第85話 模擬戦
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翌朝、早朝訓練の為、俺達は屋敷の裏庭に集まっていた。
早朝訓練自体は別段特別な事では無く、今までも屋敷に居る日は特別な用事が無い限りは毎日行ってきた事なのだが、今日はいつもと状況がやや異なる。
それは、新たに手に入れたスキルの使用感の確認をする事、ウイ達の新装備の確認、更には当家の執事である悪魔アドルフの戦闘能力の確認と、メニューが盛り沢山であったからだ。
現在俺の目の前には、フル装備のウイ、ティアナ、ニーナ、エヴァの4人に加え、召喚獣のルル、そして新たにうちの執事となった悪魔アドルフが臨戦態勢に入っている。ちなみにアルスはニーナの足としてのみ一応参加だ。
これから行うのは1対6のハンデマッチ戦だ。しかも俺は昨日手に入れた【近未来視】と【天駆飛翔】のみを使用し他のスキルや魔法は一切使わない、逆にウイ達は何をやっても良いというルールで行う。
俺的には、スキルでの身体能力強化が出来ない分、結構いい勝負になるのではないかと思っていたりもする。まあ、実際はやってみないと分からないが……
「準備はいいか?」
全員が態勢を整えたようなので声を掛けると、皆、首肯で返して来る。
ならばと「では、いつでもどうぞ」言った瞬間、ウイとアドルフが一気に間合いを詰めて来た。
ウイの戦い方は熟知している。こうやって一気に間合いを詰めて、速攻を掛けて来ることは予想通りだった。当然、レッドトリニティバングルを使い【光鱗衣】【雷神装】【金剛武威】の三重強化を行っている。どれほどの強化につながるかは今回の模擬戦である程度分かるだろう。
でだ、続いてアドルフの方だが、以前の魔人との戦いを反省し、今回はあえてアドルフのステータスを見ていない為、彼の戦闘スタイルが予想できない。魔力操作に長けた悪魔なだけに、自身の魔力を使って幾らでも武器を生成する事ができるだろうが、今のところその手に武器は握られていない。元々魔法を中心にあらゆる攻撃手段を持つと言われる悪魔だ。いったいどんな戦い方をしてくるのか今から少し楽しみだ。
しかしそんな、先手を取ったのはウイでもアドルフでもましてや俺でも無かった。俺に迫りくるウイとアドルフの間を縫うように、三本の光が俺に襲い掛かってきたのだ。それはエヴァの放った矢であり、ニーナとルルが放った魔法であった。
俺はその三本の光を、僅かに体を逸らすだけで躱す。
――なるほど、これは面白い。
遠距離攻撃が襲い掛かろうとする僅か前に【近未来視】が発動したようで、全ての攻撃の予測射線が見えたのだ。後は、その射線を躱すように体をズラすだけで、いとも簡単に攻撃を躱す事が出来た。
遠距離攻撃の回避後、その隙を突くようにウイが襲い掛かってくる。手に持つ女王蟻の細剣を躊躇い無く俺の胸に向け突き込んで来た。刃も剣先も潰していない実戦用の剣だ。まともに喰らえば大怪我は避けられない。模擬戦という事を考えれば「殺す気か!?」とツッコミを入れたくなるところだろうが、これは、模擬戦前にウイ達全員に、俺を殺す気で来いと言っておいたので問題はない。寧ろそれくらいでないと俺自身の訓練にもならない。まあ、ウイ達からしても、これぐらいの攻撃で俺がやられると思っていないだろうが……
そんなウイの刺突を剣で弾き返し、そのまま蹴りを入れると呻くウイを残して距離を取る。そこに狙いすましたようにアドルフの拳撃が襲う。【近未来視】でその攻撃を感知していた俺は、拳撃にカウンターを合わせ、アドルフを殴り飛ばす。だがそれを読んでいたのか、アドルフは顔面を殴られながらも俺の腹に向け蹴りを喰らわせてきた。
「くっ!」
息が詰まる衝撃に一瞬動きを止めると、その隙を突いてエヴァの狙いを定めた一撃が襲い来る。強弓から放たれた矢は空気を斬り裂く音を響かせ、寸分たがわず俺の心臓に迫る。だがその射線も【近未来視】により看破されている。今にも直撃しようとした矢を左手一本で掴むとそのままエヴァに向け投げ返す。
「うそっ!?」
流石に投げ返した矢では、威力もスピードも全く無く簡単に躱されてしまったが、それでも、エヴァを脅かせるには充分だったようだ。
そして俺はそのままアドルフに追撃を掛ける。殴られた衝撃で未だ体勢が立て直せないアドルフとの間合いを一気に詰め勢いそのままに剣を振り下ろす。
俺の剣はウイ達が使う武器と違い、刃や剣先を潰してある。だがそれでも練習用とはいえウーツ魔鋼で出来た剣だ。攻撃が直撃すれば骨の一本や二本覚悟しなければならない攻撃力がある。当たり所によっては死ぬ事もあるだろう。まあ、この悪魔アドルフなら、直撃しても死ぬ事は無いだろうと、躊躇い無くその剣を振り下ろしたのだが――
直撃すると思えたその時、凄まじい衝撃音と衝撃波を生み出し剣が動きを止める。
――ティアナだ。俺の剣がアドルフを捉えようとした時、ティアナが俺とアドルフとの間に割って入り、真銀のカイトシールドにより俺の攻撃を受け止めたのだ。
「やるな、ティアナ!」
見事に俺の攻撃を受け止めたティアナに称賛の声を掛けるが、ティアナ本人はそれどころではないらしい。全身から玉のような汗をかき必死な形相で俺の剣を受け止めている。
【光鱗衣】【雷神装】【金剛武威】の三重強化を行った上で、まだ俺とティアナとのステータスの差はそれほどまでに大きいのだろう。いやそれだけじゃ無く、ティアナがまだスキルに慣れていないという事もあるのだろうな。まあ、どの道ティアナには全く余裕が無い。俺の攻撃を受け止めるだけで手一杯のようだ。
そんなティアナを援護するように、防御を固めるティアナを迂回するように、光の槍と漆黒の雷槍が俺に襲い掛かってくる。咄嗟に俺はバックステップを行い距離を取る。だがそこに狙いすましたかのようにウイの刺突の連撃が襲い掛かって来た。
此処で【近未来視】が力を発揮する。奇襲に近いウイの攻撃であったが、全ての攻撃が先に見えたのだ。奇襲が奇襲になりえず、相手の動きを全て知る事が出来てしまう。まさに反則級の能力だ。だが、当然ウイ達も魔道具の力を使い同じ能力を身に付けている。それなのに、これだけ戦い方に差が出るのはなんの差なんだろうか?
そんな考察をしていると、ウイとの戦闘に体勢を立て直したアドルフが参戦してきた。ウイの刺突の間を縫うようにアドルフの拳撃や蹴撃が俺を襲う。【近未来視】が発動中の俺は、当然のようにその攻撃を捌けているが、【近未来視】を習得出来ていなかったらこの連携は捌ききれないのでは、と思ってしまうほどの凄まじい攻撃の嵐だった。
さらに、そこにティアナが加わりそうなのを感じた俺は、一旦【天駆飛翔】を使い、ウイとアドルフから距離を取る為、空中に逃げる。だがそこに、待ってましたとばかりに、ニーナ、エヴァ、ルルの魔法三連撃が撃ち込まれた。
ニーナの放つ【神聖魔法】の広範囲魔法『ホーリー・レイ』、エヴァが放つ【風魔法】の広範囲魔法『ブラスト・エッジ』そして、ルルが放つ【黒雷】。
全身を光の奔流が焼き、無数のカマイタチが切り刻む。黒い雷光は、体を内部から破壊していく。結界も防御系強化スキルも使っていない俺のHPは、この魔法三連撃でガリガリと削られて行く。
やがて、魔法攻撃が収まると、間髪入れず、そこにウイ達近接戦闘組の三人が一気に追撃を掛けて来た。
一気に大ダメージを受けた俺は、その追撃への対応が遅れ、少しずつ追い込まれて行く。
ウイ、ティアナ、アドルフの連携は凄まじく、全くと言って良いほど隙が無い。ウイとアドルフの戦闘スタイルがスピード特化で手数が多いというのもあるが、それ以上に、この連携の肝になっているのは今回防御に専念しているティアナのようだ。
俺が、【近未来視】を使い僅かな隙を見つけ攻撃しても、護る事のみに意識を集中したティアナが必ず間に割って入り攻撃を防いでしまう。当然、ティアナに直接攻撃を仕掛けても、防御に専念しているティアナの壁はそう簡単に破れない。まさに八方ふさがりの状態だ。
せめて魔法さえ使えればと思わないでもないが、ルールで決めた以上使えない。まあ、こんな時にでも、そう思ってしまうほどに今まで魔法やスキルに頼りきって戦っていたんだなと思い知らされるが、今更そのスタイルを変えるのは難しいだろう。勿論、まっとうに戦闘訓練はこれからもしていくつもりだが……
しかし、どうする? このままでは埒が明かないな。……ならば――
ここで、俺はティアナの裏をかく攻撃に出る。先ずはウイに攻撃を集中する。当然アドルフの攻撃はもらいやすくなるが、それを何とか【近未来視】と【直感】を使い致命傷にならない程度にいなしていく。ティアナはウイとの間に割って入るタイミングを計っているようだが、ここはあえて無視をしてウイへの攻撃に集中する。
そしてようやく僅かに隙が出来た瞬間に、止めを狙うように攻撃を仕掛けた。だが、その攻撃に反応したティアナが、絶妙なタイミングで俺とウイの間に割って入って来た。
――よし、掛かった!
次の瞬間、俺は振り下ろす剣を止めた。ようはフェイントだ。
俺の攻撃を受ける為、最大限筋力と集中力を高めたティアナは、完全にタイミングを外され、続いて来る俺の攻撃に対応出来ず弾き飛ばされる、はずだった。
「なっ!」
だが、実際はそうはならなかった。ティアナは初撃のフェイントを読み切ったのか、本命の攻撃を見事に受けきったのだ。
「ご主人様、ボクも、いや、ボク達も【近未来視】のスキルを使える事、忘れてませんか?」
「あっ!」
戦いに集中しすぎて忘れてた。【近未来視】を使えるのであれば確かに、虚実織り交ぜた攻撃なんて意味が無い。自分で使っているんだから気付けって感じだな。しかし、また手が無くなってしまった。
――あっ!
と、ここで一つ思い出す。あるじゃないか、攻めどころが。
必死の形相で俺の剣を受けているティアナにさらに攻撃を集中していく。ウイ、アドルフはそうはさせじと、俺に攻撃を仕掛けて来る。そんな中でも俺はウイとアドルフの攻撃を極力無視をして、ティアナに怒涛の攻撃を打ち込んでいく。当然ティアナは自身の防御に集中せざるを得ず、周りを見る余裕が無くなる。
――これなら、上手く行きそうだ。
予想通りに展開が運び思わずほくそ笑む。
そして、渾身の力を込めた一撃をティアナの持つ盾に叩き込み、それと同時に【天駆飛翔】で空中を思いっきり蹴り方向転換、そして一気に【近未来視】のスキルを所持していないアドルフの眼前に迫り、勢いそのままにその腹に蹴りを放つ。
思わぬ攻撃に全く反応出来なかったアドルフは、当然躱す事が出来ず蹴りが直撃、地面に向け一直線に落下しそのまま激突すると、気を失い動かなくなった。それを横目に俺は再び空中を蹴り方向転換、アドルフがやられた事に僅かに動揺が見えるティアナに襲い掛かる。
「きゃっ!!」
動揺の為か、一瞬対応が遅れたティアナは俺の剣撃を完全に抑えきる事が出来ず、小さな悲鳴を上げながら体勢を大きく崩す。そこに、返す刀でティアナの肩口に剣撃を打ち込むと、もろにその一撃を受けたティアナはそのまま地面に落下し動かなくなる。
続いてウイに視線を移すと、危険を感じたのか、ウイが【天駆飛翔】を駆使し、距離を取ろうと動く。俺はそうはさせじと、ウイを追い一気に距離を詰めに掛かる。だが、そこに俺の目の前を矢が轟音を立てて通り過ぎる。エヴァの仕業だ。恐らく【近未来視】を使い俺の移動ルートを読み、あえて俺を直接狙うのではなく邪魔をするように矢を撃ってきたようだ。その為、あと少しで捉えそうだったウイを逃がしてしまう。そして、ウイとの距離が出来るのを狙っていたかのように、一気に魔法攻撃が俺に襲い掛かる。
「『ディバイン・レイン』!!」
「キューン!!」
ニーナとルルが放つ光の豪雨と黒雷の嵐が俺を襲う。更に僅かに遅れてエヴァが魔法を放つ。
「『ジンの怒り』!!」
強烈な暴風が俺の動きを阻害し、圧殺しようと襲い掛かって来る。【神聖魔法】と【黒雷】と【精霊魔法】の三重攻撃だ。身動きが取れずHPが一気に下降していく。さらにそこに――
「『シルフの風塵華』!」
ウイが放つ【精霊魔法】により創られた、無数の小さな風の花びらが刃となって襲い掛かり、全身を切り刻んで行く。まるで、巨大な台風の中に強烈な竜巻が起きたような暴風雷雨だ。しかも、風の刃のオマケ付きだ。
魔法の終わりを狙い奇襲をかけたいが、上手くタイミングをズラし間断無く魔法を撃ち込んでくる4人に、全くタイミングが掴めない。既にHPも3割を切ろうとしている。安全の為、自分の中でHPが2割を割り込んだら降参するつもりなので、正直もう後が無い。
それでも、必ずその時が来ると信じ、ガード体勢をとりじっくりとチャンスを窺う。そしてようやくウイ達の攻撃に僅かなほころびが生まれる。
拘束力の高い『ジンの怒り』と『黒雷』が同時に止まったのだ。その為僅かに拘束力が緩み、動きが取りやすくなったこのチャンスを逃さず、俺は強引に魔法の渦を食い破ると一気に後衛三人の下へ向かう。
突如魔法の渦から飛び出した俺に、僅かに焦りの色を見せるニーナ、エヴァ、ルルの二人と一匹。その焦りは僅かな隙を創る。それは人から見たら僅かな隙だったかもしれないが、俺にとって充分過ぎる隙だ。
一気に間合いが詰まった俺は、その勢いを殺さぬまま剣を三度振るう。その一振り毎に剣を通じて伝わる衝撃。誰一人その攻撃を防ぐ事が出来ず、ニーナ、エヴァ、ルルは一撃でその場で崩れ去った。
残るはウイ一人。ニーナ達を護ろうと俺を追ってきていたのか、ニーナ達を倒し振り返ると目の前にウイが迫ってきていた。
俺の体を貫かんと渾身の力を込めて打ち込まれたウイの刺突の一撃を僅かに体を逸らし躱す。そしてそのまますれ違い様に剣を薙ぎ払った瞬間、模擬戦は決着した。
「みんな、新装備の使い勝手はどうだった?」
模擬戦終了後、直ぐに気絶していたメンバーに回復魔法を掛けて回る。そしてようやく一段落したところで全員集合して反省会へと移行した。
「どれもこれも凄いです。特に強化系のレッドトリニティバングルのスキルは凄いですね。【光鱗衣】【雷神装】【金剛武威】の強化は確かに魔力の消費が激しいですが、それ以上に強化が途轍もなく強力に感じました」
そう興奮気味に話しているのはウイだ。確かに普段でも凄い動きをするウイだが、今まで以上に凄まじい動きをしていたように見えた。実際ステータスの差が大きい為対応はできたが、もう少しウイのステータスが高かったらやばかったかもしれない。
「確かに【光鱗衣】【雷神装】【金剛武威】の強化は凄かったけど、ボク的には【近未来視】かな。守りに入る際、敵の攻撃の狙いが分かるのはすごく大きいよ」
確かに、今回は守りに徹したティアナの所為でかなり苦戦を強いられた。この能力は攻撃時よりも守備時に力が発揮し易いように思える。ただ攻撃時にもこの能力を使いこなせるようになれば、守備時以上に強力な武器になるのは間違い無いだろう。
「なるほどね、ニーナとエヴァはどうだった?」
「はい、わたしは【近未来視】と首飾りにある【魔蔵】でしょうか…… 【近未来視】で相手の動きが読めるので、魔法を撃つタイミングが掴みやすいように感じました。【魔蔵】は魔法を連発しても、まだまだかなり魔力に余裕を感じるといいますか、これなら連戦しても問題無いように思えました」
「そうね。わたくしもニーナと同意見ですわ。強力な魔法を使っても特に魔力が一気に減るような感じもしませんでしたし、これならより火力を上げた戦い方ができそうですわ」
「そうか、ただ注意してくれ、その【魔蔵】スキルは魔力の総量は確かに倍になるが、魔力の回復量は以前のままだからな。魔力が枯渇すれば、それだけ最大値まで回復するのに時間が掛かる。まあ、大きな問題などないから気に留めておく程度で構わないけどな」
「はい、かしこまりました」
「了解ですわ」
さてと、最後にアドルフだけど、そう言えばアドルフには何も装備を渡して無かったんだよな。それなのに、ウイ達に匹敵する活躍を見せた。確かに俺が召喚しただけあって設定しなくても【創造神の加護(下位)】の恩恵を受けているアドルフだが、自前のスキルだけであれだけ戦えたのは充分凄い。それに、格闘執事ってのが中々いいな。よし、アドルフにも装備品一式をそろえてやろう。
「アドルフ」
「ハッ」
「お前にも装備一式創ろうと思うんだが、防具や武器はどんなものがいい?」
「私の戦い方は格闘が中心で、武器は使いません。それに防具もこの執事服がございますのであえて必要ございません」
「そう、か……」
まあ、アドルフには屋敷に残ってここを守ってもらう予定だから、確かにそんなに装備は必要ないか……
「じゃあ、念の為、ウイ達と同じようにスキル強化系の装飾品だけ創っておくからそれだけでも身に付けてくれ」
「はい、かしこまりました」
取り敢えず、こんなものか、後は…… あっ! そう言えばルルやアルスの装飾品だけ創って無かったな。完全に忘れていた…… うん、それも一緒に今日中に創るか。
こうして、新スキルと新装備の初のテスト運用は、思った以上の使い勝手の良さから満足の内に終える事が出来たのだった。
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