11.恩人はやっぱり恩人
セーラムからの指示でルファイアスが2階の部屋を案内してくれた。賑わい始めた階下に比べ静かな廊下を挟んで左右に4枚の扉が並んでいる。ルファイアス以外にあと2人、情報屋としてのセーラムの下で働く他の住人は、しばらく仕事で留守にしているらしい。
「ここだ」
ルファイアスは一番手前の扉を開ける。部屋の中はベッドと書き物用の机と椅子が置いてあるだけだったが、廃屋のような小屋を転々としていたリーナには充分すぎるほどだった。感動しながら見回しているとルファイアスが声をかけてきた。
「おい」
振り返ると大きな手が迫っていた。それは避ける間もなくリーナの額にバチンと当たる。
「あうっ!?」
「あの小屋で拾った」
眉根を顰めながら額を触ると、指に紙のような感触がある。ルファイアスの手が素っ気なく離れていくのを感じ、それを落とさないよう手に取った。
「あっ!」
思わず声がでる。それは、あの日なくした術符だった。使われた形跡はなかったが血の気が引いていくのを感じた。ルファイアスに変わった様子は見受けられない。が、続く言葉にリーナは目の前が真っ白になった。
「雷撃なんてあるんだな。初めて見た」
ごまかせない、と瞬間的に悟った。カラカラに渇いてしまった口をゆっくり開いた。
「……わかる?」
「わかるだろ」
迷いのない口調に思わず視線が下がってしまう。電撃の術符は一般に売られているが、電撃の上位魔術である雷撃の術符はおそらく世の中に出回ってはいない。なぜなら、雷撃の魔術を使える魔術士は、ユアン=シール唯1人と言われている。
何をどう言っていいかわからない。しんと静まりかえった2階は騒がしくなってきた1階とはまるで別世界のように思えた。
「あんたが――」
それほど大きくはなかったが、かけられた声にリーナの肩が反射的に動く。ルファイアスは少し声を落とした。
「あんたが倒れていたことも、この術符のこともセーラムは知らない」
セーラムにはリーナを助けて乾パンを渡したことしか言っておらず、ゼオが怪我をしたため回復の術符は渡したが、雷撃の術符を拾ったことは黙っていたようだ。
「どうして」
「説明が面倒」
ルファイアスは一言で片づける。しかし、見つめる視線に負けたように再び口を開いた。
「ああ見えて情報屋としては優秀だからな。今言わなくてもいずれわかる」
やはり隠しておくことはできないのかもしれない。少しは穏やかに過ごせるかもと淡い期待を持ったリーナは視線を落とした。
「知ったところでセーラムやゼオさんの何が変わるとも思えないが」
思わぬ言葉に顔を上げたリーナの目には、やはり最初に出会った時と同じで、今も変わらぬ態度で接してくれているルファイアスがいた。それが驚きでもあり安心でもあり、嬉しくもあった。
「あんたが何者だろうとここでは関係ない」
緊張が解けた瞬間にルファイアスが釘を刺す。
「ただ、そのそそっかさはどうにかしろ。尻拭いさせられるのはごめんだ」
淡々とした口調の正論に打ちのめされリーナはぐうの音も出ない。
「……以後、気を付けます」
その言葉を聞いて微かに表情を緩めたように見えたルファイアスは、くるりと背中を向けて隣の部屋へ入っていった。




