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戦え! プリンセス  作者: 井川林檎
第三部 ゴミはゴミ箱に
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俺様神様

 自分は完璧。

 やること全てが思い通りになる。それは、全て的確な計算の元、下準備から始まったありとあらゆる段階で、これ以上にないほど適切な処置を行っているから。


 計算。

 なにもかも、計算で成り立っている。

 数式さえ完璧であれば、全てが思い通りになる。世界だって手に入る。何ら難しいことではないんだ、数式一つで地球ひとつを亡ぼしたり、あるいはもう一つ双子のように地球と同じものを作ることだってできるんだ。


 何もないところから何かを生み出す。なんでも実現できる。数式すなわち魔術。

 否、魔術なんて言葉を使うのはあまりにも陳腐だ。この世に不思議はない。タネと仕掛けだらけで万事回っている。幽霊や超常現象ですら、計算で説明がつくのだ。


 だから、正しい数式さえ打ち立てることができれば、異次元世界くらい、ほんの五分でベースを作ることができる。もちろん、好みの設定を細かく刻んで行くために、更に複雑な数式が必要になってくるが、ベースさえできていれば後は何ら悩むことはない。


 異次元世界と、現実とのリンクが必要である。リンクなど、ごく簡単なことだ。ベースの数式にちょっと手を加えてやれば、現実と異次元を瞬間で行ったり来たりできるのだ。

 タイムトリップだの、色々な不思議をメディアで華々しく扱い、その不思議さを強調しているようだが、俺に言わせれば笑止千万である。人はその気になれば、テーブルの上の菓子を摘まむように、次元を行き来できるのだ。


 


 (数式。計算。完璧。絶対間違いがない。全て思い通り。俺様神様)

 ……。


 こつこつ。

 履き心地はスニーカーのパンプスを鳴らしながら、わたしは歩く。

 このリモコンビスクにはいろいろな作用があるらしい。きっと、プリンスが精魂込めて緻密な構造に仕上げたのに違いない。


 ビスクを側に置いておくと、ふとした瞬間に、思いがけないモノが頭の中に流れ込むことがある。

 例えば、デフォルトプリンセスの叫び声だったり、プリンスの心の葛藤。そして、たった今怒涛のように流れ込んできた、プリンスの思考回路のような何か――頭から注がれて、足の裏から抜けてゆくような感じで、その異質なものはすぐに流れて行ってしまうのだが、まるで幻覚を見ているような不安定な気分になる。


 ビスクはすまし顔だ。

 腕の中で、青い目をぐるんぐるん動かしている。振動で長いまつげがばっさばっさと開いたり閉じたり。やっぱり怖い。


 

 通路の両脇に、しいんと静かに並ぶ黒い両開きの扉――プリンセスの棺部屋――を数えながら、わたしは進む。数え違いをしないように慎重に集中しているはずなのに、おかしな幻想が流れ込んできたのだ。


 数式で世界征服、異次元創世だと。

 小学校の算数の時点で数が苦手だったわたしには、宇宙語レベルに理解できない考え方だ。



 (つまり、このマジカルジョークワールドは、プリンスが打ち立てた数式で成り立つ世界であると)

 こつこつ歩く床も、ドレスも、食べ物も、あらゆるものが現実世界と同じ質感を持つ。これらがみんな数式でできているなんて、凡人には理解できない。


 (そもそも、異次元世界にトリップできる、なんて企画自体、まともじゃない発想だと思うんだなあ)

 マジカルジョーク社の当時の開発部は、よくまあプリンスの、そんなトチ狂った発想をまともに受け取ったものだ――ああいや、結局この企画は没になったから、マジカルジョークワールドは不完全なまま打ちやられているんだろう。


 破棄された企画のサンプルを捨てずに未だに残しておいて、しかも自分のエルドラドにしてしまったプリンス。

 彼はやはり、常人には理解できない人なんだ。



 

 「ここですよぅ、プリンセス」


 またやっちゃった。

 考え事をしていたせいで、目的の扉を素通りしかけていた。

 ビスクがアニメ声で注意を喚起してくれて助かった。はっと立ち止まって横を見ると、あの夢で見たような「キープアウト」感はなかったが、他の黒扉とはちょっと違う感じの扉が、静かに立ちはだかっていた。


 よく見るとその扉には、ワンポイント彫刻が入れられている。

 ゴミ箱の絵なんだろうか。バケツっぽいものが彫りこまれ、そこに渋い金が塗りつけられていた。


 それは、ダストボックスのようには見えなかった。

 どことなく、他の扉よりも優雅なオーラが漂っている気がする。



 「開いてみて良い」

 と、ビスクに聞いてみたら、ビスクはアニメ声で「えー」と言った。

 なんだその反応は。


 「そもそも、鍵かかってないんだろうか」

 と聞くと、ゴミ箱に鍵はかかりませんよぅ、あはー、と、笑われた。


 「なんでもいらないものをポイポイ放り込む場所なので、いらなくなったデフォルトプリンセスも、噛み終えたガムも、なんでもここに放り込めばいいんです」

 そのうち、時期がくれば消え去ってしまいますからね。ええ、だから生ごみなんかもここに入れますよ。


 (酷いな)


 まるで天気予報のように淡々と語るリモコンビスクを眺めながら、わたしは唾をのみ込んだ。

 プリンスが愛してやまないデフォルトプリンセスも、昨日喰わされたのりしお味の空き袋も、全部ここに放り込まれているということか。


 (デフォルトプリンセスはきっと、のりしお臭くなっている……)

 


 ダストボックス。文字通りゴミ箱。いらないものが放り込まれる場所。

 ふっとまた、嫌なことを考えた――わたしだっていらないものじゃないか――慌ててかぶりを振った。そんなことを考えている場合じゃない、今はデフォルトプリンセスだ。


 (もうすぐ消えてしまうって、言ってたよな)

 あの、不思議な夢の中で。


 デフォルトプリンセスに消えてもらったら、色々と不都合があるような気がする。

 彼女が消滅してしまったら、このマジカルジョークワールドは、プリンスにとっては全く意味のない場所になる。



 「なー、デフォルトプリンセスが消えたらプリンスどうなるかな」

 何気なさを装って聞いてみたが、声がちょっと震えた。

 ビスクはアニメ声で普通に応えた。


 「プリンスはもう、このマジカルジョークワールドには興味をなくされると思いますわよ。つまり、ここには二度と来られなくなって、完全放置、永久放置。マジカルジョークワールドは永遠の時の流れの中を漠然と浮遊し続けるだけになるのでございますわ」


 (なんちゅう恐ろしいことを言うんだ)


 

 「そんなことになる前に、自分でちょっと考えれば、デフォルトプリンセスを助け出すこと位できるんじゃないの、あのプリンスなら」

 震え声でわたしは言った。言ってから、ああそうかと何かが分かった気がした。


 そうか。



 プリンスは、完璧な計算で動く。

 その計算が打ち崩された時――つまり、現実で思うようにいかなかったとき――エベレストより高いプライドがずたずたに傷つけられて、死にたくなる程の屈辱感を味わうんだ、きっと。



 俺様神様。

 (救いようがないほど面倒くさい……)




 「とりあえず、この中にデフォルトプリンセスがいるなら、じかにあって話してみるわ」

 つくづく嫌になった。プリンス。こんな奴に、できれば一生関わらずに済ましたいものだ。


 こつこつと扉に近づくとノブを回した。あっけないほど簡単に扉は開いた。

 


 かさ。

 乾いた音がして、足元になにかが滑ってくる。見覚えのあるパッケージ――食べ慣れた、あののりしお味の空き袋が、暗黒の空間からわたしの足元まで滑ってきた。


 部屋の中は暗い。手で闇が触れそうな程に暗かった。

 しかも、むっとするほど臭う。



 のりしお味の匂いと、甘く優しい香水の匂いが混じり合って、得も言われぬ不快な匂いを作り上げていた。

 


 「デフォルトプリンセス」

 暗闇に向かって呼んでみた。





 すっと白い手が現れて、わたしの腕を掴んだ。決して強い力ではない。柔らかく、花でも愛でるようにわたしのプヨ腕に触れ、そして中へいざなった。


 「お招きにあずかったようですわよぅ、プリンセス」

 どこまでも余裕なアニメ声で、ビスクが茶々を入れた。

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