第99話 コシ砦
お待たせいたしました。
お知らせですが、今月の26日に私のもう一つの作品
『僕の装備は最強だけど自由過ぎる』の第二巻が発売となります。
是非、手に取って頂ければと思います。
「あれがコシ砦、ですか……」
そう言ったのは、馬車の窓側の席に座っていたニーナだ。
俺はニーナのつぶやきにつられるように、窓の外に視線を送る。
そこには南北に伸びる、見渡す限りの壁があった。
それは右手に見えるエルデス山脈から、左手に見える霊峰ハク山まで続く、南北五十キロにも及ぶ城壁のような砦、その壁の高さは皇都の三倍はあるだろう。それはまさに魔物の領域と人の領域を分け隔てる防壁にして長城、それがコシ砦だ。
城門に到着すると、詰所らしき場所から一人のアマクニツ皇国の兵士が近付いて来た。
「皇都の冒険者ギルドからの依頼で来た冒険者です。ギルド職員のゴウさんにお会いしたのですが」
俺は兵士に用件を伝えた。
「冒険者か……かなり若いな。まあいい、ギルドカードを見せてもらおうか」
ギルドカードを見た兵士は一瞬驚きの表情を見せつつも、仕事を全うするべく俺たちを砦内へと案内し始めた。
緩やかに左へと曲がっていく廊下を進むこと約五分、兵士は"冒険者ギルド仮設本部"と書かれた看板が立てかけられた部屋の前で歩みを止めると、慣れた感じで扉をノックした。
「警備隊のザイです。依頼を受けられた冒険者の方をお連れしました。ゴウ殿はおいででしょうか?」
「ああいる、入ってくれ」
部屋の中に入ると、そこには黒い髪の巨漢の鬼人が、執務机でなにやら書類に目を通していた。おそらくこの人が、ギルド職員のゴウさんだろう。部屋にはこの人しかいないようだしな。
ザイと名乗った兵士は俺たちが部屋に入るのを確認すると、その巨漢の鬼人――ゴウさんに一礼して持ち場に戻っていった。
ゴウさんはそれをチラリと見た後、俺に視線を移すとすぐに眉根を寄せた。
何と言うか、思っていることは大体分かる。たぶん"おい、ガキじゃないか"ってところだろう。
まあ当然か、俺たちの年齢からすると(エヴァは除く)よくてアイアン、普通はブロンズランクだからな。それが危険な特別討伐依頼を受けようとしているわけだから"はあ?"てな気分にもなるだろう。
「俺はギルド職員のゴウだ。今回の特別討伐依頼の現場指揮を任されている者だ。しかしそれにしても……」
自己紹介をした後ゴウさんは、俺たちを観察するように上から下へと眉を寄せたまま眺めていく。
「この討伐依頼はアイアンランク以上に限定していたはずだったんだがな……いや、依頼を受けられたってことはそう言うことか。おい、念のためギルドカードを確認させてもらうぞ」
今回の依頼、アイアンランク以上の依頼だったのか。受付では何も言っていなかったけど、って俺たち全員ゴールドランク以上だから言う必要もなかったわけか。
と言うことはゴウさんは、俺たちがちゃんと受付を通して依頼を受けたのか確認するつもりなんだろう。
「……!?」
俺たちのギルドカードを見た瞬間、ゴウさんの表情をがみるみる変わり、俺たちとギルドカードを交互に見比べ始めた。
「……お前が噂の爆炎か」
一応通り名は"爆炎の剣士"だけど、まあそれはいい。俺はゴウさんの呟きに黙って頷く。
「話には聞いていたが、一万もの魔物を一瞬で焼き払ったのがこんな子供だとは……本人を見てもにわかに信じがたいな」
一万も焼き払ってないけどな。実際一瞬で焼き払ったて倒したのは五千ちょっとで、あとは傷を負わせたぐらいだったはずだ。
そう思い苦笑いを受かべながら俺は「試しに瘴気の森に、一発ぶち込んで焼き払いましょうか?」と冗談混じりにゴウさんに聞いた。
するとゴウさんは、顎に手を当て「むむ」と考え出した。
「……それもいいかもしれんな」
いや、絶対ダメでしょ。
「いやいやいや、冗談ですから。そんなことしたら、森の奥から強力な魔物を呼び寄せちゃいますよ。大規模狂騒どころじゃなくなっちゃいますよ」
大丈夫かこの人? すごい脳筋臭がする。見た目もガチムチだし。
「それもそうか、いやしかし……まあいい。それじゃあ今回の依頼のお前たちの役目を伝える。まずオリハルコンパーティーのお前たちには見張り役は免除される。基本強力な魔物が出るまでは自由に行動してもらって構わんがその代わり、と言うかお前らの役目だが、強力な魔物や大群が出た場合は前線で戦ってもらう」
「基本自由ってことは、瘴気の森に入ってもいいんですか?」
「ああ問題ない、いくらでも好きに稼いでくれ。ただし、瘴気の森に入るのは自己責任でだ。当然危険な状態になっても助けは来ないと思っておけ」
自己責任って事だし当たり前か。まあ俺たちには、【転移魔法】があるから最悪砦に転移して逃げ帰れば問題ないだろう。と言うか、本当の目的は刀鍛冶のアマツマラさんに会うことだったのに、なに戦う事を真っ先に考えてるんだ俺は。俺も意外に脳筋なのかも……
「それとレオンハルト、オリハルコンランクのお前だけは、これから司令官である大将軍のスサノオ閣下に会ってもらう。あとの者は部屋に案内するのでそちらで待っていてくれ。いいな?」
俺は戸惑いながらも頷き応える。
しかしいきなり大将軍と謁見とは……
アマクニツ皇国のスサノオと言う名は、皇国最強の戦士と認められた者が襲名する一種の称号みたいなものだったはずだ。つまり、現在の大将軍はアマクニツ皇国最強の戦士ということだ。
ちなみに皇王や皇妃も襲名制であり、イザナギ、イザナミと名乗っているはずだ。他にも襲名制を用いているものがあるらしく、襲名はアマクニツ皇国の代表的な文化一つと言える。
でだ、今のスサノオの名は、確か現皇太子が十五年前に大将軍の地位に就くとともに襲名したと聞いている。
つまり今から俺に、皇太子殿下と会えということなのか? いくら何でもいきなり過ぎないか? 俺、ただの冒険者だぞ。
『オリハルコンランクの冒険者ならば普通です。マスターには、たまたま今まで機会が無かっただけのことです』
俺の心の中の呟きに【ロラ】が冷静にそう伝えてきた。
オリハルコンランクなら当然なのか……しかし俺みたいなのが、皇太子殿下なんかに会ったりして本当に大丈夫だろうか?
『問題ないかと。そもそも冒険者とは上流階級のしきたりに疎いのが当然、多少の粗相は気になさらないでしょう。特にアマクニツ皇国の者は、もともと強者を高く評価する国民性です。マスターであれば特に問題ないかと』
それならいいんだが……
と言う事で、俺はウイたちと一旦別れゴウさんの案内のもと、皇太子殿下の下へ向かうことになった。
◇◇◇◇◇◇◇
案内されたのは砦の屋上にある訓練場のような場所。三十人ほどの兵士が数人単位に別れ、試合形式の稽古を行なっていた。
そのままゴウさんについていくとそこには、五人の屈強な兵士を相手取り圧倒する一人の偉丈夫がいた。
年の頃は四十代半ば、燃えるような赤い髪と、褐色の肌をした身の丈二メートルを超える巨漢の鬼人だ。
「おお、ゴウじゃないか。こんな時間にどうした?」
俺たちに気付いた赤髪の鬼人は一旦訓練を止めて、近くまで来たゴウさんに人懐っこそうな笑顔で話しかけてきた。
「はい閣下。今日は新たに今回の特別討伐依頼を受けることになった、オリハルコンランク冒険者のご紹介にお伺いいたしました」
ゴウさんの言葉に"閣下"と呼ばれた男の目つきが鋭くなり、俺に視線を向ける。
と言うか閣下って……皇太子殿下に会うんじゃなかったのか?
「オリハルコンランクとは、その後ろの奴か?」
「御意」
「ほほお……若いな。名は何と申す?」
「レオンハルトと申します」
俺は一歩前に出て名を名乗り頭を下げた。
「ああ、お前が噂の……」
閣下と呼ばれた男は、面白そうに俺のことをジロジロ見つめてくる。
にしても、こんな遠くの地まで俺の噂が……、いったいどうな噂が流れているのか気になるところだが。
「俺はここの司令官を務めているスサノオだ。よろしくな、冒険者レオンハルト」
スサノオって、やっぱりこの人が皇太子殿下じゃないか。何でゴウさん閣下なんて呼んでるんだ? あ、そういえば、案内される前、ゴウさんは"スサノオ閣下"に会ってもらうって言ってたような……
俺は慌てて片膝をつきこうべを垂れる。
「失礼いたしました。皇太子殿下とは知らず……」
「何だ急に? 俺はそんなこと気にするタチではないぞ。そんな礼はいらん、楽にしろ」
皇太子殿下はそう言うと、俺に立つように促す。
「それに俺は皇太子である前にアマクニツ皇国の大将軍でもある。むしろ今は将として戦さ場にいる以上、殿下と呼ばれるよりも閣下と呼ばれる方が俺的にはいい。どうせここでは周りの者もそう呼んでくれているのだ。レオンハルトよ、お前も閣下と呼んでくれ。なんならスサノオと呼び捨てにしても構わんぞ」
そう言って笑い出す皇太子殿下改めてスサノオ閣下。
にしても呼び捨てって……出来るわけないだろう。
「いえそんなご冗談を……閣下と呼ばせていただきます」
とりあえず、そう返すのが精一杯だった。
「ところでレオンハルトよ。最年少オリハルコンランク冒険者の実力とやら、俺に見せてくれないか?」
「と言いますと?」
あー訓練場を見た瞬間、なんか嫌な予感がしたんだよな。いきなり自分と戦えとか言わないだろうな?
確かこの人、冒険者にはなってはいないが、前々から実力はアダマンタイトに匹敵する猛者だって噂で聞いていたし、戦うのも好きそうだからな。
俺的には、強い人と試合ができるのは望むところなんだが、さすがに王族と試合するのはちょっと……
「なあに、うちの兵と一対一の試合をしてもらうだけだ。うちにも何人かオリハルコンランク冒険者クラスの者がいるからな。お前にとってもいい経験になると思うぞ」
閣下自らじゃないんだ、よかった。それならむしろお願いしたいくらいだ。
刀鍛冶のアマツマラさんにも早く会いたい気もするが、これくらいは問題ないだろう。むしろ刀での戦い方を直に見られるのだ。願ってもないことだ。
「是非、よろしくお願いします」
こうして思いがけないことに、アマクニツ皇国の兵士と試合をすることになったのだった。
コシ砦のイメージは万里の長城+函谷関といった感じです。もっと和風ですが。




