第80話 魔人
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前回投稿日の夜10時半までに読まれた方へお知らせです。
79話の「六千を超えるHPを持つ俺でも、継戦可能時間は恐らく5分と無い」の後に「今、HPは6割近くまで減少しているのだから、実質戦える時間は3分といったところだろう」という一文を追加しました。
「ウギャヤヤヤヤァァァァ」
ゴギャッと聞いた事がない嫌な音と共に響き渡る魔人の悲鳴。
【身体能力強化】【闘神衣】【剛力】の3つのスキルにより、異常なまでに強化された握力は、握った魔人の腕を一瞬で圧潰させ引き千切ったのだ。
魔人は、紫の液体が噴き出す傷口を抑え、苦痛と怒りに歪む表情でこちらを睨みつける。
「き、貴様ァァァ、許さんぞォォ。こ、この、わ、私の腕、このマルバ様の腕をよくも、よ、よくもォォ、楽には死なせん、死なせんぞォォォォ」
魔人は怒りに震えながら、残った右腕で深紅の魔力の剣を顕現させる。
というかこの魔人、マルバって名前なんだ。初めて知ったよ。
その魔人マルバは、怒りを力に変換させるかのように、俺に向け猛スピードで突っ込んで来た。
激しくぶつかり合う真銀疾風の大剣と深紅の魔力の剣。
そこから始まる凄まじい剣撃の嵐。魔人が繰り出す攻撃は、パワー、スピード共に今までの比じゃ無い。魔法で創造した剣とはいえ、とても片手で扱っているとは思えない威力だ。
――だが、荒い。
先ほどまで感じていた洗練された剣技は、今は完全に鳴りを潜めている。ただ怒りに囚われ、強引に力ずくで攻撃を仕掛けているだけだ。
先ほどまでの俺なら、それだけでも充分脅威なのだが、強制強化した今の俺なら、問題無く対処できるレベルだ。もちろん、一つでも対応をミスればそれで終わってしまうほどの威力を持った攻撃なのは確かなのだが……
「くそがァァァ!」
全く当たらない攻撃に更に激怒する魔人マルバ。その攻撃は更に苛烈さを増し、嵐から竜巻のような攻撃へと変わっていく。だが、激しさが増すにつれ、その攻撃に少しずつ隙が出来始める。
それまで防御に専念していた俺だったが、此処からはその隙を突いて攻撃に転じる。
激しく襲い来る攻撃の合間を縫い、俺の攻撃は徐々に魔人を捉えていく。当然致命傷と言う訳には行かないが、それでも、魔人の身体に次々と傷を増やしていく。それがまた、魔人をより怒らせ、隙を大きくする。
「人族風情がァァァ」
強引に俺に一撃を喰らわせようと大きく振りかぶる魔人。だが、それは俺から見ても充分過ぎる大きな隙だった。
頭に血が上り切った魔人は、それに全く気づいていない。
脳天目掛け振り下ろされた攻撃を俺は紙一重で躱し、そのまま一気に逆袈裟で魔人の胴体を切り上げる。
「ウギャァァァァァ!」
――魔人の悲鳴と共に吹き上がる紫の血飛沫。
更に追撃を掛けるべく更に一歩間合いに踏み込み、追い打ちを狙う。
「ウグッ!!」
だが突然襲う腹部への強烈な一撃。
チャンスと思い、攻めが単調になったところに、魔人の蹴りを喰らったのだ。
体勢を立て直す為一旦距離を取った俺は、魔人の様子を観察する。
千切れた腕からの血は既に止まっているようだ。新たに体に受けた傷は未だ新しい血を吹き出し続けている。
俺を睨む眼には憎悪と怒りの色が色濃く表れている。
まだ、冷静にはなっていないようだな。ならまだチャンスはある。
再び魔人との距離を詰めようとした時、先に攻撃を仕掛けて来たのは魔人だった。
俺に向け撃ち出されたのは赤黒い魔弾。
魔法なんかではなく、ただ単に魔力を練った純粋魔力のエネルギー体。魔法適性が高い魔人ならではの攻撃だ。普通の人族ではまず真似は出来ないだろう。
その魔弾を追うように突撃して来る魔人マルバ。
先行してきた魔弾を左手で撃ち落とし、目の前に迫った魔人の剣を右手に握る真銀疾風の大剣で迎撃する。
「ウオオオォォォ」
怒りの咆哮を上げ、幾度となく剣を打ち込んでくる魔人の攻撃を、右手のみで持つ剣でいなす。
本来は両手で捌きたいところだが、先ほど魔弾を弾いた事で左手が痺れてしまい、感覚が失われている為使えない。簡単に撃ち出したように見える魔弾が、これほどの威力とは、やはり魔人は侮れない。
苛烈を極める魔人の攻撃に、一旦距離を取る。だが、魔人の勢いは止まらない。
僅かに距離が開いた事で、溜めの効いた強烈な攻撃を放つ好機を与えてしまった。
憤怒の執念が宿った一撃を、なんとか剣で受け止める。だが、片手ではその衝撃までは抑える事が出来ず、外周の結界まで吹き飛ばされてしまう。
何とか体勢を立て直しすぐさま魔人に視線を移す。
――不味い!
魔人から放たれた10を超える追撃の魔弾が、俺の眼前まで迫って来ていた。
咄嗟に痺れの残る左手を前方に突き出し瞬時に結界を展開。この一瞬で展開できる結界など高が知れているが無いよりはマシだろう。
結界展開とほぼ同時に襲い来る無数の魔弾。
その直後、凄まじい衝撃と爆風、そして意識が刈り取られそうになるほどの激痛が左腕を襲う。
「ガアァァァァ!!」
あまりの激痛に口から悲鳴が漏れる。
痛みで蹲りそうになるが、状況はそれを許してくれない。
爆煙の隙間から魔人が新たに魔弾を展開しているのが見える。
――一所に留まるのはダメだ!
俺は『ウインド・ウイング』を使い、高速飛行で回避行動に移る。
魔人はそれに追撃を掛けるように魔弾を撃ち込んでくる。
次々と飛来する魔弾を、寸でのところで何とか躱しながら左腕の状態を確認する。
……ダメだな。
左腕はあり得ない方向に複数折れ曲がり、皮膚は裂け、指は何本か失い、傷口からは夥しい量の血が溢れ出ていた。とてもじゃないが戦闘中に治せるような怪我じゃない。
何とか治癒魔法で止血は出来るが、この戦闘中は左腕を諦めるしかないだろう。
――クソッ、時間も無いのに……
戦闘開始して既に1分以上経過している。しかもかなりダメージも喰らっている。
強制強化を使えるのも後1分少々といったところか……
「クソッ、ちょこまかと動きよって、鬱陶しいィィィ」
次々と魔弾を躱す俺を見て魔人は苦々しげな表情を見せる。
「ならば、『グラビティ・バインド』」
魔人が魔法を発動すると同時に急激に体が重くなり、飛行魔法で飛んでいた俺はその勢いのまま地面に墜落する。
――しまった。ウイ達を拘束した魔法か!
魔弾に意識が行っていた分、拘束魔法のレジストに失敗したか!
「フハハハハ、捕まえたぞ。手こずらせやがって、この忌々しい人族が!!」
血走った目で地面に押し付けられた俺を睨む魔人。
「そうだ、このまま貴様を殺すのも面白味が無い。確かそこの女どもは貴様の女だったな。ならば今から貴様の目の前で、この女どもを俺が犯し、嬲り、惨めにぶち殺してやるぞ」
そう言って魔人は狂ったように高笑いを上げる。
――今、奴が何と言った!?
――ウイ達を犯し、嬲るだと。
――ふざけるな!!
怒りで体中の魔力が激流のように渦巻き始める。
今まで左手を襲っていた痛みは一瞬で感じなくなり、疲労すらも感じなくなる。
俺は怒りに身をまかせ、押さえつけられた体を強引に動かし、その場でゆっくりと立ち上がる。
「な、何故立てる!? 人族ごときが私の拘束魔法を受けながら何故立てる!?」
血走っていた魔人の眼に僅かだが動揺の色が見える。
しかし、まだ俺がまともに動けないとみるとニタリと嗤う。
「やはり貴様は危険だ。先に貴様を殺しておくべきだな。女どもはその後だ!」
魔人は上空に手を掲げると、魔力を練り始める。
魔人の頭上には赤黒い魔弾が現れ、時間を追うごとにどんどんと巨大化してく。明らかに今までの魔弾とは感じる気配が違う。途轍もない魔力が、あの赤黒い魔弾に集まっていく。
俺は動かぬ体を無理やり動かし、右手に持った真銀疾風の大剣を地面に突き刺すと右手を天に翳す。
その姿に魔人は目を剥く。
「馬鹿な!? 人族ごときが何故、私と同じ事が出来る!?」
俺の頭上に浮かぶ青白い魔弾。魔人の頭上にある赤黒い魔弾とは対照的な魔弾が俺の頭上に浮かび上がっている。
純粋魔力の塊。かつてサイクロプス戦で使った技に類似する技。制御に失敗すれば『スーバー・ノヴァ』のような大爆発を起こし、一帯が焦土と化す。
俺はそんな物騒なモノに尋常ならざる勢いで魔力を込めていく。
怒りで理性のタガが外れたように制御不能になることなど全く恐れず、すべてを絞りつくすように魔力を注ぎ込んでいく。
魔弾は魔力が飽和状態になり、より魔力を受け入れる為更なる巨大化をし、いつの間にか魔人が創る赤黒い魔弾の大きさを凌駕するまでに至る。
その青白い魔弾からは、まるで内包するエネルギーが溢れ出しているかのように、稲妻が魔弾の表面を走り回っている。
――準備が出来た。
俺は魔人マルバに視線を移す。
血走りこぼれんばかりに見開いた眼で俺を睨み、魔人が叫ぶ。
「何なんだ!? 貴様は一体何なんだァァァ!!」
呪詛のような叫びと共に魔人は頭上に掲げた巨大な魔弾を俺に向け放つ。
赤黒い魔弾は、深紅の稲妻を走らせ俺に迫る。
僅かに遅れ、俺も青白い魔弾を放つ。
2つの魔弾は俺と魔人の中央で激しくぶつかり合う。
2つの魔弾は互いが互いを喰らわんと侵蝕しあい、強烈な暴風を生み出す。黄金の稲妻と深紅の稲妻が龍のように絡まり合い喰らい合う。まるで稲妻のウロボロスのように……
やがて均衡は崩れる。
互いに侵蝕しあっていたはずの黒と白の魔弾は、黒が完全に白に喰らい尽くされ、その姿を消滅させる。
そして白は黒を食い尽くしたことにより、より強大な魔力の塊となり、呆然と立ち尽くしていた魔人に向け襲い掛かり呑み込んだ。
光の奔流が魔人マルバを呑み込み、体を崩壊させていく。
いかに高い魔法耐性を持っていたとしても、その強烈なまでのエネルギーに耐える事はまず出来ないはずだ。
雌雄は決した。そう確信した時、今まで感じていた魔人マルバの強烈な気配が一瞬で消え失せた。そしてそれと同時にウイ達を縛り付けていた魔法は解除され、周りを覆っていた結界は消え失せた。
「殺った……のか?」
……いや、違う。奴は死んでい無い。奴が消える瞬間、僅かに魔法の発動を感じた。恐らく【転移魔法】で逃げたんだ。
だが、あの状態ならしばらく動くことは出来ないだろう。
これで取り敢えずみんな助かったんだ。奴を逃してしまった事は残念だったけど今回はこれでいい。既に俺のHPもMPもスッカラカンだ。
安心した瞬間、体中から一気に力が抜け、俺はその場で倒れ込む。
張り詰めていたものが切れた事によって、今まで無理してきた分が一気に疲労となって襲いかかり、意識を奪おうとする。
周りから駆け寄るウイ達が何かを言っているが何も答える事が出来ず、俺はそのまま意識を手放した。
何処からか聞こえるレベルアップの声を聞きながら……
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