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ごくごく普通の恋をしています  作者: あさづき ゆう
本編

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8/34

近づく二人の距離


 あれから1か月。

 ヒューバートは時間ができるとわたしの所に顔を出した。近衛騎士で護衛をしているので、決まった休みがないらしく、本当に突然やってくる。一日休みだったことは一度しかなかったが、数時間ほど一緒に出かけることもあるし、1、2時間しか時間が取れなくとも顔を見せに来る。足を運べない時は、手紙が送られてきた。


 だから会えなくて、という気持ちはあまりなかった。


 知らないうちにヒューバートはわたしの生活の中にいるのが当たり前の人になっていた。


「意外とマメなのね」


 それがお姉さまの感想だ。マメだというのはわたしも思っていたので頷く。


「いい男じゃない。貴女を大切にしているのがよくわかるわ」

「本気なんだろうな」


 一緒にくつろいでいたリックもそう驚いていた。ヒューバートは冷めた部分があって結婚を前提にと言いながらも放置するのではないかと危惧していたのだという。

 特に近衛騎士は王族の都合で拘束される。よほどのことがない限り、個人の事情など後回しだ。オーランド王子は特に他国に赴くことが多いのでその護衛としてついていけば、月単位で留守になる。この辺りのことはヒューバートにも言われていた。


「とてもよくしてもらっているわ」

「エレオノーラ、いい? 彼は忙しい人だからといって我慢してはダメよ?」


 お姉さまはわたしを心配しているようで、真面目な顔で頷いた。


「あなたは我慢してしまうから、それだけが心配だわ。何でもかんでも話せばいいわけではないけど、他人だからきちんと言葉にしないと伝わらないからね」

「わかったわ」

「本当かしら? 心配だわ」

「アマンダ、エレオノーラだって大人なんだ。大丈夫だよ」


 リックは相変わらず心配性な様子の姉に笑った。

 そんな会話をしている時に、ヒューバートから午後から出かけようと誘う手紙が来た。


「支度してくる」

「ふふ、楽しんでいらっしゃい」


 支度をするために慌てて自室に戻る。

 手紙には街に出るからと簡素なドレスを指定されていた。手持ちのドレスを思い出しながら、どれにしようかと悩む。


「街に行くということはあまり派手なドレスではない方がいいわね?」

「この間作られた外出用のドレスはどうですか?」

「そうね、まだ一度も袖を通していなかったわね」


 カレンが衣裳部屋から真新しいドレスを持ってきた。外出用ということでスカートのふくらみが抑えられ、装飾も少ない。色はピンクが少し混ざったような明るいクリーム色だ。普段はどちらかというと寒色系のドレスを着ることが多いので、なかなか選ぶことがなかった。

 あれこれとカレンと相談して急いで支度をした。髪をまとめ、お気に入りのリボンをつける。


「ねえ、おかしくない?」

「よくお似合いですわ」


 何度も何度も鏡を確認する。じっと自分自身を観察しているうちになんだかとても野暮ったく見えてきた。普段着ない色を頼んだのがいけなかったのかもしれない。お姉さまに言われるままたまには違う色をと作ったのだが、なんだかしっくりしない。


「やっぱり違う色のドレスを……」

「お嬢さま」


 ノックの音とともに家令が入ってきた。家令はあれこれ悩んでいるわたしを見て微笑まし気に目を細めた。


「お客様がお見えです」

「え? もう?」

「はい。下で待っておられます」


 家令に呼ばれて慌てて玄関ホールに行けば、彼が所在なさげに立っていた。今日はとても簡素な格好をしていた。白いシャツに黒いズボン、足はブーツだ。外套を纏っている。どうやら仕事帰りで、近衛騎士の上着を脱いだだけのようだった。


「お待たせしました」

「いや、俺こそいつも突然ですまない」


 彼はじっと見降ろしてから、手を取りキスをする。指先に彼の温かい唇が触れた。その熱に思わず頬も熱くなった。普通の挨拶だと言うのに、最近は意識してしまって胸がドキドキする。


「よく似合っている。綺麗だ」

「ありがとう」

「では、出かけようか」

「はい」


 ヒューバートはしっかりとわたしの手を握りしめた。



******


 二人で王都の店を回った。ヒューバートは女性しか入らないような雑貨屋や装飾品店でも嫌な顔せずに一緒に入ってくれる。


 初めて一緒に出掛けた時は少し距離があった。はぐれない程度に離れて歩いていたけど、最近はしっかりと手を握られているか、もしくは腰を抱かれている。手を繋いで街で買い物をするなんて恥ずかしかったけど、それも慣れてしまえば当たり前のようになっていた。


 ヒューバートは意外と距離の近い人で、歩いていてもふとした瞬間にキスされることも多い。頬やこめかみに軽く唇が触れる程度だが、照れもせずにしてくる。恥ずかしくて真っ赤になっていたわたしも、最近では恥ずかしいけど嬉しさの方が強い。

 順応しすぎだろうと自分でも呆れてしまう。


「どうした? 疲れたか?」


 考え事をしているのに気がつかれたのか、ヒューバートが声をかけてきた。立ち止まり覗き込むようにしてわたしを見下ろしている。優しい眼差しに笑みが浮かんだ。


「ううん、大丈夫よ」

「でも心あらずだ。何を考えている?」


 心が見透かされているようで恥ずかしくなる。恥ずかしさを誤魔化したい気持ちもあったが、ヒューバートには素直に気持ちを伝えたい。


「こうして二人で歩いているのがとても嬉しくて。まだ一か月だけど隣を歩いているのが自然になってしまったのが不思議なの」

「そうだな、俺もだ。もう少し先に評判のいい店がある。行こう」


 ヒューバートはわたしの歩調に合わせて教えてもらった店にエスコートする。ヒューバートが連れて行ってくれる店はわたしの知っている店もあったが、知らない店も多かった。どの店もとても素敵なのだ。

 歩きながら、疑問を口にした。


「いつもどなたが教えてくださるの?」

「殿下だ。あの方はいつも抜け出しているからな」

「ヒューバート様も一緒に?」

「いや。大抵俺がいない時に抜け出す」


 あまりにも嫌そうな顔をするので、くすくすと笑ってしまった。今日紹介された店もそんなオーランド王子が開拓した店らしく、ちょっとしゃれた感じの店構えをしていた。だが、少し混んでいるようで店の外に並んでいる人がいる。


「予約をしなかったのはまずかったな。ちょっと待っていて。聞いてくる」

「わかったわ」


 店から少し離れたところで立ち止まると、そう言ってヒューバートは店の方へと向かった。彼の後姿を見送る。


「まあまあ見られる女ね」


 唐突に話しかけてきた女性がいた。驚いて彼女の方を向けば、気の強そうな顔立ちをした女性がわたしを値踏みするような視線でじろじろ見ていた。その視線は蔑むような色を含んでいて、とても気分がいいものではない。誰かと間違えているのだろうかと、彼女の態度に戸惑った。


「あの誰かとお間違えではないでしょうか?」

「間違えていないわよ。わたし、ヒューバート様の婚約者よ」

「婚約者?」


 ヒューバートの婚約者と聞いて唖然とした。ヒューバートはすでに正式に婚約をするための書類を両親に預けているのだ。結婚の証人として、オーランド王子がサインしている。両家が顔合わせをした時にわたしも確認した。

 意味が分からない。この女性は何だろうと、不安が広がった。


「あら、貴女、ヒューバート様の戯言を本気にしたの? 初心でみすぼらしい娘が珍しくて、つまみ食いしたくなったのね」


 強烈な言葉に返す言葉が見つからなかった。彼女は美しい顔を歪めて、人生で聞いたことのない醜い言葉を止まることなく吐き出していた。


「ちょっと、ナタリー!」


 彼女の勢いに驚きすぎて反論できずにいると、女性が割って入ってきた。友人なのだろうか、強く腕を引っ張り注意をわたしから逸らす。


「ああ、シルビア。ちょうど良かった。貴女からも言ってちょうだい。ヒューバート様は私の婚約者だと」

「それは」


 シルビアと呼ばれた女性は視線をうろつかせた。ひどく曖昧な態度にナタリーは苛立ったように声を荒らげる。


「シルビアは言ったわよね? ヒューバート様がわたしに会いに来てくださらないのは忙しいから、結婚の準備を進めているから何も心配ないと言ったわよね?」

「言ったけど……」


 シルビアはナタリーに押され気味だ。本当に何が何だかわからない状態で巻き込まれてしまったわたしはほとほと困っていた。ヒューバートが戻ってこないかと店の方へと視線を向ければ、彼が走ってこちらに向かっていた。


「何をしている」


 低い、とても冷たい声だ。

 聞いたことのない冷たい声に息が止まりそうになるが、その声がわたしではなく二人の女性に向けられていたのでほっとする。


「お兄さま」

「ヒューバート様」


 シルビアの声は震えていたが、ナタリーの声は嬉しそうだ。ヒューバートはわたしを庇うように背に隠した。その広い背中を見つめ、初めて会った夜会を思い出してしまう。


「ヒューバート様、お遊びもいい加減やめていただきたいわ。結婚までの間、遊ぶにしても限度があります」

「……何の話だ?」


 ヒューバートもナタリーが何を言い出したのか分からないのか、戸惑っているようだ。仕方がなく、わたしはヒューバートの腕を引いた。わたしを見下ろした彼に小さな声で告げた。


「そちらの女性はヒューバート様の婚約者だと名乗っているのです。本当ですか?」


 冷静に尋ねた筈なのに、かすれた声になっていた。のどが渇いて痛みを感じる。出会ってからまだ1か月。シルビアと呼ばれた女性がヒューバートのことを兄と呼んでいたので、ナタリーは古くからの知り合いなのだろう。つい先ほどまでの幸せな気分が萎んでいく。


「俺の婚約者は間違いなくエレオノーラだ。過去にもウィント子爵令嬢と婚約したことはない」

「嘘よ!」


 ヒューバートは婚約者であったことは一度もない、と断言すると、ナタリーが悲鳴のような声を上げた。その様子がとても異常に思えて、体が震えた。


 なんなんだろう、この女性。


「シルビア。お前が蒔いた種だ。お前がどうにかしろ」

「でも、本当にナタリーはお兄さまが」


 ヒューバートはわたしの腕を取ると、そのまま歩き始めた。わたしは二人を気にしながらも、逆らわずに隣を歩く。


「待って、お兄さま!」


 シルビアが声を張り上げたが、ヒューバートは振り返ることもしなかった。


「すまなかった。事情はきちんと説明する」


 難しい顔をしたまま、ヒューバートは馬車を拾った。何を聞いていいのかわからず沈黙する。ヒューバートも前を見ていて、わたしの方を見ない。


 だけど彼が強く手を握りしめてくるから。

 彼の気持ちがきちんとわたしの方を向いていると信じることができた。




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