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戦え! プリンセス  作者: 井川林檎
第三部 ゴミはゴミ箱に
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バグ

 デフォルトプリンセスは、自らすすんで「ゴミ箱」の住人となった。

 全ては、プリンスが定めたルールのためである。デフォルトプリンセスはそのルールに逆らう術を知らない。


 (自分自身を、いらないものだと認めている……)


 薄絹の向こうに見えた、すらっとした優雅な姿を思い浮かべる。

 薄汚れたのりしお味の匂いの中に、品の良い薔薇の香水の香りが漂っていた。あの白く華奢な手。甘く気品のある声――アニメキャラのうつしみとは言え、デフォルトプリンセスは気高く美しい女の子なのに違いない。


 恐らくプリンスが、己の理想と妄想をこれでもかと言わんばかりに詰め込んだ産物。

 


 (もとから、捨てられる前提のデフォルトとは言え、あれを越えるプリンセスは現れないだろうなあ)

 仮に、このマジカルジョークワールドが、運営されていたとして。


 もしマジカルジョークワールドが実際に稼働していたならば、入れ代わり立ち代わり、様々なプリンセスがマジカルジョークワールドに君臨し、異世界を堪能したはずである。それこそピンからキリまで、様々なレベルのプリンセスが誕生したはずだ。


 


 プリンス自身、企画を打ち立てた段階で、これから現れるかもしれない未来のプリンセスたちが、自分の用意したデフォルトプリンセスを越えることなどできないと、分かっていたに違いないんだ。

 

 こつこつと通路を歩きながら、わたしは考え続けている。なにか、奥歯にものが引っかかったような気分だ。

 腕の中のビスクは「まだまだ」とか「もうちょっと先」とか言い続けている。黒山大悟につながる扉を探索中なのだ。

 時々「あー、今ちょっと行き過ぎた……っと、気のせいでしたあ」とか言うので、もしかしたらビスクに内蔵されている記憶も、案外あやふやだったりするのかもしれないな。


 (本当にたどりつけるんだろうな、黒山大悟のところに)


 「あー、プリンセス今疑ってましたでしょ」

 ビスクが言った。生意気にもこっちの心を読んでやがる。

 「仕方ないですよ、このマジカルジョークワールド自体、企画サンプルなんですからね。色々と適当な部分はあって、時々ちょっとしたバグが出るのは仕方がないことなんですわぁ」


 (黙って案内だけしてろや)

 ビスクの甲高いアニメ声を黙殺し、わたしはこつこつと歩き続けた。思考続行中。



 

 そう。

 プリンスは、自分が創り上げたデフォルトプリンセス以上にプリンセスらしい女の子が現れるなんて、きっと、露ほども思っていなかった。

 にも関らず、デフォルトプリンセスは「デフォルト」という立場なので、いずれは消去される運命なのである。


 ダストボックスに放り込まれ、消去されてしまうのが前提の存在なのである。

 

 (プリンスは、だけど、デフォルトプリンセスを愛しているわけだよな)

 ここに、わたしは引っかかっている。

 もちろん、プリンスが「自分はデフォルトプリンセスを愛している」と言ったのを聞いたわけじゃないが、状況が全てを物語っているではないか。


 噴水の向こう側に見えた幻影――何度も繰り返されたであろう、プリンスとデフォルトプリンセスの逢瀬の情景。

 デフォルトプリンセスに逢うためにプリンスはマジカルジョークワールドを訪れる。

 しかし、唐突にその大事なデフォルトプリンセスに代わって、見知らぬ変な女――わたしだ――が、プリンセスとして自分を待ち受けていた。


 一瞬にして全てを悟ったプリンスは我を忘れて、あんなことに。

 (ずぶ濡れべちゃべちゃヒステリー……)




 いかにプリンスが、デフォルトプリンセスを愛しているのか、嫌でも分かってしまうではないか。

 それで、わたしは疑問に思わざるをえないのだ。


 果たしてプリンスは、このマジカルジョークワールドが企画サンプルから実用段階に移されるのを、由と考えていたのか。実は、やっぱり嫌だ、これは自分だけの楽園だ、誰にも触らせないと思ってしまったのではないのか。

 (その当時のマジカルジョーク社の開発メンバーに、プリンスのことを聞いたら分かるだろうか)


 黒山大悟がプリンスとどこまで親しかったのかは分からない。けれど、黒山大悟と接触できたら、当時のプリンスを第三者の目で見た様子が聞けるかもしれない。

 プリンスという男に何ら興味はなかったが、彼の抱える闇だの、へんてこな歪んだ思考だのを紐解いてゆくことは、きっと有意義なことに違いない――現実世界に戻るために。


 


 「あっ」

 ふいに、ビスクが声をあげた。

 ここです、行き過ぎちゃだめですよう。


 ビスクが示した扉は、他の扉と何ら見分けがつかない、艶消しの黒で塗られた重厚な両開きの扉である。

 ここが、黒山大悟の現実に続く、棺の部屋の扉。


 わたしは扉に向き合い、ちょっと生唾を飲んだ。ドアノブに手をかければ、いよいよ現実世界にダイブできるんだろう――黒山大悟のいる場所に、唐突に現れるかたちになるんだろうけれど。

 (心臓の悪い人だったら、ショックで死ぬかもしれんな……)


 どんな現れ方をするのか、全く見当がつかない。

 天上から降って現れるのか。

 何もない宙から登場するのか。

 地面から沸いて出るのか。

 ……。




 (黒山大悟が落ち着いて状況を受け止められる男であることを祈ろう)

 深呼吸した。そして、扉に手をかける。ギイ。重たい音を立てて、だけどあっけなく扉は内側に開いたのだった。



 果てしない闇が続く中に、わたしは足を踏み入れ、一歩踏み出した先に床がないことを知った。

 ぎゃっともすんとも叫ぶ暇がなかった。ビスクを抱いたまま、わたしは真っ逆さまに落ちて行ったのである。



 「まちがいなくこれ、黒山大悟のところに行くんだろうね」 

 風圧でぶわぶわするほっぺた。おかげで声もぶわぶわする。

 ビスクはわたしに抱え込まれて、もがもがしていた。落下している最中だと言うのに落ち着き払ったアニメ声で、やですわプリンセス、わたしが間違えることがあると思いまして、とか言っている。



 「本当に本当だろうな」

 念を押した。

 

 すると、なぜかビスクは沈黙した。

 いきなり返事が返ってこなくなった。こいつ壊れたのかと思った時、ビスクは言った。



 「てへぺろ」

 やっちゃいましたあ、アハ、バグっちゃったみたいですう。愛嬌愛嬌。




 は。

 

 落下しながら目を引ん剝くわたし。

 ビスクはにこやかな声で言ったのだった。


 「これ、眉毛の大林君につながる扉だったみたいですぅ。あ、大丈夫大丈夫、すぐにまた扉の外に戻りますから心配しないで下さいねー。それに」

 プリンセスが、大林君にナンパされる心配は、98パーセント、ありません。これは、わたしの計算が打ちだした正確な数字ですから信じてくださいませねえ。





 (大林健一)

 フトメ色黒、主食は乙女、脂ぎったゴールドフィンガーは女の敵。

 今からそいつのところに落ちるんか、わたしは。




 なんてこった!

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