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スナイプ・ハント  作者: 柚希 ハル
真像編
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4 年に一度の宴

 

 工作員(スパイ)は情報を得るために身分を偽って潜入する。

 それと同じように、スパイ組織であるSIGも本来の役割を果たすために偽りの姿――表向きの顔を必要とする。


 SIGの表向きの顔は、志岐大学という学校法人だ。志岐大学は難関私立大学の一つとして有名であり、付属の中高一貫校もあるほど大きな学校法人である。


 同じくして、組織の構成員にもそれぞれ表の顔が存在する。


 例えば深矢の表の顔はカレー屋で働くフリーターだし、深矢の上司である団長はそのカレー屋の店長である。

 そしてSIGの中で一番上の位に位置するボスはというと、志岐大学の大学長ということに世間的には知られている。


 今日はその、大学長(ボス)の誕生パーティーだった。


 深矢達梟のメンバーはそんなささやかな(と言っても盛大な)パーティーに招待されていた。

 一介の構成員には招待状など来ないだろうが(現に由奈には来ていない)、工作本部の特殊部隊ということで他の構成員よりは一目置かれた存在らしい。


 パーティーの開始時間は夕方六時。メンバーとの待ち合わせは会場近くのカフェに五時半。


 仕事柄、時間に一分一秒違わない正確性をみんな持ち合わせている。

 しかしその日の待ち合わせは、当たり前のようにはいかなかった。


「……遅い」


 時刻は五時三十分を四十二秒過ぎたところ。

 腕時計をジッと覗き込みながら、海斗が呟いた。


 彼は梟の一人だ。海斗の表の顔は志岐大学の学生であり、今身に纏っている着慣れていないスーツは入学式の時のものだろう。


「茜の奴、何かあったのか……?」


 その声は心配が混じっている。それはもう一人の梟のメンバー、茜に対するものだ。

 茜は時間にルーズな奴などではない。待ち合わせに遅れるというのは余程のことがないと考えられなかった。


「心配なら連絡したらどうだ」


 深矢の提案に海斗は一瞬躊躇してから携帯を取り出した。それと同じくして、海斗の携帯が音を立てる。

 海斗は躊躇を吹き飛ばす勢いでそれに出た。


「何があったッ?」

 言わずもがな、相手は茜だろう。深矢は会話を聞こうと海斗の手を覗き込む。

『ちょっと面倒なことになった……誰かに尾けられてる』

 電話越しの茜の声は少しの焦りが混じっていた。

 これは嫌な状況だ――海斗の表情が険しくなった。相手が相当な手練れだということは分かる。


 ――チラリと深矢の脳裏に、先日店に訪れた二人客が過ぎる。


「相手に心当たりは?」

『ねぇよ。ただ追っ払うのに時間かかると思う。先に行っててほしい』

「分かった、気を付けろよ」


 応えながら海斗が深矢に視線を送る。

 団長に報告。言われなくとも、深矢の右手の携帯は既に呼び出し音が鳴っていた。

 団長は二コール目で出た。


『……おや、どうしたんだい?道が分からなくなったかな?ええと、駅を出たら右手に……』

「道には迷ってません。ただ茜が遅れています……何者かに尾けられているそうです」

 団長のふざけた口調が止んだ。

『……思ったより身近な所を突いてきたようだね』

 やはり団長も同じことを考えている。相手はあの公安刑事だろう、と。


 二日前、店に来て「スパイ組織がある」と噂話をしていた刑事のことだ。それならば、茜を焦らせる程の手腕というのも頷ける。

『……まぁ彼女なら心配することはなさそうだね。彼らもイイ所に目を付けたようで何よりだよ。君たちも気を付けておいで』


 イイ所、の部分をやけに強調して電話は切れた。

「団長は何て?」

 不思議そうな顔をする海斗も、茜のことを心配しているようではなかった。


「茜なら心配いらないだろうってさ」

「そんなこと聞いちゃいない」

 やはりそうだ。茜の強さを一番に理解しているのは海斗なのだから。


「それより、相手に心当たりでもあるのか?」

「まぁな、都市伝説を真っ向から信じる子供みたいな大人がいるんだ」

 海斗が眉をひそめる。深矢は小さく笑って歩き出した。

「歩きながら話そう。俺たちまで遅れたら、迷子になったって団長に言いふらされそうだからな」



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