ダストシュート
流石に、これでプリンスを回収できるほど甘い展開にはならなんだ。
もはやガラクタ、ゴミの山のようなレイチェル人形の沼の中で、がらがらぼろぼろと積み上げられたフィギュアを崩しながら動くわたし。昼食を楽しむオカン女王、働くメイドさん、執事さん――がらがら、ぼろぼろ……。
ううーん、レイチェル、首が、腕があ。
悪夢を見ているかのようにプリンスは呟いている。なんだ、失神していなかった。
涙目、真っ赤な顔をして、デブい体を持ち上げると、よろよろと立ち上がる。はあはあ。息遣いが荒い。ずり落ちたメガネの奥では、小さい目がふたつ、真っ赤になっていた。
激怒している。打ち震えている。プリンス。
(そんなに大事ならさ、何もこんなに無造作に積んでおくことないじゃない)
ふごふごイノシシの鼻息みたいに息をついているプリンスに、エクスカリバーのシュロぼうきを向けながら、わたしは思う。そりゃあ、我々は天井から降って来た。招かれざる客である。天井から降って来たら、そりゃあ、部屋の中のなにがしかが破壊される、申し訳なかったゴメンナサイ。
だがね。
わたしはつくづく、太腿のあたりまで浸かった、レイチェル人形の沼を見回した。
これはどう見てもゴミ山だ。宝物をこんなにいい加減に積み上げて置くなんて、あり得ない。
ころん、ぽろん。
また、レイチェル人形の腕だか足だか取れたのが転がった。
プリンスはぶるぶる震えながら人形のパーツをとりあげ、愛おし気にほおずりしている。脂ぎった顔で、人形の腕やら足やらを。気持ち悪いじゃないか。
「レイチェルに触るな、触るなあっ」
プリンスが再び喚きだした。
わたしの背後では、かちゃかちゃと穏やかなデザートタイムが続いている。なんで続けられるのか分からない。
辺りには、のりしおだかコンソメだかの欠片が飛び散っているというのに。
「プリンセス、ここに来て『女王大好物』を味わうのじゃ」
……まだ言ってる。
一方、プリンスはぶるぶる真っ赤な顔で、わたしを睨んでいた。
メガネの奥の目には見覚えがある。容姿は完全に変わってしまっているが、確かにこいつはあのプリンスだ。
(十年前は、ほっそりとした知的イケメンだったのになあ)
ぶよんぶよん。汚いジャージ。汚い部屋。いやらしいフィギュアの山。
……無常である。
「あんたさ、こんな人形より、ほんとの姫君がケダモノ二名に襲われかけてるんだけど」
できるだけ穏やかに言おうとしたけれど、口から出た声は自分でもアチャーと思う程、冷たく敵意に満ちていた。
だめだ。自分の本心を隠すことができない。つくづく世渡り下手なわたしだよ。
まだぶるぶるしながらレイチェル人形のパーツをかきあつめているデブプリンスである。
そうれ始まった、気に入らない奴の言葉には返事をしようともしない。イイトシしてシカトである。
(いるよな、こういう奴)
デフォルトプリンセスが鍵付きフォルダに隠れてるんだけど、そのフォルダがプレハブで、もう一時間しないうちに破られちゃうんだよ。はよ何とかしてくれよ、ええ、こんなところでヒキコモッテル場合じゃねーよ、おい。
口から唾を飛ばしながら、機関銃みたいにわめいてしまった。
イライラするんだよな、こういう手合い。気に入らなけりゃ黙ってしまう奴。黙ってても何ら解決しないのに。
プライド最優先。勝手に作った白線。この線のこっち側にはいってくるなよ、あっ、入って来たなっ、おまえ敵っ。
……どうしようもない。
(いたわー)
前の職場で、みんなから嫌われてる先輩がいた。
仕事ができないわけではない。むしろ優秀な人だと思うけれど、問題は仕事を一人で抱え込み、今何がどこまで進んでいるのか、何が必要なのか、周囲に一切明示しない。
それで、勝手に深夜まで残業しているが、蓋を開けてみたら、のっぴきならないことになっていたりする。
「××社の仕事、どうなってる」
「あの人が担当だから……」
「えー、だめじゃん」
彼の名前が囁かれるのは、たいてい不穏な空気の中でだったな。
デキル。けれど、キラワレル。
まさにお前と同じだよ、プリンスよ。
「ねえっ、おいっ、そんな人形いじってる場合じゃないよっ、こうしている間も、あんたのマジカルジョークワールドは、あの二人に侵食されようとしているんだよ」
怒鳴っても、のれんに腕押し。
子供じゃあるまいし、ぱんぱんにむくれた顔でレイチェル人形をいじくりまわしている……腹が立つなあもう!
こいつを見ているうちに、あの、ダストボックスの中で白く輝いていたデフォルトプリンセスが思い出されて仕方がなかった。
あの人の決めたルールに従う、と言い切ったプリンセス。
その、愛しい王子様が、こんなザマなんだよ。
(畜生)
わたしはざくざくと人形の海をかきわけて進み、しゃがみこんでいるデブプリンスの前に立った。
こいつめ、顔すら上げない。徹底的に無視する構えか。
考えてみて欲しい。自室にいきなり変なのが降ってきて、一人はシュロぼうきを構えて立っており、もう一方は勝手に食事をしているのだ。
普通、なんとかしようとするのではなかろうか。
にもかかわらず、この社会不適応者は見たくない現実は無視すれば良いとばかりに、ひたすら無言で、俯いて、何も見ようともしないのだった。
(だめだこいつ)
わたしは諦めた。
心が病んでいるのは分かる。しかしわたしは医者ではない。
時間もない。余裕もない。なんでもいい。今すぐこいつを、マジカルジョークワールドに引きずり込まねばならぬのだ。
「そっちはどうですかー」
ふいに、耳元で穏やかな声がした。
黒山氏の声だ。どういう仕掛けか、トランシーバーのように会話ができるようになっている。
「どうもこうも。今、プリンスのところにいるんですが、口もきいてくれないんですよ」
わたしは言った。
傍目には独り言を言っているように見えるに違いない。
それでもプリンスは、なんら反応しようとしない。顔もあげない。
黒山氏は溜息をついている。
「こちらはですねえ、プレハブの一部が破壊されて、もう数分でデフォルトプリンセスが二人の手に渡ります」
淡々と状況を説明している場合か。
「いろいろと手は打ったんです。ダストボックスの中に、色々仕掛けてみたりしてね」
上からタライが降るとかね。
いきなり横からパイが飛んできて顔にぶつかるとかね。
本当に、色々とやってみたんですが。
……。
(文字通り、時間稼ぎにしかならんような仕掛けしかない)
しばし絶句した。
黒山氏も沈黙している。しかしこれは雄弁な沈黙だ。
わたしはその沈黙の意味を、よく読み取った。そして、言った。
「やっちゃいますよ」
目の前でうぞうぞうぞうぞ、人形をいじくりまわしている、このロクデナシを。
シュロぼうきを構えると、しゅたっと軽い音がして、もう片方の手にちりとりが現れたのだった。
ほうきとダストシュート。
ごみはこれで綺麗にしなくては。
「はい、やってください」
恐ろしいほど淡々と、黒山氏は言った。そこで通信はいったん途切れた。
わたしは無言でほうきを振り上げ、軽くプリンスの頭に触れた。
ゴミよ、ちりとりに収納されよ。
たちまち人形と変わらないほどの大きさになったプリンスは、しゅっしゅっとほうきに履かれてダストシュートに収まったのである――これで良し。
「プリンセスや、いいかげん食事をせぬか」
ぐいっと肩をつかまれたので振り向くと、のしりお味で頬をふくらませた女王陛下が立っていた。
女王陛下にかしづいている連中も、恭しくそこに控えているじゃないか。いつの間にそんな近くまで。
「ぎゃっ」
わたしは叫んだ。思いがけずほうきが動き、女王陛下に触れてしまった。
勢いでほうきを振り回してしまった。メイドさんたち、執事さんたち、みんなにほうきが触れてしまう。
しゅっしゅっ、ばらばらっ。
みんな、みんなダストシュートの中。
(えっ、そんなつもりじゃ……)
そして誰もいなくなった状態。
「はい、そろそろいいですかー、戻りますよー」
茫然と立っているわたしの耳に、また黒山氏の声が届いた。




