランツの財布を握ってもらおうと思っています。彼女に財政を任せればまぁ間違いはないでしょう」
「数字は私の得意とするところです。どうぞよろしくお願いします」
そして次にジョルジュが紹介したのは眼鏡をかけた小柄な女性である。
「こちらはフランチェスカ嬢です。昔、私の元で工芸を担当しておりました」
「フランとお呼びください〜よろしくです〜」
フランチェスカはそう言うとアレスに握手を求める。
「あぁ、よろしく頼むね、フラン」
握手を交わしたフランチェスカはアレスの言葉ににっこり微笑んだ。
「彼女は……とある貴族の『自称』芸術家の作品を非難した事で免職となりました」
「へっ?それだけで??」
「どうやらとある伯爵か何かの御曹司だったそうです」
「あれは芸術ではないです〜あれはただのガラクタです〜」
そう言うとフランは少し頰を膨らませた。
「正直に言っただけで怒るんです〜!訳わからないです〜!!」
「罷免になったところを声かけました。また、この者はどうやらアレス様の錬金術にも興味があるようでして」
「火付け箱、冷却箱など色々と見せていただきました〜。あれはまさに革命的です〜。是非ともあの芸術を、そして発明を形にしたいです」
「彼女は才は『ものづくり』と言えるでしょうか。芸術面から工業品、軍事兵器に至るまで多種多様に対応できるものです。工業の発展は彼女に任せましょう」
「よろしくお願いします〜」
フランチェスカはそう言うとペコリと頭を下げた。
「そして最後に……紹介するこのガサツな親父は……」
「おいおい、俺だけ随分扱いか違うじゃないか」
そう言うとその男はジョルジュを押し退け前に出てくる。そして力強くアレスの手を取った。
「おぅ、領主さんよ。俺の名前はオリバーだ。よろしくな」
グローブのようにガッチリとした手に突然包まれて、アレスは苦笑した。
「よろしく、オリバー」
「おや、細いのに領主さんはかなりの使い手だな?」
オリバーもまたニヤッと笑う。
「領主さんではなく、ちゃんと敬語を使いなさい、オリバー」
ジョルジュはその様子を見て、明らかに嫌な顔をした。
「はいはい、お前は相変わらず口煩いな。では……よろしくお願いしますよ、『閣下』」
「……こんなガサツな男ですが、これでも彼は土木技術のプロフェッショナルです。元兵士、そして冒険者でしたが、その知識と腕を見込んで私が以前登用した過去があります」
「元々建物に興味がありましてね。学院でも土木を学んでいましたんでさぁ。その後冒険者として大陸中を周り様々な建築を見聞きし学びました。もちろん大工としての技術なんかも教えてもらいましたよ」
オリバーは胸を張って言った。
「しかしそのガサツな性格でどこに行ってもお払い箱……そして私が今回拾い上げたまでです」
「おいおい、ひでぇこと言いやがる。まぁ間違い無いんだけどな!!ハハッ!」
「癖のある男ですがその才は間違いありません。水洗トイレなどの発案は彼の学生時代の論文からです。彼に土木については任せたいと思います」
そう言うと、ジョルジュは空白だらけだった行政組織表を取り出し、そこに次々と名前を記名していった。
最高行政長官 アレス
政務長官 ジョルジュ
政務補佐官 エラン
政務補佐官 ラムレス
顧問 ゲイル
財務長官 ナタリー
農業長官 ルドマン
商業長官 トビアス
工業長官 フランチェスカ
治安維持長官 エアハルト
土木事業長官 オリバー
戸籍長官 ベルガン
記名が終わると誓紙が青く輝きだす。そして輝きが終わるとジョルジュは満足そうに口を開いた。
「これで、ハインツの行政組織は整いました。後は各自仕事を進めていくのみです。皆で力を合わせて頑張りましょう」
その場にいた一同は力強く頷く。
そしてこの後……彼らはジョルジュからハインツ領の予算を聞き、驚愕する事となる……
◆
それから数日後の執務室にて。
「鉱山技師?」
アレスの前にはジョルジュとフランチェスカ。そして見慣れぬ老婆の姿が見られた。
「彼女は非常に優秀な鉱山技師です。とある伯爵領にて鉱山開発を行っていましたが、伯爵からその鉱山を没収になり、現在に至る……と言うわけです」
「ふん、あの強欲貴族が。あの鉱山だって私がいなければ何一つ取れないっていうのにそれが分からないんだからね……全く」
老婆はそう言うとアレスの方に進み出た。
「あんたはそう言う貴族には見えない……というより、この偏屈小僧のジョルジュが犬のように従ているんだから、信頼置けるんだろうさ」
そして手を差し伸べる。
「よろしく、辺境伯閣下。私の名はノーラ」
アレスもまた、その手を取り、握手を交わしながら口を開いた。
「こちらこそよろしく、ノーラ。そして辺境伯閣下なんて堅苦しい言い方をしなくてもいいよ。年長者に閣下なんて言われると気持ち悪い。普通にアレスと呼んで欲しいな」
「おやおや、これはあんたより話のわかる方だよ。じゃあよろしく、アレス殿」
そう言ってノーラはニッコリ笑った。
「ノーラは『精霊持ち』の鉱山技師です。口はこの通り悪いですが、腕は確かかと」
「口が悪い、が余計だね」
ジョルジュの紹介にノーラは少し不機嫌そうな顔をした。
「『精霊持ち』の鉱山技師か。凄いね」
「見たところアレス殿もたくさんの精霊を持ってそうだけど?」
「僕はさすがに鉱山に特化した『地』の精霊なんていないからね」
アレスはそう言って笑う。
「ふん。まぁいいさ。で、ジョルジュ。あたしとしては早くこの地の鉱山が見たいんだけどね?」
「そうですな。ここでグタグタ話してもしょうがないですからな。早速向かいましょうか?」
◆
アレスとジョルジュがノーラを伴って向かったのはハインツの東にある鉱山である。
ハインツの東は広大な山脈が連なっており、その地には純潔ドワーフや戦闘民族アーリア人が住まう……言わば未開の地であった。
その山脈の一番端にある一つの山……そこに向かったのであった。
「ハインツの鉄鉱山はここでよろしいんですよね?」
「はい、基本的にはこの山を使っております」
ジョルジュの問いかけにラムレスは答える。
みれば山のあちこちに何本かの坑道があり、多くの者達が働いていた。
ノーラは辺りを見渡し、そして溜息をつく。
「鉄鉱山ね……まぁいいさ。しかしいったいここの鉱山は何年前の方式て掘っているのさ。こんなんじゃ採れるもんも採れないよ」
そう言うと、ノーラは右手を前にかざす。
「召喚」
その呼びかけに応えて小さな小人ほどの地の精霊が現れた。
それを見てアレスは少し驚いた表情を見せた。
「これが地の精霊か……初めて見た」
精霊持ちの鉱山技師は世に少数しか存在しない。なぜ彼らが貴重なのか。それは精霊がいれば確実に効率の良い鉱脈を探し当てることができるからである。それ故に精霊持ちの鉱山技師は非常に良い待遇で招かれる場合が多い。
「やぁ、ノーラ。新しい鉱山でも見つかったのかい?」
「あんたの目でこの鉱山はどう思う?」
精霊は辺りをウロウロと飛び回り……そして驚いた顔をして戻ってきた
「ノーラ!この仕事は引き受けたほうがいいよ!!この鉱山は凄いよ!!鉄も上質だし、鉱脈が沢山ある!!半永久的に採れそうだ。それにこれだけの鉱山なら『鉄の王』黒鉄もありそうだよ。そして……」
「そして?」
「もしかしたら…あっちの山には金や銀があるかもしれない」
その言葉を聞き、ノーラは笑った。
「決まりだね。私の残りの人生はここの鉱山を掘ることに専念するよ」
しかしジョルジュは精霊の言葉を聞き、眉間に皺をよせた。
「むぅ、金や銀ですか……現時点で金銀が採れると中央から睨まれて厄介なのですが……」
その言葉を聞いてノーラは笑う。
「金や銀が採れるのはまだまだ先さ。あっちの山までどれだけあると思ってるんだい。しばらくは鉄鉱を採ることにするよ」
そう言うとノーラは鋭い目をジョルジュに向けた。
「さて……ここから大切なのは取り分の話だ」
「それには及びません」
ジョルジュはピシャリとその言葉を遮る。
「採れた鉱石は皆、こちらで引き取らせていただきます。勿論、アルカディアを始め、大陸各地の相場を確認し適正価格で取引をいたします。しかし、設備や宿泊費、人件費などは差し引かせていただきますが」
「……ちょいと暴利じゃないかね?」
「当然の事だと思っております。こちらとしてはこれ以上ない待遇だと思っております」
ノーラはジョルジュの顔を見て……次いでアレスの顔を見た。
そして思い出す。それは先程ハインツからここに来るまでに聞いた話。ノーラを中心とした鉱山街を作りたいという話だ。
鉱山技師は割と身分が低く差別されがちである。きつい仕事、薄汚れた環境……それに従事するものに対する偏見。そのためどこに行っても厄介者扱いである。そんな自分たちに居場所を作り、そして確実な利益が上がる地を譲り、さらには街を作る権利までくれる……これほど美味しい話は他にないであろう。
「貴方にとってこれほど美味しい話はないと思います。勿論貴方が嫌だというなら他を探すまでですが……私は貴方以上の鉱山技師を知りませんからな。できれば賛同して貰えるとありがたい」
ジョルジュはこちらの意図を見透かしたように言葉を紡ぐ。
しばらくの沈黙の後。ノーラは溜息をつき、そして静かに笑みを見せた。
「全く。悔しいけどあんたの言う通りさ。でもあんたのためにやるんじゃないよ。私はこの男……アレス殿の元で働くんだから」
「勿論それで構いません」
「全く面白くないね……まぁいいさ。精一杯働かせてもらうよ。今後ともよろしく、領主殿」
◆
ノーラはその後、自らの知り合い達を呼び寄せ、大規模な採掘を始める。またグランツには坑夫も多かったため、沢山の人間がここに集まり、半年後には街と呼べるほどの規模に成長するのである。
ちなみに、この山脈。のちにノーラ山脈と名を変え、大陸屈指の鉄、銅、銀、金と様々な鉱石が採れる地として名が知られていく。それにあわせて彼らが作る街「ノーラ」は、大陸有数の鉱山街として発展を遂げることとなる。




