第101話 二本の刀
またまた遅くなり申し訳ありません。
「詳しく話せ」
「ハッ、只今成竜と思われる黒竜が三体、こちらに向かって来ております。距離はまだあるようですが、到着まで一五分は掛からないかと思われます」
成竜――それは俺たち冒険者にとって、恐怖の象徴であり、強さの象徴と言える存在。成竜に出会った時の冒険者の基本方針は"とにかく逃げろ"その一言に尽きる。
だからこそ冒険者になったら一度は夢見、憧れるのが"竜殺し"だ。まだ幼体である幼竜ならそれをなす者は多い。だからこそ幼竜を倒しくらいでは竜殺しとは認められない。成竜を倒した者だけが竜殺しの称号を得られることが出来る。
つまり成竜とは、そういった存在だということだ。
それが三体同時に襲来か……
「迎撃態勢を整える。すぐにバリスタを撃てるよう準備しておけ!」
「ハッ!!」
スサノオ閣下の命で成竜を迎え討つべく散っていく兵士たち。俺はそんな彼らを一瞥すると瘴気の森に視線を向け成竜を探す。
……いた! まだかなり距離があるな。肉眼ではまったく見えなかったが、【千里眼】を使えばハッキリとその姿を見ることができた。
それにしてもこの距離から成竜を発見できるとは、アマクニツ皇国の兵士の中に高レベルの【遠見】スキルを所持している者がいるのか、高性能の【遠見】の魔道具でも持っているみたいだな。
それはさておき、あの成竜ちょっと大きくないか?
普段から竜の領域にあるノヴァリスを拠点にしているから、遠巻きながら成竜を【千里眼】で何度か見たことがあるが、その中でもこの三体は少しでかい気がする。
『確かに成竜としてはやや大きめの個体ではありますが、常識の範囲内ではあります。おそらくですが、成竜でも歳を重ね、古竜に進化する一歩手前まで成長した竜なのではないでしょうか』
たぶん【ロラ】の言う通りなんだろう。それにしても古竜の一歩手前か……まあ、古竜に進化していなければ、どうとでもなる。さすがに古竜まで進化した竜は、今の俺でもかなりヤバイかもしれないが……
とにかく先ずはウイたちを呼ぶか。と言うことでウイたちに念話を飛ばす。
『みんな、聞こえるか』
『はい、レオン様』
『はいは~い、ご主人様なになに?』
『はい、ニーナです』
『聞こえていましてよ』
すぐにみんなから応答が返ってくる。
『ちょっとした問題が起きた』
『何があったのでしょうか?』
代表してウイが質問してくる。
『成竜が三体、この砦に向かって飛んできている。このままいけばおそらく戦闘になるだろう』
『かしこまりました。私たちも一緒に戦います。すぐにレオン様の下に向かえば良いでしょうか?』
『お~、成竜だって、楽しみ~』
『成竜なんて、大丈夫でしょうか?』
『いい腕試しの相手になりそうですわ』
上からウイ、ティアナ、ニーナ、エヴァの反応だが、普通成竜の襲撃と聞いたら、ニーナみたいな怖がったり不安になったりするのが当たり前のはずだろうに……いや、ニーナの反応も十分薄い気がするか。
うちの連中は、特級ランク迷宮の『龍神迷宮』なんかに普段から入り浸っていたから、強さの基準がおかしくなっていると思う。まあ、人のこと言えないが……
『とりあえず、装備を整えてから俺のところまで転移してきてくれ』
『了解です』
『よ~し、やるよ~』
『畏まりました』
『了解ですわ』
よし、先ずはこんなものか。
さてと、成竜が三体ってことは、一体は俺一人で相手をするとして、もう一体はウイたちで対応させれば、おそらくそれで問題ないだろう。最後の一体をどうするかだが、それは砦の兵士たちや他の冒険者たちに抑えておいてもらって、俺たちの持ち分の成竜を倒し次第、援護に回る形でなんとかなるかな……
「おい、レオンハルト」
そんなことを考えていると、スサノオ閣下が俺の隣に並び声をかけてきた。
「はい閣下、なんでしょう?」
「お前一人で、一体は殺れるよな?」
ちょっと驚いた。まさか、あのソラさんとの一戦だけで、俺の力を見抜いたのか? だとしたら、すごい観察眼だな。
「殺れと言われれば殺りますよ。と言うか最初からそのつもりでしたし」
「フッ、まあ当然か。じゃあ、一体はお前に任せる。もう一体は俺が殺るとして、あと一体をどうするかだが……」
この人、一人で成竜相手にするつもりか? 人のこと言えないが、この人皇太子だろ。そんな危険なことしちゃダメな気がするんだが……
と、そこに「お待たせしました」とウイたちが転移してやってきた。
「なんだ、お前らは?」
突然現れたウイたちに、全く動揺することなく、堂々と誰何するスサノオ閣下。アマクニツ皇国最強と言われるだけあって、中々に神経が図太い。
「彼女たちは、私のパーティメンバーです」
「ウェンディです」
「ティアナです」
「ニーナと申します」
「エヴァンジェリーナですわ」
俺がウイたちを紹介すると、ウイたちは丁寧に名を名乗り深く頭を下げる。俺が丁寧な口調で話しているのを聞いての対応だろう。相手が誰か分かっていないだろうに気の利く娘たちだ。
「ほお、お前の仲間か。ランクは?」
「ウェンディとティアナがミスリルランク、ニーナとエヴァンジェリーナはゴールドランクです。ですが、実力はオリハルコンランク以上であると私が保証します」
「ほほお、貴様が言うのであればその実力は本物なんだろうな。確かに感じる気配は並ではない。特にウェンディと言ったかその狼人、オリハルコンどころかアダマンタイトランク並みの気配を感じるぞ」
立ち姿だけでウイの実力を見抜いたのか、とんでもないなこの人。だがウイたちの実力を見抜いているなら話は早い。
「閣下、一つ提案なのですが、よろしいでしょうか?」
「なんだ、言ってみろ」
「では、先ほど閣下がおっしゃっていた残りの一体、彼女たちに任せてもらえないでしょうか?」
俺の提案にスサノオ閣下の眉がピクリと動く。怒ったんだろうか?
「相手は成竜だぞ。分かって言っているのか? いくらオリハルコンクラスの実力があったとしても、たかだか四人程度で簡単に勝てる相手ではないぞ」
じゃあなんでこの人、オリハルコンランクの俺に、一人でその成竜を倒せって言ってきてるだよ。おかしいだろ。一応できるけどさ……
「問題ありません。それに彼女たちが倒されたとしても、兵士たちの準備さえ万端であれば、コシ砦の防衛になんら問題は起きないでしょう」
「その目、本気で言っているようだな。よかろう、最後の一体、そこの四人に任せるとしよう。ただし死んでも俺は知らんぞ」
そう言ってニヤリと笑うと、すぐに側に控える兵士たちに向き直り今後に対応を伝え始めた。
ちなみに俺的には四人だけで対応させるつもりはない。当然ルルやアルスも参戦させるからな。これだけの戦力が揃っていれば、万が一ということもないだろう。それに最悪ホントに万が一のことが起きそうになっても、逃げるだけなら転移でどうとでもなるだろうしな。
そんなことを考えながら、各々装備の最終確認をしていると、配下に指示を終えたスサノオ閣下が俺の隣にやってきた。
「おい、準備はいいか?」
スサノオ閣下はそう言うと"俺はいつでのいけるぞ"と言わんばかりに、腰に帯びた二本の刀のうち一本を、親指で鍔を押し上げるようにわずかに鞘から抜いてから、再びカチンッと音をさせ鞘に戻すろ、俺の顔を見てドヤ顔で笑った。
というかこの人、準備はいいとかと俺に聞いてきているが、自分はこれから成竜と戦おうていうのに、鎧も身に付けず、着流し一丁ってどういうつもりだ? まあそれだけ、自信があるってことなんだろうが……
それに引き換えあの腰に帯びてる二本の刀……相当ヤバイ代物だな。あれが噂に聞くアマクニツの国宝と言われる刀か?
『その通りです。名は天叢雲剣と天羽々斬。紫黒の鞘に収まった刀が天叢雲剣。世界で五本しか確認されていない、究極級の武器です。最上位の竜――古代竜の、最も硬い骨と言われる尾の先端の骨から創られた、世界最硬の剣と言われております』
古代竜って、ラングスターを滅ぼしたあの超巨大な黒竜と同じクラスの竜ってことだよな。よくそんな素材手に入ったな。
『初代スサノオが仲間とともに、八岐大蛇と呼ばれる蛇竜の古代竜を、倒したとされています』
あの巨大黒竜と同クラスの竜を倒したのか、とんでもない連中だな。今の俺では、まだあの黒竜に勝て気がまったくしない。初代スサノオとその仲間、一度会って見たかったな。
『ちなみに、現スサノオが持つもう一振の黒鞘の刀――天羽々斬は、初代スサノオが八岐大蛇を倒した際に使用していた刀とされております。ランクは究極級の一つ下位にあたる伝説級です』
うわー、究極級と伝説級の二本持ちってあり得ねえ。俺が持つ特殊級の武器でも滅多にお目にかかれない強力な武器なのに……
まあ、皇族だしそんなもんなのかな……
ちなみにアイテムのランクは下から、一般級、上等級、特上級、希少級、特殊級ときて、その上に天羽々斬がランク付けされている伝説級、天叢雲剣がランク付けされている究極級となっている。一応その上に神話級と言われるまさに神話レベルのアイテムが有るとされているが、実際にその存在は確認されていないらしい。
『皇族だからではなく、スサノオの名を襲名する者に、名とともにあの二本の刀も引き継がれます』
ふむ、それだけこの国では、スサノオの名の持つ意味が大きいってことなのか……
そんな会話を【ロラ】と頭の中でしながら、スサノオ閣下の質問に首肯で返す。そしてウイたちも俺に倣うように頷き返した。
「よかろう。では俺について来い」
そう言い残すとスサノオ閣下は、訓練場にもなっている、高さ五十メートル近くはありそうな砦の屋上から、瘴気の森に向け走るように飛び降りて行った。中々に行動力のある王子様だな。もう王子様って歳じゃないが……
それにしても、転移していけばすぐなのに、まさか閣下の行動力ゆえに、森の中を走って行くことになるとは……
「はあ……仕方ない。俺たちも閣下を追って走るぞ」
さてと、これからどうなることやら、とりあえず今代のスサノオの力、どれだけすごいのか楽しみしておくとするか。
こうして俺たちも、スサノオ閣下を追って森の上を走り始めた。
ちなみに俺たちは、森の中を走るのが面倒だったので、【天駆飛翔】で森の上空を走ることにしたけどな。




