第70話 ミスリルの巨人
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午後2時を回った頃、ようやく29階層にある階層守護獣の部屋の前に到達した。
流石に急いだだけあって、かなりのハイペースでここまで来た。これでようやく二つ目の区切りだ。
このペースでいけば全45階層の『坑道迷宮』は、明日には攻略できるかもしれない。勿論、『坑道迷宮』は攻略よりも、武器の素材、ミスリルの取得が主目的だ。攻略するにしても、それを達成させるのが大前提となる。
そうなると、この守護獣が一番ミスリル獲得の可能性が高い。
この『坑道迷宮』の守護獣が出る場所は全部で3カ所。14階層、29階層、そして45階層だ。そしてミスリルの獲得が出来る魔物の出現は29階層以降の守護獣という事が分かっている。
つまり、ここの守護獣で目的のミスリルが獲得できるかもしれないという事だ。
いよいよもって楽しみだ。では、参りましょう。
守護獣部屋に入ると、そこは巨大な空間が広がっていた。
14階層の守護獣部屋とは明らかに広さが違う。高さも広さも4、5倍はありそうだ。
しかし、守護獣そのもの姿は確認できない。そして【マップ】にも魔物の表示が無い。
いったいどういう事だろう……
その時、入って来た扉が、突然大きな音をたてて閉まる。
慌てて全員が扉の方を確認したが、扉が閉じた以外何も起きていない。
しかし、再び視線を部屋の中央に戻すと、そいつらがそこに立っていた。
【種名】ミスリルコロッサス 【種別】鉱物生物
【レベル】56(B+)
【スキル】槌術 :レベル 3
筋力強化 :レベル 5
耐久力強化 :レベル 5
瞬発力強化 :レベル 2
剛力 :レベル 4
鉄壁 :レベル 5
硬化 :レベル 5
魔法抵抗 :レベル 4
【種名】ミスリルウェアウルフ 【種別】鉱物生物
【レベル】50(B)
【スキル】咬みつき :レベル 4
格闘術 :レベル 4
筋力強化 :レベル 4
耐久力強化 :レベル 3
瞬発力強化 :レベル 4
縮地 :レベル 3
硬化 :レベル 3
思わず頬が緩む。いきなり当たりだ。
ミスリルコロッサスはまさにミスリルの巨像。
高さは普通のゴーレムの4倍以上。10mはありそうか。上半身裸の筋骨隆々の男の巨像。それはまるで名彫刻家が精魂込めて造り上げた、作品のようだ。
持つ武器はその巨体に似合う巨大なハンマー。直撃を受けたらダダでは済まないだろう。
そして、その両脇に立つ2体の人狼。勿論ミスリル製だ。
身長が3mほど。全身を青白い毛で覆われており、その一本一本が美しく輝いている。
顔は狼そのものだが、上半身は毛で覆われている以外人間と同じような構造か。下半身は上半身と違い、狼のそれに近い。
身体の特徴としては、コボルトよりも狼に近い印象を受ける。まあ、どちらも人狼には変わりないのだが……
しかし、ミスリルコロッサスにしてもミスリルウェアウルフにしてもかなり大型だ。これで一挙に大量のミスリルを獲得出来そうだ。
では観察の時間は終了だ。あちらさんも、やる気になっているようだし、戦闘開始といきますか。
動き始めたのは両陣営ほぼ同時だった。
俺とウイ、そしてティアナが並んで魔物に向けて走る。
「ホーリー・ランス」
「フレア・アロー」
「キュアー」
その直上を後衛2人と1匹の魔法が通り過ぎ、ミスリルコロッサスに直撃する。
黒い雷と共に爆炎が巻き上がりミスリルコロッサスの上半身を覆い隠す。
追い打ちを掛ける為、ミスリルコロッサスに向かう。しかし、俺達の邪魔をするように2体のミスリルウェアウルフが襲い掛かって来た。
「ここは私達にお任せください」
「任せて~」
ウイとティアナはそう言うと、2体のミスリルウェアウルフにそれぞれ攻撃を仕掛ける。
剣と剣が打ち合うような音と共に俺の両脇で戦闘が開始される。
流石はミスリル製。2体のミスリルウェアウルフはアイアンゴーレムのように簡単に斬る事が出来ないようだ。
だがそれでも、ウイもティアナも1対1なら問題無いだろう。
ならば俺の獲物は目の前のミスリルの巨像だ。
俺はウイ達と戦う2体のミスリルウェアウルフの間をすり抜け、未だ上半身が炎に包まれているミスリルコロッサスに向け加速する。
先ずは一撃。
跳躍し、炎に包まれる頭部へ向け魔力を込めた剣を振り下ろす。
やけに甲高い音が鼓膜に響く。
俺の攻撃はミスリルコロッサスの頭部に届く事無く、その前に太い左腕で防がれ阻まれてしまう。
だが、成果はあった。俺が放った一撃は、ミスリルコロッサスの太い左腕の半ばまで斬り裂いたのだ。
着地した俺は更に追撃を掛ける。今度の狙いは足だ。
低い姿勢のままミスリルコロッサスの足元に飛び込む。
ミスリルコロッサスはその攻撃を躱す事が出来ず、まともにくらう。
だが、浅い。いや、思ったよりも硬い。
傷をつける事には成功はしたが、動きに支障をきたす程ではない。
ならば――
更に追撃を掛けようとすると、背筋にゾワリとする嫌な感覚。
俺は咄嗟にその場から後方に逃れるように跳躍。すると俺の頭部をかすめるように巨大なハンマーが目の前を通り過ぎ、一瞬前まで俺がいた地面を撃ち砕いた。
爆炎魔法を目の前で爆発させたような轟音が耳を襲う。その一瞬後、大量の石の破片が追い打ちを掛けるように全身に襲いかかってくる。
咄嗟に腕を翳し、目を護る。
すぐに状況を確認したが土煙で視界が確保できない。
危険と感じ更に後方に跳躍。その瞬間、再び巨大な質量を持った金属の塊が目の前を通り過ぎる。
今度は横殴りの一撃だ。
今のは危なかった。一瞬でも後退するのが遅れていたら直撃していた。
しかし凄いな、あのミスリルの巨人。あんな巨大なハンマーをまるで棒切れのように振り回せるなんて……、いや、もしかしたら俺の筋力値があれは同じ事出来るかも……
って、それは、まあいいや。
しかし、あの巨体でよく動く。更に体は硬いし、どうしたものか。
相手の様子を伺っていると、後方からミスリルコロッサスに向け再び魔法の3連弾が再び撃ち込まれる。ニーナ達だ。
直撃音のあと、炎に包まれるミスリルコロッサスの上半身。しかし、ダメージを負っているようには見えない。
【魔法抵抗】スキルか……、確か【七元耐性】スキルの劣化版みたいなスキルだったかな?
それがレベル4とそこそこに高い。この【魔法抵抗】スキルと、ミスリルが元々持つ魔法防御力の高さが相まって魔法攻撃の効果を鈍くしているのかもしれない。いや、おそらくそうだ。
やはり、ここは力でねじ伏せるのが正解か。
先ずはあの鬱陶しいハンマーを潰そう。
わざとゆっくり近づきミスリルコロッサスのハンマー攻撃を釣ろうとする。しかし世の中思い通りにはいかない。
ハンマーでは無く蹴りが飛んできた。
まあ、蹴りなら蹴りでそのように対応するまで。
その攻撃を僅かに身体をそらし躱すと、そのままミスリルコロッサスの軸足に向かう。
ミスリルコロッサスは蹴りを放った事により一瞬対応が遅れる。だがその遅れは俺にとっては充分な時間だ。
俺は剣に一気に魔力を注ぎ込みミスリルコロッサス軸足を刈りにいく。
重い金属と金属がぶつかるような鈍い衝撃音が部屋中に響く。それと同時僅かに聞こえる甲高い金属音。
折れた。俺の右手に握られている魔鋼のバスタードソードは、今の一撃で根元から10cmほどを残し折れてしまった。
だが、成果は充分。今の一刀でミスリルコロッサスの左足の切断に成功。いや切断というよりへし折ったに近いか。
兎に角、これでミスリルコロッサスはその場で転倒した。
さあ、仕上げといきますか。
俺は【神倉】から新しい魔鋼のバスタードソードを取り出すと、上半身を起こそうとしているミスリルコロッサスに襲い掛かる。
「ハッ!!」
頭を狙い、剣を振り上げ突撃する。しかしミスリルコロッサスは左腕で頭部を庇う。
ならば標的変更。狙うは先ほど半ばまで斬り裂いた左腕の傷口。
今までにない軽い音が響き、ミスリルコロッサスの左腕は切断される。
これで終わりだ。
俺は限界まで魔力を込めた魔鋼のバスタードソードをミスリルコロッサスの首に振り下ろした。
―― ティアナ VS ミスリルウェアウルフ ――
ボクの全力の一撃を、ミスリルの人狼さんは両腕を胸の前でクロスにして防いでしまった。
それでも今の攻撃で、5m以上は足を引きずって吹き飛んでいったから、パワーでは押しているのかな。
しかし、流石はミスリル製。今までの相手なら、今の一撃でガードの上からでも相当のダメージを与えられていたはずだけど、どうやらこの子には殆どダメージを与えられていないみたい。
というか――
「硬いよ~! 硬すぎるよ~!」
ん~、普通にやっても、この子にダメージが与えられる気がしないよ~。
うわっ! 今度は人狼さんから攻めてきた。って、当然か、相手魔物さんなんだし。
人狼さんの主な攻撃方法は格闘。それも引っ掻き咬みつき何でもありの獣のような格闘スタイルだ。まあ、魔物さんだから獣みたいなものなんだけど。
蹴りや拳撃を連続で撃ち込む人狼さんの攻撃を、盾で防ぎつつ周りの状況を確認しながらどうするか考えてみる。
えっと、ご主人様はどうやって戦っているんだろう? って、あのミスリルの巨人さんの腕を一撃で半ばまで斬り裂いているよ。流石にあれは真似できないっす。
それではウイちゃんは? おお、こちらは手数で圧倒しているよ。ミスリル製の人狼さんが既に各所ボロボロにされている。こちらも真似できそうにないっす。
じゃあ、ボクはどうしましょう? パワーはボクの方が上。スピードもおそらくボクが勝っている。ならば単純。パワーで押し切っちゃおう。でも少しは考えて……
スピードで勝っていても相手攻撃方法は格闘。こちらは大剣、手数では負ける。ならば――
人狼さんの繰り出す攻撃の隙を突き、剣擊を撃ち込む。
初撃と同じように全力に見える一撃。当然片手で防ぎ切れないと判断した人狼さんは両腕でガード。
しかし、その攻撃は見た目だけが派手な力を抑えた一撃。
人狼さんは、今度は吹き飛ばされる事なくその場で動きを止める。
「狙い通り! ではこれで吹っ飛んじゃってください!!」
ボクの強烈な一撃を想定して、防御に集中するため動きを止めてしまった人狼さんに、今度は本当に全力の一撃。シールドバッシュで思いっ切り人狼さんの頭を殴りつけた。
真横に吹き飛んでいく人狼さん。更に追撃を掛けるべくダッシュ。
しかし、少しは効いていると思っていたのに、人狼さんはすぐに起き上がり迎撃体勢に。って、復活早すぎ。
ちょっと、物理攻撃効かな過ぎじゃないですか?
追撃中止。一度仕切り直ししよ。
そう思い足を止めると。
突然黒い雷撃と、炎の矢が人狼さんを襲う。
おお、エヴァお姉様とルルちゃんの援護ですね。ありがとうです。
おっ! それより、思いの外、人狼さんには魔法が効いているみたいですね。ご主人様が相手している巨人さんには余り魔法が効いていなかったから、効かないと思っちゃいましたよ。
しかし、弱点が分かってもボクには魔法的な攻撃手段が無いのですが……
そういえば、ご主人様が良く剣に魔力を込めて戦っていたよね。ちょっと真似をしてみようかな。
未だ、炎と雷の攻撃で身動きが出来なくなっている人狼さんを目で確認しながら、剣に魔力を込めてみる。
わずかに光り出す剣。
おお、まさかの一発で成功。これであの人狼さんにも攻撃が通じる?
早速試してみまよう。
エヴァお姉様達の魔法攻撃で苦しむ人狼さんに攻撃です。魔物さんに慈悲はないのです。
撃ち出す初撃を、人狼さんは魔法の炎で苦しみながらもしっかり両腕でガード。いや、今の攻撃で左腕がどこかに飛んで行っちゃいました。
やっぱり魔力を通した剣でならちゃんと切れるみたい。ならば一気に勝負を掛けるのです。
人狼さんは残る右腕で反撃を試みようと拳撃を繰り出してきましたが、盾で払いのける。もう、攻撃にキレが無いように感じちゃいます。
ではトドメ。今ので体勢を崩してしまった人狼さんの首目掛け剣を薙ぎ払う。
その瞬間、人狼さんの首から上と残る右腕は斬り飛ばされていっちゃいました。
―― ウイ VS ミスリルウェアウルフ ――
私の撃ち出す剣撃に、完璧ではないにしろ対応して来るミスリルウェアウルフ。
思ったよりも動きが速い。いや、素手で対応する分、スピードで劣っていても私の攻撃を何とか捌けているみたい。
だけど、それだけ。
レオン様に賜ったこの女王蟻の細剣と女王蟻の短剣は、実に素晴らしい仕事をしてくれている。
硬度の高いミスリル製の体を持つミスリルウェアウルフを少しずつだけど斬り刻んでいっている。流石レオン様が創られた武器。
しかし、仕留めるには至っていない。それはまだ、私がこの2つの武器を使いこなせていない事に他ならないからでしょう。
もっと、腕を磨かないと。せめて、レオン様の足元に届く程には……
戦いは私が常に押している。スピードもパワーも完全に私が上回っている。だが決定打が無い。このまま行けばいずれ私が勝つと思うけど、それではレオン様をお待たせしまう。どうしたものか……
その時、戦いの間で一瞬開いた間に、一本の光の槍がミスリルウェアウルフに直撃する。
ニーナの魔法支援ですか。いいタイミングです。
その魔法攻撃を受けたミスリルウェアウルフは、明らかに効いているようで動きが鈍っている。
魔法が弱点。ならば方法はあります。
【闘鬼術】スキル。レオン様より共有能力でお借りしている力。このスキルの中に【魔装衣】スキルという、装備に魔力を付与するスキルがある。それを使用すればいけるはず。
ふと、レオン様の方を見てみると、既に剣に魔力を込めて戦っている。明らかに桁違いな魔力を込めているように見えるが、相手が相手だ。あの巨人を斬るにはあれだけの魔力が要るのでしょう。
私の相手はどうでしょう?
見るからにレオン様の相手とは太さや密度が違う。今までの攻撃でも多少は通用している。この相手ならば、私が込められる魔力で充分斬れるはず。ならば一気に勝負を付けさせていただきましょう。
女王蟻の細剣と短剣に魔力を込めると、一気にミスリルウェアウルフに攻撃を仕掛ける。
襲い来る私に、ミスリルウェアウルフは蹴りを繰り出す。だが私は、その蹴り出された足を短剣で斬り飛ばす
そして間合いに飛び込むと、一太刀でミスリルウェアウルフの右腕を刎ね、返す刀で残る左腕を刎ね飛ばす。
両腕を失いよろめくミスリルウェアウルフ。
トドメに更に一歩踏み込み最後に頭部を一突き。女王蟻の細剣はミスリルウェアウルフの頭部を貫通する。その瞬間ミスリルウェアウルフはその場で崩れ落ち、その動きを停止した。
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