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戦え! プリンセス  作者: 井川林檎
第四部 ダストボックス争奪戦
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テケテケ

 黒山氏は画面をタップした。

 どこをどう操作したやら、これまで斜め上から通路を行く二人を映し出していた画像が、唐突にドット絵柄に切り替わった。


 壁と通路、小さい点々は多分猫どもだろう。その中を二人の野郎がテケテケ歩いている。

 昔のロールプレイングゲームみたいだ。さしずめダンジョンの中を行く風景といったところか。


 ドットが目に痛い。凝視しているとチカチカしてくる。

 テケテケテケ。こうやって見ると、二悪党も愛らしく見えてくるじゃないか。



 「分かりやすく表示してみました」

 黒山氏は、こちらを振り向いた。眼鏡がドット絵のを映している。相変わらず表情が読めないが、穏やかな口調は変わらない。

 

 まるで焦っていない様子が、今は頼もしく思えてしまう。けれど、これ現実で一緒に仕事をしている場合、側にいる人間は相当じれったいのではないか。


 (……さっきから、わたしは黒山氏が上司ならどうだろうと、必死にシュミレーションしているなあ)

 スーツから漂う残業臭のせいだろう。久々にこの臭いを嗅いだから、十年くらい眠っていた感覚がムクムクと蘇り始めた気がする。

 それは、とげとげしくもあり、冷たくもあり、同時にスリリングで生きている感じがする、すごく充実した感覚。

 

 「仕事」の感覚。



 ドット絵になった画面は、テケテケチカチカと移動を続けている。

 黒山氏はそっと指で示した。

 「ここが、我々のいるプリンセスルーム……」


 うん、見える。

 通路に並ぶ棺の部屋は、扉だけがドット絵で表現されているが、部屋の中は真っ黒の闇である。未知の領域扱いだ。

 しかし、プリンセスルームは違った。一際鮮やかな扉の内側に大きな空間があり、そこに二人のドット絵の人物と、クルクル回っているへんな小さい人がウゾウゾウゾウゾ動いていた。


 黒山氏とわたし、そして、リモコンビスクがドット絵表示されている……。



 今、大林と麻柄はテケテケとプリンセスルームの前までやってきた。まさに今、この部屋の扉の前に来ているのだ。

 ドット絵画面では、二人はプリンセスルームに入ろうとして扉に近づくも、「バブー」とNG音がしてはじき返されている。

 同時に今、部屋の扉が「どんっ」と体当たりされたような音を立てた。

 (BGMを付けたら、もっと雰囲気が出るなこの画面……)



 「よく見てください」

 黒山氏は、通路でウゾウゾしている二悪党の頭の部分を指さした。

 頭になにか着いている。ドット絵だから分かりづらいが、なにかバケツのような黒いものが頭の上にあった。


 「ゴミ箱マークです」

 黒山氏は言う。

 

 ダストボックス経由でマジカルジョークワールドに入り込んだ場合、このマークが頭の上に着いてしまうのだという。ゴミ箱マークが着いている限り、扉を開くことはできない。可動範囲は通路とダストボックスの中だけ。


 「『プリンスの力』を身に着けていても、ゴミ箱マークの制限からは抜けることができません」

 黒山氏は言う。

 

 なるほど。

 画面の二人は、しつこく何度も扉にアタックしている。どんどんばん。部屋の扉も荒っぽい音を立てている。

 しかし、どうしても開かない。二人とも跳ね返されている……。



 (案外、大丈夫かもしれん)

 わたしは思った。

 ゴミ箱マークがついている限り、二人は絶対に我々に触れることはできないのだし、マジカルジョークワールドの鍵であるリモコンビスクを入手することも不可能だ。それなら、二人とも諦めて現実世界に戻ってくれるような気がする。


 そろそろ腹がすいたし、昼飯でも食べて、昼寝をして、果報は寝て待つ方向で構えるのもアリなのでは。



 しかし、黒山氏は画面の前から微動だにしない。

 穏やかな様子は変わらないが、何となく張り詰めた空気が伝わった。彼は決して、安心していない。


 「ゴミ箱マークを外す方法ってあるんですか」

 わたしは聞いてみた。黒山氏は「いいえ、ないです」と即答した。なあんだ、大丈夫じゃないか。


 じゃあもう、いくら二人がここで粘ろうとも無駄なものは無駄なんだ、あいつらも阿呆じゃないだろうから、そのうち消えてくれるだろう――わたしは腹の中で高笑いをした。完全なる余裕が生まれた。サイドテーブルのクッキーをつまむと、むしゃむしゃ食ってやった。

 どんどん、どん、ばん――しつこく扉が鳴っているが、多少やかましいくらいなんだろう。

 だいたいここには、もっとやかましいのがいる。


 「おほほほほ、エマージェンシー、ほほ……ほほほほほ、エマージェンシィイイイイ」


 白目から赤い光線を放ちながら、ぐるぐるコマみたいに回るビスクだよ。

 やかましいけれど、最早空気になっている。慣れって恐ろしい。この分だと、この煩さの中で熟睡できてしまいそうだ。



 リモコンビスクの警報に比べれば、扉の体当たりの音など、そよ風みたいなものなのだった。

 もぐもぐごくんと、幾つ目かもう分からないクッキーを噛んで飲み下す。甘いもんでも食べてゆっくりしよう。疲れた。



 


 「彼らは確かにここには入れません」

 もぐもぐクッキーを頬張っているわたしを尻目に、黒山氏は顎に指をあてて考え続けている。

 入ってこられない、ここには。しかし……。


 「しかしですね、ダストボックスの中では、彼らは無敵になります」

 黒山氏は言った。


 「プリンスの力」を使いこなした場合、可動範囲の中では、彼らは最強である。

 マジカルジョークワールド側の攻撃など、彼らには通じない。そして、彼らが命じれば、衛兵も猫も何でも言いなりである。


 そう。

 可動範囲の中では、何だってできる……。




 気が付きませんか。黒山氏は言った。

 額がてらてらと汗ばんでいる。

 

 「ダストボックスの中に、デフォルトプリンセスがいます。鍵付きフォルダに隠したとは言え、未だに彼女はダストボックスの中です」

 ……。



 「え、でも鍵付きフォルダなんでしょう、さっきも二人はプリンセスを見つけられなかったじゃないですか」

 クッキーを完全に飲み込んでしまってから、わたしは言った。


 黒山氏は沈黙の後、ちょっとかぶりを振った。ちらっと眼鏡の奥の目が見える。

 小さい二重の目は、気弱そうな表情を湛えていた。


 「いや……彼らなら……」




 ひらひらとレースのカーテンが舞う。

 柔らかな日差しが差し込んでいる。

 

 唐突に、リモコンビスクの警報音が変わった。

 「ほほほほほほ、エマージェンシー……ほ……あおおおお、おーん、あおーん」


 犬の遠吠えバージョンに逆戻りしやがった。ずっこけそうになる。

 

 「気づいたみたいですね」

 黒山氏が低い声で呟いた。


 ドット絵の画面を見ると、さっきまでプリンセスルームの前で粘っていた二人が、来た道をテケテケ戻っていくところだった。テケテケウゾウゾ……。

 (ダストボックスに戻るつもりかよ)




 プリンセスルームに入ることができない。

 つまり、マジカルジョークワールドの管理権を握ることが、今の時点では不可能。


 それならそれで良い。そもそも目的は、二次元のヒロイン似の姫である。

 こんな企画サンプルなどどうでもいい。プリンセスをモノにできさえすれば、目的は果たされたことになる。

 


 奴らの脳内はこんなところか。

 黒山氏はハンカチで額を押さえている。何かを考え続けているようだ。

 何か。

 何か名案を。早く。上司よ。


 

 (デフォルトプリンセス、貞操の危機)

 焦ってもしようがないのだが、地団太を踏みたい衝動に駆られる。早く。早くなんとか。

 画面の二人は、もうまもなくダストボックスに入るだろう。


 こんこん。ドアがノックされる。

 からからとワゴンを押して、メイドさんが入って来た。ふわんと味噌汁と炊き立てご飯の香りが立つ。

 

 「昼食でございます」

 

 生真面目な顔のメイドさん。

 その背後から、もう一人のすのすと入って来た人物がいた。


 (どうやら、この世界では、食事とこの人は切り離せない関係があるらしい)

 例えここが食堂でなくても。

 どうあっても、飯はこの人と食うルールがあるのかもしれぬ。 



 「プリンセスや、昼食に参ったぞ」

 オカン顔の女王陛下が、給仕係と執事を引き連れて、プリンセスルームに入ってこられたのである。

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