思いがけないところでの再会
この国の貴族の義務として孤児院への定期訪問がある。訪問と言っても様々で、きちんと出向く人もいれば使用人に頼んで物を届けるだけの人もいる。我が家はこの両親の方針のもと、できる限り足を運ぶことになっていた。
長女であるお姉さまも結婚するまでは当然足を運んでいた。次女のお姉さまも三女のお姉さまもだ。わたしも10歳の年から姉たちの誰かについて訪問していた。二人の姉が遠方に嫁いでからはこの家に残っているのは長女のお姉さまとわたししかいないので、そのほとんどをわたしが受け持っている。アマンダお姉さまはお父さまの仕事を引き継ぐべく、領地経営を主に行っていた。
今日もお母さまに届けるようにと言われた布と刺繍糸を持っての訪問だ。孤児院にいる女の子たちに刺繍の練習をさせるのだ。もちろん、上手く縫い上げたものはそのまま街で売り物にする。売り上げが自分たちの小遣いになるのだから、どの子も真剣だ。
仲の良い使用人であるカレンを一人連れて孤児院まで馬車で向かった。いつものように門扉の所で馬車が止まる。
「それではまた後でお迎えに上がります」
「ええ、よろしくお願いね」
馬車が来た道を戻っていくのを見送ってから、カレンを伴って孤児院に入った。入ってすぐ、いつもと空気が違うことに気がついた。孤児院の中を見渡せば、いつもはいない騎士が複数人いる。カレンも彼らに気がついたのか、不安そうにわたしの名前を呼ぶ。
「エレオノーラ様」
「大丈夫よ。心配いらないわ。わたしが話すから」
近づいてくる騎士が近衛騎士の制服を着ていることのを見て、驚いてしまった。近衛騎士は王族と王宮の警護が主な仕事なのだ。近衛騎士がいるということは、王族の関係者が来ている。
近衛騎士はその職務柄、上位貴族の爵位を継ぐことのない子息がなる。早い話、わたしよりも身分が高い。わたしの付き合いのある同じ家格の貴族ならまだしも、カレンでは少し荷が重かった。彼女に後ろに下がっているように告げた。
目の前に立ち止まった騎士に丁寧にお辞儀をした。
「コルトー子爵家の者です。孤児院への荷物を届けに参りました」
「申し訳ありません。本日は視察のため孤児院への訪問はご遠慮してもらっております」
「まあ」
視察、と聞いて目を瞬いた。もしかしたら聞いていたのに流してしまっていただろうかと思わず考えてしまう。私の考えがわかったのか、騎士は申し訳ない様に説明を加えた。
「この視察は抜き打ちで行われているものですから、事前連絡はございません」
「わかりました。では、日を改めます」
なるほどとと思いつつ、カレンを促して孤児院を出ようと歩き始めた。
「少し待ってもらえないだろうか」
突然、声をかけられて足を止める。声のした方を向けば、いつの間にか二人の男性がわたしの側までやってきていた。声をかけてきた男性の顔を見て慌てて片足を後ろに引き、腰を落として挨拶をする。
「ああ、畏まらなくていい」
許しを得て、姿勢を戻す。目の前にいるのは間違いなく第二王子であるオーランド王子だ。あまり社交界に出ないわたしでも、王族の顔ぐらいはわかる。内心、緊張でどうしようもなかったが、かろうじて笑みを浮かべることに成功していた。
「お初にお目にかかります。コルトー子爵の四女、エレオノーラと言います」
「突然声をかけて驚いただろう。コルトー嬢がこの孤児院に訪問すると聞いたので待っていたのだ」
待っていたと言われて、困惑した。待たれるようなことは何もないと思うのだ。
「孤児院長からでしょうか?」
「そうだ。少し孤児院について聞きたいことがあって待っていた」
「こちらにどうぞ」
オーランド王子の後ろに控えていた近衛騎士がオーランド王子の前に出てわたしに手を差し出した。絶対に逃がさないという感じだ。本心は適当に言い訳して逃げてしまいたいのだが従うしかない。
恐る恐る彼の手に自分のを乗せた。手をそっと握りこまれ、仕方なく彼に近づけばふわりと香水の香りを感じた。
この匂い。
驚いて顔を上げた。下から見た彼の横顔が夜会の時の彼と重なる。わたしの視線に気がついた彼は足を止めわたしを真正面から見つめた。その眼差しに胸がどきどきした。
だが、彼は特に表情を変えることなく、わたしを優しくエスコートしただけだった。
何気ないその仕草に胸がとても痛んだ。同時に自分自身のうぬぼれがとても滑稽に思えた。
あの夜会では助けてもらったけど、お互いにきちんと顔は合わせなかった。わたしだって知っているのは彼の使っている香水の匂いと彼の横顔だけだ。たったそれだけの繋がりだ。ずっと俯いていて顔を見せていないわたしと会ってもわかるはずないのに、特別な出会いのように感じて記憶しているなんて。
ちくちくした胸を抱えて彼にエスコートされて孤児院に入っていった。
促されるまま応接室の席に座ると、対座にオーランド王子と孤児院長が座る。
「ごめんなさいね。突然で驚いたでしょう」
孤児院長がおっとりとした口調で謝罪してきた。
「いえ、大丈夫ですわ。それで、わたしに聞きたいこととはなんでしょう?」
「どんなものを孤児院に差し入れているのかを知りたかったんだ」
「差し入れですか?」
それを知りたいと思う理由がよくわからず、首を傾げた。殿下は真面目な顔をして頷いた。
「そうだ。ここの孤児院はとても経営状態がいい。帳簿も見せてもらったが、収入は他の孤児院と大差ないのにどうしてこう明るいというのか、なんといっていいのか……」
言葉にならない何かがあるらしい。わたしもよくわからず、助けを求めるように孤児院長へと視線を向けた。彼女はとても優しい顔をしてにこにこしている。
「ここの子供たちはとても満たされている顔をしているのですよ」
「そうなのですか?」
他の孤児院のことなど知らないので、そうなのか、としか言いようがなかった。
「どんなものを差し入れするのか教えてもらえないだろうか」
困ったわたしに助け舟を出してくれたのは、オーランド王子の後ろに控えていた彼だった。思わず顔を上げてそちらに視線を向けた。彼は特に表情を変えるわけでもなく、こちらをじっと見ていた。
「今日は刺繍用の布と糸を持ってきました」
「金ではないのか?」
お金、と言われて少し困ってしまった。確かにお金の寄付もしているが、コルトー家ではお金の寄付は本当に少ない。高級とまではいかないが、庶民が持つには十分上質な布と糸を主に差し入れている。もちろんこれだけではなく、他にも日用品なども定期的に持ってきている。
「これはコルトー家としての両親の方針なのですが、女の子たちには刺繍を習わせて大人になっても食べていけるだけの技術を身に付けてもらいたいと刺繍用の布と糸にしております」
「ほう」
感心したようにオーランド王子が頷いた。気分を害したようではなかったのでほっとした。
「先ほど孤児院を拝見した時に黒板などもありましたが……もしかしてコルトー嬢が子供たちに文字などを教えているのですか?」
思わぬ指摘にぱっと顔を上げた。オーランド王子の後ろに控える彼と視線が合う。彼はほんのわずかだけ表情を崩して柔らかな笑みを見せた。どこか励ますような眼差しに気がついて、頬が熱くなる。慌てて落ち着こうと息を吸うが、上手くいっている気がしない。
「え、ええ、そうです」
「エレオノーラ様はこちらに訪問すると、子供たちに文字と計算を教えています。男の子たちは最低限の知識を身に付けているので、奉公先でも可愛がられていますよ」
補足するように孤児院長が説明した。
「ああ、なるほど。コルトー家の方針が子供たちにはためになっているのだな」
「はい。孤児は何もできないと思われておりますが、身に付ける機会があれば十分生きていけます」
孤児院長が嬉しそうに頷いた。褒められて少しだけ居心地が悪く、目を伏せた。
「殿下、そろそろ戻るお時間です」
「もうそんな時間か」
オーランド王子は頷くと、立ち上がった。慌ててわたしも立ち上がる。
「とても参考になった。話を聞かせてもらえて感謝する」
わたしと孤児院長はそろって頭を下げた。オーランド王子は護衛騎士たちと共に部屋を出て行った。彼らの気配が遠くなったことを確認してから頭を上げる。
「はあ、疲れた」
「エレオノーラ様、突然こんなことになってごめんなさいね」
「いいえ。これから子供たちに会ってきます」
緊張から解放されたわたしはにこやかな笑みを浮かべて、子供たちの元へと向かった。
意外なところで彼と出会えて胸が未だにドキドキする。初めにエスコートされたときには気がついていないと思っていたけど、今は気がついていると確信していた。それほどまで優しい目だったのだ。
「ふふ」
嬉しくてつい笑みがこぼれた。




