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戦え! プリンセス  作者: 井川林檎
第三部 ゴミはゴミ箱に
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天才と最低

 「天才とナントカは紙一重というけれど、マジカルジョーク社のエリート集団は、まさにそんなメンバーの寄せ集めなんですの」


 おトイレも済まし、いつでも城内探索に出られるよう支度もできた。

 ふかふか絨毯の上で屈伸をしているわたしに、リモコンビスクはアニメ声で語り掛けてくる。


 いっち、にっ、さんっ、しっ……。実は昨夜の大活躍で、からだのあちこちが筋肉痛なのだった。

 

 


 ゆらゆら目玉のビスクが語るところによれば、超一流企業、世界に誇るマジカルジョーク社本社の開発部といえば、学会も真っ青な型破りの天才集団とのこと。

 件のプリンスは、その天才集団の中でも抜きんでていたというから、あれでバカにできないらしい。


 (まあ、いくら頭が良くても、あんな末路じゃなあ)


 湿っぽく昼間から暗い汚部屋。エロいアニメキャラのフィギュアに溺れそうな部屋で、何日くらい着たジャージやら、臭いそうな姿でパソコンとにらめっこしている。まあ、同じヒキコモリでも、わたしとじゃあ格が違う感はある――わたしが単なる負け組ヒキコモリニートなら、プリンスは隠者ニートといったところだろうか――いや、それは良く言い過ぎだな。


 そのエリート集団、開発部の面子は、つまりどいつもこいつも非常に個性的で扱いにくい連中だという。

 例えば。


 

 「当時の開発部の面子で、一番スゴイのが大林君ですわね、あの眉毛がトレードマークの大林君でございますよ」

 誰だ大林君って。

 ビスクは、まるで開発部の人のことなら、世の中の皆が知っていて当然と言わんばかりの胸の張りようだ。


 大林健一。当時35歳、独身、彼女なし。フトメ色黒、好きなものは甘味。そんな彼だが、大学はフットボール部に所属していたという。

 「羊みたいな目つきをしているから騙されやすいけれど、あれで凄い肉食系なんですのよ」

 

 大林健一の脂ぎったフィンガーのとりこになった世間知らずの乙女は数知れず。魔性の大林。ザ・女の敵。

 つまり、絶対に繋がってはならない人だ。なにがなんでもコイツにつながる棺部屋は開いてはならぬ。


 

 「そうそう、麻柄君。社員食堂では必ずキシメンを頼むと言う、あの伝説のキシメン野郎、麻柄君を忘れてはいけませんわね」

 キシメン野郎。名古屋出身だろうか。


 麻柄栄治。当時34歳。バツイチ独身、子どもがいるやらいないやら謎。キシメンみたいに平べったいやせっぽちな体。彼は女たらしではない。しかし。

 「女性の好みについては本当にうるさくて、容姿性格が一定のレベルに達していない女性に対しては、口もきかないという性格の悪さ。有名なんですのよ」


 麻柄栄治の陰険な無視、冷たい仕打ちに傷つき、日常的に彼を恐れる哀れな女子社員たち。麻柄さんわたしが繋いだ電話は全部無視するの――だけどそんな嘆きの声も、麻柄に可愛がられるゆるふわガールたちには伝わらない――えー、麻柄さん優しいしぃ面白いしぃ――女同士の間にも亀裂を作る、ハートクラッシャー麻柄とは彼の事。

 (まず絶対わたしは、奴に目も合わせてもらえまい)



 他にもいくつか嫌な例を挙げられて、しまいにわたしは気分が悪くなってきた。

 せっかくの朝ごはんが逆流しそうになってくる。

 

 ああ、嫌だ。現実に戻るのが途端におっくうになってきそうじゃないか。

 そうだよ、こういうこと、あるよなあ。女の子は顔じゃない心だよっていうのは嘘だ。本心からそんなふうに思ってる男がいたとしたら、きっとそれは男じゃないんだと思う。

 その証拠に、わたしの敬愛する件の先輩ですら、わたしではなくて、仕事をさぼるのが上手で口ばっかり達者、顔は中の上くらいでナイスバディの、あのゆるふわ女を選んだじゃないか?

 ……。



 ……ごめんなー、あんまり大げさにしたくなかったから、10人くらい親しい仲間を招くことにして、本当はみんな招待したかったんだけど、切らざるをえなくってねー……。

 ……。



 (嫌なことを思い出してしまった……)

 もわもわと蘇りかけた、最悪な記憶に慌てて蓋をした。


 (マジカルジョーク社の開発部の男って、最低野郎の集まりかもしれない)


 それでもわたしは、そいつらの誰かのところに行かねばならないのだ。

 棺の部屋に足を踏み入れて、どんなふうに、どんなかたちで彼らのところに行くのかは分からない。酷いトラブルに巻き込まれるかもしれないけれど、それでもとにかく、現実世界に戻ることができるのだ。


 (マジカルジョーク本社は東京。電車に乗って何とか一日がかりでうちに帰ることはできる)

 あれ、でもわたし文無しだ。どうしたものか。

 そうだ、いざとなれば警察に飛び込んで事情を説明し、うちの住所と電話番号を言って、なんとか帰してもらうってのもアリだ。どうせヒキコモリニート、最底辺まで落ち込んだ身、恥も外聞もあるものか。


 具体的なところまで妄想してしまった。だけど、おかげで気持ちは少し上向いてきた。

 

 「せめて、もうちょっとマシな面子はいないの」

 エリート集団の面子について、得意そうにぺらぺら連ねるビスクに、アキレス健を伸ばしながら、わたしは聞いてみた。


 リモコンビスクは、ええと~、と繰り返している。

 十三回くらい「ええと」を言った後、やっと思い出したように言った。


 「マシというか、大人しさにかけては定評のある、黒山大悟君とかどうでしょう」

 どうでしょうと言われたってなあ。

 準備運動を終えて、わたしは腕組みをした。ベッドの上でおすわりをするビスクとにらみ合いだ。


 黒山大悟、当時24歳。プリンスと同い年。だが、プリンスのような才能にも容姿にも恵まれず、開発部のお荷物的な存在だったという。


 ちなみに彼は、現在、マジカルジョーク社××県支店の店長をしているというが――××県、なんだって――それは、わたしの家のある県なのだった。

 マジカルジョーク社支店といえば、県庁所在地にあるのに違いない。だとしたら、半日くらい歩けばうちにたどり着ける距離だ。


 (決定、このヒトがいい)

 

 「黒山大悟につながる扉に案内してくれ」

 わたしは腕組みをして言い放った。

 ビスクは乗り気ではなさそうだ。黒山氏は、開発部からはじき出された非エリートであり、プリンス至上主義のビスクにしてみれば、全くダメな人なのだった。


 どうせ繋がるなら、もっと優秀で、このこんがらかった事態をすぐに理解してくれそうな人を選べばよいのに、とビスクは思っているのだ。

 最も、一番てっとりばやいのはプリンスなのだが、当のプリンスが心を閉ざしてしまっているから、これはもうどうにもならない。



 いいや、黒山大悟がいいね。ダンゼン彼だね。他はありえない、彼じゃなきゃイヤだかんね。

 黒山大悟がどういう人なのかまるで知らないのに、アイドルグループの推しメンか何かみたいに主張した。

 ビスクは渋々、わかりましたと頷いた。




 どがべきゃばりどどん。

 激しいビートは続いている。勇気が掻き立てられるようだ。そうだ、行くんだ。なんでもいい、ここから現実に戻らねば。


 話は決まった。

 わたしはビスクを取り上げると、さっそうとプリンセスルームを飛び出した。

 まずはデフォルトプリンセスのいるダストボックスを探さねば。


 そう、プリンセスルームを出て向かって右、棺の部屋の扉を25個数えたところに、それはあるはずなのだ。



 「……けて。出して。助けて、助けて」


 夢の中で聞いた、プリンセスの声が脳裏で蘇る。

 プリンセスルームの扉の奥からうっすらと聞こえる、強烈なロックに背中を押され、こつこつわたしは歩くのだった。

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