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14.一方的に絡まれる

 カウンター席には3人いた。奥に座るのは顔見知りであるルファイアスで、前を向いて静かにグラスを傾けている。

 ルファイアスの隣に座る人物は長い金髪を後ろで一つにまとめた華奢な身体つきで、中性的で綺麗な顔を不信感に滲ませこちらを見ている。

 手前の人物は短髪に小麦色の肌で、リーナと目が合うと背筋をピンと伸ばしたまま会釈をしてくれた。

 今日からここのホールで働いています。初日ですので若干くたびれていますがどうぞよろしく。

 何か、と問われたリーナがそう説明しようと口を開こうとした時、短髪の人物が長髪の人物に顔を向けた。

「今日からこのホールで働くリーナさんです。私たちと同じく上に住んでいると、さきほどセーラムさんから説明がありましたよね?」

 声の感じからすると短髪の人物は女性のようだ。生真面さが滲み出る口調の説明に長髪の人物の顔はますます歪む。

「そういうことを言ってんじゃねーの! 余計な首突っ込むな、バーカ!」

 低くも高くもない声は顔同様に男女の区別がつきにくかった。リーナの眉間に自然と皺が寄る。

「馬鹿と言うほうが馬鹿です」

「お前のそういうところが気にくわねぇ!」

「奇遇ですね。私もです」

 刺々しい2人の声に疲労が一気に押し寄せる。リーナは聞こえないように小さく溜息を吐いた。

 呆れた様子のセーラムがカウンターの奥からやってきた。

「相変わらず仲が良いコトで」

「「どこが!」」

 否定する2人の息は残念ながら合っている。

「リーナ、この2人に会うのは初めてよね」

「はい」

「紹介するわ。彼はクリス=トレイナー」

 セーラムの綺麗な手が長髪の人物を示す。『彼』と言うからにはクリスは男性のようだ。

「リーナ=クレスです。よろしくお願いします」

 クリスは無言で顔を背ける。

「彼女はシャノン=ブライト」

「シャノン=ブライトです。どうぞよろしくお願いいたします」

 シャノンは椅子から立ち上がりリーナに向かって頭を下げた。

「あ、リーナです。よろしくお願いします」

 リーナもつられてお辞儀をした。

「この2人も上に住んでいるから」

 リーナは目の前の2人の特徴と名前を頭にたたき込んだ。幸いルファイアス同様、特徴的で覚えやすくほっと胸をなで下ろした。

「こいつもルーアルジャンテに入れるのか?」

「ルー……?」

 聞き慣れない単語にリーナは小首を傾げる。セーラムが助け船を出してくれた。

「ルーアルジャンテは依頼がきた仕事をこなすための、いわゆる所属団体名ね。団体っていっても、この3人しかいないけど」

 セーラムの視線の先にはルファイアス、クリス、シャノンがいる。

 私は、自分が信頼するものにしか仕事を頼まない。

 セーラムが前に言っていた『仕事を頼む信頼するもの』が『ルーアルジャンテ』だ、とリーナは理解した。

 セーラムはクリスに視線を向けた。

「リーナが入るかどうかは未定だけど。……でもどうして?」

「嫌だから」

 あからさまな拒絶と嫌悪を感じるが、疲れすぎているリーナは少し興味をもった。ムッとするよりもどこが嫌なのか聞きたい。

「こいつは何か変だ」

「……はぁ。確かに変だとはよく言われますが」

 クリスの意気込みとは対照的なリーナの間の抜けた返事に、セーラムとルファイアス、シャノンがほぼ同時に顔を背けた。かみ殺せない笑いが3人の肩を小さく震わせている。

 一人不満そうな顔のクリスは何かを思いついたようにぱっと表情を明るくした。

「ルーファスならわかるだろ?」

 突然の指名にルファイアスはクリスを見た。

「あの地下闘技場で絶対王者だったアンタなら、そういうのわかるだろ?」

 その瞬間、店内の空気が一気に冷えた。呆れた表情でセーラムが溜息を吐き、シャノンは「……馬鹿」と呟く。ルファイアスは無言でタバコを咥え、火を付けた。

 クリスも己の失言に目を泳がせ焦っているように見える。事情をわからないリーナでさえ、これはマズイやつだ、と察した。

 慌ててクリスが口を開く。

「あ、だって、ほらっ、人間だけじゃなくて、魔獣や魔人とかと戦ったことがあるなら――」

 リーナにはクリスが己の墓の穴を掘っているようにしか見えない。

 しんと静まりかえる店内で、ルファイアスはゆっくり煙を吐いた。

「――ウケる」

 口角は上がっているように見えるが、長い前髪から覗く目が全く笑っていない。

 いやいやいや、全っ然ウケてない! 笑っていないし声のトーン低いし棒読みだし!

 リーナは心の中で突っ込んだ。

「人間も魔獣も魔人も、何十何百殺すと何かわかるかって?」

「い、いや、そうじゃなくて――」

 ルファイアスはグラスに残っていた琥珀色の液体を一気に喉に流し込み、カウンターの上に置いた。その衝撃音で、厨房から「どうした?」とゼオが顔を覗かせた。

「お、俺は、ただ――」

「論外」

 ルファイアスはいつもと同じ穏やかでのんびりとした口調ながら、恐ろしさを感じさせる一言で、全てを終わらせた。




「昔の話は嫌いだって知っているでしょ? アンタの尊敬はルーファスの迷惑でしかないわね」

「正真正銘の馬鹿とはこういうことです」

「……うるせー」

 ルファイアスが2階へ上がった後、首が折れるくらい俯くクリスに最初の勢いはなく、セーラムやシャノンへの反論も小さく弱々しい。

 完全に自業自得のクリスはともかく、自分と同様に巻き込まれた形のルファイアスにリーナは少し同情した。

「お前のせいだっ!」

 クリスは顔を上げ、リーナをキッと睨んだ。

「な、何で?!」

 理不尽なとばっちりに、リーナは心の声が口に出る。

「俺は、ぜってぇー認めねーからな!」

 捨て台詞を吐き、クリスは2階へ逃げるように戻っていった。リーナは誰もいなくなった階段をポカンと見つめる。

「認めるとか認めないとか……そもそも何です?」

 ぼそりと呟いたリーナの台詞にセーラムとシャノンが笑った。


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