有沢課長の溺愛と独占欲 後編
お子さま達が空気です。読める子達です(笑)
いやぁ。彼女、おもしろーい(棒)。
なにが面白いって、全てが?
ある意味前向きというか無駄にポジティブというか妄想族というか勘違いちゃんというか。全てがずれた道を本人だけスキップしてるようにしか見えない。私達と隣合ってるけど重ならないのに、それに気づかないまま私達の道を歩いてるつもりでいるみたいな感じ。
そんな感じなもんだから、椅子に座るよう真尋に促されたんだけど、真尋が座るまで待って隣に座ろうとする。気づいた真尋は2回は繰り返さない。彼女が座ってから、立ち上がって私の隣に座り直した。
真尋にしとみたら当然の行動なんだけど、わざと驚いてるのかな、あれ。真尋の目が少し細まったんだけど、見えてる?
「え……あ」
立ち上がろうとしたのを、真尋に止められて悲しそうに真尋だけを見つめる。もんのすごい「好きなのに悲しい」アピールだ。周りをここまで気にしない人初めて見たわ。
しかも、ここ私の家でもあるんだけどね。彼女、私に一言の挨拶もないんだわ。アリエナーイ。
位置的に私達と彼女は向かい合わせ。私達寄りに茜さんと滝係長に座ってもらった。後は子供達をお願いしてあるけど、ワクワクドキドキがとまらないよねそうだね。私も他人事ならそっちでニヤニヤしてたわ。
「ああ、お茶淹れましょうか」
「いいよ、柚。俺やるから」
「ありがと。ポットの中のは新しい茶葉だから」
「わかった」
気遣いのできる旦那、それが真尋。これ、遣われすぎて動けなくなるまえに要ご相談だな。太るわ。
「な、なに課長にお茶を入れさせようとしてるの!? 課長、私がやりますから!!」
ガタガタ音たてて立ち上がろうとするのを、真尋の冷たい声が押し留めた。ちなみに視線は氷点下。寒っ。
「招待もしていない客人(推定)を、なぜキッチンに入れないといけないんだ?」
「ああ、ならお茶はいらないんじゃない? そんなに長居はしないだろうし? お客さまでもないしね」
真尋に続く茜さんの声も冷えてますねそうですね。茜さん常識のない人大嫌いですもんね!
「営業事務なら、そのあたりの常識知ってるはずだけどな」
ぽそりと呟く滝係長。うん、ふたりが怒ってるの宥められる自信ないですよねわかります。怒れる大蛇と女豹に勝てる気はしないよね!
「え、でも家の有沢がかわいがってるんですよね? なら最低限どころか、最高レベルの常識持ってるはずでは?」
「あらやだ、柚ちゃんたら。有沢課長の常識レベルは柚ちゃんで固定されてるのよ? 身内の目で見ても、その柚ちゃんの足元にも転がれない非常識レベルさんになにができるの?」
真剣に真顔で問いかけないでください茜さん。てかそんなマイナスレベルなのか。その非常識さんは略奪愛(だと自分は思ってるらしい)の相手である真尋に、冷たくされてポロポロ涙流してるけど。
でもさっきからブーブースマホのバイブ鳴りっぱなしなんだよね、彼女。気にならならないのかな、私は気になるんだが。無料トークアプリの音楽って気が抜けるよね。
「私は課長に可愛がられてます! 優しくしてもらってるし! 騙されて結婚させられたから! 奥さんがいるから! だから!」
「「「いや、騙されて結婚させられたのは私(柚ちゃん)(奥方)」」」
「え?」
「いやだなぁ、愛だよ?」
彼女は勢いよく主張してたけど、ハモった私達にポカン。笑顔の真尋の後ろで見守り組が首を横にぶんぶん振ってた。だよね。いや、愛だよ? 知ってるよ?
「スマホ、出たら?」
ポカンのままの彼女に促すと、ポカンのままスマホを取り出して、都合よく鳴った無料通話を解除した。すかさずスピーカーにすると、さっき聞いた声が割れ気味に響いた。
はっと気づいた彼女の手が届かない位置で、スマホは勝手にしゃべりだした。
『ギャハハハ! ねぇーえ、佳代っちぃ! いつになったらここ開けてくれるのぉー!?』
『そうだよーぉ! 早く開けてよーぉ!』
『そしたら課長の奥さん口説けばいいんだろぉ? 俺たちうまいからぁ! コムスメなんてすぐ落ちるよぉ! メロメロにして課長から奪えばいいんだろぉ?』
『『楽勝!』』
声と口調から、さっきの新入社員ふたり組と推測。なるほど、そんな計画立てて家に来たのか。てか、誰がコムスメだ。
「つまり、あのふたりが柚ちゃんをを口説いてる間に、あなたが有沢課長を落として夫妻を離婚させ、自分が後釜に収まるつもりだった、と?」
「あ、え……え」
わかりやすい説明です茜さん。ゲラゲラ笑ってた下品な新入社員ふたりはいつの間にか沈黙してた。通話は繋がってるとこを見ると、状況が把握てきてないのかしら。共犯、じゃない主犯の彼女は真っ青だぞ?
ならば、と私はスマホに顔を近づけた。
「誰があんたらみたいなチャラチャラチャラ男で下半身ゆっるゆるで脳ミソすっからかんでカランカラン音がするほど軽いモラルの持ち主に落ちるか、ど阿呆共が」
とりあえず、返事は基本と心得ます。ので、してみたよ。超本音がオブラートなしで転がっちゃったけど。
「自分達が、オールマイティーでイケメンでちょっとしつこいような気がしないでもないけどそれでもマイナスにならない真尋の足元にも及ばない存在だってことにも気づかないとか、んもう、ボッケボケー」
「ぶっ、ふはっ」
茜さんが吹いた。我慢できなかったのね。滝係長はバイブになってるよ。震えが止まんないわー。
「さて」
共犯のふたりは放っておこう。真尋と滝係長がきっちり落とし前つけてくれるからね。私は、私にケンカ売りやがった阿呆に向き合えばいい。
「そちらの、熊田さんでしたか」
ビクッと肩を弾ませた彼女は、涙目で私を睨み付けた。私負けないっ、て顔に書いてあるけど、そもそもあなた真尋の眼中に入ってないんだけどな。
「熊田佳代大学院卒の24歳。大学卒業時に某准教授とのトラブルが発覚。逃げるように海外留学、未確認だが海外で堕胎措置の可能性有り。帰国後、サークルの仲間と男女の仲で揉めること多数、警察沙汰数回、弁護士介入現在進行形。相手が非常に厄介な為、後ろ楯が欲しいと仰っていたそうですね」
「なん、で」
調査報告書のコピーを読み上げただけで戦意喪失のハイエナさん。ないわー弱いわー。
「細いわねー」
「テンさんのお兄さんからだそうです。どうやら真尋を後ろ楯にして相手を黙らそうとしたみたいですね」
こちらも下半身ゆっるゆるーなビッチさんだった。ちなみにあのど阿呆共とも関係有り。下半身に脳ミソがついてるせいか、考える解決策も下半身寄り。最低。
「真尋は私のだから。あなたみたいな尻軽にはあげないよ。絶対に譲らない」
あっけない勝利宣言だったなぁ。ちょっと言い足りないから、止め刺しとこ。
「不倫だの略奪だのゲーム感覚でやらかしてるからこんなことになるんだよ? あ、これはお相手の弁護士さんに送っといたからね」
正義と言う名の乙女ネットワークに敗北はないのである。まる。
あれからどうなったかというとだね。
まず、チャラチャラチャラ男ふたりは新規開拓の営業所設立という大義名分を背負って、名前も知らない海外支店勤務になった。お給料片手もあれば十分暮らせて、なにも娯楽施設がないそうな。
泣いて、辞める―帰るー騒いでるらしいけど、なぜか辞表も退職願いも本社に届かない不思議。彼らは定年後も帰ってこれないんじゃないかと、専らの噂である。
下半身ゆっるゆるーのハイエナさんは、人事課部長とむにゃむにゃなご関係だったらしく、社長直々の調査命令により解雇が決まった。部長も一緒に。
ここ数年の使えない人材を採用したのが部長だったらしい。女性ばかりだったそうで、見返りを求めてそれを承諾採用となってたそうだ。
その女性達は速攻で乙女ネットワークに情報が回った。再就職も永久就職も難しいだろうなぁ。
真尋を略奪したつもりだった彼女は、裁判やら慰謝料やらで社会的に消えた模様。尻拭いした家族と田舎に引っ込んだらしいが、乙女ネットワークからは逃れられないと思うよ? あと、真尋が許してないから人生半分終ったな、って感じ。
え、詳しく聞いたら後悔するよ? 茜さんが聞くんじゃなかった、って青ざめてたから。私は教えてもらえなかったよ。
「お腹の子に障るから」
はい。妊娠しておりますので。てか、そもそもお茶会は妊婦さんのあれこれなお話を聞くためのものだったんだけどね。
「私達の子なら、これくらい鼻で笑うと思うけどなぁ」
「それでもだよ」
過保護すぎるよ真尋さん。
「大丈夫。柚が太ろうが痩せようが、子供が男だろうが女だろうが、俺が柚と子供を愛してるのに変わりはないから」
想いが重すぎるよ真尋さん。
そうして、私は元気な子供を産んだ。ふう、やれやれと思う間もなく再び妊婦することを、まだ私は知らない。
なんで!?
「愛だよね?」
愛なのか執着なのか欲なのか。全部かな(笑)




