お局様だって恋してますがなにか?
お久しぶりな更新ですな……しかもちょっと長いです。
それはまぁ、あるといえばよくある光景だった。
仕事をしてれば、そしてその部署も長くなれば間違いなく見慣れる程度には。
「わからないんですぅ、すみませぇん」
……社会人として語尾を伸ばすのはどうなの。
そんな当たり前なことを突っ込みたくなるのは私だけじゃないはず。
「ああ、仕方ないね。じゃあ他の人に頼むよ」
そんなアホの子を叱るでもなくあっさり引き下がる男もどうなの。それを他の人に渡されることで増える私達の雑務をどうしてくれるの。
「ありがとうございますぅ、長沢さんやさしぃー」
周りの視線が言ってるよ? バカなことしてないで仕事しろと。
「私忙しいんで無理です」
「私も」
「私もー」
女子から拒否の声があがる。
そして営業事務主任という肩書の私に向けられる期待の視線は、もう限界だと事務全員の総意がこもっていた。
「長沢さん、ちょっとよろしいですか?」
悲しいかな、私本間夏音27才はこの中ではお局様扱いなのだ。
「ああ、本間さん。え、いや、いいんだよ? 当たり前なことだし」
なにを勘違いしてるのかこのイケメンになりそこない三枚目男が。
「お話があります。今、よろしいですか?」
口だけで笑って有無を言わせず小会議室に向かう。
二人では問題だなと振りかえれば、当然のように課長がいた。
……まぁ、いいか。手間が省けるし。
「で? 話とは」
空気も読めない男、長沢さん。年上とは思えない残念っぷり。
「先程のことです」
「ああ、だからそれは」
「あなたの勘違いの行動のお陰で私達の仕事が無意味に増えてしまう件についてです」
途中でぶったぎって一息に言う。私だって我慢の限界なのだ。
「は?」
「彼女に教えもせずに他の人に仕事を押し付けられては私達の負担になります」
「だって仕事わからないって言うし」
「彼女は入社丸2年。すでに後輩に指導する立場です。ご存知だと思いますが、新人ですらこの時期にはある程度一人でこなせる仕事ですよ、それ」
「え?」
「わからないですむ年齢ではないんです。甘やかすのは勝手ですが、それで私達の仕事が増える件は長沢さんが責任をとっていただけるのですか」
「そん」
「彼女は入社してからずっと長沢さんのアシスタントです。2年間ずっと私達は彼女に仕事を指導しようとしてきました。けれど彼女は長沢さんがしなくてもいいと言っている、とむしろ私達がいじめているかのような態度。周りの男性社員も彼女をかばいましたよね。なにを言っても無駄だとは悟りましたが、そもそもは長沢さんの教育不足。……申し開きがあるならお聞きします」
営業2課とはいえそれなりな仕事量はある。彼女も含まれた配分は結局は私達の負担になるのだ。
「この2年の教育はどのように、長沢?」
今まで黙っていた課長が口を開いた。
まだ30代前半の課長は長沢さんとは違って実力もあるイケメンだ。
ある意味半端ない色気を放つ。
口ごもりながら答える長沢さんのそれは中身のないもので。
偶然というか、課長とため息のタイミングが重なった。
「わかった」
よりかかっていたテーブルから立ち上がると、課長は前髪をかきあげた。
「長沢はそれを自分でやること。本間は彼女をここへ呼んで残りで仕事を割り振れ」
「はい」
「は、はい」
課長を残して会議室から出て戻ろうとしたら、腕をつかまれて人気のない方に引っ張られた。
「うわっ、なんなんですか一体」
見れば彼女をちやほやしてたメンバーが勢揃いしていた。彼らの後ろには不安そうな顔を張り付けた彼女がいる。うわ、見苦しい。
「そっちこそなんなんだよ。課長にあんなこと告げ口して」
「告げ口? 事実です」
「はあ? 開き直りかよ。とにかくこの仕事はあんたにやってもらうから」
そっちこそ開き直りかよ。
「年増の嫉妬は醜いぞ、本間?」
「あんたは俺らの仕事を大人しくやってればいいんだよ」
その他よってたかって一人を罵倒する、アホの子をちやほやする会の方々。
はっきり言ってウザい。そしてバカらしい。
ため息をついた私が押し付けられた書類を受けとる前に、長沢さんは後ろから頭部をアイアンクローで締め上げられた。
「いっ、いだだだだだ!?」
「汚い手で触るな。本間が穢れる」
「課長」
ありがたいですが、手加減しましょうよ。
「そもそも、お前らが本間をバカにするのは間違いだぞ。もともと本間は第1営業課にいたのを俺が無理矢理引っ張りこんだんだから」
そんなこともありましたねぇ。
麻木コーポレーションは社長が一から立ち上げた会社で、それを支える社員も若手が多い。
5年前、第2営業課が出来たとき、第1にいた課長は補佐だった私を連れて移動したのだ。
無理矢理という形で。
第1の花形さんだったのに、いつの間にやらできの悪い奴らの教育係。ほんとお疲れ様です。
「本間さんの方が正しいです」
そこに女子社員も参戦してきた。
「彼女の言葉使いも社会人としてどうかと思います」
「仕事できないなら、ここにいるべきじゃないでしょう?」
「やる気すらないのなら、なおさらですよね」
「それを注意するどころか、甘やかすなんて。最低」
彼女達は今までの鬱憤を口々に奴らにぶつけると、持っていた仕事を彼らに返した。
あー、それは『仕事は彼女に頼め? うちらはやんねぇぞ』ってことだね。
女子敵に回したら仕事にならないのわかってないね。
静かなる怒りに少し怯んだ彼らは、なんとか反論しようとしたけど2課の事務員にそれは通じない。
「えー、でもぉ。あたしできないしぃ」
そこへ更なる爆弾投下。いっそ清々しいほどの無知。もう尊敬するわ。
可愛らしく首をかしげたって、おバカなのは救いようもない。てか、もう知らん。
「大人しく言われた仕事やってろ、でしたか?」
私はにっこり笑って言う。
「その言葉、あなた方と彼女にお返ししましょう。出来るものなら、やってごらんなさい。私達の仕事を舐めるんじゃないわよ?」
駅のホームについて、ようやく一息ついた。
今日は疲れた。言いたいことをようやく言えて、すっきりしたはずなのに頭が重い。痛いともいう。
明日からの仕事が上手く回るか、とか考えたらもう、胃が痛いわぁ。
第一営業課にいた頃が懐かしいわ。あの頃は下っぱだったから言われるままに走ってた。それだけでよかった。
今は先の事や周りも同時に見て、流れを考えながら仕事を捌かないといけない。
大人になったと思えばいいのか、年をとったと笑えばいいのか……悩むわ。
とりあえず、今日は帰ってぐっすり寝よう。明日は明日出社してから考えよう。
そう区切りをつけて、ホームに入ってくる電車を見た時だった。
どんっ! と背中を押された。
え? と思った時には身体は前に傾いていて。
ヤバい線路に落ちる! 倒れる!? なんで?
「っ夏音!!」
誰かに呼ばれて、ぐいっと腕を引かれて身体が逆方向に倒れた。でも、床じゃない。誰かの腕の中?
「……あぶね。大丈夫か?」
低めの声がかすれてる。聞いたことある。毎日聞いて、る?
「……か、ちょ」
「ああ、怖かったな。もう大丈夫だ」
震える私に気づいて抱き締めて背中を撫でてくれる。
怖かった? ……ああ、そうだ。私怖かった。近づく線路に眩しいライト、警笛に周りの悲鳴。
死ぬんだと思った。ああ、間に合わない、と。
呑気にそう思うしかないくらい、それは唐突にやってきたから。
「ーーっ!!」
「大丈夫だ。本間、立てるか? 椅子に座ろう」
無理です腰抜けてます。
「無理だな。そうだよな」
一人言のように呟くと、課長は私をひょいっと抱えあげた。
抱えあげた? ーーこれいわゆるお姫様抱っことかいうやつじゃない?
「かかかちょ、かちょっ!?」
「ん? うん、ちょっと待て」
待てません!
私を壁際のベンチに降ろすと、課長はその前に膝をついた。
「ケガとかしてないか?」
頷いて、ようやく落ち着いて周りを見ると、駅員さん二人に取り押さえられて騒いでる人が見えた。
女の人かな、叫んでるみたいな声が高いし。
「助けてくれてありがとうございます。でも課長、なぜ」
「災難だったでは済まないが、まあ犯人はわかってるし後は任せろ。とりあえず今日はタクシーで帰るか。電車な気分じゃないだろ。まあその前に事情聴取があるが」
犯人はわかってる? てか課長なんでこんなタイムリーなヒーローよろしく助けにきてくれたんですか。
「……後で話すよ。ほら警察官きた」
「あたしは悪くない!! その女が悪いのよ!!」
顔を上げるなり叫んだその人には見覚えがあった。
「あんた達があたしとママを捨てたりするから! だから自業自得よ!」
「あれは、それこそあなたの自業自得でしょ。むしろ籍入れる前で良かったわ。あなたのママが何を言ったかは想像できるけど、その全てが嘘だと思った方がいいと思うわよ?」
呆れた。
あの後、意味不明な言葉を叫ぶ彼女を無視した警察官の事情聴取を終えた私は、恥の上塗りにも程があるけど、課長に抱っこされてホームから去りタクシーに乗り込みアパートへ。
しばらく電車には乗りたくない。駅員さん達のあの生暖かい眼差しに耐えられる自信がない……!
アパートからは意地で歩いた。抱っこなんて大家さんに見られたが最後、なにを噂されるか!
余談ながら、アパートに迎えにきてもらった若い女の子ーー町田さんだったかなーーのお相手が高級外車のイケメンだったとかで、大屋さんが尾びれ背びれに鱗に大海原まで噂を広げたらしい。これを知ったとき、自分はそうなるまいと固く誓ったのは記憶に新しい。若い子ならともかく、微妙な年齢には耐えがたいものがあるのだ。
「大丈夫か?」
「はい」
当然のように後ろをついてくる課長は、私の荷物をもったままだ。タクシーでは無言だったし、まだ話を聞いていないから部屋に上がるつもりなんだろう。
いいけど、いやよくはないけど、話を聞かずには落ち着かないし。私の精神的なものを考えたら、アパートの方が落ち着くし。
「どうぞ。今お茶を」
「おかまいなく。てか、座れ。顔色悪いぞ」
キッチンに立とうとした私をソファーに座らせて、その前に座った課長は私の顔をのぞきこむ。
「課長、彼女を追ってきたんですか」
本当はわかってる気がする。多分間違いないだろう。昼間の件の逆恨みだと思うし。
「本間、あれとは」
「もうつながりはありませんよ。父は結婚してますから」
「そうか。昼間なんか危ない目してたからまさかな、とは思ったんだが。つけてきて良かったよ」
当たりだった。
逆ハーレム築いてた彼女は、私の血のつながらない妹になるところだった。私が高校生の頃、私の父と彼女の母がお互い子連れで再婚しようとしたから。
そして入籍する前に別れた。
理由は彼女の母の浮気。家に男を連れ込んだところを父に見つかったらしい。弁解の余地なしな状況にも関わらず、彼女の母は自分は悪くないと言い訳を重ね、父の愛情を完全に失った。
当然慰謝料を払うわけもなく、父は二人を追い出した。気分が悪いと引っ越しまでして、あの二人の残り香を消し去った。
以来父は軽く女性不信だったが、そのトラウマをキレイに消してくれた女性と再婚した。
なにせ、あの血は争えなく、彼女も男を連れ込んでいたらしい。しかも毎回違う男を。
いわゆるビッチ。尻軽女。
そんな女と再会したのは2年前。
あの頃となんら変わることなく、男は金蔓侍らせてなんぼ、な価値観のまま第2営業課の男性社員を食い散らかした彼女と意志の疎通は無理だった。
「そんなに憎まれてたとは思わなかったんですが」
まさか命を狙われるとは。
「ああいうのに常識は通用しないぞ。男を侍らせた時点でおかしいと思わないんだからな」
課長に甘えて全部任せてしまったけど、大丈夫だったのかな。
「社長がうちの顧問弁護士よこしてくれたから、うまくやってくれるさ」
なんと、顧問弁護士ですと!?
「ところで夏音?」
下にあった顔が目の前にきた。とっさに引こうとした頭の後ろを課長の手が押さえてる。む、逃げられないぞ。
「いつまで課長なんだ?」
そんなこと言ったって、昨日の今日で名前呼びなんて難しいに決まってるし!
「やっと両想いになったんだぞ? これは正当な要求だ」
なにそれ子供みたい。てか、ちょっとかわいいとか思ったのは言わない方がよさそうだ。
そう思って開いた口を閉じようとした時、課長の唇に塞がれた。
後日談が少し。
彼女は殺人未遂で逮捕、後日実刑判。
同じ頃、彼女の母親は詐欺罪で指名手配。親子揃って救いようがない人生だ。
私は、私を心配する課長に外堀を埋められてーー一人では危ないと言うのはわからないでもないが、なぜに結婚する必要が? 私を一人にさせないために、帰宅は課長を待って一緒に帰ることになり、別々の部屋では面倒だ大変だとあれよあれよと……考えるだけ無駄かもしれない。
愛されているのはわかってるし、私も好きなんだしもうよしとしよう。
そんなわけで私はお一人様を卒業した。
あ、課長の名前でないままだった。……まあ、いいか。




