第100話 スサノオ
遅くなり申し訳ありません。
遂に100話、今まで読んでいただきありがとうございます。
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スサノオ閣下に呼ばれて現れたのは、癖のある長めの黒髪を後ろで無造作に縛った若い鬼人だった。
歳の頃は二十代前半、身の丈は俺よりも拳一つ分高い程度、鬼人にしてはかなり低いように見える。
ただ、使い込まれた黒い当世具足といい発する気配といい歴戦の戦士というのは間違いないだろう。
さすがスサノオ閣下から指名されるだけの戦士だ。
「こいつの名はソラ、現在最年少の武者大将だ。実力的には、冒険者でいうオリハルコンランククラスだから、お前の相手には丁度いいだろう」
武者大将ってのはよく分からないが、二十代前半でオリハルコンランククラスの実力は凄い。将来的アダマンタイトクラスまで成長するんじゃないだろうか?
『武者大将についてですが、ラングスター王国やウインザー王国でいうところの将官にあたります』
マジか! あの歳で、すでに将軍閣下なのか。めちゃくちゃエリートじゃないか。強くて頭が良く、若くして人も羨む出世、しかも美男子ときている。……なんだか腹が立ってきた。
『お言葉ですが、それこそ周りから見た、マスターの評価だと思います』
え? 嘘!?
『嘘ではありません。マスターは十五歳という若さで、しかも歴代最速の速さでオリハルコンランクまで駆け上がり、豪邸で美少女、美女に囲まれて生活しております。それこそ冒険者として、人も羨む超エリートですよ』
そう言われて見ればそうかも……あんまり考えたことなかったが、そうやって考えてみると俺って、結構人に妬まれてそうだな。
『妬まれているのは間違いありませんが、マスターに嫌がらせをするにも、マスターたちが強すぎて直接嫌がらせはできませんし、家に嫌がらせするにしてもアドルフやゴーレムたちに守られておりますので、嫌がらせのしようがないようです』
あーなるほどね、そりゃそうか。妬みで嫌がらせするような連中は大体シルバーランク以下だろうし、そんな連中にウイたちや、アドルフ、ゴーレムが負けるわけがないからな。
「ソラと申す。レオンハルト殿、よろしく頼む」
「レオンハルトです。よろしくお願いします」
俺がそんなどうでもいい事を考えていると、ソラさんが頭を下げてきたので、俺も慌てて挨拶を返した。
それにしてもこの人、なんというか堅物って感じだな。
「それじゃ、お互いに自己紹介も済んだことだし、さっそくはじめてもらおうか」
スサノオ閣下の言葉に俺たちは頷き、距離をとる。
俺は位置につくと、【神倉】からミスリル製の刃引きの剣を取り出し正眼に構える。
本当は刀で戦いにたいところだが、今回はソラさんの刀での戦いを観察するのが目的のため、扱い易い直剣タイプの片手剣を武器にした。
対してソラさんは、納刀したまま腰にさした刀の柄を握り低く構えた。
納刀したままか……俺を舐めている、って訳でもなさそうだし、これが刀の構えの一つってことなんだろう。しっかりと目に焼き付けねば。
「では、始め!」
俺たちが構えたのを確認するとスサノオ閣下から声が上がる。
だが俺もソラさんもすぐには動かない。
……攻めて来ないか、何か見られているみたいでやり難い。とはいってもこのまま見つめあっていも意味がない。
せっかく刀での戦いを見られるんだ。ならばまず俺から攻める。
俺は剣を構え直し、一気に間合いを詰める。
が、次の瞬間――
首筋にゾワリとする嫌な気配。俺は勘に頼り身を守る。
それと同時に響き渡る剣戟の音。さらに続く剣戟。
――速い! 特に初撃の一撃は凄まじい。通常時のウイの一撃よりも明らかに速い。とても抜刀しての一撃とは思えない。それにその後に続く攻撃も滑らかで、まるで水の流れみたいだ。
が、対応できない攻撃じゃないな。
全ての攻撃を受けきった俺は一転反撃に移る。
俺が攻撃を打ち込んでいくとソラさんは、正面から剣を受けるのではなく、受け流すように俺の攻撃いなしていく。
強いというよりも上手いといった感じか。なかなかにやる。
攻撃や防御に力みがなく、それでいて正確かつ強靭、これが本物の刀術というやつか。
一応【刀術】スキルが【武装術】の中に組み込まれているので、俺も刀術は使えるには使えるんだが、やはり"使える"だけでは同じように扱えないようだ。"使う"と"使いこなす"の違いというやつだ。
激しい剣戟の音とともに次々と切り替わる攻守。それを観戦する鬼人の戦士たちから、驚きと歓声の声が上がる。
周りが盛り上がってきたが、本物の【刀術】を充分に堪能できたことだしそろそろ終わりにしてもいい頃合いか。
ソラさんが放った横薙ぎの一撃を後方に飛び躱す。ソラさんはそれを追うように剣を振り上げ間合いを詰めてくる。凄まじい速さだ。
――だが、最初の抜刀時に比べれば大した速さじゃない。
勢いそのままに振り下ろされる剣の付け根を狙い、俺は剣を振るう。
鈴の音のような済んだ音が鳴り響き、ソラが持っていた訓練用の刃引きの刀は根元から折れ宙を舞う。
突然のことに一瞬固まるソラさんに、俺は返す刀で首元に切っ先を突きつけた。
その瞬間、訓練場は一瞬で静まりかえる。そして……
「参った」
「それまで! 勝者レオンハルト!」
ソラさんは降参の声を上げ、スサノオ閣下が俺の勝利を告げた。
一気に湧き立つ歓声と拍手、そして俺を讃える声がそこら中から上がる。
さすがは戦士の国といったところか、自国の兵が負けても素直に賛辞の言葉をかけてくる。実に気持ちがいい人たちだ。
「ありがとうございます。以前から刀での戦い方を覚えたいと思っていたので、凄く勉強になりました」
「いやいや、こちらこそ勉強になった。それに己がまだまだだという事も痛感させられた」
俺はソラさんに握手を求めお礼を言うと、ソラさんは笑顔で答えてくれた。
そこで俺はソラさんが最初に放った攻撃について聞いてみた。
「居合い抜きのことだな。一種の奥義……とまではいかないがそれに準ずる技だ。簡単に言うと予備動作がないため、同じ速さで振られた刀よりも数段速く見えるという技だ。一応初見殺しなんだが、レオンハルト殿には簡単に防がれてしまったよ」
ほお、そういう仕組みの技なのか、中々面白いな、今度練習してみよう。【武装術】もあるし意外に簡単に出来そうな気がする。
「偶然……とは言いませんが、なんとかギリギリ反応できました。警戒していてよかったです」
「普通警戒していても、初見で防げるような技じゃないんだがな……」
そんな苦笑いを浮かべながら言われても防げたんだからしかない。というか本当は結構余裕で防げたんだが、そこは黙っておこう。
「見事だったレオンハルト、お前がここまでやるとはな。しかもまだ上があるだろ、ソラと互角でやりあっているように見えて、お前からまだ余裕が感じられた。おそらく本気を出したのは、最後の武器破壊の時だけか」
さすがというか、中々に鋭い。あの一瞬の攻防で、俺の力をある程度見抜いているみたいだ。若くしてスサノオの名を継いだのは伊達じゃないってわけだな。
「それじゃあ、次は俺が相手だな」
っておい、ちょっと待て、聞いてないぞ! 模擬戦とはいえ王族と剣を交えるなんて無理。というか嫌だ。
なのにこのおっさん、刀の背で肩を叩きながら、妙に楽しそうに前に出て来て俺を手招きしている。
なんか嫌すぎる。
「ホントに……するんですか?」
「当然だ。今のはそういう流れだろう」
いやいや、どういう流れだよ。どうしよう……と言いつつも、もう試合をしないとダメなんだろな……
はあ、嫌だけど、とても嫌だけど仕方ない。まあ、この人なら負けたからといって後でとやかく言ってこないだろう。
と諦めたその時、訓練場に一人の兵士が駆け込んで来た。
「閣下! 閣下! 緊急事態です!」
その兵はまるで転がり込んでくるようにスサノオ閣下に駆け寄り膝をついた。
「何があった!?」
スサノオ閣下の問いに兵士がもたらしたものは、思いもよらぬものだった。
「竜です! こちらに向かう三体の黒竜を確認いたしました!」
「何、竜だと!?」
そうそれは一瞬、ラングスターの悪夢を思い起こさせる竜の襲撃を告げる知らせだった。




