第89話 撤退後
帯状疱疹が腰に出て腰がめっちゃ痛い……
「はぁ、今回はちょっとしんどかったなぁ……」
自宅に戻った俺は、リビングのソファーに倒れ込むように座ると、疲れを吐き出す勢いで溜息をついた。
周りに視線を移せば、俺と同じように疲れ切ったウイ達がソファーに座りぐったりとしている。横を見ると俺の傍らでルルが丸くなり寝息を立てている。
そんな中、今回『龍神迷宮』探索に唯一参加していない悪魔のアドルフが、本業である執事としての仕事を果たすべく、みんなの目の前に紅茶とお菓子を優雅にセッティングしていく。
そんな様子をうっすらと目を開けて眺めながら、俺は今回の『龍神迷宮』探索を思い起こす。
初めての最高難易度の迷宮探索とはいえ、今回の迷宮探索の部分だけを見れば1時間も持たず2戦で撤退というのは失敗だったと言える。
決して舐めていたつもりは無かったが、結果として2戦で撤退せざるを得なかったというのは、俺自身が『龍神迷宮』を舐めていたからなんだろう。
第一、戦った魔物は黒いオークことダーク・オークと、その上位異種、【ロラ】の話ではドラグ・オークと言うらしいがその2種類だけ。
更に言うならば、多種多様の魔物が生息する『龍神迷宮』において黒オークは比較的楽な相手と言うからショックもそこそこに大きい。
今回の敗因の一つに、運悪く魔物湧きにあったという事が上げられる。だが、魔素濃度が濃い『龍神迷宮』では魔物湧きはいつどこで起きても不思議ではない現象であるだけに、俺自身もっと警戒しておくべきだったのだろう。それが出来ていなかったばかりに突如現れた魔物に全員が浮足立ってしまい、乱戦に近い状態になってしまった。
今回は何とか生きて帰れたが、超一流の冒険者ですらミス一つで命を失うのが特級ランク指定の迷宮。アダマンタイト冒険者が率いたパーティーですら10階層を突破できない迷宮なのだ。
次回以降、今回の反省を活かし、より一層集中して望まなければいつ命を落としても不思議はないだろう。
ただ、今回2戦で撤退してしまったとはいえ、全く得るモノが無かったかと言えばそんな事はない。
目に見える収穫もあれば目に見えない収穫もある。たった2戦での得たモノとしては思った以上に良かったのではないだろうか。
先ず、目に見える収穫としては、俺のレベルが1上がった事だ。当然、俺だけで無く今回参戦した全員が1以上のレベルアップを果たしている。
俺達にとってレベルアップは一番分かり易い戦力のアップの方法だ。レベルが上がれば基本能力値が上昇する。能力値が上がれば今まで出来なかった事が出来るようになる。倒せなかった相手も倒せるようになるし、倒せていた相手もより楽に倒せるようになり体力やMPの温存もする事が出来る。延いては継戦能力の向上にも繋がる。
更に言えば、俺達は素質ランクが高い。それだけにレベルアップで得られる恩恵は大きく、その必要性が高いと言える。
だからと言う訳でもないが、たった2戦でレベルアップするあの『龍神迷宮』の環境は自己強化において美味しいと言える。まあ、それだけ危険だとも言えるのだが……
あと他に目に見える収穫としてはウイの【風精霊化】だろう。
元々【風精霊化】はウイのレベルが70に達すれば発動できるスキルだった、だがそれが今回、レベル条件が達していないのに何故か発動した。そう言えば戦闘中、【ロラ】がそれについて何か説明しようとしていたな。今なら問題無いだろう。と言う事で【ロラ】。
『はい、では【風精霊化】について、何故ウイが発動出来たか推測を申し上げます』
って、推測なんだな……
『はい、あくまで推測です。
あの時にも申しましたが、今回【風精霊化】が発動出来たのは恐らく、装飾品に付与したスキル、【限界突破】と【魔蔵】の影響ではないかと思われます』
そう言えばそんな事言っていたな……
『はい、先ず【限界突破】ですが、本来【限界突破】はスキルの上限レベルを撤廃し、より強化させるスキルです。それはレベルが存在する上位スキル以下だけに影響が有るように思えるのですが、どうやらそれだけでは無いようで特殊スキルや加護の中にも影響が出るモノが有るようなのです』
特殊スキルに加護ね……、で、その一つが【風精霊化】、というわけか……
『はい、【風精霊化】が【限界突破】により影響を受けた為、本来レベル70で解放される能力が通常よりも早く解放されたのではないかと思われます』
なるほど、【限界突破】で発動条件が緩和されたという事か……でもそれなら【魔蔵】はあっても無くても関係無いんじゃないか?
『確かにそのように感じますが、実際は発動条件が緩和されただけで、レベル70以下では発動する為のエネルギーが足りていません。スキル発動時にMPの約半分が一気に消費されるのですが、それ以外にもどうやらMPが必要なようで、見た目上のMPの消費は約半分で止まっているのですが目に見えない部分でMPを瞬間的に爆発させるように膨れ上がらせているのを確認しています。その為、通常のMPの量ではエネルギーが足りず発動しても失敗に終わる可能性が高いと思われます。
そこで必要となるのがMPの予備タンクとも言える【魔蔵】です。この【魔蔵】によって足りなかった分を補填しどうやら発動させているようなのです。魔力の流れを解析した結果なので、その点に関しては間違い無いでしょう。
ただこの現象は、【限界突破】の力で無理矢理スキルを発動させた為に起こる事ですので、レベルが70に達せれば【魔蔵】が無くても問題無く発動できるようになるでしょう』
へぇ、何というか色々運よく条件が揃ったって感じで発動出来たんだな……まあ、おかげで今回は助かった訳だし、これも俺の幸運の能力値が高いからなのかもな……
『幸運の能力値は関係ありません。本来幸運の能力値は状態異常発生の緩和や、魔法発動条件の緩和など、行動に対し成功確率や抵抗確率に補正が掛かる能力値であって、決して運勢を上げる能力値ではありません』
そうなんだ、初めて知った。ずっと運が良くなる能力値だと思っていたよ。あっ、いや、一応行動の成功確率や抵抗確率に補正が掛かって良くなるのなら運が良くなるって事に間違いはないのか?
まあいいや。それよりも、偶々とはいえウイが【風精霊化】を使えるようになった事の方が重要だ。あの能力を使っている間は、俺とも互角に戦えると言っても過言じゃない。
30分という制限時間はあるが、魔人との戦いの事もあるし、これからの『龍神迷宮』探索を含め、貴重な戦力を得る事が出来たと言って良いだろう。
あっ、そう言えば迷宮でもチラッと思ったが【風精霊化】って30分経たなくても解除可能だったんだな。
『はい、あくまでも連続使用が30分と言うだけですので、途中で解除は可能です』
ほぉ、じゃあ、途中で解除した場合は、MPの減り方はどうなるんだ?
『途中で解除した場合は、使用時間や元々のMP残量にも依りますが多少残るようです。ただ、起動時にMPを相当量消費する為、MPが最大値の状態で発動した場合でも、10分使用で8割以上のMPが消費され、使用時間が15分を越えれば枯渇状態になるのは免れないでしょう』
なるほど……ちなみにMPの残量が少ない時に【風精霊化】を使った場合はどうなるんだ? やっぱり使用できないのか?
『現状で言えば【魔蔵】の残量が満タン状態なら発動は可能です。また、それ以外にも無理矢理発動させる事も可能のようですが、その場合MPの代りHPを相当量消費する為、大変危険ですのでお勧めは出来ません』
そうか……もう一つ質問。MPの最大値を増やして使用回数を増やす事は可能?
『使用者のMPを一気に放出して霊体に昇華させるスキルですので、MPの最大値を上げても使用回数は増えないようです。ただし予備タンクとも言える【魔蔵】スキルの付与状態のウイならば、理論的には連続で2回までであれば使用する事も可能だと思われます。ただし、1回目でMPを枯渇するまで使用した場合は、MPに余裕が無い為、2回目の発動時には体に相当な負担が掛かる事になります。
レベル70に到達し完全解放状態になれば、もう少し負担は減るとは思うのですが実際なってみないと何とも言えません』
なるほどね。そう言う事なら現状では出来るだけ連発は避けるようにウイに伝えておかないとな。後は安全に使用回数を増やすのにMPの回復強化などのスキルを考えていいかも。【付与魔法】にもMP回復力上昇が有るがスキルでもっと強化出来れば理想的だし考えてみるのもいいかな……
それと、レベル70になってスキルが完全解放状態になれば条件も多少は変わるかも知れない事か。その辺はまだどうなるか分からないんだし、完全解放状態になった時に考えればいいかな。
『それがよろしいかと。強いて言えばMP残量をそれなりに残して解除した場合は、再使用してもウイの負担はさして大きくないと思われますので、使用する際は短期決戦を挑むのがよいでしょう』
了解だ。まあ、早々物事が上手く行くとは思わないが、使用する際は出来る限り速やかに決着をつけるように心がけるとしよう。
話は逸れたがここまでが目に見える収穫って感じかな。
続いて目に見えない収穫だが、こちらに関しては先ず『龍神迷宮』の魔物の強さ、怖さを直に体験出来た事。そして同等に近い力も持った魔物との戦闘で、うちのメンバーの戦闘能力が実感出来るほど明らかに上昇した事か。それにスキルに関しても『持っている』から『使える』と言える状態になって来たのも良い。これも近い実力の相手と戦えたのが良い経験になっているのだろう。このまま実戦の中で使っていけばいずれ『使いこなせる』と言えるようになって来るだろう。
今まで戦って来た相手は、ウイ達が圧倒出来る相手か、手も足も出ない相手(俺も含む)かのどちらかで、同等の相手と戦う機会が少なかったように思える。その点『龍神迷宮』の魔物はウイ達にとって丁度いい実力と言えるだろう。(【風精霊化】状態のウイは別枠)
それにあの黒オークは迷宮でも底辺クラスなので、ウイ達のレベルアップ毎に戦う魔物のクラスも上げて行けるのも良い点だ。まあ、その点は【マップ】が有って戦う魔物を自由に選べるから言えるんだが……、気を付けなければならないのは魔物湧きだが、それに関しては警戒を怠らず引き際をしっかりと見極めて対応すれば何とかなるだろう。
こうやって見ると、得られたモノと言った観点から見れば今回の成果としてまあまあと言っていいだろう。
『龍神迷宮』探索初日の総合的な評価としては、直ぐに撤退してしまった事を含めて考えると結果としては可もなく不可も無くと言ったところか……
明日も当然『龍神迷宮』に潜る事になるが、今日の反省を活かし第一層辺りを突破できるくらいの結果が残せるといいんだが、それも魔物次第かな。あんまり無理をしてみんなを危険に晒すのも良くない。その辺はパーティーリーダーの俺の見極めが大事になって来るだろう。
今までは俺一人が突っ込んで行って戦う事が多かったが、『龍神迷宮』を攻略する為にも、もっとみんなを信じてパーティーで戦う事を覚えて行かないとな……
そんな事を考えながら俺の傍らで眠るルルを撫でる。
――!?
その瞬間、俺は気が付いた。
「ルル!?」
今までにないほど熱を発し荒い息づかいで眠るルルの姿に……
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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