13.ただいま
裏通りは大通りの広く明るい雰囲気が嘘のように薄暗く静かだった。建物と建物の隙間のような狭く細い道は妙な圧迫感を覚え、何となく視線を感じてしまう。進んで行くと突き当たりに年季の入った看板を見つけた。掠れた文字で『逢魔が時』と掲げられた看板のその下にある古い木の扉は固く閉ざされている。薄暗くなった今の時刻がそうであり、この扉には何か恐ろしいものが封印されているようにも思えてくる。リーナは冷たい金属の取っ手に手をかけた。
重い扉を身体全体で押し開けると頭上で鈴のような金属音が鳴った。来客を告げる音が響く薄暗い店内に客の姿はなく、微かに煙草の薫りが漂っているだけだった。
「お帰り」
艶っぽいハスキーな声に顔を向けると、カウンターの中で煙管をくゆらせる人物と目が合った。
「ただいま戻りました」
リーナの言葉に、左目に黒革の眼帯を着け、長い髪をまとめ上げた美人は微笑みかえした。
店も店主も雰囲気も数日前と全く同じだ。けれどあの時感じていた不安も焦りもないせいか、ほっと落ち着いている自分にリーナは少し驚いた。
「お金返してきた?」
「はい。本当にありがとうございました」
「お礼はいいわ」
感謝するリーナにセーラムは美しい笑顔を見せる。
「今から身体で返してもらうから」
カウンターには綺麗なエプロンがしっかり用意されていた。
「……相変わらず容赦ねぇな」
後ろにいたルファイアスがリーナの心を代弁したようにぼそりと呟いた。見上げると琥珀色の瞳と目が合い、彼はゆっくりと首を横に振った。
生まれて初めてのエプロンを着け、長い髪を後ろで一つにまとめたリーナに待っていたのは、10分程度のざっくりとした仕事の手順の説明だった。一通り聞き終わった後で疑問に思ったことを確認しようとした矢先、客が来てしまい「じゃ、あとは実地で」とセーラムにホールへと送り出された。悩む暇はなかった。
慣れない接客とメニュー名で眉間に皺が寄る。客の多さと騒がしさに頭が痛くなる。ホールと厨房を行ったり来たりで休む間もなく足は棒のようになる。息をするのも忘れるくらい必死で、あっという間に閉店となった。
店内の掃除を終え、ヘロヘロになったリーナに棘のある声がつき刺さった。
「お前、何?」
ヨロヨロと振り返るとカウンター席に座る見知らぬ2人がこちらをじっと見ていた。




