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戦え! プリンセス  作者: 井川林檎
第四部 ダストボックス争奪戦
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お昼食

 女王陛下がお越しになられ、お昼食はバルコニーで摂る運びになったらしい。

 

 和食の良い匂いが漂う中、わたしはベッドに腰をおろし、黒山氏はぼんやりと立ち尽くしたまま、食卓の支度が整ってゆくのを眺めている。

 レースのカーテンがひらひら舞う大窓からバルコニーへ。

 ワゴンに乗せられている銀のお盆を慎重に運び出す。メイドさんは生真面目な顔でせっせと動く。

 

 メイドさんと同じ顔の執事さんが、オカン女王陛下に「ささ、支度ができました」と促した。

 「うむ」と、オカン女王は頷くと、どっしりとしたドレスをつまみあげて、窓枠をまたいでバルコニーへ出て行った。


 かちゃかちゃという、穏やかな食器の音。

 わたしと黒山氏は顔を見合わせた。


 優雅なお昼食が始まろうとしている中で、宙に浮かぶリモコンビスクは、相変わらずぐるぐるコマのように回りながら警報を叫び続けている――あおおおお、おーん、おおおー、エマージェンシー――実にシュールだ。


 白めから赤い光を放つビスクを見ているうちに、昔、夜の海辺で見た灯台を思い出してしまった。

 ぐるぐると光りが回っていたよなあ。犬の遠吠えがどこかから聞こえてきたっけ。


 「あおおおおお、敵襲、あおおおーん、エマージェンシー」


 (これ、音量下げられねえかな)

 

 どうやら、黒山氏も同じことを思ったらしい。すっと動くと、くるくる回っているビスクの足を捕まえ、靴の裏を人差し指で突いた。


 そこが音量調整のボタンらしい。黒山氏の操作のお陰でビスクの叫び声は、一気に小さくなった。



 「これで食事が静かになります」

 淡々と言うと、黒山氏もまた、窓枠をまたいでバルコニーに出たのだった。




 海苔をまいたおにぎりが大きなお皿に敷き詰められ、その隣に漬物がずららっと並んでいる。

 目に痛いほどの鮮やかな黄色は、たくあん。

 その隣は紫が美しいナス様。

 そして大根の塩漬け。それから小皿にはチリメン雑魚の煎ったやつをスプーンで取り分けられるようになっている。


 嬉しくないわけがない。日本人なら、お昼は握り飯。

 (漬物が愛おしい……)


 ほうれん草のおひたし、カツブシかけ。

 小アジのみりん干しの焼いた。

 

 ことん、と優しい音をたてて、湯気のたつ味噌汁がサーブされる。

 賽の目に切られたお豆腐と、ワカメ、ネギ。

 なんとも嬉しいじゃないか。


 女王陛下が味噌汁をすすり、頷いておられる。

 ふと見ると、左隣の黒山氏も、なんとも優しい顔をして握り飯を食んでおられた。


 こりこり。

 お漬物を齧る音まで和やかだ。

 

 ぴちゅちゅん。小鳥が囀る庭園の中で、純和風の食事を摂る女王陛下とプリンセス。

 間違い探しみたいな絵面だが、とりあえずお味は最高に良い。美味しい。体に良いものが入ってくる。確実に体が喜んでいる。


 


 オカンそっくりの顔の女王が、握り飯を手づかみにして食っている様を見ていると、またしても脳内がトリップする。現実へのトリップ。

 オカンと食べる昼食。

 握り飯でお昼を済ませるところがある、ずぼらなオカン。これさえ食えば大丈夫とでもいうように、山の様な握り飯が大皿に積み上げられる。

 スーパーで買ってきたたくあん丸ごと一本を切って、これも大皿に。


 「こんなにいっぱい食べられん」

 と言っても、結局は全部腹のなかに消えたな!


 お握りにすれば、米なんかいっくらでも消費できらぁ。



 がっつんがっつん。ぽりぽりばりばり。

 鼻の頭に汗を浮かべながら食うオカン。

 花模様のテーブルクロスの上に、ターンテーブルに乗った醤油やら食卓塩やら。

 

 「食って力をつけなくちゃさあ」

 と、オカンは言う。そうやって食って午後からの仕事に向かう事もある。

 わたしもまた、オカンの作る飯や弁当で力をつけて、勉強や仕事に精を出していたじゃないか。

 

 味噌汁の匂いとか。

 朝の残りの卵焼きとか。




 ヒキコモリになる少し前から、そんな食事なんか忘れていた。

 美味しく食べてエネルギーにして、また頑張るなんてこと、思い出すこともなかった。

 (ああそうか)

 ぼりぼり漬物を齧りながら、思う。


 先輩の結婚式やら発言やらのせいじゃない。

 引き金になったのはソレかもしれないが、そこに至るまで、わたしはずっと崖っぷち、限界にいたのかもしれないな。


 自分の事をゴミみたいだと思うほどに、ぐちゃぐちゃに疲れ果てていたのかもしれない。

 何が悪かったんだろう。毎日一生懸命だったと思う。真摯に仕事をしていたと思う。

 (誰も悪くないのかもしれないなあ。どうしてそうなっちゃったなんて、分かるようなことじゃないのかもしれない)




 ともあれ、わたしは和食を食べて、オカンそっくりの顔を眺めて、食事の度に、ぐっと丹田に力が籠るのを感じる。

 戻らないと。

 今やはっきりと思うようになった。


 なんら面白くもない、苦痛なだけの現実だけど、このままじゃ駄目だ。

 オカンはどうしているだろう。

 戻って、なんとかあの現状を打破して、外に出てゆかないといけない。



 このままじゃ、いけない。

 ……。





 「女王大好物を持て」

 その時、ナプキンで口を拭いた女王陛下が、重々しくそう言った。

 

 「女王大好物」。

 食べかけの握り飯に雑魚をかけながら、ぼんやりとわたしは聞き流しかけていた。

 

 「ん」

 疑問詞付きで、黒山氏が首をかしげる。二杯目の味噌汁を飲んでいる最中らしい。

 

 汗をかいた顔から眼鏡を外し、なんだか萎びたトマトみたいな感じの目つきでこちらを見て、「一体なんのことでしょう」と無言で問いかけていた。

 わたしはぼんやりと握り飯を喰い、もぐもぐと咀嚼し、飲み込もうとするとき、やっと思い出したのである。


 女王大好物。

 あれだ……。




 「デザートは、他のがいいです、わたしは」

 叫ぶように口を挟んでしまった。

 

 女王陛下がじろっとわたしを見た。明らかに機嫌を損ねている。

 ワラワが食するものを、ソナタが何故食えん、と言いたげだ。


 構うもんか。もうあれは嫌だ。

 (一生分のあれを喰ってしまっている。最早わたしの胃にキャパは残っていない)




 「せめてコンソメ味に。いやいやいや、というか、デザートならデザートらしく、パンケーキとか――いや、和食に合わせるなら、クズキリとかアンミツとかにして下さい」


 わたしは抗議した。

 オカン女王は眉をひそめたまま「なに、コンソメ味。パンケーキ。クズキリ」と呟いている。

 

 メイドさんも執事さんも、無表情で指示を待っている。

 コチコチコチ。時間が過ぎる。


 女王陛下の決断は潔かった。

 「では、コンソメ味もパンケーキもクズキリもアンミツも、全て持ってくるが良い」



 (ぎゃー)


 愕然とした。

 固まっている間に、食べ終わったものと見なされ、お椀も小皿も片づけて行かれる。かちゃかちゃ、ことん。

 

 黒山氏は唖然として、わたしとオカンを見比べていた。

 そう言えばこのテーブルにおける、黒山氏の立場ってなんだろう。

 オカン女王は特に黒山氏を気にしてはいない。敵視してはいないが、特別な好意や親愛感も示していない。

 

 まるで、空気のように黒山氏は座っているのだった。




 まもなく、デザートが運ばれてくる。

 豪華なヴィクトリアン調の金ぶちの皿に盛り上げられ、クリームと薔薇の花で飾りつけられた、のりしおポテチ。

 そして、同じような皿に、花びらのようにキッチリ並べられた、コンソメポテチ。これはチョコレートソースがかかっており、砂糖菓子のクマちゃんが何匹か乗っている。


 三つ編みにされたクズキリが真昼の光に透けるような美しさで深鉢に盛りつけられている。

 パンケーキは、ホットケーキミックスをどれだけ使ったのかと思う程、積み木のごとく積み上げられているのだった。


 (大漁御礼)



 女王陛下はのりしお味を上品にナイフとフォークで口に運び、ご満悦のご様子だ。

 食べ方はお上品だが、着実に量をこなしておられる。山の様なデザートが見る見るうちに減っていった。


 アオオオオオ。

 その時、音量を下げておいたはずのリモコンビスクがけたたましく吠え始めた。

 三つ編みになったクズキリを必死になって噛んでいたわたしは、あやうくのどに詰まらすところだった。


 黒山氏ははっと顔をあげた。

 食事中のテーブルを立ち上がり、部屋の中に戻って行った。

 無礼な行為であるはずなのに、女王陛下は相変わらず無関心である、まるで黒山氏が見えていないような感じだ。


 まもなく黒山氏は戻って来た。

 眼鏡の奥の目に、珍しく緊張が走っている。


 「まずいです」

 黒山氏は言った。


 「大林さんと麻柄さんが、ダストボックスの中の、鍵付きフォルダを探し当てたようです……」

 


 がたん。

 わたしは立ち上がった。勢い余って椅子が跳ね飛ぶ。

 こうしてはいられぬ。早くなんとかしないと――っていうか、何をどうすれば。



 「まだフォルダからプリンセスを出してはいないようですが、それも時間の問題でしょう……」

 黒山氏は早くも落ち着きを取り戻していた。こうなることを予想していたのだろう。

 


 「あなたにお願いがあります」

 黒山氏が、わたしの目を見つめている。穏やかな目だが、なにか絶対的なものがあった。


 それは、まるで会社の、直属の上司のような。





 「『彼』を、こっちの世界に連れてきて欲しいのです」

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