12.少しだけど楽になる
翌日、リーナはセーラムから金貨を4枚手渡された。1枚10万なのでこれだけで40万だ。金貨は小さい頃見たことがあったが、大人になって価値がわかるようになったせいか重みが違う。
金貨は1枚の金額が大きすぎるため一般市民が目にしたり手にしたりする機会はほとんどない。金貨を利用するのは貴族などの特権階級か大商人か、富豪くらいだ。それなのに昨日の今日で金貨を4枚も用意してしまうこの裏通りの小さな酒場の女主人は一体何者なのだろう。セーラムについての謎が深まるばかりだ。
これを落としたら? 盗まれたら? 最悪の状況しか頭に浮かばず、変な汗が止まらない。正直、外なんて出たくない。
「大丈夫よ。護衛を付けてあげるから」
そうして現れたのは、表情を見なくてもわかるほど不機嫌なオーラを放つルファイアスだった。
「何で俺が――」
「消去法」
セーラムの有無を言わさぬ一言にルファイアスは盛大な舌打ちを返す。
「持ち逃げされても困るし」
「確かに!」
「納得したらダメだろ」
冗談とも本気ともつかないセーラムの言葉に目を瞠るリーナをルファイアスが突っ込む。
「そういうことで、2人とも行ってらっしゃい」
数分後、乗合馬車代と宿泊代と乾パンを持たされたリーナとルファイアスは店から追い出されていた。
アタキヤ方面へ向かう乗合馬車の中のルファイアスはぼーっとしているか寝ているかのどちらかで、会話も必要最低限だったが、リーナとしては気を使わなくていいので助かっていた。
アタキヤの町に着いたのは夕方だった。この前もこのくらいの時間だった、と嫌な思い出がありありと蘇る。溜息を一つ吐くとまっすぐ商会へ向かった。
仲介者はたった数日で40万を用意してきたことに驚いていたが、金貨4枚とルファイアスを見てリーナに憐れみの表情を見せた。しまいに、証明書を渡すときには「これから大変だと思いますが、お身体には気を付けて。生きていればきっと良いこともありますから」と謎の励ましの言葉を口にしていた。花街に身を投じたと誤解していると気付いたが、説明する義理も意味もないのでそのまま商会を後にした。
40万の借金は変わらないが、返済期限がないだけ気が楽になった。後は帰るだけだが、夕闇が迫るこの時間、王都へ向かう乗合馬車はない。夜に町の外を歩くのは危険なので、一日目は宿に泊まり翌日帰る予定になっている。
小さな町とはいえ、アタキヤの中心部はそれなりに賑わっていた。店仕舞い前に客を呼び込む店主の声、買い物袋を持って歩く人、酒場の中を窺う人、笑い合いながら走る子供達。喧噪の中、リーナが口を開いた。
「ちょっとルーファスさんの気持ちがわかったかも」
前を行くルファイアスが肩越しに振り返った。リーナはにっと笑う。
「説明が面倒だなって」
長い前髪のせいで表情は窺えないが、怒っている雰囲気はない。
「でもルーファスさんのことは『女衒じゃないです。40万持ち逃げしないように見張っている人です』って言えばよかったかな?」
「余計面倒だろ」
それだけ言うとルファイアスは前に向き直る。リーナは少し歩を緩めた彼の後をついていった。




