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スナイプ・ハント  作者: 柚希 ハル
真像編
65/74

9 恥ずべき行為

 

 秋本アキ。

 なんて、そんなふざけた名前があるか?

 いや、そうじゃないだろう。


 大学長(ボス)の挨拶が終わり、明るさの戻った会場の隅を移動しながら深矢は考えていた。

 現在、ホールにアキの姿はない。ゲームの制限時間が終わって、裏に戻ったのだろうか。


『兄さん』なんてのは冗談かもしれない。ナイフで殺しに来るような恨みを持ってるくらいだし、任務に失敗した直後だったから、変な冗談を言って困らせてやろう、なんて魂胆があってもおかしくはないが――


 あれは、本当に俺の兄弟なのか?

 パーティーから戻ったら役所に行って戸籍を見ようか、とも考えたが、役所の書類に事実が書いてあるような人生ではなかった。そもそも本籍地を探すところから始まるから面倒だ。

 だから確かめるためには両親や兄に聞くのが一番手っ取り早いが、これも居場所を探すのが面倒だし――


「おい深矢」


 後ろから海斗の声が聞こえ、深矢は一度考え込むのをやめた。

 先程まで追われる身だった海斗のスーツは、よく見るとあちこち煤けていた。舞台上の通路は余程埃臭かったのだろう。新品のスーツが台無しだ。


「深矢お前、下の兄弟なんていたのか?」


 そうか、あの会話は海斗の耳にも入っていたのだ。

 スーツに付いた埃を叩く海斗に、首を振って否定する。


「いいや、兄弟は上に奇人が一人だけだ……俺の知る限りは」

「それじゃあ知らないところで随分とおっかない弟が出来てたみたいだな。それはそうと、茜と連絡がついた。工作本部長の所に行こう」

「……あぁそうか、すっかり忘れてた」


 団長に言伝をもらったのはたかが数十分前の出来事なのに、随分と前の事のように思える。

 思えば、あの瞬間の団長の行動のせいで二人はハプニングに巻き込まれたのだ。


「茜も災難だったな。会場着くなりターゲットにされたんだろ」

「あぁ、今すごく機嫌悪いぞ。あれはストレスが積み重なってるヤツだな」

「候補生相手じゃストレス発散には物足りなかったのか」

「接近戦で茜を満足させる奴なんてそういないだろ」


 海斗が困ったように笑いをこぼす。まるで、おてんばな彼女を見守るように。

 そんな微笑みを見ると、どうも意地悪したくなる。


「海斗なら、十分に茜と戦えるんじゃないか」

「まさか。俺は頭脳派だよ」

「でも茜のパターンは把握し尽くしてるだろ?」


 そう言うと、「揶揄うな」と海斗は途端に不貞腐れてそっぽを向いてしまった。



  ***



「君達は思ってたより面倒見が良いのだね。素晴らしい!そしてお疲れさま!」

 誰の所為だ。


 団長の労いを聞いた途端、深矢はそう返したくなって押し留めた。隣の海斗と茜も同じ顔をしている。


「いやあ、最初に自分と安藤くんに持たされた時は困ったんだよ~。結局、手紙は誰が持っていたんだい?」


 手をヒラヒラと振る団長に見せるよう、怠そうに茜が手紙を一通掲げる。一方で海斗はポケットから取り出そうとして焦っていた。


「あれ、どこやった……?」

「これか?」

「あぁそれ……って何で深矢お前が持ってんだよ?!」


 深矢は揶揄いの笑みを浮かべながら、ジャケットのポケットから白い封筒を取り出した。


「団長からの金銭的な贈り物かなーと思って、気になったから盗っといた」

 だからアキに言ったことは事実だったのだ。


「……これから深矢の横で財布持って歩くの怖えよ」

「知り合いの財布盗むほど金には困ってないさ」


 肩をすくめて見せると、前に立つ団長の隣から低い声がした。


「評判通りだ」


 視線を落とすと、ソファに深く座り三人を凄むように見上げている一人の男がいた。白い髭を生やし、鷲のような目で三人を睨みあげている――一言だけで空気が変わったのが分かる。


「そうでしょう?工作本部長殿」

「母親譲りの才能と見受ける」

「仰る通りでございます」

「それで、茶番は済んだのか」


 睨むような視線が隣に立つ団長に向いた。団長は動じることなく、いつもの絵に描いたような笑みを浮かべている。


「ええ。お時間頂きまして有難う御座います」


 鷲のような視線がこちらに向けられる――この男が工作本部長。

 査問会で顔を見たことはあったが、面と向かい合って話すのは初めてだ。見たところ五十代後半といったところか。貫禄と言うべきか、向き合う相手を緊張させる気迫を持っている。

 工作本部長はその低く少し嗄れた声で話し出した。


「本日君達を呼んだのは他でもない、頼み事を聞いてもらうためだ」

「任務の依頼、ですね」


 いや違う、と口を挟んだ海斗を一刀両断する。


「任務ではない。あくまで『頼み事』だ」

「……というと?」


 首を傾げる三人に、フーッと長く息を吐いてから、工作本部長は息を潜めた。


「ここ最近、工作本部の構成員が行方不明になる件が多くてな。組織内で悪い噂となっている。君達にはその内の一人を探して貰いたいのだ」


 人探し――それだけ聞くとよくある話に聞こえる。裏の世界にいるのだから、身を隠さねばならない状況などいくらでもあるだろう。


「組織の情報網は君達が思うより遥かに広いのだよ。例え任務中に連絡が途絶えたとしても、何らかの方法で我々は構成員の所在を確認できる。そう簡単に組織から身を隠すことは出来ないね」


 団長はそう付け足して深矢に向かってウインクしてみせた。


 まぁ実際、深矢自身も隠れていたつもりでそうでなかった三年間を過ごしているからその通りだ。


「だからね。組織の情報網から抜けて行方不明になる、それも複数人が。なんて状況は普通あり得ないのだよ」


 すると、それまで黙って聞いていた茜が小さく手を挙げた。


「そういった情報が外に漏れた可能性のある案件は監察課の仕事ではないのですか」


 その指摘に、工作本部長は元々険しい顔をより一層険しくして重々しい声で言った。


「……もちろん、その捜索に監察課の奴等の手を借りる羽目になっているのだが、奴等のことはどうも好きになれん。直ぐに儂を脅そうと責任問題に持ち込んでくるからな」

「つまり、監察課にバレると面倒だからその前にこちらで処理しろ、と?」

「違う。儂は奴等のやり方が気に食わんだけだ」


 そこで深矢に視線を投げる。同意を求められた気がしたのは気のせいか。確かに監察課の事故処理班に関しては、三年前の事件に関わりがあるのにイマイチ得体が知れないところはある。調べようにもいつも手前で逃げられてしまうのだ。


 ふと、深矢の脳裏に能面のような表情の男が浮かび上がった。名前は拝島。影というコードネームで元事故処理班の構成員。三年前の事件に関わりがあると知って捕らえたものの、情報を聞き出す前に死なれてしまったのだ。

 あれ以来、三年前の事件の手掛かりは見つかっていない。あの時聞き出せていれば、もっと早く真相に近付けているというのに――


 深矢は工作本部長の視線から逃げるように斜め下を向いた。

 隣で海斗が微かにため息を吐くのが聞こえた。


「それで、具体的にはどうしろと言うのですか?」

「蒼井湊という人物は知っているな」


 えっ、と両隣の二人が同時に息を飲んだ。戸惑いを見せる二人の間で、深矢は記憶を巡らせる――聞いたことすらない人物だ。


「……有名人か?」


 海斗を突くと、真剣な面持ちで海斗は答えた。


「青嶋の高等部の同期。深矢が抜けた後に入った、俺のルームメイトだ」


 そりゃあ知るはずもない。むしろ、入れ替わりで誰か入ったことすら始めて知った。


「君達には彼の跡を辿り、その消息の把握と任務の引継ぎを頼みたい。出来るだろう」

「ちょっと待ってください。あいつは俺らの同期です。ということは、大した任務なんて受けていないはず……」

「彼が消息を絶ったのは組織に入る直前だ」

「つまり……卒業任務?」


 工作本部長が静かに頷いたのを見て、海斗が混乱したように頭に手を当てながら質問した。


「しかし卒業任務なら尚更、あいつはまだ正式な構成員では無いはずです。管轄はギリギリ学園側にあるのに、それをどうして……」

「先程から言っておろう。任務ではなく『頼み事』だと」


 工作本部長の圧に気圧されたように、海斗が押し黙る。


「理由も事情も君らには関係のない事だ。無駄な詮索はせず、黙って言われたことをやれば良い」


 反論は許さない、とでも言いたげな様子で工作本部長は手を振った。下がれ、ということらしい。


「さあ、帰って作戦会議でもしようじゃあないか!」


 混乱する海斗と茜を他所に、団長だけが一人愉しそうに両手を大きく広げていた。




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