魔境の大地 制圧戦 その3
「シグルド卿、ダリウス卿、共に妖魔貴族を平定した様子です」
「そっか。意外と早かったね」
ゼッカからの報告を受けて、アレスは後ろを振り返った。そこにはシオンとジョルジュ、そしてエランというアレスの頭脳と言うべき者たちと、リリスが控えていた。
「これでとりあえず魔境の大地は制圧できた……といってもいいのかな?」
「………もう言葉も出ませんわ……」
わずか一日で制圧するという、離れ業を見てリリスは流石に開いた口がふさがらなかった。
「本当に降伏して正解」
驚くリリスをよそに、シオンはアレスに話しかける。
「主は今後。魔族たちをどういたしますか?」
「とりあえず……魔獣たちには大人しくしてほしいんだよね。とは言え、知能が低いから……討伐は今後も必要だろう。後は……魔人たちの扱いかな?一応彼らはグランツの為に働く意欲のある者たちはどんどん登用していこうと思っている。魔獣の中で知能が高いものも同じだね」
アレスの言葉にエランは思わず声をあげて驚きを見せた。
「しかし各方面から反発が起きるかもしれませんが……」
「時代が変わったと言うことを覚えてもらわないとね。魔族の能力は非常に高い。力のある者たちはどんどん登用していくつもりだよ……もちろん、悪人以外は、だけどね」
そう言ってアレスは笑った。
「魔族だって当然、善人はいる。そして有能な人物もね。逆に人族にも悪人は多い。そして無能な者たちも。家柄や種族で差別をするつもりはないよ。僕の治めているこの地は……そうしていきたいと思っている」
アレスがそう言ったとき、
「ご主人様、見えましたわ」
リリスが不意に会話を遮って、前を指さした。
「あれが私の城……この魔境の大地の中心になりますわ」
前を見るとそこには……この森に似つかわしくない壮麗な城がたたずんでいるのであった。
◆
城に入って気づくのは、とても掃除が行き届いていると言うことである。外部は鬱蒼とした森に囲まれていたからか、暗い印象ではあったが、内部は想像以上に明るく、そして清潔感あふれる内装となっていた。
「この城は主にダークエルフや夢魔たちが使っています。彼らがしっかりと掃除をしているお陰ですわ」
そう言うとリリスはアレスの手を取って、言葉を続けた。
「さぁ、ご主人様。見ていただきたいものが二つありますの。一緒に来ていただけます?」
そう言ってリリスは手を取りながら、まずはこの城のバルコニーへとアレスを導いていった。
階段を登りアレスがその扉を開けると……
そこには大広間に多くの魔人がひしめき合っているのが見えた。
「さぁ、あなた達。あなた達の新たなご主人様よ!挨拶をなさい」
リリスの言葉に騒めく魔族たちは言葉をつぐみ、頭を下げる。
その姿を見ながら満足そうにリリスはアレスに囁く。
「この者たちは私の配下の者達。そして今後ご主人様に忠誠を誓うことを選んだ者たちですわ。大急ぎで集めました。さぁ、ご主人様、お声かけを」
「やれやれ、用意周到だね…」
アレスはそう言って肩をすくめると魔族の群衆に目を向ける。見れば、誰もが不安そうな面持ちでこちらを見ていた。
魔族と人族は長きに渡り争いを繰り返している。姿をみれば嫌悪し理由もなく争う……それが当然の事であった。
人族に捕らえられた魔族の運命……それは悲惨なものである。過酷な奴隷としての日々、魔力を奪い尽くされる、はては試し切りの練習など……
対して人族もまた魔族に捕らわれれば同じ憂き目にあったのだが。
人族に降伏する……それがどれだけ恐ろしい事なのか。彼らはそんな不安を押し隠しながら必死に頭をさげていたのであった。
そんな彼らの心の動きを感じつつ、アレスはバルコニーに手をかけながら語り始めた……
◆
「魔族の者たちよ、私がアレス・シュバルツァー……このグランツの辺境伯である」
一呼吸置いて言葉を続ける。
「これから私が作ろうとしている『国』は全ての者が平等に暮らす地だ。私の精兵達を見て欲しい……」
そう言うと魔族達は後ろに控えるアレスの兵たちに目を向ける。そして多くの者たちが目を丸くしていた。
「見ての通り、人族も耳長族も、そして獣人もいる………何が言いたいか?それはこれからの世は種族や生まれで差別される時代ではないのだ!」
そう言うとアレスは群集を見回す。
「君たちは高い戦闘力と魔力、そして誇りを持つ魔族である。誰かにひれ伏す、そんな必要はない。全てのものは平等である。全てのものは幸せになる権利がある。それは魔族とて例外ではない。我々はお互いに手を取り合う事は可能だ!」
気がつくと多くの魔族達は平伏していた顔をあげ熱心な面持ちでアレスを方を眺めていた。
「この場にいる魔族達よ、約束しよう。君たちは皆自由であると。この地にいても構わない。街に出る事も構わない。商いも、労働も、全てが自由だ。そして約束をしてほしい。貴方たちもまた、この地の民であり、我らの法に従うという事を。他の種族を同胞として迎え入れる事を。そして……グランツの発展のために力を貸すという事を」
最後にアレスは力強く宣言をした。
「それが守られる限り、このアレス・シュバルツァーは君たちを全力で守ろう!!」
静まり帰る魔族の群衆。
そして囁きが聞こえる。
「おい、聞いたか?」
「俺たちは平等だそうだ」
「自由だっていってたよ!」
「我らの王……!」
「我らの主…!!」
「アレス様、万歳!!!」
「アレス・シュバルツァー万歳!!!」
はじめは小さな囁き。次第にそれが伝染していき大きな歓声へと変わっていく。
魔境の大地全体に響き渡りそうな大歓声。それがしばらく止む事はなかった。
◆
シオンは そんなアレスの様子を見ながら密かに舌を巻いた。見れば横に立つジョルジュも同じ面持ちをしている。
圧倒的なカリスマ
そうとしか思えないほどの出来事である。歴史上、魔族を完全に心服させ、熱狂させた人族がいるだろうか??
(本当に主が造りあげる国を見てみたくなった……)
シオンは熱狂に包まれている魔族の群衆を見ながらそう心の中で呟くのであった。
◆
多くの魔族との対面をはたした後、次に案内されたのは地下倉庫であった。
階段を下りながら、リリスはアレスにしなだれ掛かる。
「アレス様の先ほどの演説、多くの魔族たちに響いた事でしょう。私ももう濡れてきましたわ」
「……もっといい表現はないの!?」
そんな雑談をしながら階段を下って行くと大きな扉の前にたどり着く。
「さぁ、ご主人様、開けてくださいませ?」
扉が開かれて、アレスを始めその場にいた者たちは絶句する。
そこには金銀財宝を始め、魔力を宿した武具や宝石といった言葉にできないほどの財宝が あったのである。
ジョルジュは早速その様子を見て回り……そして唸った。
「これは……もはや国家予算に匹敵するといっても過言ではありませんな」
ジョルジュの言葉にシオンも同調する。
「魔族はお宝を溜め込むとは聞いていたけど……ここまでとはねぇ」
「ここにある財宝はどうしたんだい?」
アレスの問いかけにリリスは答える。
「私は興味はありませんけども、この城の以前の主人はどうやら人一倍収集癖があったみたいです。彼に成り代わってここの主になった時にはこれだけの財宝がありました」
そう言うとリリスはペロッと舌を出してアレスに言葉をかける。
「この財宝は全てアレス様のものとして献上します。どうかお使いくださいませ」
その言葉に少し興奮気味のジョルジュはアレスに囁く。
「これで我々の財政は安泰になります。大々的な開発も可能です。お受けくださいませ」
それを聞き、アレスは苦笑しつつ、リリスに返答した。
「ありがとう。ありがたく使わせてもらうよ」
「お礼はベッドの中でいただきますわ」
「………うん、考えておく…」
頭をかかえるアレスを尻目に、シオンは以前話しにあがり、疑問に思っていたことをリリスに問いかける。
「リリス殿。龍脈というのはどこに?」
「あぁ。それはそこ。」
リリスの指差した方、部屋の床が割れているとこから緑色の光が洩れていた。
「魔力が洩れているでしょ?この城は魔族にとって居心地がいいのよ。それゆえ、これを守るために……ここに屋敷を作ったということ」
シオンはそこに近付き、その付近を眺め……そしてある物を見つけ思わず大きな声で叫んだ。
「なっ!魔石がゴロゴロと!!」
その大声にリリスは首を傾げつつ、返答をした。
「あぁ、魔力のある石のこと?ある一定の時間、龍脈に石が触れると変化するのよねぇ」
そう言って笑う。
しかし……その言葉にシオンだけでなく、ジョルジュもエランも、そしてアレスも驚愕の表情を浮かべた。
「魔石を作ることが可能……??……そんな事があったら技術革命が起きるぞ!?」
帝都にある皇宮や大神殿の灯りは魔石を灯したものである。
またつい最近開発された「動力車」と呼ばれるものは魔石を燃料にして走ると聞く。
灯りや動力車など、いずれも素晴らしいものだが、普及しないのには魔石の希少価値があったのである…
そう簡単には手に入らないからこそ、開発できなかったのだが……
「主よ、これは大変な事が起こる予感です。急ぎハインツに戻り計画を見直しましょう。莫大な予算に魔石……これは大陸随一の都市にする事も可能です」
ジョルジュの言葉にリリス以外のメンバーは頷く。
こうしてアレスは魔境の大地を制圧した。それと同時に莫大な財宝と魔石を手に入れる事ができ、グランツ開発への足がかりができたのであった。
◆
アレスがこの魔境の大地の魔族を平定したのは今後の歴史上、おおきな転換期となる。
本来人族達と魔族は相容れないものとして長く歴史に記されてきた。それがついに破られたのである。
アレスはグランツにて辺境伯という独自の地位を利用し、全ての種族を平等に認める法を作った。初めは睨まれないよう、密かに。その後大々的に。
そしてそれは教会や帝国では受け入れることのできないものであったのだ。
この後、アレスは獣人や魔族排除をもとめる教会勢力と全面的に争う事となるのである。




