第79話 ローブの男
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「すごいね~、君。まさかこんなに早く、アークデーモンを倒せるとは全く予想外だったよ~。しかも八割方、君一人で倒したようなものだったしね~」
楽しそうに嗤うローブの男の視線は、俺に向けられている。
新たな戦いを嫌でも意識しながら、俺は改めて剣を握りなおした。
「貴様は何者だ!? 何が目的でこんな事をする!?」
俺達の間に割って入るように、クリンスマンさんの誰何の声が辺りに響く。
「ん~、なんかうるさいのが混ざっているね~。今、私はこの少年と話しているんだよ~。君らは合格したんじゃなくて、この少年に寄生して生き延びただけなんだから、少し黙っていてもらえるかな~」
濃密な魔素を放出し、クリンスマンさんを睥睨しながらローブの男は言葉を続ける。
「そうだ。また邪魔されるのも嫌だし~、君達にはしばらく黙っていてもらうとしよ~」
ニヤリと嗤うとローブの男は指を鳴らす。
「グラビティ・バインド」
すると、俺を除いた全員が突然その場で倒れ伏し、地面にへばり付きながらうめき声を上げる。
「さあ~、これで静かになったね~、じゃ~話の続きをしようか~」
ローブの男は楽しそうに俺へと視線を移す。
「みんなに何をした!?」
「別に大した事はしてないよ~。ただ、うるさいから、邪魔されないようにしばらく動けなくなってもらっただけだよ~」
その言葉で命を奪うようなもので無いと知り、少し落ち着いた俺はローブの男に質問を投げかける。
「2つ程質問していいか?」
「君は合格者だから許可するよ~」
「お前は何者で目的は何だ?」
「すっごい単刀直入だね~。まあいいけどね~。
えっと、私の正体と目的だよね~。まず、私の正体だけど、君達の予想通り魔人だよ~。一応こう見えても上位魔人で、それなりの地位についているんだよ~」
やはり上位魔人のようだ。アークデーモンを召喚して使役するような奴だ。当然といえば当然だろう。
「次に目的だけど、これは何て言ったらいいのかな~、正直今回に関しては明確な目的なんて無いんだよね~、強いて言えば嫌がらせ?」
何で疑問形なんだ?
「一応上司の命令でやっているんだけど~、魔晶石と魔皇石だけ渡されて~、人間の世界を混乱させて来いって言われただけなんだよね~。だから私も~、適当に目に付いた村や街に、嫌がらせをしているだけなんだよね~」
もしかしなくてもても、世界各地で起きている魔皇石を使った騒動は、こいつが原因か?
「その顔~、何か勘違いしているみたいだから言うけど~、魔皇石を使って嫌がらせしているのは、私だけじゃないからね~。他にも同じ命令を受けている魔人が、何人かいるんだからね~」
魔人が人間の世界に攻め入る為の尖兵という所なんだろうか?
「そんなに色々教えてくれてよかったのか?」
「別に構わないよ~。どうせ君ら全員ここで死ぬんだからね~。もし、今の話し持って帰りたいのなら死ぬ気で死なないように頑張ってね~」
何とも緊張感の欠ける話し方だが、内容は辛辣極まりない。要は俺達を皆殺しにする宣言しているのだから……
「まあ、君が生きている内は、あっちのザコには手を出さないから安心するといいよ。さあ~、長話もなんだし、そろそろ始めようか~」
魔人はそう言って満面の笑みを俺に向けてきた。
魔人を見据えながらウイ達の様子を確認する。
強力な重力に押さえつけられているようで、動く事も声も出す事も出来ないようだが、取り敢えずダメージは殆ど無いようだ。
心配そうにこちらを見るウイ達に俺は笑顔で一つ頷くと、改めて魔人を睨みつける。
今回は、相手の能力が見えない以上、出来る限り準備をして当たるべきだ。
【闘鬼術】にある【闘神衣】を発動し攻撃力、耐久力、機動力の強化を行い、【光鱗衣】を発動し防御力の強化を行う。続いて【魔道術】を常時発動状態にして、いつでも魔法を多重展開できるよう準備を行う。更には【探知術】の感知能力を限界まで高め、魔人の動きに備える。
そして最後に、魔力を右手に握る真銀疾風の大剣に込めていると共に、左手で魔法を準備する。
「準備はいいかな?」
まるで、準備が完了するのを待っていたかのように話し掛けてくる魔人。いや、恐らく待っていたのだろう。
俺はその問いに答える事無く魔人に向け左手を翳すと――
「ライト・イローションレーザー」
先制攻撃の魔法を撃ち出した。
白き閃光は宙に浮く魔人に向け突き進む。だが、当たる直前、当然のように結界によって阻まれその進行が止まる。しかし俺が撃った魔法は『ライト・イローションレーザー』。
直撃と同時に白き閃光は魔人の結界に喰らいつき侵蝕を開始する。
その様子を魔人は眉一つ動かさず笑みすら浮かべ眺めている。
やがて、光に侵蝕された結界が破壊され霧散すると、俺は瞬時に短距離転移を行い魔人に奇襲をかける。
転移先は魔人の背後。
魔人の死角に転移すると同時に剣を振り下ろす。
だがその剣撃は、魔人が魔法で創り出した紅き魔力の剣により阻まれる。
――クソッ、不意打ちが意味無しかよ。
いとも簡単に不意打ちを防がれ、若干動揺はしたものの、続けざまに剣撃を繰り出す。
――まだ、攻撃の主導権は俺が握っているはず。このまま一気に剣で押し切る。いや、押し切るしかない。
相手は魔人だ。ただでさえ魔人と人族では、魔法に対する適性に大きな差がある。【創造神の加護】で俺も多少なりにも魔法に対する自信はあるが、だからと言って魔法を使いこなせているとは言い難い。つまり種族として元々魔法適性が尋常ならざる魔人と、魔法で対抗して勝てる気が全くしないという事だ。
ならば勝つ道を剣に求めるしかないだろう。俺にもっと経験があれば、また違う道を探る事も出来たかもしれないが、今はこれしか思い浮かばない。幸い剣に関しては、ワルターさんに揉まれて多少は自信がついて来ている。まだまだではあるが、魔法で魔人と戦うよりは多少なりともマシな戦いが出来るはずだ。
俺の剣が魔人の頬を僅かに斬り裂く。
――いける!!
そう思った瞬間だった。
魔人は傷を負った瞬間確かに嗤った。そう認識した瞬間、凄まじい斬撃が俺を襲う。
その一撃に反応出来たのは恐らく運が良かっただけだろう。咄嗟に魔人が繰り出す斬撃と体の間に真銀疾風の大剣を割り込ませることに成功した。
だが、その威力までは抑えきる事が出来ず俺は大地に向け加速しながら墜落。それでも地面に激突する寸前、何とか体勢を立て直し、地面を抉りながらも着地に成功する。
――今のはヤバかった。
全身から吹き出す冷や汗を感じながらも、弱気になりそうな気持を無理矢理押し込め、魔人を睨む。
「アークデーモンの時もそうだけど~、君、短距離転移がすごく上手だね~。魔人の中にも~【転移魔法】を使うやつは結構居るけど~、君ほど完璧に短距離転移を使いこなせているやつは見た事無いや~。ただ残念ながら、魔素の動きを感じる事が得意な私だと、君がどこに転移するか丸見えなんだけどね~」
魔素の動きを……道理で俺の奇襲が簡単に防がれるわけだ。
もう【転移魔法】は意味が無いか……
しかしそんな事よりも、問題は奴の剣技の方だ。はっきり言って魔法だけでなく剣の実力でも奴は俺なんかよりも数段上を行っている。もしかするとワルターさんに近い実力を持っているかもしれない。
こんな化物どうやって倒せばいいんだよ。いや、逃げる方法すら思い浮かばない。正直言ってお手上げ状態もいいところだ。
「どうしたの~、そっちから来ないなら、今度は私からいくよ~」
――クソッ! 考える時間も無いか!
驚異的なスピードで目の前に迫る魔人。
激しくぶつかり合う剣戟。あまりの衝撃に体勢を崩し、そこに狙いすましたかのように魔人の強烈な蹴りが俺の胸部を襲う。
今まで感じた事の無いような強烈な衝撃を胸部に受け、勢いそのままに外周の結界まで吹き飛ばされ、結界に体を強かに打ち付け、ようやく勢いは止まる。
そしてあまりのダメージの大きさに、俺はその場で倒れ込んでしまった。
――な、なんて威力の蹴りだ!
蹴られた胸元に視線を移すと、女王蟻の外殻で創られた鎧に罅が入っている。
蹴りだけで女王蟻の軽鎧に罅が入るなんて洒落にならない。
体中から起こる痛みを堪えながら、地面に這いつくばり動こうとしない体を叱咤し起き上がろうとする。だが体がいう事を聞いてくれない。
もがく俺の前に魔人は立つと、胸倉を掴み無理矢理俺を起き上がらせ、拳を魔力で覆い腹に一撃。鋭い痛みが腹部を突き抜ける。
攻撃は更に続く。
「ダーク・クルスフィクション」
魔人が唱えた魔法により、俺の体は宙空に磔にされる。
そこに襲い来る魔人の攻撃。
動けぬ俺に、魔人の蹴りや拳撃が全身至る所に撃ち込まれていく。
高笑いを上げてつつ俺に撃ち込まれる魔人の攻撃は、【光鱗衣】の防壁をいとも簡単に突き抜け、確実にダメージを積み重ねていく。
そんな中、俺は飛びそうになる意識を、唇を噛みしめ必死に留めるしか出来なかった。
どれくらい殴られ続けただろう? 掛けられていた拘束魔法はいつの間にか解除され、俺は地べたに這いつくばっていた。
「う~ん、もう少しやると思っていたけど、なんか期待外れだな~」
「ウグッ!」
不満そうな表情で魔人は、地面に這いつくばる俺の頭を踏みつける。
更に魔人は虫でも踏み潰すように、俺の頭を地面にグリグリと押しつける。
「つまらないな~、どうしようかな~?」
しばらく俺の頭を足蹴にしていた魔人だったが、飽きてきたのか俺の頭から足を降ろすと、今度は髪を掴みそのまま無理矢理持ち上げその場で宙に浮き上る。
「ね~ね~、これで終わり? 終わりならさっきの約束は無しにして、ここのいる全員、今から始末しちゃうよ~?」
そう言うと魔人は俺に無理矢理、地面に転がるウイ達の姿を見せる。
「いいの~? もうやんないなら、あっちが先に死んじゃうよ~」
再び俺の視線を自分に向けさせると、嫌らしくニタニタと嗤う。
その言葉と表情に全身から嫌な汗が噴き出す。
話が違うと言いたいが、主導権は魔人にある。
――このままだと、みんな殺される。それだけは、断じてさせない――
そう思った時、俺は、髪を掴む魔人の腕を掴んでいた。
「なにかな、この手は?」
俺はその問いに答える事無く。【闘鬼術】に含まれている【剛力】を発動する。
【剛力】は自分の生命力を引き換えに瞬間的に筋力をアップするスキルだ。ただ、継続性は無く、続いても1秒程、要は一撃の威力を強化スキルなのだ。だが、俺はそれを無理矢理生命力をつぎ込み一時的に継続発動状態にする。
更に、本来は常時発動状態の【身体能力強化】スキルにも強引に生命力を注ぎ込み通常強化ではあり得ない強化を行う。
だが、それだけで終わらない。現在発動中である【闘神衣】にも通常よりも大量の魔力を強引に一気に注ぎ込んで行く。
これは、後から【ロラ】から聞いて知ったのだが、この強引な強化方法は、俺の持つ【闘鬼術】スキルが有ってはじめて成せる技だったらしい。【闘鬼術】というスキルに、いろんな特性のスキルが合わさった事で、スキル毎の特性が少しずつ影響し合い、このような無茶が出来るようになったようだ。
【身体能力強化】【闘神衣】【剛力】。この3つのスキルの強制オーバーフローによる効果は大きい。
身体の中から途轍もない力が湧き上り、今まで感じた事が無いほどのパワーの上昇をハッキリと実感する。
だが、代償もまた大きい。今、この瞬間も生命力と魔力が凄い勢いで削られて行っている。特にHPに関しては、元々のMPの量よりも少ない上に【身体能力強化】と【剛力】の2つのスキルにつぎ込んでいる。六千を超えるHPを持つ俺でも、継戦可能時間は恐らく5分と無い。いや、今、HPは6割近くまで減少しているのだから、実質戦える時間は3分といったところだろう。
だが、殺るしかない。殺れなければ、俺だけでなくウイ達も殺されるのだから。
そして覚悟を決めた俺は、魔人の腕を握った手に力を一気に込める。
「ウギャヤヤヤヤァァァァ」
その瞬間、ゴギャッと聞いた事がない嫌な音と共に、魔人の悲鳴が一帯に響き渡った。
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