守りたい人2 -ローサ-
見習い騎士から正式に騎士になったのは16歳の時だ。1年の見習い期間は最短であったが、ローサにしてみたら当然のことだった。地道に努力をして、18歳になって近衛騎士になり、ますます言葉遣いも男性らしくなった。
色々なものを見聞きするうちに、腹芸も達者になった。特に王族女性の護衛に当たることが多いので、貴族のドロドロした裏側は嫌というほど知ることになる。
彼女に色々な事柄を教えたのが、上官であるマシューだった。そして、常に彼の横にいる妖艶な美女シェリーの手ほどきもあった。
ローサはこまめにハワードに会いに行っていた。婚約破棄に関してはお互いに一歩も譲らず、平行線のままだ。だからと言って、仲が悪いわけではない。婚約破棄の話さえ出なければ、いたって普通に仲良く過ごした。
ハワードは足が不自由になってしまったが、それでも彼の努力の甲斐があって今では杖があればそれなりに歩けるようになった。もちろん、怪我をする前のように何もかもができるわけではないが、仕事を部屋でするには全く問題がない。ただ、本人が不自由さがあることを気にしてしまっているので、伯爵家の後継者はハワードの弟に切り替わった。ハワードは弟を補佐する立場で仕事をしている。
「今日は遅かったね」
コールリッジ伯爵邸につけば、すぐにジョシュアが出迎えてくれた。ジョシュアはハワードの弟で、現在伯爵家の跡取りだ。ローサにとって1歳年下の可愛い未来の義弟である。彼は父親に似ているため、ハワードとは少し顔立ちが異なるが、持っている髪と瞳の色は同じだ。それにやり取りをしている二人を見ていれば、仕草などが似ていることがよくわかる。仲のいい兄弟であった。
「今流行りの菓子を買ってきた。使用人たちに配ってくれ」
そう言って大量に買ってきた菓子の入った袋を見せる。ジョシュアは呆れながらも、袋を受け取る。
「こういう気遣いがマメだよな」
「毎日、屋敷に押しかけているからな。ほんの気持ちだ」
「兄上は逃げ足が速いから」
ジョシュアは肩をすくめた。ローサが毎日屋敷に来るようになって今日で10日が経っていた。初日は普通にハワードにも会ったのだが、口説きに来たとわかったとたん、ハワードに逃げられていた。逃げられていた、といっても同じ屋敷にいる。無理やり押し掛けると余計に意固地になりそうで、相手の気持ちが緩むのを待っていた。ようするに、屋敷に押しかけて夜まで客室を占領しているのだ。
「今日も会えないかな?」
「そろそろしびれを切らすのではないですか? 今日で10日目ですからね」
「今回の婚約破棄は本気だろうか」
「そうでしょうね。わざわざ書類を送りつけたのでしょう?」
ローサがブチ切れた原因は、ハワードから送られてきた婚約破棄の書類だ。今までは婚約解消すると言われていたがそれは口だけの話。書類が出てくることはなかったのだ。いつにない行動が、ローサを慌てさせていた。
「ハワードと婚約解消するしないが始まってからすでに10年だ。できれば折れてほしかったな」
「俺としてもいい加減、結婚してほしいです」
ジョシュアのいつものボヤキにローサが笑った。彼はここ数年、ずっと言い続けている。
「わたしもすぐにでも結婚してもいいと思っているがなかなか手ごわい」
「もっと迫ってみたらどうです?」
「うん?」
「大体、ローサ殿は色気が足りないんです、色々。なんでそんな男らしくなってしまったんですか? 騎士になる前は本当に可愛らしかったのに」
じっとりと睨まれて、ローサは胡散臭い笑みを浮かべた。
「職務上、女性を口説く方が多くて」
「そうらしいですね。ローサ殿に褒められたと、喜ぶ令嬢も多いでしょうね」
「そうかな? わたしは思ったことを言っているだけなんだが」
彼は心底嫌そうな顔をする。
「とにかく! 兄上を篭絡してください。もういい年なんで、順序とか貞操とか貞操とか貞操とか、言いませんから」
「おや、ハワードはまだ……」
「さあ、どうでしょうね?」
彼はローサの言葉を最後まで言わせずに被せた。ローサはふうんとハワードを思う。多分、想像通りだと思うのだ。そんな暇も体力もないだろう。ローサはにんまりと笑った。
「ふふふ、いいことを聞いた」
「……早まった気がします」
「二人で何を話しているんだ?」
ローサたちの会話が途切れた。二人して声の主の方を向く。
ハワードが杖を突いて立っていた。
背の中ほどまであるサラサラの白金色の髪は緩く一つに結われて、ローサよりも頭一つ分以上高い。彼はとても女性的な顔つきをしているので優しく見える。
10日ぶりに会った婚約者ににこやかに挨拶をした。
「ハワード。元気そうだな」
「ああ、変わりないよ」
無表情に頷かれたが、ローサは気にしない。
「じゃあ、俺は仕事に戻るから」
「ジョシュア。僕が仕事に戻るから、ローサの相手をしてほしい」
「兄上、何を言っているんだ。そろそろ逃げ回らずに、ちゃんと話し合いなよ」
ジョシュアは不機嫌そうに眉を寄せて兄をローサの対座に座らせた。ローサは久しぶりにハワードを観察する。体調は悪くなさそうなので、内心安心した。
「話し合う事なんてない」
「そんなことないだろう? ローサは結婚したい、兄上は婚約破棄したい。伯爵家としては結婚してほしい。ほら、兄上が納得すればいい話だ。さっさと腹を括ってくれ」
「ジョシュア」
困ったようにハワードは彼の名を呼んだ。だが、ジョシュアは容赦しなかった。
「今日はダメだ。これ以上甘やかしたら、兄上は逃げるから」
「僕はローサの夫としてふさわしくない。これ以上の理由なんてないはずだ」
固い声で言い張る。
「わたしにふさわしいかどうかはわたしが決めることだ。それともハワードはわたしのことが嫌いになったのか?」
ややズルい言い方だと思うのだが、ローサも後がないので開き直ることにした。真面目に問われて、ハワードの目がわずかに泳いだ。彼はまじめだから、嘘が言えないのだ。
「嫌いではない。だけど、結婚は……」
言いよどむと、ため息をついた。ゆっくりと彼が立ち上がる。
「兄上!」
非難を込めてジョシュアが叫んだが、ハワードは首を左右に振った。
「ごめん、ローサ」
そんな小さな呟きと共に、彼はローサに背中を見せた。部屋から出て行こうとするハワードを見て、ジョシュアが声を大きくする。
「兄上、ヘタレすぎるだろう!」
その言葉を否定もしない。ただ声が聞こえなかったかのように扉の方へと歩いていく。
「いつまでも逃げられるとは思うなよ」
部屋から出て行くハワードの後姿を見送りながら、ローサは物騒な表情でそう呟いた。
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全身を隈なく磨いた。
肌には上品な香りのする香油をすりこみ、いつもはきっちりとまとめている髪を下ろす。ふわふわと波打つ髪は艶やかになるまで丁寧に梳かした。服は脱ぎやすい様にシャツにズボンだ。
鏡の前で確認して一人満足げに頷いた。
「よし、では行ってくる」
ローサは身支度を手伝ってくれたコールリッジ伯爵家の侍女に声をかけた。侍女は丁寧にお辞儀をして、廊下に出たローサを見送った。
ローサは迷うことなくハワードの部屋の前に立った。ノックをせずにゆっくりと扉を開ける。もちろん気がつかれないように、音は殺して室内に侵入した。
すでに真夜中。ハワードは眠っているのか、室内は真っ暗だ。ただし、カーテンの隙間から月明かりが入り込み、ぼんやりとだが部屋の様子がわかる。
ゆっくりとハワードの眠っている寝台に近寄ると、躊躇うことなく寝台に乗り上げた。
「ハワード、起きて」
そっと彼の体を揺らせば、何かを呟いてからうっすらと目が開いた。
「……ローサ?」
「そう。夜這いに来た」
ローサはあっさりと告げた。そして、そのままハワードを拘束するように上からのしかかる。だが起こされてすぐのためか、ハワードはよく理解していないようだ。特に抵抗せずに、ぼうっとした眼差しでローサを見上げている。
「夜這い?」
「上司の恋人に相談したら既成事実が一番手っ取り早いと助言をもらった」
ハワードの上にまたがったまま、ローサは自分のシャツのボタンをはずし始めた。恥ずかしいとか、できないとかそんな感情は湧いてこない。これは逃がさずに、やり遂げなければハワードを逃してしまうと焦りしかなかった。
シェリーには大体の段取りは聞いた。要は興奮させればいいのだ。男なんて本能に勝てないと言っていた。しかも貴族同士、婚約は結ばれたまま、体を繋げたら結婚しないわけにはいかないはずだ。しかもこの夜這いはジョシュアの手も借りているので、伯爵家としてはこの結婚を賛成している。もみ消される心配はいらない。
「ローサ、僕は」
「ハワードの気持ちなど無視することにした。大丈夫、心配いらない。役に立たないようなら薬を飲んでもらう」
そう言ってローサはポケットからいくつかの瓶を取り出す。ハワードが恐ろしいものを見るように瓶を見る。
「……何だ、それは?」
「元高級娼婦お勧めの媚薬だ。後遺症もなく、忘れられないほど気持ちよくなるらしい。高級品だから、初めての人間も楽しめるそうだ」
そう言いつつ、ローサは自分の着ているシャツの前を無造作に開けた。豊かな胸元が露になって、ハワードは慌ててその手を掴む。ようやく意識がはっきりしてきたようだ。できれば、夢うつつでぼんやりしていてくれた方がやりやすかったのだが、こればかりは仕方がない。
「待て、ローサ! 落ち着け!」
「これ以上ないほど落ち着いている。大丈夫。全部わたしがやるから、ハワードは横になっていればいい」
男前の発言にハワードは低い声で呻いた。
「ローサは本当に僕と結婚したいのか?」
「もちろん。わたしが騎士になったのはハワードを守りたいからだ」
「……それって、最初だけだよな?」
ハワードは恨みがましい目で見上げてくる。ローサは緩く笑みを浮かべた。
「そうだったか?」
「すぐに騎士であることが楽しくなっていたはずだ」
「仕事は楽しんだ方がいいからな」
「ハワード」
ゆっくりと覆いかぶさり、ハワードの唇に合わせた。薄い唇に自分の唇を合わせる。暖かい唇だ。そのまま彼の唇を舐めた。
「ハワード、愛している。つべこべ言わずに、結婚しよう」
「ローサ。本当に……君って男前だ」
ハワードの声は震えていた。
「知っている。わたしはお前とずっと一緒に歩いていきたいんだ」
「本当にいいのか? 僕と結婚したら、ローサは自由が少なくなるかもしれない」
「わたしは好き勝手にするから、気にしないでいい」
そういう問題ではない、とハワードがぼやいた。
「やられっぱなしは、流石に情けないから」
ハワードは突然ローサの両手を掴んだ。そのまま自分の胸元に引き寄せた。
「ローサ、誰よりも愛しているよ」
ローサの耳元にかすれた声で囁く。そして、次にはローサが天井を見上げていた。転がされて、ハワードが上になる。
「ふふ」
「夜に男の部屋に来るなんて……どうなっても知らないからな。本当に」
ぶつぶつ言いながらも、ハワードはローサの唇に食らいついた。
Fin.




