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スナイプ・ハント  作者: 柚希 ハル
真像編
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11 恥ずべき行為Ⅲ

 

 快く思われていないのも、歓迎するつもりがなかったのも、どちらも本当のことらしい。


 しかし三十分待たされた後に通された応接室で、校長――深矢がいた頃は副校長だった――は三人に向かって(特に深矢に対して)深く頭を下げた。


「申し訳ないね。人物照合は直ぐに済んだんだけど、何分判断に迷ってしまったんだ」


 やはり危険人物と思われたか……


 しかし、校長の次の発言で事の原因が分かった。


青嶋学園(うち)のセキュリティ上、事前にアポがないと入校に手間取るのは知っているでしょう」


 その発言には、三人とも口を揃えて聞き返していた。

「ちょ、ちょっと待った。団長から事前に連絡が行ってると思ってたんですけど?」


 海斗がせっつくように質問すると、校長は不思議そうな表情で首を傾げた。


「いや、そのような連絡は全く」

「人が訪ねて来る予定も?」

「ありませんよ」

「じゃあ俺達が今日来た目的は?」

「想像も付かない……彼に関することを除けば、だけどね」


 そこでチラリと深矢に気まずそうな視線が投げられる。


 それを見た海斗と茜はそれぞれ項垂れ、頭に手を当てた。


「そりゃあ三十分待たされても仕方ねぇ……」

「あのクソ道化師(ピエロ)、こうなること分かって連絡しなかっただろ……」


 二人の反応を見て、そこで初めて深矢は小さく笑った。


 なんだ、それだけか。

 不安だった心に小さな安堵が雫のように染み渡る。


「校長先生。俺がここに来たのは、恨み辛みじゃありません。SIGの任務のためです」


 改めて校長に向き合う。校長は訝しげとも驚きともとれる表情を浮かべた。


「そうか、SIGに……噂は本当だったんだね」


 深矢はSIGに入って直ぐに色々と問題を起こし過ぎている。噂になるのも当然だろう。


「俺達の用件は、昨年度の卒業任務についての情報を教えてもらうことです」

「……あぁ、構わないよ。直ぐに用意させよう」

 校長は思考を巡らせるよう、少しの間目を瞑ってから言った。


「いいんですか?俺らが卒業生とはいえ、卒業任務はSIG本部にも知らせない機密情報ですよね」


 海斗の質問に、校長は穏やかに笑ってみせた。


「知っておくべき事実を隠すのは、教育者として恥ずべき行為だからね」


 何か含みのある言い方だった。しかし考える間もなく、その穏やか笑みは深矢に向けられる。


「秋本君。用意が出来るまでの間、少し昔話をしようか」



  ***



「……静かですね」


 校長室に案内された深矢は窓から空っぽの校庭を眺めていた。

 応接室からここまでいくつか教室を通ったが、どの教室も空だった。いつもならあの教室で講義が行われているはずだ。


 ……そう、通常(いつも)なら。


「来客がいるからね」

「でもSIGの人間相手に授業内容を隠す必要はない」

「来客が君だったからだよ」


 校長は淡々とした様子でお茶を啜った。


「もし君が何かを仕掛けに……復讐の目的でここを訪れたのだとしたら。そう考えた教師は一人じゃない。だから念のため、生徒を避難させる必要があった」


「復讐、ですか」


 青嶋学園は、深矢に恨まれるだけのことをした。人殺しの濡衣を着せ、友人と居場所を奪った。

 確かに当時の深矢は学園を憎んでいた。憎まずにはいられなかった――でも。


「そんなこと、今はもう考えていません」


 そのお陰で深矢は外に出れた。親友と呼べる人に出会えた。

 決して悪い事だけだったわけではない。最近はそう思えるようになった。

 ――そう思わせてくれた親友は、死んでしまったのだけれど。


 彼、奥本圭のことを思うと、今でも胸が締め付けられる。彼の死んだ理由が自分ではないとしても未だ苦しい。


 だから深矢はさり気なく話題を変えた。


「そういえば昨日、ここの生徒のフィールドワークに遭遇しました」

「あぁ、大学長(ボス)のパーティだね。あれは二年生だよ」

「秋本アキ、と名乗る生徒に喧嘩をふっかけられました」


 その名前を出すと校長は口へ運ぼうとしていた湯のみを止めた。


「……ほぅ、あの子か。どうしてだろうね」

「俺の弟だとか何とか」

「それは……私には分からない。でも彼を此処に連れてきたのは、確かに君のお父様だよ」

「……親父が?」


 父親とはそれこそ三年以上連絡を取っていない。今どこにいるかも分からない。

 訝しげに眉を細めた深矢に、校長はうっすら微笑んだ。


「彼も中々優秀な人材でね。今も実習のために歌舞伎町にいるだろうよ。明日が決行日だと聞いている」

「決行日?どこかに押し入るんですか」


 深矢の疑問に校長はいや、と一言否定する。


「暗殺だよ」


 そして静かに湯のみを置いた。


「歌舞伎町にいる情報屋を消すのが、今回の実習内容だったかな」

「実習で暗殺……ですか」


 授業の一環である実習は、任務にあたる構成員(エージェント)の手伝いや警備など、危険性の少ない内容だったはず。少なくとも深矢の頃はそうだった。


 それが、暗殺?

暗殺なんて工作員(スパイ)に似つかわしくない。それを仕事にするのは殺し屋や暗殺者(アサシン)だ。生かして利用する、というのが工作員(スパイ)の基本なのだから。


「もちろん、彼に課されたのは暗殺部隊の『手伝い』なんだけどね……本当にそれだけなのかは分からない。彼の性格からすると進んでやりたがるだろうしね」


 アキと対峙したのはつい昨日のことだ。彼の集中力と的確な狙いは、確かに暗殺に向いているかもしれない。それにあの自尊心の高さなら仕事をしたがるだろう。それを止める人は恐らくいない。


「外の事には手を出せないってことですか。この学園も変わったんですね」


 そう呟くと、校長は哀しそうに遠い目をした。


「本当は昔から……青嶋校長の時から、こういった実習の依頼は多かったんだよ。でも先代は、理念に反するとして断り続けていた。私も先代のようにできたら良いのだけど、如何せん権力がない。情けないね」


 そう言って目を伏せる校長を見て、深矢は同情のようなものを感じた。


 ……そうか、この人も三年前の事件の『被害者』なんだ。

 三年前の事件がただの個人的な恨み辛みで起きたものではないことは予想済みだ。なにか大きなものが渦巻いていて、その一部があの事件だったのだろう。

 そしてこの校長は、その大きな渦に飲み込まれまいと非力に抗っているのだろう。

 先代が創立し遺していった青嶋学園を守るために。


 突然、校長は背筋を伸ばして深矢を見据えた。


「君にも沢山、悪いことをしてしまった。三年前のあの時、我々が判断を誤ったばかりに背負う必要のない苦悩を背負わせてしまった。この場を借りて謝罪させてほしい。本当に、申し訳なく思っている……」


 頭を深々と下げる校長は、スパイ組織に関わりがあるようには見えない。温厚で情に厚く、良き教育者といった方が似合っている。この人なら――


「顔を上げて下さい。俺は無闇に誰かを責め立てるつもりはありません」


 校長に言えるのはこれだけだ。今はまだ、謝罪させる相手が見えていない。


「俺はただ、事実を知りたいだけです。もし知っていることがあるなら教えて下さい」


 この人なら信用できる。この教育者としての人の良さは、きっと生来のものだろうから。


「君は……強くなったね」

「おかげさまで。学園の外は荒波でしたから」


 校長は哀しそうに微笑むと、強く頷いた。


「分かった、協力しよう。これ以上、恥ずべき行為を重ねたくはないからね」


 協定を結んだところで、ドアがノックされる。


「資料の準備ができました」


 メインは前菜の後で。

 目先の任務はまず卒業任務だ。



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