第94話 お礼参り(3)
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「我が主、レオンハルト様への度重なる侮辱、万死に値します。その罪、死をもって償わせましょう」
いやいや、できる限り殺さないようにしてもらいたいんだが……。ウイのヤツ思った以上にお怒りのようだ。
だがしかしこれはまた、なかなかに凛々しく美しい。ガイに向け剣を突きつけ、厳しい顔つきで睨むウイの姿は、美しい顔立ちと相まって、まるで戦女神のようで絵になる。
「この俺に罪を償わせるだ!? 狼人の小娘風情がほざくな!!」
そんなウイに対し、不機嫌さを隠そうともせず、ガイが言い放つ。
なんとなくだがあの不機嫌さは、ウイに啖呵を切られたからというだけじゃなく、幹部全員が、いとも簡単にやられてしまったことが大きいんじゃないだろうか。
俺は睨み合う二人の様子を見ながら、どう動くか考える。
二人から感じる気配からすると、ウイの方が一段上のように思える。その程度の差は、戦闘技術で簡単にひっくり返るのだが、ウイの戦闘技術は俺よりもはるかに高く、目の前の男に劣るものとはとても思えない。
……任せても問題ないか。もし危ないと思えば割って入ればいいしな。
という事で、ガイのことはウイに任せる事にし、俺は周りに倒れている連中をロープで縛りつつ、二人の戦いを観戦することにした。
ちなみにティアナも俺と同じ結論に達したようで、俺よりも早くロープを持って動き出していた。
「ハッ!!」
先に仕掛けたのはウイだった。
低い姿勢を保ち凄まじい速さでガイの下まで駆け寄ると、勢いを殺す事なくガイの喉目掛け細剣を突き入れる。
その一撃をガイは刀で払い上げるように弾く。だがウイの攻撃は止まらない。
左手に持つ短剣を喉目掛け振り抜く。だがそれもガイは後方に飛びギリギリのところで躱す。
ウイはすぐさま体を切り返し、さらに追撃するべくガイを追う。だがそこを狙いすましたかのように、ガイの放った斬撃がウイに迫る。
ウイはとっさに二本の剣をクロスしてその攻撃を防ぐ。だが不十分な体勢では、その威力までは抑え切る事ができず後方に吹き飛ばされる。だがウイはそのまま勢いに逆らわず空中で体勢を立て直すと、まるで猫のように滑らかに着地した。
そして二人の距離は、再び戦闘開始時のように離れた位置関係に戻った。
すごいな……ほんのわずか一瞬の攻防だったが、かなり見応えのある戦いだ。しかし、今のウイの攻撃、刃引きの剣とはいえ、完全に殺しにいってる攻撃だよな。
しかしなんだか、ウイの動きがいつもよりも固いというか力んでいる気がする。もしかして、怒り沸騰状態で冷静さを欠いているのか? らしくないな。
そんな事を思っていると、ウイが一つ大きく深呼吸をし剣を構えなおした。
おや? 表情が少し変わったか? やや厳しさが抜け、いつもの戦闘に集中している時のウイの表情に近い気がする。……この状況で自ら冷静さを取り戻したのか? もしそうなら、それはそれですごいな……
「貴様! 本当にミスリルランクか!? どう見てもオリハルコン級だろうが! しかもその中でも俺と同等クラスの上位。何でお前みたいなのがあんな小僧の奴隷なんかやっている!?」
いやそれは、俺がウイを買ったからだろ、とは思いつつもツッコミは入れず、倒れている男を縛りあげながら推移を見守る。
「それはレオン様が、私よりも遥かに強く、そして、私の人生を懸け忠誠を尽くすべき素晴らしいお方であり、私にとって唯一無二の大切なお方だからです」
なんだかいつの間にか、すごく慕われているんだが……少々照れるな。
「あの男がか? ……それほどの者には見えんがな」
そう言ってガイは、倒れている部下をせっせと縛りあげている俺を、見下したように見てくる。
「私がすぐに分からせて差しあげます」
話は終わったとばかりに、ウイは再びガイに向け走る。その動きは冷静さを取り戻したためか、先ほどとは比べものにならないほどに速い。
攻撃の狙いも喉ではなくガイの胴を狙う。しかしその一撃をガイは防ぐ。だが、速度の増したウイの次の一撃にガイは反応しきれない。
ウイによって放たれた短剣の一撃はガイの肩を痛打し、ガイの動きに大きな隙を作り出す。そこに新たな追撃がガイを襲う。
右手によって打ち込まれた細剣の一撃だ。
細剣は、吸い込まれるようにガイの左太ももを捉え、強かに打ちすえる。
「ガッ!!」
短い悲鳴をあげガイは体勢を崩す。だがさすがは元オリハルコンランク冒険者だけあり、その場で動きを止めるようなことはしない。痛みで思うように動かぬ左足は使わず、地面を転がるようにウイから距離をとる。
そんなガイにウイは追撃することなく、冷静にそして冷たい目で見下ろす。
「少しはお分かりいただけましたか?」
ガイが何とか体勢を立て直し、刀を構えたところで、ウイは確認するかのように声をかけた。
「糞が!! よくもこの俺様に、この俺に地面を舐めさせてくれたな!!」
「そうですか、まだお分かりいただけないのですね。では仕方ありません」
どうやらウイは、ガイの答えがお気に召さなかったようだ。さて、この後どうなることか?
とりあえず全員縛り終えた俺とティアナは、もう完全に観戦態勢に入った。
そこからのウイとガイの戦いは、一方的な展開となった。ウイの速度にガイは全く対応できず防戦一方、しかも何度となく体を打ちすえられ動きが鈍くなり、次第に防御することもままならなくなると、さらに追い込まれていく。まさに悪循環というやつだ。
しかしウイのヤツ、今朝『龍神迷宮』に入った時よりも速く、そして強くなってないか? なんというか、動き自体が速くなっているというよりも、反応速度がかなり速くなっている感じがする。もしかして【風精霊化】の影響か……可能性は高そうだな。
今のウイなら【風精霊化】を使わなくてもアダマンタイトランク冒険者に片足を突っ込んだくらいの力はあるじゃないだろうか? 少なくとも【風精霊化】されたら、今の俺では正直勝てる気がしないな。
そうこうしているうちに、勝負がついたようだ。
ガイは地面に両膝両手をつき肩で荒い息をしている。そんなガイの前で細剣を突きつけて立つウイ。まるでウイに向けガイが土下座をしているようだ。
しかし致命傷はないものの、よくもまあ、あそこまでやられたものだ。
全身いたるところ青黒く腫れ上がり、血が滲んでいる。顔なんて原型をとどめていないんじゃないか? 見ていてちょっとかわいそうになってくる。
逆にウイはまったくの無傷、それどころか汗一つかいていない。まさに圧勝だ。
よし、ガイを拘束すればこちらはもう終わりだ。あとはニーナたちが髭面オヤジを取り押さえて、執務室と金庫から回収できるものを回収したら、予定通り作戦終了だな。そちらも同時並行で行なっているから、終わるのも時間の問題だろう。
「よくやった、ウイ、お疲れ様。後は――」
ウイに労いの言葉をかけ、近寄ろうとした瞬間それは起こった。
凄まじい爆発音と共に、屋敷の二階の壁が吹き飛び炎が噴き出したのだ。
「――一体なんだ!? って、は?」
状況を確認するべく、未だ煙が立ち込める穴の空いた二階に視線を向ける。するとそこには……
「た、た、助けてくれ〜!!」
……あれって、髭面オヤジだよな。何やってるんだ?
俺の視線の先には、二階の剥き出しになった床に、必死にぶら下がりながら助けを呼ぶ髭面オヤジの姿があった。
「これは、レオンハルト様、失礼致しましたわ」
そこにそう言って現れたのはエヴァだ。ちなみにニーナがエヴァの後ろで、申し訳なさそうに何度も俺に向け頭を下げている。というか、これはいったいどういう状況なんだ?
「エヴァ、何があった?」
「実はこやつが、得体の知れない魔道具を使い、魔物を召喚しましたので、対処いたしました。ただ、その魔物には風系の魔法があまり効かず、仕方なく久しぶりに爆炎系の魔法を使ったのですが……このような結果になってしまったみたいですわ」
そう言って申し訳なさそうに頭を下げ、「お騒がせ致しましたわ」と謝辞を述べた。
って、おいおい、いくら風魔法が効かないからって、屋敷の中で爆炎系の魔法なんか使うなよ。下手したら大火事になるぞ。
「ハァ……まあいいか、それで魔物は?」
「問題なく、倒しましたわ。ほら、この通り」
問題なくはないだろう、とは思いつつ、エヴァが持ち上げた魔物を見る。
レッサーデーモンに似ている気がするが……少し違うな。
ゴブリンのような顔をした黒い人型の魔物だが、背中に半透明の虫の翅に近い羽が生えている。正直見たことがない魔物だ。
そこに【ロラ】から情報提供が入る。
『ジェイド、闇精霊です。能力的にはレッサーデーモンとさして変わりませんが、精霊であるため魔法に対する耐性が高いのが特徴です。炎魔法で倒すことができたのは、闇精霊のため火や光属性の魔法の耐性が他の属性よりも低かったのと、エヴァの魔法スキルが、風よりも火の方が高レベルだからでしょう』
あんな醜い魔物でも精霊なんだな……。【風精霊化】したウイとはえらい違いだ。というか精霊だから一応魔物ではないのか……
しかしエヴァのヤツ、森の民のくせに、風魔法よりも火魔法の方がレベル高いってどうなんだろう? まあ本人の好きずきだからいいけどさ。
それはそれとして、エヴァのヤツ、大人の男ほどもある闇精霊を「ほら、この通り」とか言って、洋服でも持つように片手で軽々と持ち上げているんだが、後衛にも関わらず、ずいぶんと力がついたもんだな。
そんなエヴァのすぐ横ではニーナが「大丈夫ですか?」と言いながら今も騒いでいる脂肪たっぷりの髭面オヤジを、片手でひょいっと引き上げている。エヴァだけじゃなくニーナもなかなか逞しい。しかも引き上げたあとは、きっちり逃げられないように縛り上げているのはさすがだ。
「ご主人様、鬼人がいません!!」
そんな風にエヴァとニーナを見ながら益体もないことを考えていると、突如ティアナが大声をあげた。
すぐさまガイがへたり込んでいた場所を見るとガイがいない! 今の騒ぎでエヴァたちの方に全員の意識がいっている間に逃走したのか!?
チッ、さすがは元オリハルコンランク冒険者、これだけ大きな隙を見せたらさすがに見逃さないか。
――どこに逃げた!?
視線を巡らすと、屋敷の門の外、丁度脇道に消えていくガイの姿が見えた。中々に逃げ足が速い。だが【マップ】がある以上俺からは逃げられないけどな。
すぐさま【マップ】を広げながらガイを追う。そしてガイが消えていった脇道に辿りついた瞬間――
「ギャアァァァァ!!」
夜のスラム街に響き渡るガイの野太い悲鳴。
とっさに脇道を覗くと、そこには体長五メートルはありそうな巨大な漆黒の魔獣が、ガイを咥え威風堂々と佇んでいた。
咄嗟に剣の柄に手をかけ抜こうとした瞬間、俺はあることに気付く。
「おまえ……もしかして、ルルなのか?」
俺の問いに答えるかのように、漆黒の魔獣は咥えたガイを俺に見せつけ、嬉しそうに尻尾をめちゃくちゃ振る。
そう、その巨大な漆黒の魔獣は、ルルをそのまま巨大に成長させたような、黒いキツネの魔獣だったのだ。
これが、進化を終えたルルの姿なのか? ……ずいぶん立派になった、というかなり大きくなりすぎのような……
しかしルルのヤツ、犬みたいに凄く尻尾を振ってるけど、キツネも嬉しいと尻尾を振るのだろうか?
急激に成長しすぎのルルを見て、そんなどうでもいい疑問が浮かべながら、とにかくこれで、今回の件は、無事終わりそうだなと安心する俺であった。
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