優秀と馬鹿は紙一重と言います、か?
約一年と半年空きましたが、戻って参りました(笑)
営業課のフロアへの入り口のドアを開けると、彼が見えました。隣には邪魔そうなふわふわロングの髪を巻いた女子社員。仕事する気あるんでしょうか。
彼らの近くにいる男性が彼に話しかけていました。
「なんであんなのとつき合ってるんだ?」
あんなの、とは私のことでしょうか。あまりに失礼な物言いですが、名指しされたわけではないので気にしないことにします。
「そうだよぅ。柚菜の方がかわいいでしょーう? 柚菜とつきあおうよぅ」
語尾を伸ばす話し方は聞きづらいですね。ちょっとだけイラッとします。あといい年した大人が自分を名前呼び。なんともまぁ。外面は確かにかわいいですけど残念な方です。
「うーん、そうかなぁ」
曖昧に首をかしげる男性が、一応私の彼です。いや、でした?
内藤侑28歳。麻木コーポレーション第一営業課所属のホープだそうです。ちなみに私は総務課所属の春川奏24歳です。
私のとなりにいた先輩の真鍋茜さんが、無言のまま営業課のフロアに進み出ました。私は台車にのせた荷物とリストを確認します。お仕事中ですので、プライベートは後回しです。
「春川っち。あれ、ほっといていいの?」
もう一人の先輩、井川葵衣さんが指さしてますけど、ほっときますよ? ああいうの、好きじゃないんで。
「茜さん、あのバカぶん殴ってるけど?」
「はぁ!? 茜さん妊婦なのになにやってるんですかぁ!?」
「そっちかー。春川っち、そっちかー」
ふわふわロングの女子がきぃーきぃー騒いでますけど無視で! 私は茜さんを羽交い締めにします。お腹は押さえられないので。なんか殿中でござるみたいですね。忠臣蔵ですか、どっちにしろ私モブですね。
「茜さん、落ち着いてください!」
「なんであんたは落ち着いてるの春川! こいつの態度は問題でしょうが!?」
「妊婦の茜さんの方が大事です! この人に殴る価値なんてありませんから!」
「え?」
「は?」
「茜、どうした?」
茜さんの旦那さんも営業課です。茜さんは任せましょう。さて、お仕事です。
「6名分の名刺と、経理課から戻された領収書は認められませんでしたのでお返しします。それからコピー用紙です。サインくださいますか?」
騒ぎを見ていた方にお願いしてサインをもらいます。よし、完了。次行きましょう。
「春川! なんであんたそんな他人事なの?」
茜さんが旦那さんを振り切りました。適度な運動はかまいませんけど、適度ですかね? それ。
「他人事だからです」
「春川っち。内藤とつき合ってるんじゃないの?」
「私、恋人がいながらほかの異性の部屋で、その人と二人きりになる人とおつき合いはしません」
「「なるほど」」
私達総務課娘が納得したので、次に行きましょう。
「ちょっと!! あやまりなさいよ!!」
そこに立ちふさがって通せんぼしたのはふわふわくるくるさんでした。真っ赤な顔はかわいくありませんね。
「謝るならそっちからじゃないの?」
「なんですってぇ!?」
茜さんが正論を述べます。が、納得できないのかまた騒ぎます。なんでしょう、この世界は自分を中心にまわってる自分のものみたいな人は。騒げば皆さんが味方になってくれるとでも言うのでしょうか。
茜さんのかわりに葵衣さんが呆れながら話始めました。
「まず、そっちのビッチに身体でお願いされて春川に暴言吐いたバカ。あんなの、とはそのビッチを指すのであって決して春川ではないと思うわけ」
彼のお友達がビクッ、と肩をすくめました。そうですか、身体でお願いされてねぇ。
周りの女子の皆さんの視線が冷めたものになりました。
「そんで、そっちのビッチは人の恋人を身体で奪おうとしてる泥棒ビッチさんだね」
猫なんてかわいらしい生き物と一緒にしたくなかったんですね、わかります。
「でもまぁ、一番バカで悪なのはそれを知りつつも、春川っちが嫉妬とかヤキモチやいてくんないかなぁ、とか考えて放置してたバカだろうね」
あらまぁ、なんてバカでしょう。
「誤算は春川っちがクールビューティーだったことだろうね」
「は!? 誰がクールビューティーなのよ」
かぶってたね……いや、化けの皮がはがれてますが大丈夫なんでしょうか。彼に私の話をふった人でさえ一歩引きましたよ?
「あんたは春川っちの恋人を奪おうとした。その足掛かりに奴の友達を身体で落とした。そいつが奴を酔わせてあんたの部屋に放り込んだ。立派な犯罪で浮気のでっち上げだろう? たとえ、身体の関係がないとしても」
あら、なかったんですか。あれだけ部屋に連れ込んどいて? でもまぁどうでもいいです。終わったことですし、それ以後もお部屋にはお邪魔していたようですし?
たとえそれが私に嫉妬とかしてほしいからだとしても、とても許せるものではないですからねぇ。
「そもそも、誠実さ、を見極めるお試し期間にそんなことする時点でお試し期間は終了しましたよ? 好きになる前のことなのでおつきあいにはあたりませんし、その事はちゃんと連絡しましたしねぇ」
「え? 聞いてないよ?」
「自分に都合の悪いの、聞かない覚えないクセ、営業としてどうなんでしょう」
はい、そうなんです。断っても断っても何度も何度もしつ……根気強く(さすが営業さんです)告白されたので、好きになれるかどうかの見極め期間をもうけたのですよ。
まぁ、好きになんてあるわけないですのに、本当に頭沸いてるんじゃないかと……あら、口がすべりました。
「ちょっと顔がいいからって、なにしても許されるとか、なにそれバカなの死ぬの? ってやつです」
「ちょ、春川っち、マジそれ受けるー」
葵衣さんがお腹抱えてしまいました。赤ちゃんびっくりしちゃうのでほどほどにしてくださいね?
「うわぁ、ほんと殴る価値なかった」
「その前に妊婦だってこと忘れないでくれよ」
「つい、自分のこと思い出したもんだから」
「うぐっ」
茜さんの武勇伝は、総務の伝説です。レジェンドです、憧れます。まぁ、手が痛いのでなぐりたくはありませんが。
「奏ちゃ」
「名前呼び、許可してません」
ピシャリと壁を作っておきます。空気読めない男も間を計れない男も嫌いです。
「そちらの頭も腰もおしりも軽い彼女とお幸せに?」
「ちょっと、かな」
「ちょっとぉ、柚奈のことバカみたいに言うのやめてよぉ、しつれいじゃないのぉ!」
「……バカにバカと言うのが失礼だとは知りませんでした。お似合いのおふたりですねぇ」
「え、かな」
「えー、そうかなぁ。お似合いだってぇ!」
さ、次行きましょう。台車を押して廊下に出ると、壁に寄りかかって笑いをこらえてるスーツ姿の男性達がいました。イケメンってこういう人達のことを言うんですよね。
ひとりは第一営業課の有沢主任。若奥様溺愛のエリート。もうひとりは。
「滝主任」
「お疲れ、奏」
「公私混同です」
「ごめんごめん、春川さん」
「なんでしょう」
「あのバカ、殴ってきていい?」
「ダメです」
突然なにを言うんですか。そもそも、開発課の主任がどうしてここにいるんです。
「俺の奏を自分のみたいに周りに言いふらしてたのがムカつく」
「だから、あれに殴る価値はありませんから」
「だとしても」
「滝主任。ここはどこですか?」
「……会社」
よろしい、と頷きます。公私混同はダメです、社会人なんですから。
「あれの処分は社長に上げるってことでいいだろう」
「さすが大人です、有沢主任。見習ってください、滝主任」
「俺は大人だ」
「外見はそうですね」
「……後で覚えてろ」
耳元で囁くんじゃありません。覚えませんよそんなもの。
営業課のフロアに入って行くふたりを見送ります。くいくい、と袖を引かれてふりかえると、茜さんと葵衣さんが滝主任を見てました。
「春川、滝主任とつき合ってたの?」
「春川っち、そっちが好みかー」
そっち、とはどっちですか。まぁ、やんちゃな大人ですけど、あれとは比べ物になりませんよ?
「春川っちがのろけた!」
「ツンデレのデレは破壊力半端ないわぁ」
余計なお世話です。
その後、営業課の3バカトリオは仲良く地方の支店に飛ばされたそうです。
あの日の就業後、私達がどうなったかは秘密です、プライベートですので!
そもそも、一話完結なので未完のままではありますがまだまだ続きます(笑)




