第98話 皇都ヤマト
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王都ウインザーを出発して、一週間が経った日の夕方、俺たちはアマクニツ皇国の皇都――ヤマトに到着した。
「不思議な見た目の城壁ですね」
ウイが言うように馬車の窓から見えるそれは、確かに俺たちがよく知る城壁とは全然違うものだった。
まず城壁が掘と呼ばれる水路のようなもので囲われている。そしてこの堀は、幅が二十メートルほど、深さは八メートルほどもあり、その三分の二ほどの深さまで水で満たすことで、外敵の侵入を防ぐ役目を担っている。
そしてその堀に接するように石垣の城壁が十メートルほど、さらにその石垣の上には五メートルほどの櫓が壁状に築かれ、どの位置からでも攻撃が仕掛けられるようになっている。
この城壁を近くから見ると、堀の深さと相まって、とんでもなく高い城壁に見えるから不思議だ。
さらにこの城壁、いや、この皇都ヤマトという街、上から見ると益々不思議な形をしている。その形を一言で表すなら五芒星といったところか。【ロラ】曰く防衛に適した形という事だが、俺にはよく分からない構造だ。
ちなみにこの五芒星の形をした城壁と堀は、街の中にもさらに二層、中城・中堀、内城壁・内堀として存在しており、街の中を区画分け及び城壁を突破された際の新たな防壁の役目をなしている。
最外周の城壁の城門を通り、街の中へと入る。
そこは外曲輪と呼ばれる区画で、主に一般階級の市民が生活する区画とされており、約六十万と言われる皇都ヤマトの人口の約九割五分が、この区画で生活を営んでいる。
俺たちの目的である鍛冶屋や、冒険者ギルドも当然この外曲輪の区画に存在する。
街に入った俺たちはまず、腕のいい刀鍛冶を教えてもらうため、冒険者ギルドに向かうことにする。
場所は王都ウインザーの冒険者ギルドで聞いてあるので、迷うことはないだろう。
「変わった木造の家ばっかりなんだね」
「確かに、初めて見る建築様式ね」
「わたし、灰色の屋根なんて初めて見ました」
「見てください、あれなんて窓に紙を貼ってありますわ」
「この国はずっと鎖国をしてたからな。他にも色んなところで文化の違いがあるはずだよ」
初めて見る変わった街並みを見て興奮気味に話す四人に、俺は簡単な説明をする。
実際この国は、三百年前まで鎖国を続けていた過去があり、それにより独自の文化を形成する国となった経緯がある。
そんな独自の文化を持つ鬼人だが、開国後持って生まれた戦闘能力を生かし、傭兵や冒険者になる者が一気に増え、今では世界中どこの国でも見かける種族になったのだが。
「もしかして、あの大きな建物がお城でしょうか?」
大きな十字路を曲がったおりに、街の中心部に建つ大きな白い建物が目に入ると、ウイは少し驚いた表情で聞いてきた。
「ああ、そうみたいだ。【ロラ】の情報だと、五階建ての木造の城らしい」
「木造で五階建てって、鬼人の人たちも無茶なお城造りするね」
確かにティアナの言うとおりだと俺も思う。
「木造と言うのに、白くてとても綺麗なお城なのですね」
「木造と言うことは、火魔法で簡単に燃えそうだわ」
今のはニーナとエヴァの発言だが、どうして同じ建物を見て、出てくる言葉がこうも違うんだ? と言うかエヴァ、あんまり物騒なこと言うなよ。
「白いのは、白漆喰という消石灰をベースにして作られたものを、壁全体に塗ってあるかららしい。ちなみにエヴァ、その白漆喰には魔石を粉末状にして混ぜて、尚且つ耐魔法系の付与魔法が掛けられているから、そう簡単には燃えないからな。というか燃やそうとするなよ」
ニーナには、城が白い理由を説明し(全て【ロラ】からの受け売り)、エヴァには、余計なことをしないようにちゃんと釘を刺しておく。
さらに言えば、火攻め対策に、屋根にあるこの国独特の、灰色の瓦の継ぎ目にまで白漆喰をたっぷりと塗り込んであるため、少し離れた場所から見ると、壁と同じく屋根まで美しい白に見える。
その美しい純白の姿から、近隣諸国で『白天馬城』呼ばれ讃えられているらしい。実際この目で見るとそれも納得の美しさだ。
広い大通りを馬車で進むこと十分、ようやく冒険者ギルドが見えてきた。
皇都の冒険者ギルドもやはり木造の建物だった。
二階建てのそれは、周りのものよりもかなり大きな建物だった。ただノヴァリスや王都ウインザーの冒険者ギルドと比べると、ふた周りほど小さく感じる。とは言っても、一般的な冒険者ギルドの建物よりも、かなり大きい部類のようなのだが。
馬車を人目につきにくい場所に移動させてから【神倉】に収納し、アルスをギルドの裏にある厩舎に預けてギルドの表に向かう。ちなみにルルは、子狐サイズになってアルスの背中で昼寝中だ。
「レオン様、あれは……」
表の通りに出ると、視線の先に独特の鎧姿をした二十人ほどの集団が、隊列を組んで街の外へと向かう大通りを、進んでいくのが見えた。
確かあの鎧、当世具足とか言ったかな。いわゆるラメラアーマーのように小札と呼ばれる小さな金属板を縦横に綴って作る鎧だったかな。ウインザー製のラメラアーマーなどは、どこかもっさりとしていて好きじゃなかったが、ここのはなかなか迫力もあってかっこいい。
全員が似た意匠の鎧を身につけているということは、おそらく皇国の正規兵なんだろうけど……なんというか、街中にもかかわらず、なんとも物々しい雰囲気だな。
そういえば皇都に入る前にも、街の外で似たような連中が東に向かって馬で駆けていくの見たな。あの時は、街周辺の警備かなんかだと思っていたが、今考えると、少し規模が大きかったような気がする。東と言えば瘴気の森だが、何かあったのか……
「アマクニツ皇国の正規兵だと思うが……まあ、街の雰囲気は落ち着いているし、特に問題ないだろう。それよりも、まずはギルドで腕のいい刀鍛冶の聞き込みだ」
「そうですね。それに何かあっても私がレオン様をお守りします」
「ボクもご主人様を守るよ」
「あ、わたしも……」
「わたくしも、及ばずながらお守りいたしますわ」
ウイやティアナはまあ前衛だから分かるが、後衛のニーナやエヴァにまで守られたらダメだろ……
「ありがとう。でも無理はするなよ」
やや苦笑しながらそういうと、俺はみんなを引き連れギルドの入り口をくぐった。
ギルドは思っていたよりも閑散としていた。
時間は一番ギルドが賑う夕方、ましてやアマクニツ皇国の首都にして、魔物の多い地域の冒険者ギルドとして考えると、やはり何かあったのでは、と勘ぐりたくなる。
そんな中を受付に向け進む。
「こんにちは、ご用件はなんでしょうか?」
受付カウンターにたどり着くと、艶のある美しい黒髪を後ろで束ねた鬼人の受付嬢さんが、笑顔で声を掛けてきた。
「すみません、腕のいい刀鍛冶を探してこの街に来たのですが、出来るだけ腕のいい人、出来ればこの街で一番の刀鍛冶を紹介していただけませんか?」
俺はそう言ってカウンターの上にギルドカードを置く。ギルドランクによって紹介される店や職人の質も変わってくるからだ。
「腕のいい刀鍛冶ですか――エッ!? オリハルコンランク!?」
説明を始めようとした受付嬢さんが、俺のギルドカードを見て固まる。そのあと本物かどうか確かめるように、光に透かしたりしながら食い入るように見始めた。
「ほ……本物、それにこの名前……ってことは、この子が噂の、最速最年少でオリハルコンランクまで駆け上がったっていう『爆炎の剣士』レオンハルト……」
あーこの反応、久しぶりだな。ノヴァリスじゃあ、もう結構名も顔も知られてるからな。
ちなみにノヴァリスのギルドマスターであるマルディーニさんから聞いた話だが、ギルド内で俺を"アダマンタイトランクに昇格させては"という話が既に上がっているらしい。まあ、その中心がマルディーニさんらしいけど……
そういう事で、次にそこそこ大きな功績を上げれば、絶対に昇格させてやると、マルディーニさんがかなり息巻いてたが、さてどうなることやら。
「あ、失礼いたしました。レオンハルトさんのお眼鏡に叶う腕のいい刀鍛冶ということですと、アマツマラ様でしょうか……。ただ現在、アマツマラ様をはじめ腕のいい鍛冶職人が全て国の依頼で出払っておりまして、すぐにご紹介することができないのです」
鍛冶職人が全て出払ってる?
「えっと、それはいったい?」
「現在、瘴気の森にて規模の大きい"狂騒"が発生したため、装備品等の保守・整備に職人たちが国の依頼で駆り出されているのです」
ああ、狂騒か。懐かしいな。ということは、街の外で見た兵士たちや、さっきギルドに入る前に見た兵士たちも狂騒に関係して動いていたのかもしれないな。
ちなみに狂騒とは、瘴気の森から無数の魔物が押し寄せて来る現象で、五年から十年に一度起こるとされている。
現象としては迷宮の氾濫に近いように見えるが、氾濫のように大量の魔物が一気に津波の如く押し寄せて来るのではなく、少数の群れの魔物が次々と瘴気の森から飛び出して来るというもので、氾濫ほどには切羽詰まったものではない。ただ、規模がその都度違うため、大規模発生した時は、国が総力を上げて対処しなければならない、一種の大規模魔物災害ということでは氾濫とたいして変わらないのだが。
ついでにいうと、今のところその原因は不明。有力な説では、強力な魔物同士の狩場の争いや、新たな強力な魔物の発生で逃げて来た魔物が瘴気の森から出て来るのでは、と言われている。
まあそれはともかく、狂騒という現象は、ラングスター王国やアマクニツ皇国のように瘴気の森と隣接している国では切っても切れない現象なのだ。
「狂騒はまだ治りそうにないんですか?」
俺の記憶だと、狂騒は大体一ヶ月ほどで鎮静化する。ただ、規模が大きくなると当然鎮静化するまでに時間はかかるわけで、今回の規模が大きいというのなら、一度出直して狂騒が鎮静化したのち改めて来ることも考えた方がいいかもしれない。どうせ転移ですぐ来られるわけだし。
「はい、まだ発生して一週間ほどしか経っていませんので……それに今回は、どうやら大狂騒並の規模のようなのです」
大狂騒といのは、百年に一度くらいの割合で起こる大規模狂騒の事だ。規模はその時によってまちまちだが、押し寄せる魔物の数が通常の狂騒の時よりも数倍に跳ね上がるらしい。
「あの……レオンハルトさん、一つよろしいでしょうか?」
「はい、何ですか?」
「今回の狂騒に関して、アマクニツ皇国から冒険者ギルドに特別討伐依頼が出されているのですが、レオンハルトさんたちにも依頼を受けていただけないでしょうか?」
特別討伐依頼が出てるのか、まあ狂騒なんだし当然か……
そうだな、参加すれば、アマツマラっていう刀鍛冶とも話せる機会があるかもしれないな……
それなら参加してもいいかもな。
「ちなみに参加報酬は?」
「ランクによって変わりますが、オリハルコンランクが金貨五十枚、ミスリルランクが金貨十五枚、ゴールドランクが金貨五枚です。あと討伐報酬が通常の一割り増しで支払われます」
オリハルコンランクだけじゃなくミスリルやゴールドランクまでの参加報酬を説明しきたのは、おそらく俺のパーティーメンバーのランクも、ギルド間で共有されているからなんだろう。
それにしても、報酬のランク格差がすごいな。まあ活躍の期待値からだろうから仕方ない事だろうけど。まあお金に困っている訳でもないしいいかな。
「了解しました。その特別討伐依頼、パーティーで受ける事にします。とりあえず、どうすればいいですか?」
「ありがとうございます。ではまず、皇都の東にあるコシ砦に向かって下さい。そこに冒険者ギルドの職員であるゴウという者がおりますので、その者に指示を受けていただければと思います」
「了解しました」
「では、パーティーメンバーみなさんのギルドカードをご提示下さい」
受付嬢さんはみんなからギルドカードを受け取り、依頼の受理を手早く済ませると、ギルドカードを返還しながら、さらに「最後に、ですが」と話を続ける。
「ここからコシ砦までは、馬車で五時間ほど東に向かう街道に沿ってお進みいただければ到着します。定期馬車等は出ておりませんので、もし馬車がなければお貸しすることも出来ますが?」
「自前のがあるので大丈夫です」
「かしこまりました。では説明は以上ですが、他に何か質問はございますか?」
「大丈夫です」
「それではこれで手続きは全て完了です。みなさん、今回は魔物の数も多いようですので、お気をつけて」
「ありがとう」
笑顔で見送る受付嬢に軽く手を振り、俺たちは冒険者ギルドをあとにした。
さてと、馬車で五時間となると、アルスでも二時間近くは掛かるな。そうなると、今から出たら着く頃には日が暮れているか……
さすがに砦に夜、暗くなってから訪問するのはさすがにまずいな。ここは一旦家に戻って、明日朝一で出発でいいかな。
という事で、冒険者らしく行き当たりばったりで、新たに依頼を受ける事になった俺たちは、翌日の早朝、刀鍛冶に会うため――あ、違った、押し寄せる魔物を退治するため、コシ砦に向かうことになったのだった。
一応、皇都全体の形のモデルが五稜郭で、城のモデルは姫路城です。




