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20.思っていたのと違う

 術符製作は魔力のコントロールや描いた魔法陣に魔力を移す技術が必要になる。完成しても不発だったり暴発したりと品質が安定しにくく、善し悪しは製作した魔術士の技量によるところが大きい。そのせいか世間一般的には、術符は「便利だが高価で精度が低い魔道具」とされている。無名だったりランクが低かったりする魔術士が作るものはさらに信用が得られにくく、売れないことも多い。

 魔術士として実績も名声も無く、ランクも低いリーナが作る術符は、普通なら売れないものに分類される。しかし品質が安定して性能も良いと知っている商会が各地にあり(アタキヤの商会はもう利用しないが)、そこに行けば買い取ってくれるので、儲かるまではいかないが生活はしていける。

 今まで訪れたことがなく、多くの大手商会や名うての魔術士ギルドがある王都ではさすがに売れないだろう、とリーナは思っていたが、口コミで評判になり順調すぎるほど売れている。セーラムやゼオの言うとおり、購入者は飲食店や市場関係の人たちが多いのだが、市井の人や飲み食いにきた客も買っているようだ。

 売上の半分は店頭販売料とルーアルジャンテの所属料、そして40万の返済分としてセーラムに渡すことにした。もう少し多く渡そうかとも思ったが、ホールでの給金も半分以上を返済に充てているし、ここを離れる前にすっからかんの手持ちを増やさねばならない。材料費や生活費を引いた残りは貯めることにした。術符の売上が多少落ちても、半年もかからずに完済できる計算だ。嬉しいはずなのに、微かに感じる寂しさにリーナは複雑な心境だった。


 作り置きしていた術符が底をついたので製作用の紙を買いにセーラムから魔道具屋を教えてもらった。夕方からの仕事に間に合うよう早めに昼食を取って買いに出かけた。

 薄暗く狭い裏路地を抜けると急に視界が明るくなった。馬車が通れるくらいの道では子供たちがじゃれながら走り回り、老人が静かに椅子に腰掛けて煙草を吹かし、手際よく洗濯物を干しながら笑いあう人々の姿がある。昔ながらの住宅街は慎ましいながらも明るい雰囲気で、微かな洗剤の香りの風を深呼吸で吸い込んだ。

 大通りは路地とは違う賑わいに溢れている。食料品店や雑貨店、武具屋や宿屋や酒場などあらゆる店が建ち並び、肌の色も髪の色も服装も様々な人々が行き交っている。初めてここを通った時はこのうるさいくらいの活気と雑多な人混みを少し不快に思っていた。けれどそれよりも雑然かつ騒がしい逢魔が時のホールとして働いて耐性がついたのか、今では嫌な感じはしなかった。


 セーラムの地図が良かったのか、目的の魔道具屋はすぐにわかった。表通りの1本奥、狭い路地の片隅にひっそりと佇む小さな古い店内には、身に付けると不老不死になれるといわれる腕輪や、召喚してはいけない悪魔を呼べる魔術書など、真偽も出所もわからない怪しいものが雑然と置かれていた。想像していた店との違いに衝撃を受けたものの、大毒蛾の鱗粉や魔鳥の羽ペンなど今では取り扱う店がほとんどない希少な魔道具も取り揃えられている。目的の術符用の紙もどれも品質が良く、今では手に入りにくいものすらあった。リーナは珍しいもので溢れる狭い店内をじっくり見て回っていた。

 きっちり満喫して会計を済ませようと振り返ると、カウンターには痩せた老人が置物のようにちょこんと座っていた。15分くらい店内をウロウロしていたはずだが、人がいるとは気付かなかった。リーナは叫び声を飲み込んだ自分を心の中で褒めた。

「……お会計を、お願いします」

 生存確認とあわせてカウンターに紙の束を置く。一拍の間の後、老人は動き始めた。置物じゃなかった、とホッとしたのも束の間、老人のゆっくりすぎる動作に、何かしらの魔道具に呪われているのか、もしくは具合が悪いのではないかではないか、と心配になった。

「君は――魔術士なのかな?」

 紙の入った袋とおつりを渡されたところで前触れもなく話しかけられた。

「えっ!?」

 急なことでリーナは驚く。その嗄れた声は店主の皺だらけ顔から発せられていた

「あ、まぁ、一応」

 曖昧な返事になってしまったが店主は、そうかい、そうかい、と頷いている。僅かに顔の皺が下がったのは、微笑んでいるからかもしれない。

「ありがとう。またきておくれ」

「はい。またきます」

 ここを離れる前にここにこよう。そう思いながら店を後にした。


 大通りに戻ると、先ほどまでの賑わいとは違い、騒然としていた。鎧を着た物々しい人々が馬に乗って通りを行進しており、それを一目見ようと、通りに沿って人だかりができていた。建物の窓からも人が身を乗り出している。『逢魔が時』に帰るためには通りを横断しなければならないのだが、向こう側へ渡ろうにも密集した人だかりや行進を超えることができない。

 人々の歓喜に溢れる中、リーナは溜息を吐いた。行進が終わったらすぐに大通りを渡れるよう、人だかりと建物の僅かな隙間を行進とすれ違う形で必死に進み始める。『逢魔が時』に早く帰りたい、と強く思っていた。

「騎士団と魔術士団の合同演習だったんだって」

「騎士様ー!」

「来月、国王陛下が戦後25年の平和式典で同盟国をまわられるだろ? あの予行だよ」

 行進を見守る人々が話す内容は枚挙に暇がない。大声で話しているせいで通り過ぎるリーナの耳にもその内容が入ってくる。

「早くこいよ! 騎士様もう行っちゃうぞ!」

「見えないよー」

「僕、大きくなったら騎士になる!」

「お兄ちゃーん!」

「ありがたや、ありがたや」

「えっ! どこ、どこ? どれ?」

「黒い外套を来ているのが魔術士団!」

「え? 何? 聞こえない!」

「トランバイン様は? まだ?」

「騎士団の後が魔術士団だから、もうちょっと――」

「来たっ、来たっ!」

「キルリーク様ー!」

 一段と歓声が大きくなった。と同時にリーナも強い魔力を感じた。驚いて顔を上げると、行進は鎧ではなく黒い外套を着ている人々にかわる頃だった。

 王国魔術士団だ。

「先頭が魔術士団の副団長で、確か名前が――」

「顔も選考基準に含まれるのかね」

 魔術士団は魔術士で構成される王国士団だ。当然皆が魔力を持っているだろうが、先頭の人物は他と比べものにならないほど魔力が大きい。これほど強い魔力を感じるのは久しぶりだ。咄嗟にリーナは抑えている自分の魔力をさらに小さく絞り込んだ。

 その瞬間、先頭の人物と目が合った。

 日の光を浴びて美しく反射する白金の髪。清んだ水のような薄い青い瞳。

 副団長という肩書きのせいで年配なのかと勝手に思っていたが、かなり若そうだ。リーナが最も苦手とする整いすぎて覚えにくい顔で、しかも髪や瞳の色がクリスと同じとくれば苦手意識もますます強くなる。

「ああ見えてかなりの実力者でしかも性格もいいんだって」

「結婚してー!」

「貴族様なんだから無理に決まってんでしょ!」

 リーナはなるべく自然に顔を逸らし、そのまま歩き続けた。

「副団長様!」

「トランバイン様!」

「目が合った! 目が合った!」

「絶対こっち見てる!」

「キャー! 格好いいー!」

「あぁ、もう! 心臓が痛い」

 背中に感じる視線を振り切るように、リーナは喧噪と人混みの中を歩き続けた。


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