すきなところひゃっこ
「ねえ、私の好きなところ百個言って」
いつもの川沿い。学校帰りに一緒に帰りながら堤防の上を歩く。
毎日、ユウと通る道。
堤防の上から川へと降りる階段にユウを誘い、途中に座って流れる川を眺めるのもまた、いつものルーティーン。
でも、これは初めてのこと。
ユウに私の好きなところを百個言わせたい。
「うーん? 好きなとこ? ……え、ひゃく?」
ユウはのんびりした口調で問い返して、ひゃく、としゃっくりみたいに繰り返した。パチパチと目を瞬いて、私を見つめ返す。
その、丸い優しい目が私は好き。
「うん。はい、いっこめは?」
「え、えぇと……、好きな音楽が一緒? な、とこ?」
……音楽?
一個目がそこなの?
不満そうな私の顔に怯んだように首を竦めて、ユウは頭を掻いた。
「ダメ?」
「……ダメじゃないけど。もっとなんかあるでしょ? 可愛いとか美人とか賢いとか」
「一番重要じゃない? 可愛いとか美人とか賢いとかはもっとほかにもいるじゃん」
……えぇ、いますけど。
「……ユウは、私のこと可愛いと思ってないんだ……」
唇をとがらして、そっぽを向いた。
慌てたようにユウが、手をわたわたさせた。
「思ってなくはないよ? そりゃ、可愛くないとは思わないよ?」
「むー。じゃあ、ふたつめは?」
「好きな芸人が一緒なとこ?」
「だから! それ、私のいいとこじゃないじゃん!」
「なんで? 笑えるとこ一緒なの、重要じゃね?」
きょとん、とでも言い出しそうな、そのアホな顔が私は好き。
「うー。そうだけど……! ちがう……!」
「え、えぇ……?」
「はい、みっつめは!?」
「計算が速い」
「え、そこ!? 全然可愛さないじゃん!」
「えー。割引商品、どっちが安いかすぐわかるのすごくね?」
なんなの、その主婦的発想!
だーかーら! 女子高生に対しての好きなとこ、それ!?
でも、ぽりぽりと困ったように頬を掻く、そのユウの綺麗な指が私は好き。
「はい、よっつめは?」
「う、ううんと。……ノートの字が丁寧?」
「それ、既に八十個目くらいの回答じゃない? もう尽きちゃったの?」
「いや。俺、字汚いから尊敬する」
「うっ……」
真面目に頷く、ユウのその生真面目さが私は好き。
「……いつつめ」
「へこたれないところ」
「へこ? へ、凹んでるでしょ、常に!」
だって、フツウなんだもの。
いろんなことに負けて、常に凹んでるもの、私!
なんでそこ!? ユウ、私のどこ見てるの?
「うん。凹んでも、だいたい次の日元気じゃん? それ、すげぇよ」
ユウのにっこり笑う、その笑顔が私は好き。
「む、むっつめは?」
「おいしいものに目がない」
それ、ただの食いしん坊だって!
「そんな、食いしん坊じゃないもん!」
「えー、そう? じゃあ、あの雲何に見える?」
「えっ……、雲?」
そろそろ夕暮れてくる、薄青くて綺麗な空にふわふわと浮かぶ雲をユウの指が差す。眩しそうに目を眇める、ユウの睫毛の長さが私は好き。
「うーん? クリームパン?」
「ほら! 食い物にしか見えてないじゃん」
「うそうそうそ! えぇと、う、うちのきなこの手の形!」
「この間、きなこの手がクリームパンみたいで超可愛い、食べたいって猫吸いしながらハアハアしてたじゃん。猫の手もクリームパンも一緒じゃね?」
「うっ……!」
吹き出すユウの楽しそうなところが私は好き。
「な、ななつめ!」
「猫好きなとこ」
「きなこからの連想じゃん!」
「え、でも猫うちも飼ってるし。猫嫌いだと困るよ、実際」
そう、そうだけどもさ!
「やっつめは?」
「犬好きなとこ?」
「猫の次は犬かよ!?」
「あ、これ、いいな。六十個目くらいまでこれでいけんじゃん?」
「いやいや、動物は好きですけれども!」
ユウも動物が好き。だから、私はそこも好き。
「この間の動物園、楽しかったな~」
「……うん」
「今度、水族館行こうな」
「う、うん」
わくわくした顔でそんな未来の約束をなんでもないことのように言ってくるユウのことが私は好き。
――嬉しい。水族館も、楽しみ。
「ここのつめは?」
「魚が好きなとこ?」
「それ、もう禁止!」
「えー? 見るのも食べるのも好きじゃん」
「ある意味残酷に聞こえるからやめて……」
空に指で魚の形を描く、ユウの無邪気なところも好き。
「じゅっこめは?」
ユウがそう訊いた私の目を覗き込んで、面白そうに、笑う。
「……俺のこと、好きなとこ」
「え……っ」
とうとう、かあっ、と頬が熱くなる。
なんで。なんでそんな勝ち誇ったような顔して言えるの?
するり、とユウの指が私の頬に触れた。
……熱い、指先。
触れられたところが、痺れたみたいに熱くなる。
ドキドキして、止まらない。
ユウの、そんなところが敵わなくて、私は嫌いで、……どうしようもなく好き。
軽く触れられた唇が、熱を持って、恥ずかしい。
「……十一個目。俺の好きなとこ、百個言えるところ」
「ひゃ、ひゃく? いやいやいや……!」
甘く響く声が好き。
きゅっと握ってくれる、大きな手が好き。
……悔しくなって、反対側を向いた。
「……百個どころじゃないもん。千個言えるよ?」
悔しくて、そう言ったら、笑われた。
ぎゅっと、手で頭を引き寄せられて、こつん、てされるの、好き。
「……じゃあ、千個目は?」
ユウに訊かれて、即座に答えた。
「いつも、頭のてっぺんがちょっとだけはねてるとこ」
「……なんだ、それ!」
すぐ隣で、ユウが吹き出す。
あーあ。だから、言わせたかったのに。
いつも、私が、私ばっかりユウのこと好きで。
悔しすぎて、だから。でも。
やっぱり、ユウが好き。百個でも千個でも、いくらでも言う。
だから、ずっと、続いていきますように。
こんな時間が、ずっと、続いていきますように。
「……はい、じゃあ、十二個目は?」
「えっ、まだ続くの、それ!?」
「当たり前でしょ!? 私ばっかり千個も言わされて、ずるいでしょ!?」
「いや、どうでもいいこと一個だけじゃん……?」
言ってるの!
常に好きなとこ、心の中で!
百個なんて、楽勝だよ!?
もうとっくに千個いってるよ!?
「えー、もう帰ろうよー」
「やだ」
「続きは、明日」
「えー」
立ち上がったユウが私の手を引っ張って、立たせた。
そうして、さっさと歩き出してしまう。
私は慌てて、あとを追う。
「待ってよ……!」
振り返ったユウが綺麗に笑って、手を差し出した。
追いついてその手をぎゅっと握る。
ぶん、とまるで幼稚園児みたいにその手をふざけて振られた。
ちょっと、楽しくなってしまう。
「明日で足りなかったら、明後日も続けてやるよ」
「明後日も終わらなかったら?」
「しあさっても、やのあさっても」
「……ずっと?」
「ずっと」
どうしようもなく、嬉しくなってしまう。
「俺だけじゃ不公平だから、九百九十九個目から言ってよ?」
「ぎゃ、逆に?」
「そう、逆に」
すっかり夕暮れた川には鴨がのんびりぷかぷかと浮いてて。ピンクに染まった雲は美味しそうに浮いてて。
私もふわふわと嬉しくて。
――明日が楽しみ、だな。
そう、ユウの横顔を見つめながら思った。




