常識が通じない相手 - ヒューバート -
近衛騎士は基本的には王族の護衛が主な役割だ。その護衛の範囲には王族の私的空間の護衛も含まれる。当然広いのですべてを近衛騎士が賄うことができないので、王城の警護を担当する第1騎士団との連携も多い。
来週に行われる王太子妃主催の夜会でオーランド殿下の護衛から外れることについて伝えるため、俺は近衛騎士団の詰め所に訪れた。普段は交代する騎士への連絡事項だったり、申し送り事項だったりと事務的なことをすませる。
詰め所に入れば、同僚の女性騎士が声をかけてきた。ローサと言って俺よりもいくつか年上の先輩になる。女性の割には背が高く、剣技も優れていた。王族の護衛を務められる女騎士は少ないので、常に忙しい。中性的な顔立ちをしたローサは王妃や王太子妃に人気だ。体の線がわかりにくい近衛騎士服を着れば、男性と言われても頷いてしまいそうだ。ただ彼女の髪がとても長く、きっちりと結わえてあるので女性だとわかる。
「お疲れ様です、ローサ殿」
「何だ、凹んでいると思っていたのに意外と元気そうだ」
ローサが不思議そうに俺を眺める。言われている意味がよくわからず黙っていれば、ローサは笑った。
「いや、お前が変な女にまた付きまとわれていると聞いてだな。折角だから、からかってやろうと思ったんだ」
「……すでに対処済です」
どうやらコンスタンス王女の侍女バイオレットについて、聞きたかったようだ。ローサは持っていた茶器を器用に使って、俺にもお茶を淹れてくれる。
「まあ、座れ。ちょっと変な話も仕入れてきたんで、お前の状況も教えてほしい」
「俺の状況と言われても、正式に婚約者と結婚したということぐらいです」
隠すこともないので素直に言えば、ガチャンと音が鳴った。ローサが持っていたカップを落としたのだ。まだ茶を淹れていなかったので、零してはいない。若干、繊細なつくりをしたカップが気になるところだ。
「お前が結婚!?」
「はい。糞ムカつく噂が立ったので、拗れる前に結婚しました」
「誰が許可を……。ああ! オーランド殿下が許可したのか?」
「オーランド殿下だけでなく、王弟殿下も許可してくれましたよ」
ローサがひくりと口元をひきつらせた。それぐらい、近衛騎士の急な結婚というのはありえないのだ。通常は、婚約する時に証人を立てて国に申請する。その時に婚約期間や結婚する日を記載して提出するのだ。この日を訂正するとなると、かなり面倒な手続きが必要となる。今回は事情が事情なため、面倒な手続きはなかった。エレオノーラのサインをもらった後、すぐにオーランド殿下や王弟殿下の伝手で陛下に伝えられて承認してもらった。
「まさか、脅したのか!?」
「いえ、脅してはいません。ただ彼女との結婚が駄目になったら、近衛騎士を退団すると伝えただけです」
「それ、十分脅しだろう!」
肩をすくめた。ローサは気を取り直して、お茶を淹れた。差し出されたカップを持つと茶を一口飲む。ローサは茶を淹れながらぶつぶつ言っていたが、すぐに冷静に戻った。
「まあ、じゃあ大丈夫なのかな?」
「何がです?」
「いや、わたしは最近コンスタンス王女を護衛することもたまにあるのだが、そこでな。王女の侍女がお前と結婚するため色々と画策しているんだ」
王女の侍女、と聞いて機嫌が急激に悪くなる。ローサは俺のわかりやすい変化を笑った。
「あの侍女、暇さえあれば、王女にいかにお前が自分と一緒にいるべきか、自分がどれだけお前に必要な人間かを訴えているぞ」
「……」
想像してうんざりした。王女の侍女とほとんど話したことがないのだから、単純に俺の容姿が気に入ったのだろう。前にコンスタンス王女の強引な押し付けで、王女の侍女を連れて店に案内した時も一人でしゃべっていた。もちろん、俺一人だけではなく後輩の女性騎士も一緒だったのだが、彼女がいることを無視して浮かれていた。時折、押し殺せない怒りが込み上げてきたが、何とか抑え込んだのだ。
「お前は本当に変な女に好かれるよな。容姿がいいのも考えものだ。あの侍女は婚約など関係ないと押し切ってきそうだな」
「俺はすでに結婚しているのだから、普通は諦めないですか?」
「この程度で諦められるとは思えないな」
結婚すらもこの程度と片付けられてしまって、顔をしかめた。結婚さえしておけば、他国の人間だ。大して何もできないと考えていた。ただ、王女にもその侍女にも力はなくとも、利用しようとしている貴族がいる。実際に近衛騎士団の事務員は買収されており、手紙が握りつぶされていた。
「お前の奥方は状況を知っているんだろうか?」
「知っていますよ。それも踏まえて、早めに結婚をしたので。念のため、屋敷から不用意に出ないようにとは伝えてあります」
「そうか、伯爵家なら警護も十分か」
何かある前に、とエレオノーラは今新居ではなく、本宅で生活をしている。もう少し今の状況が落ち着いてから新居の方へ移ることになっていた。兄上も今の状況を知っているので、大丈夫だと思う。一抹の不安を抱えながら、大きく息を吐いた。今ここで考えても、思いつかない。用事を先に済ませようと、話題を変えた。
「それよりも、王太子妃主催の夜会なのですが、俺は護衛に入りません」
「うん?」
どうやらローサは王弟殿下から何も聞いていないようで不思議そうに首を傾ける。
「王太子殿下が我々の結婚に対して祝福をくださるので貴族として参加します」
「おお、そこまでするのか! ということは……」
ローサが忙しく頭を働かせている。流石、近衛騎士団の中でも上位に入る騎士だ。王族に近い位置にいるので、陰謀や裏を考えることは当たり前の感覚なのだろう。少しの情報を与えただけで、色々と可能性をはじき出す。
「ふうん。殿下たちは一体何を釣る気だろうね」
どうやら解が出たらしく、面白そうに笑みを浮かべる。
「何も釣れない方がいいですね」
「それは無理だろう。すでに色々なものが裏で動き始めている。それに、王女の侍女、今度の王太子妃主催の夜会にお前にエスコートしてもらおうと画策しているしな」
「は?」
理解できずに、ぽかんとした顔になった。自分でも間抜け面だろうと思うのだが、言葉が上手く紡げず口が開いてしまう。ローサはにやりと笑った。俺の間抜け面が見れて満足そうだ。
「お前にエスコートしてもらいたいそうだ」
「誰が、誰に?」
「王女の侍女がお前に」
ぴっと人差し指で示されて、力が抜けた。背中を椅子に預けると天井を仰ぐ。
「ローサ殿」
「なんだ?」
「親族でも後見人でもない婚約者のいる異性にエスコートを頼むのは、一般的にはしたない行為のはずでしたよね?」
「そうだな。一般的には、だ」
その一般が通用しないのかとげんなりする。今までもシルビアやウィント子爵令嬢、その他にも色々な女性が俺を捕まえようと仕掛けてきていたが、この手は初めてだった。そしてとても厄介な香りがする。
どうして俺はこういう女性に目を付けられるのだろうか。勝手に盛り上がって勝手に妄想する女性にどうしようもない憤りを感じた。
「せいぜい、一人では近寄らないことだ。接点がなければお願いすることができないからな」
くすくすと笑われて、眉間にしわが寄る。
「もう結婚しましたし、彼女とのんびり幸せになりたいんですけど」
「へえ。お前にそこまで言わせる奥方に興味がある」
エレオノーラを思い浮かべ、ローサを睨みつけた。
「余計なちょっかいはやめてください。今だってかなり危ない状態なのに、ローサ殿が絡めば収拾がつかなくなる」
「その程度で壊れてしまう関係性なら、さっさと壊すに限るよ」
冷めた口調で言われて、思わず黙る。ローサはふっと小さく笑った。
「ただでさえお前は粘着質な女性に好かれやすいんだ。結婚したからといえども、これからもないとは言い切れないだろう?」
全くその通りだ。
だけど、それでも余計なことはしてほしくないと切実に思った。




