討伐 その2
ロイクは百人長の言葉を聞き、耳を疑った。
アレスの命令は『自分たちが地龍を倒す間』魔獣を防ぐように、との事。
「そんな……地龍の討伐には普通一個師団が必要と言われるじゃないですか!?」
ロイクは思わず叫ぶ。他の新兵達も同様だ。
「アレス様を殺す気ですか!?」
「我らはあの方のために働いているのに!!」
得物を構え、魔獣の攻撃に対応しながら新兵達は口々に言う。
それに対して百人長は平然と答えた。
「いいから目の前の事に集中せよ!」
と。
「ドラゴンはあの方々に任せれば良い。今は魔獣を彼の方の元に行かせないことが大切だ。そして……アレス様の命は『死なないこと』だ。油断をするな。死んだら、殺してやるからな!」
そう言って笑う。
新兵達は他のベテラン兵の方を見る。しかし、彼らは一切アレスの方を見ず、見事な三位一体の攻撃で魔獣を次々に屠っていく。
しかし、その後も、そしてその後も次々と魔獣は現れる。
「えぇい!俺たちも行くぞ!先輩達に遅れをとるな!」
ロイクはそう言って隣の同輩に声をかけると、気を取り直して魔獣に向かうのだった。
◆
シグルドは己が相対する獲物を見据える。地龍はドラゴンの中でも割と大きな部類に入る。
チラリと主人であるアレスの方を見る。その背中しか見えないが……普段はあまり見せない怒りがある事が見て取れた。
アレスは言った。
「『魔王の遺物』に完全に毒されたものは……助ける事が出来ない。今回のように身体に埋め込まれてしまうとね」
と。
そしてアレスの顔から表情が消える。
「地龍は本来、大人しい竜種。誰かが意図的に無理やり埋め込んだんだろうさ。酷い話だよ」
そう言うとアレスは剣を握り直す。
「こうなったらいっそ一思いに楽にしてあげるのが一番だと思う……龍種に育てられたシグルドにとっても辛い作業だと思うけど…頼んだ」
そう言ってアレスはもう一体のドラゴンの方に向かっていった。
(一体誰がこんな事を……いや、今はそんな事を言っている場合ではない。一気に決めねば)
ドラゴンの鱗は鉄より硬いとも言われている。並の攻撃では相手を怒らすだけで意味がない。
シグルドは槍を構えて呼吸を整えた。そして
「はああああああぁぁぁぁぁぁあああ!!」
身体から魔力を溢れさせた。全身が青白く輝き始める。
(狙いは頭部。一気に吹き飛ばす!!)
そう狙いを定めると、一気に地龍に向けて走り出した。
魔力を全身に纏うことで『身体強化』がされているため、その速度は非常に速い。鉤爪を躱し、一気に地龍の真下まで来ると、
「てやあああああぁぁぁぁああああ!!」
上空にジャンプする。
目で追うことしかできない地龍
地龍の遥か上空まで来た時、シグルドは槍を下方に構えた。
「悪く思うな。安らかに眠れ……!」
そう言うとシグルドは槍の先に魔力を込める。
「秘技!『降り飛龍』!!」
そう言うと、まるで龍が落ちてきたかのごとく凄まじい勢いで落下し……それが地龍の頭部に落ちた。
爆風がおこり、砂埃が舞う。その勢いで周辺の魔獣達も吹き飛ばされる。
砂埃が止んだ後……そこには頭部を吹き飛ばされた地龍とシグルドが立っているのだった。
◆
「派手にやったね……」
アレスはシグルドの方を向くとそう呟いて笑った。
「さて、僕の方も終わりにしないとね…」
そう言ってもう一体の地龍の方を向く。
アレスはシグルドとは対照的にゆっくりとドラゴンに近づいていった。鉤爪で襲いかかるドラゴンではあったがいずれも身体を僅かに動かしながら躱していく。
地龍に多少の戸惑いが見られる。
「さて……苦しかっただろうな……でもこの状態だと、僕には何もできない……だから一瞬で終わらせようと思うよ」
そう言いながらアレスはドラゴンの喉下で足を止めた。
「約束するよ。君をこんな風にした奴を……必ず殺してやると」
そう言うとアレスは悲しそうな表情を一瞬見せると、そのまま剣を振るった。
それと同時に『神剣オルディオス』の剣身から『見えない斬撃』が飛ぶ。
地龍の動きが止まった。まるで時間が止まったかのように。
かと思うと、ゆっくりと頭部が身体からズレていく。
そして頭部が地面に落ちた後、盛大に首のない身体から血が吹き出る。
アレスはその様子を眺めながら……怒りと悲しみに満ちた表情を見せるのであった。
◆
ロイクは自分の目が信じられなかった。
あの龍種が一瞬で屠られた……しかも個人の力によって。
「俺は夢でも見ているのだろうか?」
そう思った時……ロイクの周りにも変化が起こる。魔獣達が一斉に引き始めたのである。
「一体、何が……」
呆然とするロイク達の背中から
「皆……お疲れ様。」
と百人長が声をかけた。
「よし、魔獣達も去っていった。俺たちの勝ちだ!さぁ人員を数えろ。死んだものはいないか?死んだら殺すぞ」
「隊長……それ、あんまり笑えませんよ……」
誰かの返答に皆がドッと笑う。
表情を見ていると安堵と…。そして各々の顔には一つの修羅場を越えた自信が見られるようになった。
また、今回の件は新兵の訓練と同時に……ベテラン兵と新兵の絆を深めることもできたのかもしれない。
そう思い、そしてベテランと新兵のやりとりを眺めながらアレスもまた自然と笑みが零れるのであった。




