ポンコツにもほどがある
それにしても、本当にプレハブ――それも、さび付いて古くて、いかにも昭和昭和した感じの――だったから、呆れた。
プリンスがプレハブについてどんなイメージを抱いているのかは知らん。
鍵付きフォルダに相応しい素材だと判断したから、こういう造りにしたんだろうがね。デザイン的には凝っているんだよ、カレーやら薬品やら学生服やらの、レトロなブリキの看板が貼り付けられている、おんぼろプレハブ。
誰でも見かけたことがあるのではないか。こういう、前時代的な遺物を!
(プリンスよ、鍵付きフォルダには、もっと強くて安全な素材を使うべきだとわたしは思う)
まあ、そんなに簡単にぶっ壊れるものでもないんだろうけれどね。だからこそ、町の中に、未だに残っているんだろう、レトロプレハブ建造物は。
とりあえず、今我々が相手にしている二人は、常人ではない。もともと頑強でスポーツマンだというのもあるが、プリンスの力とやらを装備してマジカルジョークワールドに特攻してきているので、規格外の敵なんだろう。
(最も、外部からの侵入を想定していたかどうかも謎)
トラップも確かに仕込んであるんだよね。侵入通路になりえる、このダストボックスの中に。
のりしお味の匂いに混じり、甘い香りも漂っている。あちこちに、がろんがろんとタライが転がっているらしい気配もする。
(脳天に降ってくる金物のタライ、顔面狙って来るクリームこってりパイ……)
これで何とかなると本気で思っていたのだとしたら、プリンスはやっぱりオカシイ。危機管理能力がなさすぎる。
いかに、企画サンプルだからと言ったって、今までこの異次元で遊んできたんだから、いい加減セキュリティ面に気を配るべきだったんだ。
(現実に足がついていないから、こういうことになるんじゃないのか)
つくづく、腹が立つ。どうして、こんな奴に関わってしまったものか。
がんがん、ごん。
……。
さて、今最もなんとかするべきなのは、目の前で弱い者いじめのように、二人でよってたかってプレハブをぶっ壊している悪党二名である。
「うっひゃあ、やっぱ、見れば見るほど、レイチェルじゃねーか」
「うおおおお、萌えるー」
叫んでいることが、本当に気持ち悪いんだが、おっさんたち、これでもマジカルジョーク社きってのエースなんだ。
確か、三日女に触れなかったら、オカシクなる体質だったと聞いている。
三次元の女にはとっくに飽きているので、レイチェル激似のデフォルトプリンセスなんか、たまらないご馳走に見えるんだろうな。
ちらちら顔が見えるけれど、口から涎が出そうな位、ゆるんだ表情をしていやがるんだよ。
「先に捉えたほうが、最初にやるってことでどうだ」
「いや、一斉に二人で味わうってのも乙なもんだ」
料亭で出されたソバの食い方を論じるみたいに言い合っている。
こいつらにとって、女遊びはグルメと同じなのかもしれぬ。ツウの味わい方があるのかな。
(っていうか、気づけ)
どんがんどんがんプレハブを破壊している周辺を、チリトリとホウキ持って、お掃除おばさんみたいにウロウロしてやったんだけど、奴ら、振り向きもしない。
ぎらぎらした目で、プレハブの中で小さくなっているであろうデフォルトプリンセスを舐めるように見ているばかりだ。
「ねえ、ちょっと」
声をかけてみた。駄目だ。無視されている。
そうこうしているうちに、「どしゃーん」と派手な音を立てて、プレハブの一面が派手に倒れた。
やった。ついにヤラレタ。
鍵付きフォルダ、あっけなし!
「イヤアー」
哀れなデフォルトプリンセスの悲鳴が聞こえる。こっちからは見えない角度だが、野郎ども、ガルガル言いながらいっせいに襲い掛かったのか。
「ちょ、ま、ねえ、ちょっとちょっとちょっと」
うろうろとわたしは叫ぶ。絹を裂くような悲鳴は続いている。
いかん。何をしているんだわたしは。どうしよう。どうしたら。
「ダストシュートの中身をあけてくださいっ、早くっ、急いでっ」
耳に直接、黒山さんの声が届く。
黒山さんの声も緊張している。多分、あっち側からは、何が起きているのか見えているんだろう。
(ドット絵で、現在の状況がどんなふうになっているんだ)
一瞬、すごく気になったが、もちろんそんなことを考えている場合ではなく。
「チリトリの中身をあければいいんですかっ、わかりました」
指示に従うほか、ない。
デフォルトプリンセスの悲鳴がひっきりなしに続いており、わたしもパニックになりそうだ。
黒山さんの言ったように、ダストシュートをひっくり返し、中におさめていたゴミをあけてやった。
ゴミ、すなわちプリンスと、オカン女王陛下その他が小さい姿のままでコロコロ飛び出して来たかと思ったら、「ぼん」と煙をあげ、たちまち元の大きさに戻る。途端に大騒ぎが起きた。
「プリンセス、食事がまだ済んでおらぬ」
片手にフォーク、片手にのりしお味のミルフィーユを盛った取り皿。オカン女王はまだ食っている。
執事さんもメイドさんもいる。おまけに、あの食卓も変わらない。この期に及んで、テーブルに乗っているデザートの山も無事だ。
(ここはどこだ、とか、ちょっとはうろたえてくれよ)
……。
相手にしている暇はない。
用があるのは、もうひとつの粗大ゴミである。
どこにいったかと探したら、いた。
ダストボックスの床の上に、いじいじと丸くしゃがみこんで膝をかかえて、俯いている、デブジャージ男!
手には、壊れかけたレイチェル人形が握られていた。
そうしている間も、デフォルトプリンセスの悲鳴が続いている。
ぐへぐへと下卑だ笑いも聞こえてくる。やばい。何がどこまで進行している。見に行く勇気がない!
「ねえちょっと、アンタがなんとかしないで、どうなるのよ」
背中を向けて黙っているプリンスに、わたしはわめいた。
奴は動かない。一方、オヤツをもりもり食っている女王陛下は、お付きの人たちに命じて、がらがらとテーブルを移動させている。
「こりゃ、そっちにいる者ども、食事時であるぞ。食事じゃ」
……。
(ああもう)
わたしは絶望した。
このプリンス、ポンコツにもほどがある。
だめだ、役に立たない。この上は――手に握ったエクスカリバー、シュロぼうきを眺める――わたしが戦うしかないのか!
「ダストシュートに、あの二名を放り込めばいいんですよねっ」
わたしは怒鳴った。わあんわんわん。籠った空気の中に叫びが響き渡る。
いいんですよね、いいんですよね、いいんですよね……。こだまが果てしなく返ってくる。
「……いやしかし、危険すぎます」
黒山さんは慌てたように言っている。危険すぎるのか。よくわからない。確かにあの二人は簡単に攻略できない気がするけれど、やるしかないではないか?
いじいじしているプリンスのジャージの背中を一瞥した。
あかん。もうこいつ駄目だ。あかん!
ついにわたしはシュロぼうきとダストシュートを二刀流のように構えて、走り出したのだった。




