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スナイプ・ハント  作者: 柚希 ハル
真像編
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13 予想外の出来事


『自宅マンションから店の方面へ移動を確認。現状、ターゲットに異常無し』


 スマホが震え観察報告がメールに入る。深矢からのものだ。いつもとは違う段取りに落ち着いていられない自分がいた。


『了解。もうすぐこっちも終わる』


 誰にも見られないよう素早く返信し、気を紛らわせるよう前方のスクリーンを見やる。大教室の前の方に座る大学生は真面目にスクリーンを見上げているが、海斗の周囲の者は寝るなりスマホをいじるなり小声でお喋りするなどまともに教授の話を聞いていない。


『その授業、途中で抜け出せなかったのか?』

『単位がかかってんだよ』

『面白い発言だな。とても秘密組織の工作員とは思えない』


 秘密組織の構成員(エージェント)と雖も、表向きは大学生だ。単位にすがりつくのは当然である。

 授業態度もさして変わらない。教室の後方で退屈を持て余しているのは周囲の大学生と同じだ。だが決定的に違う点がある。

 ただ興味のない講義内容に退屈しているのではなく、既に知っている話だから退屈しているのだ。

 今日の講義内容は犯罪成立の具体的要因。そんなもの、青嶋で既に習って頭に入っている。


 こんなに退屈なら、深矢と一緒に任務対象(ターゲット)の監視に行きたかった。


 いつもならその役目を深矢一人に任せることはないのだが、生憎海斗も茜もこの講義のせいで行けなかった。

 前回の武器商人のようにSIGの正式な任務ならば、出席が求められる授業でもSIG側が秘密裏に出席情報を操作してくれるのだが、今回は任務ではなく工作本部長直々の『頼み事』のため、そう易々とサボれない。


 授業終了を告げる鐘の音が放送から流れ、教室の明かりが点いて周囲の大学生が慌ただしく動き始める。

 海斗も手早く片付けながら、教室に茜の姿を探した。一人でいて人を寄せ付けない雰囲気の女がいればそれがそうなのだが、授業中に見渡せる範囲には見つけられなかったのだ。


 しかし後方を確認しても見当たらない。先に出たか?――そう答えを出したところで、海斗の視界に信じ難いものが映った。

「……あ?」


 教室を出ようとする波の中。そこに茜がいた。海斗のすぐ近くだ。

 一瞬だけ、茜と視線が交差する。

 何か合図を送ろうとして、踏みとどまった。


 茜は男と歩いていた――しかも笑いながら。

 信じ難い光景に海斗は息を詰め、隣の男を観察した。

 知り合いか?

 別に、大学生という皮を被っているのだから友達の一人や二人いてもおかしなことはない。

 驚いているのは、茜に一般人の男と円滑なコミュニケーションを取る能力があったことだ。


 ……こんなこと本人に言ったら失礼だと殴られるだろう。

 だが、青嶋の頃の茜を知っていれば誰でも驚くはずだ。プライドが高く意地っ張りで、女だからと贔屓目に見られるのを極端に嫌う茜は、同期の男子と頻繁に衝突してはそれを捩じ伏せていた。


 その茜が今、普通の男と普通に会話しながら――談笑しながら教室を出て行く。

 予測の範疇を超えた光景だった。ダメージが大き過ぎる。


「茜に友達がいたとはな……」


 影響は余程大きかったらしく、深矢と目的地で合流した時、意思に反してそう漏らしていた。

 時刻は十八時十六分。既に辺りは暗くなり、夜のネオン街は活気を帯び始めていた。


 茜は七分前に入店している。こんな呟きを聞かれたら気味悪がられるのは確実だ。


「……どうした?」


 ショックを受けたように見えたのだろうか。隣の深矢は不審がりながらも気遣うような素ぶりだった。

 こういう時の深矢は聡い。深矢は自分の態度に出てると言うが、それだけではないと思う。


「俺は絶対にあり得ないと思ってた。けど、現に茜は大学に友達作って普通に話してた……あの茜が、いがみ合いも暴力も無しで!ただの一般人と!想像付くか?」

「……あのさ、」


 思考がショート寸前の海斗に向けられた視線は「呆れ」という言葉がぴったりだった。


「気持ち悪いぞ、お前」

「…………うるせえ。俺の頭がついていかないんだ」

「本当、予測外の出来事に弱いよな。特に茜関係」


 聡い代わりに、必ず揶揄ってくるのが厄介だ。海斗はただ睨み返すしかできないのだから。


『フロアにて任務対象(ターゲット)確認。まだ入ってないのかよ』


 したり顔の深矢を睨みつつ、インカムからの茜の声に返答する。


「……もう入るよ」

『何不貞腐れてんだよ。こっちだって一人でクラブはキツいっつーの』

「不貞腐れてね……ッ」

「すぐ行く。見失うなよ」


 深矢は遮るように言って一旦通信を切り、海斗の肩に寄りかかるよう耳元で声を潜めた。


「茜の予測を外したってどうでもいいけど、この任務で海斗の予測が外れるのは困るんだ。外れたら任務対象(ターゲット)が死ぬからな。しかも相手は暗殺のプロ集団だ」


 打って変わって真剣な深矢の表情。だがその杞憂は失礼だ。


「仕込んだのは蔵元なんだろ。あいつの教えなら俺だって受けてる。だから(バン)が狙いそうな所は手に取るように分かるし、任務対象(ターゲット)の心理も把握済み……俺が立てる作戦は絶対だよ」

「そうか、そりゃあ心強い」


 任務対象(ターゲット)の潜むナイトクラブの入り口の前で、二人は不敵にニヤリと笑い合う。


「行くぞ」


 どちらかともなく頷いて、中に足を踏み入れる。扉の向こうからは、既に音楽と喧騒が漏れていた。


「深矢、お前はお前の判断で動けよ。中の騒がしさから言って、通信機器は使い物にならないだろうからな」


 扉を押し開ければ、煙のような騒音に身体中を包まれ誘惑に引っ張られる。


「了解……それじゃ、茜がどんなイイ男にナンパされようともお前は黙って見てるしかないのか」

「お前なァッ!」


 咎めた海斗の声は音楽に掻き消され、深矢の揶揄いの笑みと共に人混みに紛れていった。

 


***



 そんな仲の良さそうに肩を並べる二人を、向かいの電柱の陰から見守る人影があった。


「ふーん、仲良くやってるじゃないの」


 口元に人差し指を当て、フフッと艶やかに笑う。


「ずいぶん余裕ぶってるみたいだけど……気が付いているかな?」


 彼女の視線は店から数メートル離れた所へ移る。


 一人の壮年の男が、煙草をふかしながら店の入った建物を見上げている。黒コートを纏った男は、煌びやかなネオン街には不釣り合いだった。


「賑やかになりそうね」


 彼女はそう呟くと、一層陰に身を潜め黒コートの男が動くのを待った。



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