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ごくごく普通の恋をしています  作者: あさづき ゆう
本編

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夜会は戦場


「ごきげんよう」


 見知らぬ人からにこやかな挨拶をもらいながら、姉夫婦に連れられて夜会会場へと入った。華やかな音楽と雰囲気にあふれた夜会会場にとても気分が重かった。今日は知り合いが一人も参加していないのだ。ただでさえ腹の探り合いのような夜会は苦手なのに、時間を潰す相手もいないことに憂鬱になる。


「エレオノーラ」


 わたしの気鬱に気がついた姉が足を止めてこちらを振り返った。姉の言いたいことはわかる。取り繕うように笑みを浮かべて見せた。姉が何か言う前に、やたらと通る声が聞こえた。大きくないのにその声はすっと耳に入ってくる。


「皆さま、わかっておりますわね」


 夜会会場には不似合いな教師のような台詞にきょろきょろと声の主を探す。すぐにその声の主は見つかった。ダンスホールの片隅に彼女を中心として色とりどりに着飾った令嬢たちが集まっている。ざっとみて20人くらい。不思議に思い眺めていると、中心にいるお母さまと同じくらいの年齢の夫人が声を上げた。


「よりよい旦那様を見つけるため、今まで沢山の試練を乗り越えてきました」


 気持ちよく始まった演説に唖然としていると、アマンダお姉さまがそっと耳打ちした。


「あの集団、婚活組よ」

「婚活組?」


 意味が分からず、初めて聞く言葉を繰り返す。お姉さまは扇子で口元を隠したまま続けた。


「ほら、この国の貴族は子沢山でしょう? どの貴族家も男も女も余っているのよ」

「そうね」

「ここの伯爵様が開く夜会は独身者の参加率がよくて人気なの。だからみな気合が入っているのよ」


 この国ではどの貴族家も子沢山なのだ。大抵は3人、多いところだと7、8人いる。5、60年ほど前に子供しかかからない病が流行した時に子供の数を減らしたことがあって、その教訓により3人以上の子供を作ることが貴族の中では常識になった。


 国策により医療が向上し、子供が病で亡くなることも減少した結果、貴族出身の平民が多くなった。もしかしたら王都に住む平民の半数は2、3代さかのぼればどこかの貴族にあたると思う。


 我がコルトー子爵家もそこは他家と変わらない。アマンダお姉さまは長女で跡取り娘、次女、三女と続いてわたしは何と四女だ。跡取り息子が欲しかったらしいが、三人女の子が続いたところで諦めてほしかった。


 男性優位のこの社会で貴族生まれの女子が働いて生きていくには厳しい世界だ。平民であれば下働きもあるだろうが、貴族出身の令嬢を雇う貴族がいない。結婚以外で生計を成り立たせるのは難しい。

 女家庭教師になることも可能だが、なれる人はごくわずかだ。だからこそ、条件のいい相手と結婚したいがために婚活組と言われるような人たちが出来上がるのかもしれない。


「エレオノーラももっと積極的に男性と交流しないとダメよ」


 お姉さまは頑張るようにと言うが、夜会に来る独身令嬢は見ている方が引いてしまうほど気合十分だ。よりいい条件の相手を見つけようと必死になっている令嬢たちを押しのけて声をかけるなんて無理だ。跡取り以外は自由恋愛になりつつあるのだから、彼女たちを押しのけて貴族出身の令息と縁を結ばなくてもいいのではと思っている。


「ええ、できる限り頑張ってみるわ」


 気が進まないが、できないと言えば説教されるのが目に見えているので、曖昧に微笑んだ。

 

「それから一人で庭やバルコニーに出ないでね。変な輩が多いから、引きずり込まれたら大変だわ」


 9歳年が離れているせいか、お姉さまは次から次へと注意をしていく。姉の言葉に頷きながら入り口を見ていれば、ぽつりぽつりと会場に招待客が入ってきた。それでもまだ人数が少ないためか、姉も気が付いているにもかかわらずわたしの髪を整えたりしている。


「新しいドレスを作ったのだから、髪飾りも新しく作ればよかったわね」


 今日のドレスは18歳にもなって未だに恋人の気配すらない娘を心配して、両親が新しく仕立ててくれたのだ。新しいドレスはいつもよりも明るい色の青を基調に、白のレースでできたオーバースカートを重ねたもの。茶金の髪も複雑な形に結い上げられ、仕上げにはお気に入りの髪飾りをつけてもらっていた。

 お姉さまの目には華やかさに欠けるのか、ちょっと眉を寄せている。


「アマンダ、その辺で終わりだ」


 今まで黙って見ていたお姉さまの夫であるリックがお姉さまの手をそっと握りしめた。さりげなく止めてくれたことにわたしはほっとする。


「リック」

「君のエレオノーラを心配する気持ちもわかるが……」


 リックはため息を吐いた。お姉さまが過保護なのは今に始まったことではないと思ったのかもしれない。


「心配しなくてもこの会場から出ないわ。お姉さまたちは挨拶回りがあるでしょう?」

「そうね、挨拶を先に済ませてしまいましょう」


 最後まで心配そうな顔をしていた姉たちを見送り、わたしは体から力を抜いた。笑みを浮かべ続けるのも疲れる。姉夫婦が見えなくなって、ようやくわたしは壁際へと移動した。庭もバルコニーも駄目となるといる場所は壁際しかない。

 目立たない場所を探すためにゆっくりと歩き出した。


 移動しながら会場を見渡せば、婚活組と言われた令嬢たちがあちらこちらで独身男性に話しかけている。

 積極的に話しかけている令嬢は生き生きとしてキラキラして見えた。そして捕まった男性も押され気味の人もいれば、その会話自体を楽しんでいるような人もいる。


 自分とは違う世界だ。もちろんお姉さまのように家のために社交をしろというのならできる。でもそれは社交であって、恋人を見つけることではないのだ。

 見ているだけで息苦しさを感じて、少し外の空気を吸うことにした。一人で庭に出るのはまずいけれど、庭に面した回廊に少し出るぐらいなら大丈夫だろう。回廊なら会場から姿が見えるから、何かする人もいないはずだ。


 会場の華やかな話声から遠ざかるようにゆっくりと歩いた。音が遠くになるにつれて、息苦しさが少しは取れた気がした。空を見上げれば綺麗な月がひっそりと輝いている。


 もう夜会に出席するのはやめよう。お父さまには申し訳ないけど、裕福な平民か下位貴族の家庭教師になれるように道を探そうと思う。そこで誰かと出会ったら結婚するかもしれないし、こればかりはわからない。3人の姉たちは皆それぞれに出会って結婚していったが、わたし自身、結婚するところが想像できなかった。


「…………」

「…………」


 どこからか声が聞こえた。思わず足を止めてしまう。考え事をしているうちに回廊から少し外れて庭の方へ出てしまったようだ。位置を確認すれば会場の入り口は少し遠くに見える。


 女のねっとりとした色気のある声音が聞こえてきた。何を話しているかはわからなくとも声の雰囲気で、何が行われているか気が付いた。時折甘い声が聞こえてくる。そして、何かがこすれるような音。

 恋人はいたことはないが、男女の恋愛については多少のことは聞き及んでいた。恥ずかしさに顔を赤らめながら、極力聞こえないようにと意識を逸らす。


 いけない。戻らないと。


 夜会会場の庭など密会の場だ。未婚の男女ならまだ恋愛として許されても、既婚者同士ということもある。秘められた恋は刺激があって貴族界ではちょっとした流行になっているほどだ。誰かの逢瀬の邪魔をしたとなったら、間違いないなく面倒な状況になる。


 そっと離れようとしたにもかかわらず、何かを踏んだ。ぱきっという結構な音を立てて割れる。

 あまりにも大きく響いたその音に息を飲んだ。


「誰かいるのか?」


 低い男性の声が咎めるように響いた。


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