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戦え! プリンセス  作者: 井川林檎
第四部 永遠のまほろば
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ごはーん!

 シュロぼうきとチリトリを持って、ゴミ置き場を走りまわるの図。

 もはやプリンセスではない。一体わたしは何なんだろう、このマジカルジョークワールドにおけるわたしの立ち位置は何なんだ。


 「いやああ、やめてええええ」

 

 絹を裂くようなデフォルトプリンセスの悲鳴が続いている。

 わたしがドタバタ走る前方を、テーブル一式をお付きの人たちに運ばせ、わっせわっせと女王陛下が走ってゆく。この期に及んで未だに喰ってやがる。

 

 「ほれ、その方ら、食事であるぞ、何をしておるか」

 どたんばたん。

 

 いつの間にかテーブルにキャスターがついたらしい。がらがらがらがら。執事さんとメイドさんが生真面目な顔のまま、女王陛下に並走している。

 (シュールだが、なんかデジャブ)

 息が切れて来た。ひきこもりの体力は病人並みなのだ。


 どたんどたんべすん。

 はあはあぜえぜえ。



 「ほれ、その方ら、食事、食事いいいいっ」

 


 ごはんだよっ、もー、何してるの、早く降りてきて食べちゃってよっ、かーさん仕事があるし、早く片づけたいのっ。もたもたしないで、早くしなさーいっ。


 (あー……デジャブ)

 階下から響いてくるオカンの罵声。

 朝ごはんができた、昼ごはんができた、夕ごはんができた。

 さっさと食べなさい。もたもたしないのっ。いつまでぐずぐずしてるのアンタっ。


 はあはあ言いながら、わたしは妙に納得していた。

 なるほど。このマジカルジョークワールドは、ユーザーの現実とリンクしている。

 たぶん、わたしじゃない誰かがプリンセスの座についたら、女王陛下の性格も違うんだろうな。


 モブ役はみんな同じ顔だけど、女王陛下はオカン顔になっている。つまり女王陛下はモブではない。

 この異次元ストーリーにおいて、なにか大きな役割を担っているということだ。


 (プリンスとの恋の障害となるはずだったんだよな、当初は)

 女王は、隣国のプリンスをよく思っていない。だから、二人の仲を裂こうとする役である。

 本来ならそのはずだけど、今回の場合はわたしがそのストーリーを思い切り捻じ曲げちゃったんだよな。

 なにせ、プリンスを風呂桶に突っ込んで、そのプライドをズタボロに傷つけた挙句、完全にそっぽ向かれちゃったんだからね――最も、風呂桶に特攻してべちゃべちゃになったのは、実はプリンスが勝手にしたことなんだけどな!


 以前ビスクが言っていたけれど、マジカルジョークワールドでの異次元ストーリーは何パターンか用意されているはずなんだ。女王の役割は、そのパターンごとに変わってくるのではなかろうか。

 例えば今の場合なんか、どうだろう……。




 「こぉれっ、食事だと言うておるにっ」


 相当な距離が生じている。

 前を走っていた女王陛下御一行は、とっくの昔にプレハブの角を曲がっている。

 あっち側――つまり、デフォルトプリンセスが野獣二匹に襲われている真っ最中のところ――に、まさに今、御一行は現れたようだ。


 がらがらがちゃん。

 キャスター付きテーブルが重たい音を立て、上に乗っている食器がぶつかり合っている。

 

 そんな、獲物に喰いつこうとしている大林と麻柄が、ごはんだよと言われて、はいそうですかと振り向くわけがないじゃないか。

 女王陛下、そりゃ無理だ、そのひとたち、今はごはんどころじゃないと思う……。




 はあっはあっ……。

 足取りがだんだん重くなる。

 汗がだらだら落ちて来た。情けない。もう走っていることすら辛い。

 ついにわたしはトボトボ歩き始め、ずりずりとほうきとチリトリを引きずっていた。しょんぼりと項垂れつつ、プレハブの角を曲がる。


 役に立たないなあ。

 ヒキコモリしていたら体力が全然なくなってしまった。これじゃあ仕事にありついたとしても、一日もつか分からない。

 (体力つけなくちゃな……)


 現実世界に戻ったら、和食ばかり食って、早朝ジョギングを始めるんだ。

 このままじゃ駄目だ。全然駄目だ……。



 まあ、それでも、空に閉じこもって、現実から逃げているポンコツプリンスよりはましだと思うけどな!

 (あの、くっそ、プリンス)

 あいつさえ、しっかりしていれば!



 「食事……くうっ」


 近づいて来た。オカン女王の金切り声がすぐそこから聞こえる。

 ああ、見えた。

 キャスターつきのテーブルと、もさもさのりしお味を貪っている女王陛下。

 今、女王陛下は、自分が完全無視されていることに業を煮やし、目を吊り上げていた。どおん。テーブルが壊れるのではないかと思う程の強さで食卓を叩くと立ち上がり、口から細かいポテチのクズを巻き散らかしながら、盛大に怒鳴り始めた。


 「おどれら、このわたしの言葉が聞こえぬか。ならば、嫌でも食わせて見せるわあっ」


 

 えっ。

 何を始める気だ、オカン……。


 汗水が大量に垂れてきて、わたしはプレハブに手をついて息を整える。

 そっち側から見たら、プレハブの中で行われていることが丸見えなんだろうけれど、恐ろしくて覗く気にもなれぬ。

 

 ああっ、いやあー。

 ……デフォルトプリンセスの悲し気な叫び声。

 ああもう見たくない。ヤバイ。冗談じゃない。不健全。



 (オカン女王が……オカン女王が、この地獄絵図の中に、ポテチのミルフィーユの皿を持って、乗り込んでゆく)


 たった一人で、このケダモノ二名と戦うのか。

 いや、戦うと言うより、手に持っているソレを喰わせる気か。

 

 (無理だ……というか、絵的にどんな感じなんだ今、そっち側は)

 ドット絵で黒山さん、見てるんだろうけれど――けれど、黒山さんは沈黙している、早くしろとも、逃げろとも、何も言ってこない。


 しいん――ふと気づけば、妙な沈黙が落ちている。

 



 わたしが想像しているような出来事が起きているならば、もっと騒然としているはずなのだが。

 おかしい。

 一体、なにがどうなっているのか。


 ようやく息が整ってきたので、恐る恐る歩いて覗いてみた。

 そして、唖然とした。あやうく、手に持っていたエクスカリバーセットを落とすところだった。




 「女王陛下、ごきげんよう」

 にっこり微笑んで、ちょっと恥ずかしそうにしたデフォルトプリンセス。

 確かにその薄桃色のドレスはあちこち破れていたけれど、大した露出も見られない。


 「お食事ですの、じゃあ、この方たちにお願いいたしますわ」


 そう言ってデフォルトプリンセスは、かかげた両腕に持ったソレらを、ひょいどすんと放り投げて下に降ろしたのだった。

 「きゅう……」




 米俵を片手で持ち上げる人を、テレビで見たことがあったっけ。

 その時は、ごっついおっちゃんだったけれど。

 (重そうだなー)と、感心して眺めていたもんだ。


 デフォルトプリンセスは、そのきゃしゃな腕で、大林と麻柄を持ち上げていた。

 腕一本につき一人。大林も麻柄も、鼻血出して白目むいてる。一体、なにをされたんだ、この金髪美少女に。



 「よい……しょっと」

 デフォルトプリンセスは、二人の野郎を壁にもたせかけて座らせると、にっこり笑って女王陛下に会釈して見せた。

 「うむ」

 オカン女王は重々しく頷くと、おもむろに歩み寄り、がばっと素手で、大皿に盛られたのりしお味を掴み取ったのだった。



 「食事と言われたら、すぐに席につき、食するのがマナーというものじゃ」

 威厳たっぷりに仰る。

 そして、オカン女王は――うえっぷ、既にのりしお恐怖症となっているわたしは目を逸らした。見ているだけで胸やけがしてくるじゃないか――手づかみしたのりしお味を、まず大林の顔に「べとん」と抑え込み、次に麻柄の顔面に、皿ごと「ばちん」と叩きつけたのだった。



 「残しては作った者が報われぬぞ」

 

 女王陛下は眼光鋭く見下ろし、そう仰る。

 




 「ああ、だいたい片付いたようですね」

 満足そうな黒山さんの声が耳に届いた。

 気抜けしてしまったわたしは、「ふぁい」と変な返事をしてしまった。


 黒山さん、一部始終を見ていたんだな。だから、敢えて何も言わなかったんだ。

 そうだよ。デフォルトプリンセスは魔法少女のレイチェルと同じなんだから、男二人位、ちょちょいのちょいでやっつけることだってできるんだ。

 


 「さっ、さいごは、あなたの出番ですよ」

 穏やかに黒山さんが言う。


 「エクスカリバーと、ダストシュートに、 大林さんと麻柄さんを履き込んでしまいましょう……」


 ごみは、ゴミ箱に。

 でっかい粗大ごみだなあ。


 わたしは女王陛下の横を素通りして、へたばっている二名を見下ろした。やれやれ。

 



 

 そしてわたしは、シュロぼうきとダストシュートを使ったのである。

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